平成29年予備試験論文式憲法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.今年の憲法は、財産権からの出題でした。財産権は、判例の射程などというよりは、単純な当てはめ重視になりやすい。このことは、十分に演習を重ねていれば、事前に把握できていただろうと思います。同様の分野としては、他に政教分離がありますね。本問も、当てはめ重視型の問題です。このような問題の場合、上記の(1)から(3)まで、特に、(3)の事実の摘示が重要になります。今回は、近時の出題傾向に合わせた解答のテクニックを説明しましょう。ポイントは、「答えは、問題文に書いてある。」ということです。
 まず、入り口の人権選択ですが、これは問題文にそのまま書いてあります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 納得できない甲は,本件条例によってXの廃棄が命じられ,補償もなされないことは,憲法上の財産権の侵害であるとして,訴えを提起しようと考えている。

(引用終わり)

 

 これで、財産権以外を問題にする人はいないでしょう。それから、「補償もなされない」と書いてあるのだから、補償の要否も当然検討するのでしょう。迷うのは、適用違憲をどの程度書くかです。上記の問題文だけからは、必ずしも判断できません。理論的には、以下の4つが問題となり得ます。

1.本件条例の29条1項、2項違反
2.本件条例に補償規定を要するか
3.本件命令の29条1項、2項違反
4.本件命令に補償を要するか

 現場で、上記の4つをそのまま書けると判断した人は、演習不足です。なぜ、そうなのか、ということは、実際に上記の4つを書きに行った人なら、現場でひどい目にあったはずですから、自ら体感しているはずです。とても書き切れないのです。「そんなことはない。書けるはずだ。」と思う人は、実際に時間を測って書いてみればすぐにわかります。そういうわけで、上記の4つをすべてそのまま書く、という選択肢はありません。
 では、どの部分を省略するか、ということですが、ここで、理論的なことをあれこれ考えるのは、実戦的ではありません。やるべきことは、問題文に挙がっている各事情を、主張、反論、私見のどこに割り振れば収まりがよいか、ということを、簡単に整理するということです。
 問題文を上からざっと見ていくと、すぐに、主張と反論で対立させればよさそうな記述が目に入ってきます。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 条例の制定過程では,Xについて一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要があるのか,との意見もあったが,Xの特性から,事前の生産調整,備蓄,加工等は困難であり,迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄もやむを得ず,また,価格を安定させ,Xのブランド価値を維持するためには,総流通量を一律に規制する必要がある,と説明された。この他,廃棄を命ずるのであれば,一定の補償が必要ではないか等の議論もあったが,価格が著しく下落したときに出荷を制限することはやむを得ないものであり,また,本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより,Xのブランド価値が維持され,生産者の利益となり,ひいてはA県全体の農業振興にもつながる等と説明された

(引用終わり)

 

 「意見もあったが」、「議論もあったが」の前の部分が、違憲の主張「説明された」とされている部分が、反論になりそうです。これを、簡単に整理しておくと、以下のようになります。

 

【整理の例】

(主張)
1.一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要はない。
2.廃棄を命ずるのであれば、一定の補償が必要である。

(反論)
1.Xの特性から、事前の生産調整、備蓄、加工等は困難であり、迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄もやむを得ず、また、価格を安定させ、Xのブランド価値を維持するためには、総流通量を一律に規制する必要がある。
2.価格が著しく下落したときに出荷を制限することはやむを得ないものであり、また、本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより、Xのブランド価値が維持され、生産者の利益となり、ひいてはA県全体の農業振興にもつながる。

 

 ただ、これだと、私見部分に来るものがなくて困る、という気がします。そこでまず、1に対応するもので何かないか、という視点で探すと、問題文の冒頭に以下のことが書いてあります。

 

(問題文より引用)

 A県の特定地域で産出される農産物Xは,1年のうち限られた時期にのみ産出され,同地域の気候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると,価格が下落し,そのブランド価値が下がることが懸念されたことから,A県は,同県で産出されるXの流通量を調整し,一定以上の価格で安定して流通させ,A県産のXのブランド価値を維持し,もってXの生産者を保護するための条例を制定した(以下「本件条例」という。)。

(引用終わり)

 

 これは、上記の主張・反論の1に対応させることができそうです。ただ、それであれば、上記部分を反論1に持ってきて、従前の反論1だったものは、私見に持ってきた方が収まりがよさそうです。

 

【整理の例】

(主張)
1.一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要はない。
2.廃棄を命ずるのであれば、一定の補償が必要である。

(反論)
1.A県の特定地域で産出される農産物Xは、1年のうち限られた時期にのみ産出され、同地域の気候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると、価格が下落し、そのブランド価値が下がることが懸念されたことから、A県で産出されるXの流通量を調整し、一定以上の価格で安定して流通させ、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護する必要がある。
2.価格が著しく下落したときに出荷を制限することはやむを得ないものであり、また、本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより、Xのブランド価値が維持され、生産者の利益となり、ひいてはA県全体の農業振興にもつながる。

(私見)
1.Xの特性から、事前の生産調整、備蓄、加工等は困難であり、迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄もやむを得ず、また、価格を安定させ、Xのブランド価値を維持するためには、総流通量を一律に規制する必要がある。

 

 だんだん答案構成らしくなってきました。後は、私見の2に対応する事実が欲しいですね。それらしいものは、問題文の以下の部分でしょう。

 

(問題文より引用)

 20××年,作付け状況は例年と同じであったものの,天候状況が大きく異なったことから,Xの生産量は著しく増大し,最大許容生産量の1.5倍であった。このため,A県知事は,本件条例に基づき,Xの生産者全てに対し,全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合に相当する3分の1の割合でのXの廃棄を命じた(以下「本件命令」という。)。
 甲は,より高品質なXを安定して生産するため,本件条例が制定される前から,特別の栽培法を開発し,天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており,20××年も生産量は平年並みであった。また,甲は,独自の顧客を持っていたことから,自らは例年同様の価格で販売できると考えていた。このため,甲は,本件命令にもかかわらず,自らの生産したXを廃棄しないでいたところ,A県知事により,甲が生産したXの3分の1が廃棄された。

(引用終わり)

 

 これを、とりあえず、適宜抜粋して、私見の2の部分にぶち込んでみます。

 

【整理の例】

(主張)
1.一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要はない。
2.廃棄を命ずるのであれば、一定の補償が必要である。

(反論)
1.A県の特定地域で産出される農産物Xは、1年のうち限られた時期にのみ産出され、同地域の気候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると、価格が下落し、そのブランド価値が下がることが懸念されたことから、A県で産出されるXの流通量を調整し、一定以上の価格で安定して流通させ、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護する必要がある。
2.価格が著しく下落したときに出荷を制限することはやむを得ないものであり、また、本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより、Xのブランド価値が維持され、生産者の利益となり、ひいてはA県全体の農業振興にもつながる。

(私見)
1.Xの特性から、事前の生産調整、備蓄、加工等は困難であり、迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄もやむを得ず、また、価格を安定させ、Xのブランド価値を維持するためには、総流通量を一律に規制する必要がある。
2.20××年、作付け状況は例年と同じであったものの、天候状況が大きく異なったことから、Xの生産量は著しく増大し、最大許容生産量の1.5倍であった。甲は、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており、20××年も生産量は平年並みであった。

 

 さて、ここまで来ると、出題者が何を問いたいのか、大枠が見えてきます。1は、本件条例の29条1項、2項違反2は、主張・反論では本件条例に関する補償の要否ともとれますが、私見では、甲の特殊事情を考慮して欲しそうです。ここで、基本知識の出番です。皆さんは、損失補償の場面では、個別の事情によって、補償を必要とする場合があることを、知っているはずです。

 

名取川事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 河川附近地制限令四条二号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令四条二号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令四条二号の規定が所論のように憲法二九条三項に違反し無効であるとはいえない。これと同趣旨に出た原判決の判断説示は、叙上の見地からいつて、憲法の解釈を誤つたものとはいい得ず、同令四条二号、一〇条の各規定の違憲無効を主張する論旨は、採用しがたい。
 もつとも、本件記録に現われたところによれば、被告人は、名取川の堤外民有地の各所有者に対し賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、従来から同所の砂利を採取してきたところ、昭和三四年一二月一一日宮城県告示第六四三号により、右地域が河川附近地に指定されたため、河川附近地制限令により、知事の許可を受けることなくしては砂利を採取することができなくなり、従来、賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、相当の資本を投入して営んできた事業が営み得なくなるために相当の損失を被る筋合であるというのである。そうだとすれば、その財産上の犠牲は、公共のために必要な制限によるものとはいえ、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく、憲法二九条三項の趣旨に照らし、さらに河川附近地制限令一条ないし三条および五条による規制について同令七条の定めるところにより損失補償をすべきものとしていることとの均衡からいつて、本件被告人の被つた現実の損失については、その補償を請求することができるものと解する余地がある

(引用終わり)

 

 私見の2は、上記判例の後半部分に該当するものと整理すれば、収まりがつきそうです。反論2を考慮すると、一般的には補償を要しないが、私見2の事情を考慮すると、本問の甲については補償を要する、としておけばよいでしょう。これだけでも、一応は答案の形になりそうです。ただ、補償を要する、と考えるのであれば、補償の内容、すなわち、本問における「正当な補償」についても、考える必要がありそうです。こういったものも、理論的に難しいことを考えている余裕は、現場ではありませんから、安直に考えましょう。すなわち、主張の部分では本件命令時のXの価格を基準にしろ、反論では、いやいやXは価格が低落するはずなのだから、安くなった価格を基準にしろ、私見では、甲は独自の顧客がいて例年同様の価格で販売できるのだから、その例年同様の価格を基準にしよう、という感じです(厳密には主張の方が私見より安いんじゃないの?という疑問が生じる構成なのですが、そのような細かいことは、気にしてはいけません。)。
 後は、これに法律構成、テクニック的に言い換えれば、前記(2)の規範に当たるものをぶち込めば、ほとんどそのまま答案になります。参考答案は、このようにして作成された安直な答案です。「こんな規範と事実を書き写しただけの答案では、本質の理解は表れてこないから点が付くはずがない。」と思う人がいるかもしれません。そこで、「考査委員の目からみると、そうは見えないのですよ。」という話をしておきましょう。まず、参考答案の以下の部分を、読んでみて下さい。

 

(参考答案より引用)

 甲との関係でこれをみると、本件命令の根拠は、20××年当時、作付け状況は例年と同じであったものの、天候状況が大きく異なったことから、Xの生産量が著しく増大し、最大許容生産量の1.5倍であったことによるところ、甲は、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており、20××年も生産量は平年並みであった。このような事情を考慮すれば、甲については一般的に当然に受忍すべき限度を超え、特別の犠牲となるということができる。

(引用終わり)

 

 「これだけじゃ問題文を書き写しただけじゃないか。全然意味が伝わって来ないぞ。」と思うのは、上記の記述が示唆する具体的な意味を理解していないからです。本件命令が出たことによる影響について、一般的な生産者と、甲との間には、以下のような違いがあるのです。

 

【一般的な生産者の場合】

生産者「例年60トンを生産してるんだけど、今年は天候が良すぎて90トンも収穫できちゃったよ。値崩れが心配だなぁ。」
本件命令「90トンの3分の1に当たる30トンは廃棄して下さい。それで価格は安定します。」
生産者「まあ30トン廃棄しても、例年の60トンは販売できるし、それで価格が安定するなら例年の利益は確保できるし、まあいいか。」

 

【甲の場合】

甲「今年は好天すぎて、他の平凡な生産者のところでは生産量が増えすぎてるらしいじゃないか。しかしウチは違うよ。天候に関係なく生産できるから、今年も生産量は例年どおり60トンだ。しかも、独自の顧客がいるから値崩れもまったく心配ない。苦労した甲斐があったというものだ。」
本件命令「60トンの3分の1に当たる20トンは廃棄して下さい。」
甲「えっ!それは話が違うよ!ウチは生産量は増えてないんだよ!20トン廃棄したんじゃ40トンしか売れないぞ!これじゃ例年どおりの利益すら確保できないじゃないか!」

 

 こうやって具体的に考えると、よく理解できるでしょう。そうです。本問における最大の「本質」は、甲が、「努力したのに他の一般的な生産者と同じ程度の利益しか確保できない。」のではなく、「努力したのに、むしろ、一般的な生産者より損をする。」という点を理解しているか、ということです。おそらく、現場でこれに気付いた受験生は、ほとんどいないでしょう。単に、「努力をしていない生産者を保護するために、努力した結果保護の必要のない甲にまで他の生産者と同じ一律の負担を課すのは不当である。」という感覚で捉えた人が、圧倒的に多かったでしょう。そうではなく、本問は、甲に他の生産者には生じないような特別の不利益を課している事案なのです。今年も、「誰も本質に気付いていない。」として、考査委員は嘆くことでしょう。とはいえ、実際には、初見の問題をあの時間制限の中で解けと言われても、誰もできないのは、無理もありません。
 さて、採点をしていて、この点に誰も気付かない中で、問題文を書き写した答案は、考査委員にどう映るでしょうか。上記のことを理解した上で、もう一度、前に示した参考答案の該当箇所を読んでみましょう。

 

(参考答案より引用)

 甲との関係でこれをみると、本件命令の根拠は、20××年当時、作付け状況は例年と同じであったものの、天候状況が大きく異なったことから、Xの生産量が著しく増大し、最大許容生産量の1.5倍であったことによるところ、甲は、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており、20××年も生産量は平年並みであった。このような事情を考慮すれば、甲については一般的に当然に受忍すべき限度を超え、特別の犠牲となるということができる。

(引用終わり)

 

 「あーなるほどね。」と、今度はある程度意味を持つ文章であるかのように見えたはずです。これが、考査委員の目から見た、「書き写しただけの答案」の見え方なのです。誰も考査委員が想定した問題点に明示的に触れてくれていない、イライラしながら採点していて、参考答案程度に書いてあるものがあれば、「まあもうちょっと明示的に触れて欲しかったけど、他の答案と比べれば一応触れてはいるよね。はっきりとはわからないけど、多分わかってこの事実を摘示したんだろうな。」と感じてしまいます。また、それ以前のレベルの問題として、上記のような出題意図である以上、該当箇所の事実の摘示それ自体に配点があるはずです。この配点は、少なくとも書き写すだけでバッチリ取れるこのようなカラクリの結果、「書き写すだけのどうしようもない答案」が、それなりの評価になってしまうのです。注意したいのは、参考答案と同じ事実を摘示しても、上記の点に気付かないで、「努力をしていない生産者を保護するために、努力した結果保護の必要のない甲にまで他の生産者と同じ一律の負担を課すのは不当である。」 などと、異なる内容で変に自分なりの評価を入れてしまうと、考査委員は、「同じ事実を摘示してるけど、この人はわかってないね。」と明確に判断されてしまうということです。それなら、評価を書かないで、「わかっているかわかっていないかわからない。」方が、実は点が取れる。これに似た現象は、かつての旧司法試験でも生じていました。

 

法曹養成制度検討会議第12回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

鎌田薫(早大総長)委員 「かつての旧試験の末期は,論文試験ではともかく減点されないように,最低限のことしか書くなという指導が,受験予備校などで行われていた。これがまさに受験指導で,そういう指導をするなというのが法科大学院での受験指導をするなということの意味で,試験に役立つ起案・添削などはもちろんやっているんですけれども,旧試験時代には減点されないような答案を書きなさいという指導が行き渡っていて,全員ほぼ同じ文章を書く。これは分かっているのか,分かっていないのかわからないので,分かっているというふうにして,点をあげないと合格者がいなくなるので,どんどん点をあげていたのです」

(引用終わり) 

 

 この安易な採点の仕方は、形を変えて現在も部分的に生き残っているのです。この方法の恐ろしいところは、書いている側は何も考えずに書いていても、なぜか点が取れる、ということです。出題側がある程度問題文に露骨に方向性を示そうという出題をしている限りは、この傾向は続くでしょう。このような司法試験独特のわけのわからないカラクリは他にもありますが、ローや予備校の関係者は、あまり理解していない(しようともしていない)ように筆者には感じられます。
 なお、参考答案には、財産権の保護範囲や制約に全然触れていなかったり、目的審査がなかったり、手段審査も必要性しか当てはめていなかったり、甲側の主張での当てはめがスカスカだったり、文章が箇条書きのようになっているなど、真面目な人にはとても気になって真似ができないと感じる部分があるでしょう。そのように感じた場合には、「その事項にどの程度配点がありそうか。」、「そのことによって、直ちに不合格になるだろうか。」、「その部分を書くことによって他の記述が書けなくなった場合、それは全体の得点で考えてプラスだろうか。」などということを、考えてみるとよいでしょう。実際に受験した経験がないと、「こんな答案で受かるはずがない。」と思ってしまうものです。しかし実際の現場では、もっとひどい答案を書いてしまう人が、圧倒的に多いのです。問題文上で、検討すべき事実が露骨に明示されるのが、最近の傾向です。考査委員としては、検討すべき事実を全部摘示した上で、自分なりに評価をして欲しいわけですが、そのような答案は基本的に存在しない。そうなると、そもそも事実すら摘示しないで、あるいは特定の事実だけを取り上げて断定的な評価を下すような答案と、事実は網羅的に摘示できているが、それぞれの事実に評価を付すことができていない答案との比較になるわけです。現状では、前者は驚くほど低く、後者はそれなりに高い評価になっている。だから、当サイトでは、前記の(1)から(3)までを特に強調しているわけです。

 

【参考答案】

第1.甲の立場からの憲法上の主張

1.本件条例1・2の29条1項、2項違反

 財産権の制約が違憲となるのは、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較衡量し、その目的が正当でないことが明らかであるか、規制手段の必要性・合理性が欠けることが明らかである場合である(森林法事件、証取法事件各判例参照)。
 本件条例1は、Xの生産の総量が増大し、あらかじめ定められたXの価格を適正に維持できる最大許容生産量を超えるときは、A県知事は、全ての生産者に対し、全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合と同じ割合で、収穫されたXの廃棄を命ずる旨を、同条例2は、A県知事は、生産者が廃棄命令に従わない場合には、法律上の手続に従い、県においてXの廃棄を代執行する旨を定めているところ、一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要はないから、規制手段の必要性が欠けることが明らかである。
 よって、本件条例1・2は、29条1項、2項に違反する。

2.29条3項による補償

(1)本件条例3は、Xの廃棄に起因する損失については補償しない旨を定めているが、法令に必要な補償を認める規定がない場合であっても、29条3項によって直接に補償を請求できる(名取川事件判例参照)。29条3項の補償が必要となるのは、財産権の制約が一般的に当然に受忍すべき限度を超え、特別の犠牲となる場合である。
 本件で、Xの廃棄を命ずる以上、一般的に当然に受忍すべき限度を超えるから、特別の犠牲といえ、補償を要する。

(2)「正当な補償」(29条3項)とは、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいう(判例)。
 本件で、上記の額は、本件命令時点におけるXの価格に廃棄されたXの数量を乗じた額である。

(3)よって、甲は、29条3項に基づき、上記の額の損失補償を請求できる。

第2.想定される反論

1.本件条例1・2の29条1項、2項違反の主張について

 A県の特定地域で産出されるXは、1年のうち限られた時期にのみ産出され、同地域の気候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると、価格が下落し、そのブランド価値が下がることが懸念されたことから、A県で産出されるXの流通量を調整し、一定以上の価格で安定して流通させ、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護する必要がある。したがって、規制手段の必要性が欠けることが明らかであるとはいえない。

2.29条3項による補償の主張について

(1)価格が著しく下落したときに出荷を制限することはやむを得ないものであり、また、本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより、Xのブランド価値が維持され、生産者の利益となり、ひいてはA県全体の農業振興にもつながる以上、特別の犠牲とはいえず、補償を要しない。

(2)補償を要するとしても、Xの生産量は最大許容生産量の1.5倍であったという事情があるから、これによって低落が見込まれる額を基準とすべきである。

第3.私見

1.本件条例1・2の29条1項、2項違反の主張について

 Xの特性から、事前の生産調整、備蓄、加工等は困難であり、迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄もやむを得ず、また、価格を安定させ、Xのブランド価値を維持するためには、総流通量を一律に規制する必要がある。これを考慮すれば、前記第2の1の反論は妥当といえ、規制手段の必要性が欠けることが明らかであるとはいえない。
 よって、本件条例1・2は、29条1項、2項に違反しない。

2.29条3項による補償の主張について

(1)特別の犠牲であるかを判断するに当たっては、何人も等しく受忍すべきものか、財産権の剥奪に至っているか、財産権に内在する制約か、財産権の効用と無関係に偶然に課せられるものか等の観点から判断すべきである(奈良県ため池条例事件、名取川事件、モービル石油事件等各判例参照)。
 本件で、前記第2の2(1)の反論は、Xに係る所有権の剥奪とはいえ、生産者が等しく受忍すべきもので、Xに内在する制約ではないとしても、ブランド農産物であるXの効用と無関係に偶然課せられるものとはいえないことを基礎付けるから、一般的な生産者については妥当である。
 しかし、甲との関係でこれをみると、本件命令の根拠は、20××年当時、作付け状況は例年と同じであったものの、天候状況が大きく異なったことから、Xの生産量が著しく増大し、最大許容生産量の1.5倍であったことによるところ、甲は、より高品質なXを安定して生産するため、本件条例が制定される前から、特別の栽培法を開発し、天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており、20××年も生産量は平年並みであった。このような事情を考慮すれば、甲については一般的に当然に受忍すべき限度を超え、特別の犠牲となるということができる。
 したがって、甲との関係では、補償を要する。

(2)第2の2(2)の反論は、一般的な生産者との関係では、当時の経済状況を合理的に反映するものとして妥当である。
 しかし、甲は独自の顧客を持っており、例年同様の価格で販売できた以上、甲については、上記例年同様の価格を基準とすべきである。

(3)よって、甲は、上記例年同様の価格に廃棄されたXの数量を乗じた額の損失補償を請求できる。

以上

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