傷害の意義について

1.当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」の傷害の意義について、予備校等で紹介している定義と違うのではないか、と疑問を持った人もいるかもしれません。「傷害」の定義としては、多くの人が、現在でも「生理的機能障害」と覚えているのではないかと思います。これを、判例として紹介するものもあるようです。しかし、判例は、これとは少し違う言い回しを用いています。

 

最判昭24・7・7より引用、太字強調は筆者)

 刑法にいわゆる「傷害」とは他人の健康状態の不良変更等生活機能に障害を与える場合を包含する人の体躯の完全性を害するをいうのである。されば原判決が判示被害者の左耳殻後部右上肢前面及び左右上腿部に与えた治療約一週間を要する十数ケ所の擦過傷を目して「傷害」と解したのは正当であつて、この点につき原判決には法律の解釈を誤つた違法はない

(引用終わり)

最判昭24・12・10より引用、太字強調は筆者)

 所論は原判示の傷は極めて軽微の傷で身体傷害とはいえないというのであるが軽微な傷でも人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上刑法にいわゆる傷害と認むべきであるから原判決が原判示の傷を傷害と認め被告人の所為をもつて刑法第一八一条に問擬したのは正当で論旨は理由がない。

(引用終わり)

最決昭32・4・23より引用、太字強調は筆者)

 原判決が、刑法にいわゆる傷害とは、他人の身体に対する暴行によりその生活機能に障がいを与えることであつて、あまねく健康状態を不良に変更した場合を含むものと解し、他人の身体に対する暴行により、その胸部に疼痛を生ぜしめたときは、たとい、外見的に皮下溢血、腫脹又は肋骨骨折等の打撲痕は認められないにしても、前示の趣旨において傷害を負わせたものと認めるのが相当であると判示したのは正当であつて誤りはない。

(引用終わり)

 

 上記のように、判例は、「健康状態を不良に変更する」、「生活機能に障害を与える」という言い回しを用いています(※)。上記の各判例は昭和20年代、30年代のものなので古いと思われるかもしれませんが、この言い回しは、現在の判例も用いている確立した表現です。

最判昭24・7・7では、「人の体躯の完全性を害する」という言い回しも用いられていますが、この表現はその後の判例では用いられていません。

 

最決平24・1・30より引用、太字強調は筆者)

 被告人は,病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し,睡眠薬等を摂取させたことによって,約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,もって,被害者の健康状態を不良に変更し,その生活機能の障害を惹起したものであるから,いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である。

(引用終わり)

 

 当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」で採用している定義は、上記判例の言い回しを用いたものです。

2.また、強盗致傷や強姦致傷の場合には、より重度の傷害に限定すべきであるとする考え方が、学説上有力です。下級審でも、限定説を採用したものがあります(広島地判昭52・7・13、大阪地判昭54・6・21等)。しかし、最高裁の判例としては、現在に至るまで、非限定説で確立しています。

 

最決昭37・8・21より引用、太字強調は筆者)

 軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認めるべきこと当裁判所の判例(昭和二四年(れ)二〇五五号同年一二月一〇日第二小法廷判決、裁判集一五号二七三頁、昭和三〇年(あ)八〇三号同三二年四月二三日第三小法廷決定、刑集一一巻四号一三九三頁)の示すとおりであるから、原判決が原判示の傷を傷害と認め、被告人らの所為をもつて刑法二四〇条前段に問擬したのは正当である

(引用終わり)

最決昭38・6・25より引用、太字強調は筆者)

 軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法所定のいわゆる傷害に該当するものであつて、同法一八一条所定の傷害を同法二〇四条所定の傷害と別異に解釈すべき特段の事由は存しないこと、当裁判所の判例(昭和三四年(あ)第一六八六号同三七年八月二一日第三小法廷決定参照)の趣旨に徴し、明らかであるから、原判決が原判示の傷を傷害と認め、被告人の所為をもつて、同法一八一条に問擬したのは正当である。

(引用終わり)

最決昭41・9・14より引用、太字強調は筆者)

 軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認めるべきことは、当裁判所の判例(昭和三四年(あ)第一六八六号同三七年八月二一日第三小法廷決定、裁判集一四四号一三頁)の示すところであるから、原判決が原判示の傷を傷害と認め、被告人らの所為をもつて刑法二四〇条前段に問擬したのは正当である

(引用終わり)

最決昭46・1・28より引用、太字強調は筆者)

 弁護人大川隆司の上告趣意は、刑訴法四〇五条三号所定の控訴裁判所たる高等裁判所の判例違反をいうが、強姦致傷罪における傷害の意義については、すでに最高裁判所の判例が存在する(昭和二四年(れ)第二〇五五号同年一二月一〇日第二小法廷判決・裁判集一五号二七三頁、昭和三八年(あ)第五七二号同年六月二五日第三小法廷決定・裁判集一四七号五〇七頁)のであるから、所論判例違反の主張は不適法で上告適法の理由にあたらない。なお、軽微な傷でも、人の健康状態を不良に変更するものであれば、刑法所定の傷害に該当するのであつて、同法一八一条所定の傷害を同法二〇四条所定の傷害と別異に解すべき事由は存在しない

(引用終わり)

最決平6・3・4より引用、太字強調は筆者)

 弁護人宮田桂子の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、強盗致傷罪における傷害の意義について、軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認めるべきことは、既に最高裁判所の判例(最高裁昭和三四年(あ)第一六八六号同三七年八月二一日第三小法廷決定・裁判集刑事一四四号一三頁、最高裁昭和四一年(あ)第一二二四号同年九月一四日第二小法廷決定・裁判集刑事一六〇号七三三頁)が存在するところであるから、所論は前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

(引用終わり)

 

 「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」でも、非限定説を採用しています。刑法各論では、個別の論点を深く論じるよりも、多数の論点をコンパクトに処理することが求められます。ですから、通常の事例問題であれば、非限定説から簡単に処理して問題ないでしょう。限定説で書く場合には、なぜ限定するのかという理由付けを説明する必要があります。そのくらいの余裕がある場合には、限定説で書いてもよいのですが、この論点でそのような時間と紙幅を用いるくらいであれば、他の論点の当てはめ、評価を充実させるべきでしょう。

戻る