平成30年司法試験短答式試験の結果について(3)

1.科目別の平均点、最低ライン未満者の状況をみてみましょう。以下は、直近5年間の科目別の平均点及び最低ライン未満者割合の推移をまとめたものです。平成26年については、憲法の欄は公法系(憲法及び行政法)を、民法の欄は民事系(民法、商法及び民事訴訟法)を、刑法の欄は刑事系(刑法及び刑事訴訟法)を、それぞれ示しています。また、平成26年の平均点の欄には、他の年との比較のために2分の1にした数字を括弧書きで示しました。

憲法
平均点
民法
平均点
刑法
平均点
憲法
最低ライン
未満割合
民法
最低ライン
未満割合
刑法
最低ライン
未満割合
26 61.0
(30.5)
99.8
(49.9)
57.9
(28.9)
3.9% 3.9% 9.0%
27 32.8
51.6
36.3
2.3% 4.1% 4.3%
28 34.3
49.5
36.2
2.3% 6.1% 4.6%
29 32.0
48.0 33.8
3.7% 5.0% 3.2%
30 33.2 47.8 35.9 1.7% 7.1% 3.0%

 昨年は、全科目で平均点が下がり、全体的な難化となっていました。そのことが、合格点及び平均点を引き下げる要因となっていたのでした(「平成29年司法試験短答式試験の結果について(2)」)。今年は、憲法の平均点は1点程度、刑法の平均点は2点程度上昇し、民法はほぼ横ばいとなっています。その結果、前回の記事(「平成30年司法試験短答式試験の結果について(2)」)でみたとおり、全体の平均点が3点上昇したわけです。今年は、昨年の反動で、平易化したといえます。それでも、平成27年、平成28年と比べると、全体的にやや難しかったといえるでしょう。ここから、作問者の感覚を推測することができます。すなわち、平成27年、平成28年は、やや簡単に作りすぎた、という反省があった。そこで、平成29年は難しめに作ってみた。ところが、これはやや難しすぎたという反省があって、今年はもう少し易しめに作ってみた。このような感覚が、作問者にあったのでしょう。そうすると、今後の傾向としては、平成27年、平成28年ほどには易しくなりにくい一方で、平成29年ほど難しくもなりにくい。その間くらいの難易度で推移する可能性が高いだろう、という予測ができるでしょう。
 短答式試験の試験科目が7科目だった頃は、憲民刑の基本科目は比較的易しく、残りの4科目がやや難しいという感じでした。特に、民法はかなり易しく、普通に論文の学習をしているだけでも、7割くらいは取れる。短答対策をきちんとやっていれば、8割、9割は正解できて当然だろうという内容でした。しかし、憲民刑の3科目になってからは、そうもいかなくなっています。短答プロパーの知識をインプットしていないと、論文の学習だけでは、合格点を確実に取れるとはいえないという感じです。このことは、注意しておくべきことでしょう。短答7科目時代の合格者から、「論文の勉強を真面目にやっていれば短答は合格できるから、短答に特化した対策は不要ですよ。」というようなことを言われることがあるかもしれませんが、それは当時そうだった、というだけで、現在では当てはまらないことです。前回の記事(「平成30年司法試験短答式試験の結果について(2)」)でも説明したように、早い時期から肢別問題集をマスターしておくことが必要です。

2.最低ライン未満者割合をみると、憲法が減少、民法は増加、刑法は横ばい、という結果になっています。これを平均点と照らし合わせてみると、必ずしも、平均点の変化と対応していないことがわかるでしょう。憲法は1点程度しか平均点が上昇していないのに、最低ライン未満者割合は2%も減少しています。一方で、刑法は平均点が2点程度上昇しているのに、最低ライン未満者割合は横ばいになっている。民法は、平均点がほとんど変わっていないのに、最低ライン未満者割合は2%程度増加しています。これは、各科目における得点のバラつきの差によって生じている現象です。
 一般に、平均点が下がると、全体の得点が押し下げられますから、最低ライン未満者は増える。これは、わかりやすい現象です。一方で、得点のバラつきが大きくなると、どうなるか。得点のバラつきが大きくなるということは、極端に高い点数を取る人や極端に低い点数を取る人が増えるということです。最低ライン未満者というのは、極端に低い点数を取った人です。ですから、得点のバラつきが大きくなると、平均点が一定でも、最低ライン未満者は増えるのです。このことを理解すると、憲法は、昨年より得点のバラつきが小さく、民法は得点のバラつきが大きく、刑法は、得点のバラつきが大きくなった(それが平均点の増加の効果を打ち消した。)のだろう、と予測できます。実際のところは、どうか。ここでは、得点のバラつきを示す指標として、標準偏差を用いましょう。各科目の標準偏差は、法務省が公表している科目別の得点別人員調から算出することができます。以下は、175点満点になった平成27年以降の標準偏差の推移です。

憲法 民法 刑法
27 6.2 11.1 8.4
28 6.5 11.2 8.2
29 6.3 10.2 6.9
30 5.9 11.1 7.6

 標準偏差は、得点のバラつきが大きくなれば値が大きくなり、得点のバラつきが小さくなれば値が小さくなります。今年の憲法は、直近では最も得点のバラつきが小さかったことがわかります。このことが、憲法の最低ライン未満者割合の減少に寄与したのです。民法は、昨年一度小さくなったバラつきが、今年は平成27年、平成28年並みに戻っています。民法で、平均点がほとんど変わっていないのに最低ライン未満者割合の増加が生じたのは、このことが原因であったといえます。刑法も、民法と同様に、昨年小さめだったバラつきが、やや大きくなっています。刑法の平均点は2点程度上昇しているのに、最低ライン未満者割合がほぼ横ばいだったのは、このことが原因だったというわけです。
 上記の表のように、平成27年及び平成28年は、得点のバラつきが大きめに推移していました。これは、受験回数制限緩和の影響で、従来受控えをしていた者が受験するようになったことによる下位層の増加と、短答に極端に強い4回目、5回目受験生の参入という上位層の増加という要素が同時に加わったことが原因でした(「平成28年司法試験短答式試験の結果について(3)」)。
 昨年は、一時的に、全科目で得点のバラつきが小さくなった年でした。この原因は、問題の質の変化によるものでした。すなわち、「難しい問題は上位者でもなかなか取れないくらい難しい反面、易しい問題は下位者でも取れるくらい易しかった。」ということです。このことは、刑法に顕著に表れていました。平成28年は、約4割の人が刑法で40点以上を取っていたのに対し、昨年の刑法で40点以上を取った人は、2割強にすぎなかったのです(「平成29年司法試験短答式試験の結果について(3)」)。平成28年と昨年の刑法の標準偏差を比べてみても、大きな差があることがわかります。
 そして、今年は、憲法でさらにバラつきが小さくなった反面で、民法、刑法は再びバラつきが大きくなってきています。すなわち、憲法はかなり勉強をしても正誤の判断に迷う問題がある一方で、誰もが取れる易しい問題もあった。民法、刑法は、きちんと勉強していないと点が取れないが、きちんと勉強していれば高得点が取れる問題だった、ということです。特に刑法は、満点が48人もいることから、きちんと勉強していれば点が取れる問題だったことがわかります。過去の傾向からも、刑法は比較的満点を取る人の多い科目で、勉強しがいのある科目といえるでしょう。もっとも、まだ科目ごとの難易度の傾向は、流動的といえます。来年は、逆に憲法で得点のバラつきが大きくなる可能性もあるでしょう。いずれにせよ、短答に合格するためには、誰もが取れる問題をしっかり取る、ということが重要です。予備校等で問題ごとの正答率が公表されます。正答率が70%を超えるような問題を確実に解答できる程度の知識が、合格の目安になります。そのような問題というのは、ほとんどが過去問で繰り返し問われている知識を問うものです。過去問で繰り返し問われているので、誰もが正誤を正しく判断できるのです。そのようなことがあるので、過去問は、全肢潰すつもりでやるべきなのです。

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