平成29年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、一般的な合格答案の傾向として、以下の3つの特徴を示しています。

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

  もっとも、上記のことが言えるのは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。近時の刑事実務基礎は、民事実務基礎と同様の出題傾向となっており、事例処理型の問題ではありません。設問の数が多く、(知識さえあれば)それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近い。そのため、上記(1)から(3)までを守るというような「書き方」によって合否が分かれる、というようなものではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか単純に、それだけで差が付くのです。ですから、刑事実務基礎に関しても、民事実務基礎と同様、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足(知識不足)であったと考えてよいでしょう。実務基礎は、民事・刑事に共通して、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、生じにくく、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目といえます。ただし、民事実務基礎に関しては、主として要件事実を学習すればよいのに対し、刑事実務基礎は、学習しようとしても、なかなかその対象を絞りにくい刑事手続から事実認定まで、対象が幅広いからです。この点が、民事と刑事の重要な差であると思います。そのため、民事のように重点的に勉強しようとしても、なかなか効率的な学習が難しいのです。とはいえ、刑法・刑訴の基本的な知識(ただし、刑訴に関しては、規則等の細かい条文も把握しておく必要があります。)と、刑事事実認定の基本的な考え方(間接事実による推認の仕方、直接証拠型と間接事実型の推認構造の違いなど)を把握していれば、十分合格ラインに達します。ですから、刑事実務基礎に関しては、普段の刑訴の学習の際に、手続の条文を規則まできちんと引くようにする。そして、事実認定に関しては、過去問に出題されたようなものは、しっかりマスターするその程度の対策で、十分なのだろうと思います。
 以上のようなことから、参考答案は、他の科目ほど特徴的なものとはなっていませんほぼ模範解答のイメージに近いものとなっています。

2.今年の刑事実務基礎は、上記の傾向どおりの出題となっています。昨年同様、設問の数が多いことに注意が必要です。小問も含めると、設問1、設問2、設問3、設問4、設問5(1)、設問5(2)、設問6(1)、設問6(2)と、実に8つの問いがある。これらについて、1つ1つ丁寧に解答していたら、あっという間に答案用紙がパンクします。一問一答式のように、端的に解答するのが、形式面での共通するポイントです。

3.以下では、各設問について、簡単にポイントとなる部分を説明します。
 設問1は、書き方にやや注意が必要です。問題文に、「判断要素を踏まえ」とある。論文の問題文で、「○○を踏まえ」とあれば、その「○○」には、配点があります。ですから、本問では、判断要素を明示する必要があるのです。実務基礎では、通常は一問一答式で答えるので、規範の明示→事実の摘示というスタイルを守る必要がないのですが、ここは例外的に、判断要素を明示した上で、当てはめる形式にする必要があるわけです。それから、結論的に罪証隠滅のおそれを基礎付けるB子との関係だけを答える。もちろん、紙幅に余裕があれば、Vは入院中で少なくとも1週間は取調べにも応じられない状態であり、WはAともB子とも面識がないのだから、V及びWに対する威迫については客観的可能性に乏しいという点を指摘してもよいのでしょうが、本問では、そこまでの紙幅の余裕はないでしょう。
 設問2は、「目撃証言なのだから直接証拠」と勘違いしないことが重要です。Wは犯行の一部始終を目撃していたわけではなく、肝心の暴行の有無については明確な供述をしていません。下線部bの供述内容は、公訴事実記載の暴行そのものに関するものではないわけですから、これは直接証拠ではなく、間接証拠となる。このことを、端的に示せば足ります。問題文は、「直接証拠又は間接証拠のいずれと考えているか」としているわけですから、直接証拠でなければ間接証拠だ、という感じで書いてしまってよいでしょう。厳密には、下線部bの供述内容から公訴事実記載の暴行が推認できる旨(※1)を説明すべきなのでしょうが、本問では、そこまで丁寧に論じる余裕はなさそうです。また、他の法律基本科目であれば、「直接証拠とは~。間接証拠とは~。」などと規範を明示する必要があるのですが、実務基礎では必ずしも必要ではありません。
 ※1 下線部bの供述は、そこで示されたAの暴力的な言動から、公訴事実記載の暴行があったのだろう、という程度の緩やかな推認を可能にさせます。もっとも、それだけでなく、公訴事実記載の暴行の存在を認めるB子の供述(証拠③、甲7号証)と整合する一方、暴行を否定するAの供述(証拠④、乙1号証)と矛盾する内容の供述ですから、公訴事実記載の暴行の有無に関する各供述の信用性に影響を与える補助証拠であるともいえます。なお、「下線部bの供述はAの故意を推認させるから間接証拠である。」とする解答は、「Aが公訴事実記載の暴行に及んだことを立証する上で直接証拠又は間接証拠のいずれと考えているか」とする問題文(「Aの故意を立証する上で」とはされていない)に対する解答としては不適切です。

 設問3は、出題の不備であろうと思います。おそらく、出題者が考えている解答は、以下のようなものでしょう。

 

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

1.刑訴法316条の15第3項1号イの「証拠の類型」として、同条1項5号ロに該当する証拠であることを明らかにすべきである。
2.同条3項1号ロの「開示が必要である理由」として、Aが一貫して公訴事実記載の暴行に及んだことを否認していること、甲3号証では公訴事実記載の暴行の一部が供述されていること、甲3号証の録取以前に作成されたVの警察官面前調書が存在するはずであること、甲3号証の録取以前におけるVの供述は、事件についてより記憶が鮮明な状態でされたものといえること、これと甲3号証の供述内容とに食い違いがある場合には、甲3号証の信用性が減殺され得ること等から、甲3号証の証明力を判断するために重要であり、被告人の防御の準備のためにその開示が必要である旨を明らかにすべきである。

(引用終わり)

 

 検察官調書が検察官請求証拠とされている場合に、類型証拠として警察官調書の開示を求めるというのは、典型的な類型証拠開示の例です。そして、上記の参考答案の解答は、そのような場合の模範的なもので、普通はこれでよいわけです。本問でも、上記のようなことを書いて、上位で合格している人はいるようです。しかしながら、本問の事実関係からすれば、これはあり得ない。なぜなら、本問で、Vの警察官面前調書が作られるはずがないからです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

A(26歳,男性)は,平成29年4月6日午前8時,「平成29年4月2日午前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,V(55歳,男性)に対し,その胸部を押して同人をその場に転倒させ,よって,同人に加療期間不明の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた。」旨の傷害事件で通常逮捕され,同月7日午前9時,検察官に送致された。送致記録に編綴された主な証拠は次のとおりであった(以下,特段の断りない限り,日付はいずれも平成29年である。)。

⑴ Vの受傷状況等に関する捜査報告書(証拠①)

 「近隣住民Wの119番通報により救急隊員が臨場した際,Vは,4月2日午前6時10分頃にH県I市J町2丁目3番Kビル前(甲通り沿い)歩道上に,意識不明の状態で仰向けに倒れていたVは,直ちにH県立病院に救急搬送され,同病院において緊急手術を受け,そのまま同病院集中治療室に入院した。同病院医師によれば,Vには硬い面に強打したことに起因する急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲が認められ,Vは,手術後,意識が回復したが,集中治療室での入院治療が必要であり,少なくとも1週間は取調べを受けることはできないとのことであった。」

 (中略)

3 Aは,勾留中,一貫して,Vの胸部を押してVを転倒させ,傷害を負わせた事実を否認した。検察官は,回復したVに対する取調べ等の所要の捜査を遂げ,4月26日,H地方裁判所にAを傷害罪で公判請求した。

(引用終わり)

 

 検察官に送致されるまでの間には、いまだVは取調べを受けられる状態にはなっていない。したがって、警察官調書が作られるはずがないのです(※2)。上記参考答案では、「甲3号証の録取以前に作成されたVの警察官面前調書が存在するはずである」と書いていますが、むしろ逆なのですね。
 ※2 送検後も警察による取調べがされることは普通にありますが、本問では、「検察官は,回復したVに対する取調べ等の所要の捜査を遂げ」とするのみで、警察による送検後のVの取調べについては、何ら記載がありません。身柄拘束中の被疑者取調べであれば、送検後も警察の取調べを受けることは特に記載がなくても当然である、というのもわからなくはありませんが、少なくとも本問のように取調べが困難な状態にあった被害者に対する警察の取調べについては、それがあったことを前提に解答するのであれば、その旨(「○○の時点でVは回復し、警察の取調べにも応じることができた。」等)を問題文に特に記載しておく必要があるでしょう。

 ですから、弁護人が、Vの警察官調書の開示を請求するなどということは、本来は想定できないわけです。ここで、「弁護人はVの病状がわからないのだから、知らないで警察官調書の開示を請求してしまった、という設定なんじゃないの?」と思うかもしれません。しかし、そのように考える余地はないのです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

5 ⓒ弁護人は,検察官請求証拠を閲覧・謄写した後,検察官に対して類型証拠の開示の請求をし,類型証拠として開示された証拠も閲覧・謄写するなどした

(引用終わり)

 

 問題文によれば、開示請求をした類型証拠は、開示されている。これが、「請求した証拠は不存在であるとして開示を拒否された。」なら、つじつまがあうのですが、そうはなっていません。あるはずのない証拠が、開示されているわけですね。おそらく、作問者は、うっかりしたのでしょう。この設問3は、当初は入っていない設問だったのかもしれません。原案が作られた後になって、「Vの検察官調書だけが証拠請求されている事案だから、警察官調書を類型証拠として開示請求する場合を問うてはどうか。」という意見が出て、採用された。後から急に挿入したために、当初の設定との矛盾を失念してしまった。そういうことなのでしょう。実はVの検察官調書が複数あって、検察官がそのうちの一部だけを証拠請求していたので、残りの検察官調書を開示請求したのだ、という理解をすれば一応筋はとおりますが、問題文の事情は、そのようなことを問うような内容にはなっていないでしょう。本問は、出題の不備であろうと思います。このような出題の不備は、意外とよくあることです。今年の予備試験の論文でも、行政法で、出題の不備とみられるものがありました(「平成29年予備行政法で行手法33条を適用すべき理由」)。また、平成27年司法試験出題趣旨の民法に不適切な点があることについては、「司法試験平成27年出題趣旨の読み方(民法)」において、詳しく説明しています。このような出題の不備に現場で気付いてしまうと、混乱してしまいがちです。そんなときは、落ち着いて多数派が書きそうなことを書いておく。正しいか、間違っているかということは、気にしてはいけません。参考答案は、その一例です。こういったところで悩んでしまうのは、時間のロスでしかなく、避けるべきことです。このように不適切な出題が普通にされていることも怖いことですが、一般的に流通している解説ではこの点が適切に説明されておらず、そのことを誰も知らないまま、あり得ない解答が正解だとして普通に流布され、信じられるという現象が起きていることは、さらに怖いことだといえるでしょう。
 設問4は、伝聞証拠に当たるかどうかによって異なる証拠意見になった、ということまでは、比較的多くの人がわかったと思います。問題は、根拠条文です。刑訴法309条1項、同規則205条1項は、予備試験受験生の間では比較的有名な条文ですが、ここで挙げるのは誤りです。

 

(刑訴法309条1項)
 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

(刑訴規則205条1項)
 法第三百九条第一項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。

 

 本問の証拠意見は、証拠決定前のものですから、証拠決定に対する異議でないことは明らか。また、文言上は、「証拠調に関し」といえそうですが、刑訴法309条1項の異議は、異議に対する裁判所の応答を求めるものです。

 

(刑訴法309条3項)
 裁判所は、前二項の申立について決定をしなければならない。

 

 しかし、本問の証拠意見は、これを聴いて裁判所が証拠決定をする、というもので、当事者が異議を述べても、裁判所がその異議に対して別途応答することを予定するものではありません。その意味において、刑訴法309条1項の異議とは性質が異なるのです。なお、証拠決定に対する異議が法令違反に限定される(同規則205条1項ただし書)のは、上記のとおり証拠決定前に証拠意見を聴いて、そこでの異議を踏まえて証拠決定をしているのだから、証拠決定後に単なる不相当の異議を再度させてもほとんど意味がないからです。
 次に、刑訴法298条、同規則190条2項を挙げた人は、間違いとまではいいにくいのですが、本問で挙げるには不適切です。

 

(刑訴法298条1項)
 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

(刑訴規則190条)
 証拠調又は証拠調の請求の却下は、決定でこれをしなければならない。
2 前項の決定をするについては、証拠調の請求に基く場合には、相手方又はその弁護人の意見を、職権による場合には、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。
3項略。

 

 これらの条文は、本問において、裁判所が、公判期日における決定をする場面ではないにもかかわらず、被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない根拠としては、正しい。何が言いたいのかわからない、という人もいるでしょう。そんな人は、刑訴規則33条を見て下さい。

 

(刑訴規則33条1項)
 決定は、申立により公判廷でするとき、又は公判廷における申立によりするときは、訴訟関係人の陳述を聴かなければならない。その他の場合には、訴訟関係人の陳述を聴かないでこれをすることができる。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。

 

 公判前整理手続は公判準備であって、公判廷における手続ではありません。

 

(刑訴法316条の2第1項)
 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。

(刑訴法282条1項)
 公判期日における取調は、公判廷でこれを行う。

 

 そうすると、刑訴規則33条1項本文後段によれば、公判準備である公判前整理手続においては、「申立により公判廷でするとき、又は公判廷における申立によりするとき」には当たらないから、当事者の意見を聴かずに証拠決定ができそうだ、しかし、そうではない、というのが、上記刑訴規則190条2項で、これは33条1項ただし書の特別の定めに当たると理解されています。なお、刑訴法298条1項、同規則190条2項は、公判準備にも適用される条文です(「第一節 公判準備及び公判手続」の表題参照)。そういうわけで、本問でも、裁判所は、検察官請求証拠について証拠決定をするに当たり、相手方である被告人又はその弁護人の意見を聴く必要がある。その意味では、間違ってはいません。しかし、本問で問われているのは、なぜ弁護人が証拠意見を述べたのか、ということですよね。ですから、弁護人が証拠意見を述べなければならなかった根拠を摘示すべきでしょう。すなわち、刑訴法316条の16第1項です。

 

(刑訴法316条の16第1項)
 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに前条第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、検察官請求証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない

 

 「第三百十六条の十三第一項の書面」とは、証明予定事実記載書を指し、「第三百十六条の十四第一項並びに前条第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示」とは、検察官請求証拠及び類型証拠の開示を指します。

 

(刑訴法316条の13第1項)
 検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実(公判期日において証拠により証明しようとする事実をいう。以下同じ。)を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない。

(刑訴法316の14第1項)
 検察官は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠(以下「検察官請求証拠」という。)については、速やかに、被告人又は弁護人に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。
 各号略。

(刑訴法316条の15)
 検察官は、前条第一項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、次の各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、同項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。
 各号略。
2 前項の規定による開示をすべき証拠物の押収手続記録書面(前条第一項又は前項の規定による開示をしたものを除く。)について、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、当該証拠物により特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときも、同項と同様とする。
3項略。

 

 本問では、証明予定事実記載書の送付を受け、かつ、検察官請求証拠及び類型証拠の開示を受けています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 検察官は,5月10日,前記傷害被告事件について,証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し,併せて,証拠の取調べを裁判所に請求し,当該証拠を弁護人に開示した

 (中略)

5 ⓒ弁護人は,検察官請求証拠を閲覧・謄写した後,検察官に対して類型証拠の開示の請求をし,類型証拠として開示された証拠も閲覧・謄写するなどした上,「Aが,Vに対し,公訴事実記載の暴行に及んだ事実はない。Vは,興奮した状態でAの胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,このときVの何らかの疾患が影響して,自らふらついて転倒して後頭部を強打し,公訴事実記載の傷害を負ったにすぎない。」旨の予定主張事実記載書を裁判所に提出するとともに検察官に送付し,併せて,検察官に対して主張関連証拠の開示の請求をした。

(引用終わり)

 

 だから、本問の弁護人は、「第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない」わけです。これを指摘できたかどうかで、ここは差が付くでしょう。公判前整理手続の条文は頻出ですから、直前に確認しておくべきです。なお、本問では、弁護人は「異議あり」とするだけで、異議事由を明らかにしていません。通常は、「異議あり。必要性なし。」とか、「異議あり。関連性なし。」などと異議事由を明示します。おそらく、異議事由を問題文に記載してしまうと、その異議事由の存否まで解答する人が出てくるので、敢えて問題文には書かなかったのでしょう。
 設問5は、最決平23・9・14(川口強制わいせつ事件)を知っているかどうかそれだけの問題です。

 

最決平23・9・14より引用。太字強調は筆者。)

 本件において,検察官は,証人(被害者)から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するために証人が過去に被害状況等を再現した被害再現写真を示そうとしており,示す予定の被害再現写真の内容は既にされた供述と同趣旨のものであったと認められ,これらの事情によれば,被害再現写真を示すことは供述内容を視覚的に明確化するためであって,証人に不当な影響を与えるものであったとはいえないから,第 1 審裁判所が,刑訴規則199条の12を根拠に被害再現写真を示して尋問することを許可したことに違法はない

 (中略)

 本件において証人に示した被害再現写真は,独立した証拠として採用されたものではないから,証言内容を離れて写真自体から事実認定を行うことはできないが,本件証人は証人尋問中に示された被害再現写真の内容を実質的に引用しながら上記のとおり証言しているのであって,引用された限度において被害再現写真の内容は証言の一部となっていると認められるから,そのような証言全体を事実認定の用に供することができるというべきである。

(引用終わり)

 

 上記判例の後半部分は、最決平25・2・26(電子メール添付事件)でも明示的に引用されています。

 

最決平25・2・26より引用。太字強調は筆者。)

 本件電子メールは,刑訴規則199条の10第1項及び199条の11第1項に基づいて被告人乙に示され,その後,同規則49条に基づいて公判調書中の被告人供述調書に添付されたものと解されるが,このような公判調書への書面の添付は,証拠の取調べとして行われるものではなく,これと同視することはできないしたがって,公判調書に添付されたのみで証拠として取り調べられていない書面は,それが証拠能力を有するか否か,それを証人又は被告人に対して示して尋問又は質問をした手続が適法か否か,示された書面につき証人又は被告人がその同一性や真正な成立を確認したか否か,添付につき当事者から異議があったか否かにかかわらず,添付されたことをもって独立の証拠となり,あるいは当然に証言又は供述の一部となるものではないと解するのが相当である。
 本件電子メールについては,原判決が指摘するとおり,その存在及び記載が記載内容の真実性と離れて証拠価値を有するものであること,被告人乙に対してこれを示して質問をした手続に違法はないこと,被告人乙が本件電子メールの同一性や真正な成立を確認したことは認められるが,これらのことから証拠として取り調べられていない本件電子メールが独立の証拠となり,あるいは被告人乙の供述の一部となるものではないというべきである。本件電子メールは,被告人乙の供述に引用された限度においてその内容が供述の一部となるにとどまる最高裁平成21年(あ)第1125号同23年9月14日第一小法廷決定・刑集65巻6号949頁参照)。
 したがって,上記の理由により本件電子メールが被告人乙の供述と一体となったとして,これを証拠として取り調べることなく事実認定の用に供することができるとした原判決には違法があるといわざるを得ない。

(引用終わり)

 

 これは、刑訴法の知識として、知っておきたい論点です。当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」でも、論証を用意しています。

 

(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用)

規則199条の12によって証拠採用されていない書面等を示すことができる場合
重要度:B
 証人から立証事項に関する具体的な供述が十分にされた後に、その供述を明確化するために示す場合であって、書面等の内容が既にされた供述と同趣旨のものであるときは、規則199条の12に基づき、証拠採用されていない書面等を示すことができる(川口強制わいせつ事件判例参照)。

証拠採用されていない書面等を示して得られた証言を事実認定に用いることはできるか
重要度:B
 証人に示した書面等は、独立した証拠として採用されたものではないから、証言内容を離れてその書面等自体から事実認定を行うことはできないが、証人が証人尋問中に示された書面等の内容を実質的に引用しながら証言した場合には、引用された限度においてその書面等の内容が証言の一部となるから、そのような証言全体を事実認定に用いることができる(川口強制わいせつ事件、電子メール添付事件各判例参照)。

(引用終わり)

 

 これが刑訴法科目の出題であれば、上記の規範を一般論として明示した後に、問題文の事実を書き写して当てはめをするわけですが、刑事実務基礎ではそのような紙幅はありません。ですから、規範を当然の前提として、いきなり当てはめるようにまとめて書く。具体的には、以下のような感じです。

 

(参考答案より引用)

1.小問(1)

 検察官は、Vが、AがVの胸を両手で1回強く押したことに関する具体的な供述が十分にされた後に、その供述を明確化するために甲4号証貼付の写真を示そうとしており、同写真は、Vの公判廷供述と同趣旨のものであることから、裁判長は、刑訴規則199条の12第1項に基づき、同写真を示すことを許可したと考えられる。

2.小問(2)

 甲4号証貼付の写真は、独立した証拠として採用されたものではないから、裁判所は、Vの証言内容を離れて同写真自体を事実認定の用に供することはできない。もっとも、Vは、同写真を示されて、同写真を引用しながら証言しており、Vが引用した限度において同写真の内容が証言の一部となるから、裁判所は、そのような証言全体を事実認定の用に供することができる。

(引用終わり)

 

 これが、実務基礎の特徴です。逆にいえば、他の法律基本科目では、上記のような書き方をしてはいけない。丁寧に規範を明示し、問題文の事実を書き写して当てはめる必要があります。実務基礎だけは成績が良いのに、他の法律基本科目の成績が悪い、という人は、この点をもう一度再確認してみるとよいでしょう。
 実際には、上記の判例を知らなかった人の方が多かったのではないかと思います。結果的に、小問(1)は刑訴規則199の12を摘示できたか、小問(2)は取調べを経ていない以上事実認定の用に供することができないという原則論を答案に示せているかで、差が付いたでしょう。小問(2)に関しては、写真自体が事実認定に用いられるのではなく、写真を引用した証言が事実認定に用いられることによって、引用された写真の内容が事実認定に用いられることになる、ということがポイントです。問題文の「同写真とVの証言内容との関係に言及しつつ」とは、このことを意味しています。
 設問6の小問(1)は、特に説明を要しないでしょう。ポイントとしては、規範の明示をしない。すなわち、「相反する」の意義や相対的特信情況の判断基準を一般的に明示することなく、いきなり当てはめる書き方をするということくらいでしょう。小問(2)は、現実の訴訟であれば、「必要性あるに決まってるだろ。」、「ですよね。」で終わりそうなところです。しかし、答案としては、「必要性あるに決まってる」理由をきちんと示すべきなのでしょう。B子が犯行の一部始終を目撃した唯一の証人であること、その供述が変遷していることを、まず指摘したい。それから、弁護人が必要性なしと言っているのは、要するにB子は公判廷に出てきているのだから、公判廷で尋問すれば足り、書面を出す必要はないということです。ですから、公判廷でB子に聞いても埒があかないということを示せばよい。この小問は最後の設問なので、時間と紙幅を余らせないように、余裕があればしっかり書いておきたいところです。時間と紙幅を余らせて、ぼんやりと待機する時間を作ってしまった人は、反省すべきでしょう。

 

【参考答案】

第1.設問1

 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(刑訴法207条1項、60条1項2号)があるか否かは、隠滅の対象、隠滅の態様、隠滅の客観的・主観的可能性を考慮して判断すべきである。
 本件で、疎明資料(刑訴規則148条1項3号)として提供されたと考えられる証拠③によれば、Aは、B子と交際し、2人で生活していることが一応認められるから、B子を対象とし、口裏合わせという態様による隠滅が行われる客観的・主観的可能性が高い。
 以上を考慮し、裁判官は、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があると判断したと考えられる。

第2.設問2

 公訴事実記載の暴行とは、Vの胸部を両手で2回押すというものである。下線部bには、Aが上記暴行に及んだ旨の供述は含まれていない。
 よって、検察官は、下線部bの供述を間接証拠と考えている。

第3.設問3

1.刑訴法316条の15第3項1号イの「証拠の類型」として、同条1項5号ロに該当する証拠であることを明らかにすべきである。

2.同条3項1号ロの「開示が必要である理由」として、Aが一貫して公訴事実記載の暴行に及んだことを否認していること、甲3号証では公訴事実記載の暴行の一部が供述されていること、甲3号証の録取以前に作成されたVの警察官面前調書が存在するはずであること、甲3号証の録取以前におけるVの供述は、事件についてより記憶が鮮明な状態でされたものといえること、これと甲3号証の供述内容とに食い違いがある場合には、甲3号証の信用性が減殺され得ること等から、甲3号証の証明力を判断するために重要であり、被告人の防御の準備のためにその開示が必要である旨を明らかにすべきである。

第4.設問4

1.弁護人が証拠意見を述べたのは、証明予定事実記載書の送付を受け、検察官請求証拠と類型証拠の開示を受けた場合には、検察官請求証拠について証拠意見を明らかにする必要があるからである(刑訴法316条の16第1項)。

2.弁護人が、甲4号証について「不同意」との意見を述べたのは、貼付された再現写真は警察官の動作によるVの供述が表現されたものであり、Vの説明及び再現写真どおりのAのVに対する暴行の存在が要証事実となることから、原則として証拠能力が否定される伝聞証拠(320条1項)として、326条1項の同意の対象となると考えたからである。

3.これに対し、弁護人が、甲5号証について「異議あり」との意見を述べたのは、単純な現場写真であって、供述証拠に当たらない(新宿騒乱事件判例参照)と考えたからである。

第5.設問5

1.小問(1)

 検察官は、Vが、AがVの胸を両手で1回強く押したことに関する具体的な供述が十分にされた後に、その供述を明確化するために甲4号証貼付の写真を示そうとしており、同写真は、Vの公判廷供述と同趣旨のものであることから、裁判長は、刑訴規則199条の12第1項に基づき、同写真を示すことを許可したと考えられる。

2.小問(2)

 甲4号証貼付の写真は、独立した証拠として採用されたものではないから、裁判所は、Vの証言内容を離れて同写真自体を事実認定の用に供することはできない。もっとも、Vは、同写真を示されて、同写真を引用しながら証言しており、Vが引用した限度において同写真の内容が証言の一部となるから、裁判所は、そのような証言全体を事実認定の用に供することができる。

第6.設問6

1.小問(1)

(1)公訴事実記載の暴行及びその後倒れたVの腹の上に馬乗りになってVを殴ろうとしたか否かという点について、B子の公判廷供述は、甲7号証における供述内容と正反対の認定を導き得るものであるから、「前の供述と相反する…供述をしたとき」(刑訴法321条1項2号後段)に当たる。

(2)B子は、公判廷において、「嘘を話した覚えはない。録取された内容を確認した上、署名・押印したものが、甲7号証の供述録取書である。」と証言しており、その成立及び内容の真実性について認めていること、「5月に入ってからAの子を妊娠していることが分かった。」と証言しており、甲7号証の録取があった後にAをかばうべき事情が新たに生じたと考えられることから、相対的特信情況(同号ただし書)がある。

2.小問(2)

 本件では、暴行の有無が主に争われており、犯行があったとされる状況の一部始終を目撃していたのはB子のみである。B子は、犯行から近い時点において録取された甲7号証においては暴行の存在を認める供述をしていた。にもかかわらず、公判廷においては一転して暴行の存在を否定する供述をした。捜査段階での検察官に対する供述状況について、B子は、「何を話したのか覚えていない」と証言する一方で、「嘘を話した覚えはない。」とも証言していることから、これ以上公判廷においてB子を尋問することは適切でなく、甲7号証を直接に取り調べる必要がある。

以上

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