平成28年予備試験口述試験(最終)結果について(2)

1.以下は、直近5年の年齢層別の受験者数の推移です。

年齢層 平成24 平成25 平成26 平成27 平成28
19歳以下 24 41 49 50 70
20~24歳 1731 2894 3441 3486 3437
25~29歳 700 1243 1503 1414 1373
30~34歳 940 952 1045 938 998
35~39歳 979 1028 991 974 987
40~44歳 829 925 988 938 920
45~49歳 678 702 776 831 852
50~54歳 508 560 595 643 645
55~59歳 327 362 398 459 528
60~64歳 271 287 295 299 308
65~69歳 108 126 163 193 222
70~74歳 53 63 56 60 46
75~79歳 25 29 35 31 47
80歳以上 10 12 12 18

 興味深いのは、20代の推移です。20代の受験者は、平成26年までは急増を続けていました。ところが、昨年になって、20代前半は微増、20代後半は減少に転じてしまいます。そして、今年は、ついに20代前半も減少に転じてしまいました。よく、「若い人がどんどん予備試験に流れていることが、法科大学院がうまくいかない原因である。」などと言われることがありますが、実際には、若手の予備試験受験者は減っているのです。このことは、法曹を目指す若者がローから予備試験に流れているのではなく、そもそも若者が法曹を志願しなくなったことを意味しています。ただし、19歳以下に限ってみると、昨年より20人増加しています。19歳以下の層は、まだ絶対数が少ないのですが、今後これが増えてくるようだと、「法曹を目指すなら、大学に入ってからでは遅い、高校生のうちから予備試験を目指して勉強を始めた方がよい。」という感覚になってくるかもしれません。全体的な若手の法曹志願者が減少する一方で、コアな法曹志願者の勉強開始時期が前倒しになっている。そんな状況がうかがわれる数字です。

2.現在のところ、予備試験受験者の主力は、20代です。20代は、今年の受験者全体の46%を占めている。その20代が、予備試験から遠ざかりつつあるわけですから、全体の受験者数も減少するのが自然です。ところが、受験者数全体でみると、昨年は、10334人。今年は10442人ですから、108人増えています。では、どこが増えているのか。昨年との増減を確認してみましょう。

年齢層 昨年 今年 前年比
増減
19歳以下 50 70 +20
20~24歳 3486 3437 -49
25~29歳 1414 1373 -41
30~34歳 938 998 +60
35~39歳 974 987 +13
40~44歳 938 920 -18
45~49歳 831 852 +21
50~54歳 643 645 +2
55~59歳 459 528 +69
60~64歳 299 308 +9
65~69歳 193 222 +29
70~74歳 60 46 -14
75~79歳 31 47 +16
80歳以上 18 -9

 20代を除けば、昨年より減った年齢層は、40代前半と70代前半だけで、それも、20代ほど大幅な減少にはなっていません。それ以外の年齢層は、いずれも受験者数が増加している。中でも、最も増加人数の多い年齢層は、50代後半です。その次が、30代前半。この2つの年齢層では、60人、69人という大幅な増加となっています。
 50代に関しては、50代後半だけでなく、50代前半も、これまで一貫して増加傾向でした。弁護士には定年がないので、定年後のキャリアの1つとして、予備試験を受験する人が増えているのかもしれません。
 他方、30代前半に関しては、昨年は100人以上の大幅な減少だったのに、今年は増加に転じている。少し奇妙な変動です。これは、受験回数制限の緩和が影響しているのでしょう。この30代前半の層は、受験回数制限を使い切って予備に回る人が多い年代です。受験回数制限が緩和されると、一時的に受験回数を使い切る人が減少します。その影響で、昨年は、受験者数が一時的に減少したのでしょう。今年の司法試験では、5回目の受験生247人中、合格したのは53人ですから、194人が受験回数を使い切っています。30代前半の受験生が来年以降も増加傾向となるか否かは、このうちのどの程度が撤退せずに予備に回るのかによることになります。

3.ここまでみてきたように、受験者数に着目すると、20代が減少し、30代以降は基本的に増加するという傾向でした。それでは、最終合格者数になるとどうなるか。以下は、昨年と今年の合格者数の比較表です。

年齢層 昨年 今年 前年比
増減
19歳以下 ---
20~24歳 238 283 +45
25~29歳 69 52 -17
30~34歳 26 22 -4
35~39歳 20 19 -1
40~44歳 15 10 -5
45~49歳 11 11
50~54歳 11 -8
55~59歳
60~64歳 +2
65~69歳 -1
70~74歳 ---
75~79歳 ---
80歳以上 ---

 20代前半だけが突出して増えています。60代前半も増えていますが、これは母数が少なすぎるので、誤差の範囲という感じです。他は、全ての年齢層で、合格者数が減少している。20代前半は、受験者数は減少しているが、その減少した受験生はどんどん受かっている他方で、30代前半や50代の受験者は増加しているが、受からない。これは、末期の旧司法試験に似ています。末期の旧司法試験では、新規参入の若手はとても少なかったのに、受かるのは、その若手ばかりでした。旧試験最後の論文が実施された平成22年度には、論文合格者に占める大学生の割合は、4割を超えたのでした(「平成22年度旧司法試験論文式試験の結果について」)。同じような傾向が、予備試験にも生じているということです。

4.どうして、このような現象が生じるのか。それは、司法試験委員会が、若手有利になるように出題及び採点を必死に工夫しているからです。普通に考えると、勉強量の多い年配者が有利で、勉強量の少ない若手は不利になる。しかし、10年以上受験を繰り返してようやく法曹になるというような制度では、合格後に活躍できる期間は限られてしまいますし、そもそも、そんなことでは、誰も司法試験を受けようとは思わなくなってしまいます。だから、普通に法律の知識・理解が反映されるような試験にするわけにはいかない。問題文や採点方法を工夫して、知識・理解が十分な年配者が不合格になり、知識・理解が不十分でも若ければ受かるようにしたい平成以降の司法試験の歴史は、ほぼこの努力の繰り返しでした。このことを、知らない人が多いのです。「司法試験は法律の知識・理解を試す試験なのだから、若ければ有利になるような試験であるはずがない。そんなものは陰謀論だ。」と思うかもしれません。しかし、これは国会でも明示的に議論されてきたことなのであって、決して荒唐無稽な陰謀論ではありません。今から25年前の時点で、既にこのことが議論されています。これは、当時、旧司法試験に合格枠制(合格者の一定数を受験回数3回以内の者から選抜する制度。いわゆる丙案。)に係る法改正について議論していたときのものです。この合格枠制は、受験回数が3回以内なら、知識・理解というレベルでは4回以上の受験者より劣っていても合格させようというもので、上記の「普通に法律の知識・理解が反映されるような試験にするわけにはいかない」という発想が如実に表れた制度でした。なお、この合格枠制の発想は、その後、新司法試験における受験回数制限へと形を変えて受け継がれていくことになります。

 

参院法務委員会平成03年04月16日より引用。太字強調は筆者。)

参考人(中坊公平君) この司法試験につきまして近時この試験に多数回受験の滞留現象という一種の病的な現象が発生し始めてまいりました。多数回受験の滞留現象と申しますのは、受験者の数が多いにかかわらず合格の数が余りにも少ないということから、合格水準に達しながらなお合格しない受験者が数多く滞留しておるということであります。この現象の結果は、合格平均年齢が現在では二十八歳を超え、また合格までの平均受験回数は七回に近い状態になってくることになりました。しかも、このような状態が長期間継続することによりまして大学卒業者が司法試験を敬遠することになり、出願者数も最近では減少傾向にあります。この結果、司法試験の本来の目的である幅広く多様な人材を得ること自体がまた困難になってきたという現象が発生してきたわけであります。

 (中略)

 先ほど言いましたような滞留現象というものがどうしても改善しなければ、…もっと考査委員が先ほどから言うように学識じゃなしに応用能力を本当に見られる、長期間要した者が有利にならないような問題の出題ができ、そしてまたその採点ができるというような体制に持っていかなければならない

 

政府委員(濱崎恭生君) 司法試験は、御案内のとおり、裁判官、検察官、弁護士となるための唯一の登竜門としての国家試験でございますが、最近といいますか昭和五十年ごろから急速に、合格までに極めて長期間の受験を要する状況になっております。その状態は大勢的には次第に進行しておりまして、今後放置すればますます進行するということが予想されるわけでございます。 具体的には、現在、合格者の平均受験回数が六回ないし七回。それに伴って合格者の平均年齢も二十八歳から二十九歳ということになっておりまして、二年間の修習を経て実務につくのは平均的に三十歳になってからという実情になってきているわけでございます。そのこと自体大変大きな問題でございますが、そういうことのために法曹となるにふさわしい大学法学部卒業者が最初から司法試験というものをあきらめてしまう、そんな難しい試験は最初からチャレンジしない、あるいは一、二回試験を受けてそれであきらめてしまうというような、いわゆる試験離れの状況を呈しております。これは法曹界に適材を吸引するという観点から大変大きな問題であろうと思っております。
 さらには、合格者の年齢がそういうことから総体的に高くなっていることによって、裁判官、検察官の任官希望者の数が十分に確保できないのではないかという懸念が次第に強くなってきているわけでございます。
 そういうことで、こういう状態は一刻も放置できない、何らかの改革を早急に実現しなければならないということで取り組んでまいったわけでございまして、今回の改正の目的を端的に申しますと、こうした現状を緊急に改善するために、法曹としての資質を有するより多くの人がもっと短期間の受験で合格することができる試験にしようということでございます。もっと短い期間で合格する可能性を高めるということが今回の改正の目的でございます。

 (中略)

 御指摘の合格枠制、若年者にげたを履かせるという御指摘でございました。これが短絡的な発想ではないか、あるいは便宜的ではないかという受け取り方をされがちでございますけれども、こういう改革案を必要とする理由については、先ほど来るる申し上げさせていただきました。やはり合格者を七百人程度に増加させるということを踏まえました上で、もう少し短い期間で合格する可能性を高めるという方策といたしましてはこういう方策をとるほかはない、こういう制度をとらなくてもそういう問題点が解消できるということならばそれにこしたことはないというふうに思っておりますが、この制度はすべての受験者にとってひとしく最初の受験から三年以内は合格しやすいという利益を与えるわけでございまして、決して試験の平等性を害するというものではないと思っております。

(引用終わり)

 

 上記の政府委員の発言で、「もう少し短い期間で合格する可能性を高めるという方策といたしましてはこういう方策をとるほかはない」とありますが、当時、既に、若手でも受かる試験にするための様々な方策が採られていました。その1つが、若手でも点が取れるような基本的な問題にする、ということでした。

 

参院法務委員会平成03年04月16日より引用。太字強調は筆者。)

政府委員(濱崎恭生君) 現在の試験問題の出題の方針につきましては、正しい解答を出すために必要な知識は大学の基本書などに共通して触れられている基礎的な知識に限る、そういう基礎的な知識をしっかり理解しておれば正解を得ることができる、そういう考え方で問題の作成に当たり、そのためのそういう問題づくりについて鋭意努力をしていただいておるところであるということをつけ加えさせていただきます。

(引用終わり)

 

 しかし、単純に考えればわかりますが、若手でも解けるように問題を簡単にすれば、勉強量の多い年配者は、さらに確実に正解してきます。したがって、そのような方策には限界がある。そのことは、当時の考査委員も認めていました。

 

衆院法務委員会平成03年03月19日鈴木重勝参考人の意見より引用。太字強調は筆者。)

 早稲田大学の鈴木と申します。・・・まず、司法試験が過酷だとか異常だとか言われるのは、本当に私ども身にしみて感じているのでありますけれども、何といっても五年も六年も受験勉強しなければ受からないということが、ひどいということよりも、私どもとしますと、本当にできる連中がかなり大勢いまして、それが横道にそれていかざるを得ないというところの方が一番深刻だったのです。
 だんだん申し上げますけれども、初めは試験問題の改革で何とかできないかということで司法試験管理委員会から私ども言われまして、本当はそれを言われるまでもなく私ども常々感じていましたから、何とか改善できないかということで、出題を、必ずしも知識の有無とか量によって左右されるような問題でなく、また採点結果もそれによって左右されないような問題をやったのですけれども、これは先生方ちょっとお考えいただけばわかるのですけれども、例えば三年生と四年生がいましてどっちがよくできるかといえば、これはもう四年生の方ができるに決まっているのです今度は四年生と三年も浪人した者とどっちができるかといえば、こっちの方ができるに決まっているのです。ですから、逆に言いますと、在学生でも十分な解答ができると思うような問題を一生懸命つくりましても、そうすると、それはその上の方の連中ができるに決まっておる。しかも、単にできるのじゃなくて、公平に見ましても緻密で大変行き届いた答案をつくり上げます。表現も的確です。ですから、これはどう考えても初めから軍配が決まっていた感じはするのです。
 ところが、それでは問題が特別そういうふうに難しいのかと申しますと、これははっきり申し上げますけれども、確かにそういう難しいという批判はございます。例えば裁判官でもあるいは弁護士でも、二度とおれたちはあの試験は受からぬよ、こう言うのですけれども、それはもう大分たたれたからそういうことなんでありまして、現役の学生、現場の受けている学生にとりましては、そんな無理のないスタンダードの問題なんですね。どのくらいスタンダードかと申し上げますと、例えば、まだことしは始まっておりませんけれども、ことし問題が出ます。そうしますと、ある科目の試験問題、大体二問でできておりますから、二問持たせまして、そして基本参考書一冊持たせます。学校で三年、四年ぐらいの、二年間ぐらい終わった連中に基本参考書一冊持たせて、そして一室に閉じ込めて解答してみろとやります。そうすると、ほぼ正解というか、合格答案がほとんど書ける状況なんです。ですから、私ども決して問題が特別難しいとは思っていないわけでありますけれども、やはり長年やっていた学生、いわゆるベテランの受験生はそこのところは大変心得ておりまして、合格できるような答案を物の見事につくり上げるのです。
 その秘密は、見てみますと、大体長年、五年でも六年でもやっている連中は、もちろんうちにいるだけじゃなくて、さっきから何遍も言っておりますように、予備校へ参ります。そうしますと、模擬試験とか答案練習という会がございます。そこで、私どもがどんなに工夫しても、その問題と同じ、あるいは類似の問題を既に練習しているのですね。例えば五年、六年たちました合格者で、模擬試験で書かなかった問題がないと言われるくらい既に書いているわけです。ですから、これはよくできるのは当たり前。しかも、それは解説つきで添削もしてもらっていますから。ところが、そうすると現役の方はどうかといいますと、それほど経験も知識もありませんから、試験場で初めてその問題と直面して、そもそも乏しい知識を全知全能を絞ってやるわけですけれども、やはりこれは知れているものです。差が出てくるという、初めから勝負が決まっているという感じがします。
 こういうところから、私ども何とかできないか、試験の出題とか採点でできないかと思ったのでありますけれども、どうもそれには限界があるということがだんだんわかってきました。時には私どもちょっと絶望していた時期もありますけれども、何とかならないかということで、試験問題もだめ、それから採点の方もうまくいかない・・・(後略)。

(引用終わり)

 

 その後、平成10年以降になってくると、単に簡単な問題を出す、というのではなく、より新たな試みがなされました。それは、「大学受験の国語のような、知識で差が付かないような問題」を出す、ということです。これが最も顕著だったのは、短答式試験の穴埋め、並替え問題です。ほとんど法律の知識がなくても、文章を読んで意味が通るように並び替えれば正解になる。この種の問題の特徴は、知識で解こうとすると、解けない、ということでした。よく勉強し、知識・理解の豊富な年配者は、知識で解こうとするので、解けない。それに対し、知識の乏しい若手は、その場で文章の辻褄が合うようにするにはどうすればよいか(例えば、「甲の○○という行為」という文言を含む文章と、「甲の当該行為」という文言を含む文章であれば、前者が先で後者が後に来るように並び替えるべきことがわかる。)、という目で問題文を読むため、スラスラ解ける。このようにして、法律の知識・理解の豊富な年配者を落とし、法律の知識・理解の乏しい若手を受からせることに、一時的に成功したのでした。しかし、そのような問題は、「知識で解かない」ということがわかってしまえば、年配者でも解けるようになってしまいます。そのため、この「大学受験の国語のような問題」は、すぐに若手優遇の効果を失ってしまったのです。

 

衆院法務委員会平成13年06月20日佐藤幸治参考人の意見より引用。太字強調は筆者。)

 私も、九年間司法試験委員をやりました。最初のころは、できるだけ暗記に頼らないようにということで、私がなったとき問題を工夫したことがあります、そのときの皆さんで相談して。そうしたら、国語の問題のようだといって御批判を受けたことがありました。しかし、それに対してまたすぐ、数年たちますと、それに対応する対応策が講じられて、トレーニングをするようになりましたその効果はだんだん薄れてまいりました
 申し上げたいのは、試験を一発の試験だけで決めようとすると、試験の内容をどのように変えても限界があるということを申し上げたいわけです。

(引用終わり)

 

 このように、司法試験の歴史は、「法律の知識・理解の豊富な年配者を落とし、法律の知識・理解の乏しい若手を受からせる」ための方策を一生懸命考えては、挫折してきた、という歴史だったのです。法律の知識・理解を試す試験において、法律の知識・理解にかかわらない結果を出力させようという試みですから、少し考えれば挫折するのは当然の帰結でした。
 そして、法科大学院制度と受験回数制限が、最後の切り札として、採用された。法科大学院に通う人しか受験させなければ、母数が減ります。そして、受験回数制限をかければ、年配者は退出していく。これで、本来であれば、滞留による高齢化問題は解消するはずでした。ところが、様々な事情で予備試験が残ってしまい、法科大学院に通わない人も受験でき、しかも、受験回数制限によって一度受験資格を失っても、なお予備試験ルートで受験できるようになってしまいました。そのため、滞留問題は、解消されなかったのです。しかも、近時、受験回数制限が5年5回に緩和されたため、この滞留問題は、深刻化してきていたのでした。
 以上のような状況は、新しい若手優遇策を必要とします。そこで、新司法試験になって採用された、新しい若手優遇策が、長文の事例を用いた「規範と当てはめ」重視の論文試験の出題及び採点です。法律の知識・理解の乏しい若手は、規範を明示するので精一杯です。ならば、そこに大きな配点をおけば、若手も点が取れる。他方、法律の知識・理解の豊富な年配者は、なぜそのような規範を用いるのか、制度趣旨は何か、という抽象論に至るまでよく知っていますから、これを書きたがりますならば、そこには大きな配点を与えないようにすればよい。また、法律の知識・理解の乏しい若手は、頭の中にある知識・理解が乏しいので、現場で目の前にある問題文を使おうとする。そのため、若手はとにかく問題文を丁寧に引用する傾向がある。これに対し、法律の知識・理解の豊富な年配者は、事実の持つ意味付け(評価)を重視し、問題文の事実自体の引用を省略して、評価から先に書こうとしますならば、単純な事実の引用に重い配点を置き、事実の評価は加点事由程度にしてしまえばよいこの方法は、「実務と理論の架橋という新制度においては、規範を具体的事実に当てはめるという法的三段論法が特に重要である。したがって、規範の理由付けや事実の評価よりも、規範の明示と具体的事実の摘示に極端な配点を置くべきだ。」という建前論によって正当化できるという点においても、優れていますしかも、おそらくこれは考査委員自身も気が付いていないようですが、若手は字を書く速度が早いため、事実の摘示をこなせるのに対し、年配者は字を書く速度が遅いため、配点の高い事実の摘示ができないという強力な若年化効果もありました。この方法論は、司法試験の論文における顕著な若返りの傾向として、かなりの成果を挙げています(「平成28年司法試験の結果について(15)」)。そして、この方法論は、近時の予備試験でも使われている。そのことは、予備試験の結果に表れています。論文の学習をするに当たっては、この点を意識しておく必要があります。がむしゃらに勉強して、法律の知識・理解を深めることは、かえって当局が落とそうとしている人物像に当てはまってしまうということです。法律の知識・理解は、規範と、その規範を使うのはどのような場合かを的確に把握できる程度で十分です。後は、規範の明示と事実の摘示というスタイルで最後まで書き切る筆力を身に付ける。司法試験も予備試験も、この点は変わりません。

戻る