平成30年司法試験の結果について(4)

1 今回は、論文の合格点を考えます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まりますから、論文単独の合格点は存在しません。もっとも、短答の影響を排除した論文の合格点の目安を考えることは可能です。
 今年の合格者数は、1525人でした。これは、論文で1525位に入れば、短答で逆転されない限り、合格できるということを意味しています。そこで、論文で1525位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、387点だと1520位、386点だと1548位となっています。したがって、1525位以内の順位になるためには、387点が必要だったということになります。ここでは、このように定まる得点を便宜上、「論文の合格点」と表記します。

2 直近5年間の司法試験における論文の全科目平均点、論文の合格点及び全科目平均点と合格点の差をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。


(平成)
全科目
平均点
論文の
合格点
平均点と
合格点の差
26 344 370 26
27 365 400 35
28 389 425 36
29 360 385 25
30 369 387 18

 今年は、昨年から平均点が9点上がっているのに、合格点は2点しか上がっていないことがわかります。その結果、平均点と合格点の差は、7点縮まっている。単純に考えると、平均点が上昇すれば、同じくらい合格点も上がりそうですが、どうしてそうなっていないのでしょうか。

3 要因は2つあります。1つは、論文の合格率の上昇です。論文の合格率が上昇すれば、合格点は下がりやすくなる。これは、以下のような単純な例を考えれば、すぐ理解できるでしょう。

受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位2人が合格(合格率20%)であれば、合格者はABで、合格点は90点になります。それが、上位4人合格(合格率40%)になると、合格者はABCDで、合格点は70点に下がる。単純なことです。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、直近5年の短答合格者ベースの論文合格率の推移です。

論文
合格率
26 35.6%
27 34.8%
28 34.2%
29 39.1%
30 41.5%

 昨年は、論文合格率が急上昇した年でした。そのため、全科目平均点が29点下がったのに対し、合格点は40点も下がったのでした(「平成29年司法試験の結果について(4)」)。今年は、昨年ほどではありませんが、論文合格率が上昇しています。そのため、昨年ほどではありませんが、合格点が押し下げられたのです。これが、平均点の上昇幅ほど合格点が上昇しなかった1つ目の要因です。

4 もう1つの要因は、論文の合計得点のバラ付きの縮小です。論文の合計得点のバラ付きが縮小すると、合格点は下がりやすくなる。これも、以下のような単純な例を考えれば、すぐ理解できます。

表1
受験生 得点
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
平均点 55

 

表2
受験生 得点
64
62
60
58
56
54
52
50
48
46
平均点 55

 受験生AからJまでの10人が受験して、上位3人が合格するとすると、表1では合格点は80点ですが、表2では60点まで下がります。平均点が同じでも、バラ付きが縮小すると、合格点は下がるのです(※1)。
 ※1 厳密には、これは合格点が平均点より高い場合に当てはまることです。合格点が平均点未満の数字になる場合には、バラ付きが縮小すると合格点は上昇する。このことも、上記の表1と表2を対照することで確認できます。

 「論文試験では得点調整(採点格差調整)がされるので、バラ付きは常に一定になるんじゃないの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。そのように思った人は、得点調整が各科目単位で行われることに注意する必要があります。得点調整によって、各科目のバラ付きは一定(※2)になりますが、それを合計する段階では、何らの調整もされないのです。
 ※2 法務省の資料から逆算する方法によって、これは各科目につき標準偏差10であることがわかっています。

 単純な例で確認してみましょう。憲民刑の3科目について、3人の受験生ABCが受験するとします。

表3 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 10 50 150
受験生B 50 90 10 150
受験生C 10 50 90 150

 表3では、各科目ではABCに得点差が付いていますが、合計得点は全員一緒です。ある科目で高得点を取っても、他の科目で点を落としたり、平凡な点数にとどまったりしているからです。

表4 憲法 民法 刑法 合計点
受験生A 90 90 90 270
受験生B 50 50 50 150
受験生C 10 10 10 30

 表4も、各科目の得点のバラ付きの程度は、表3の場合と同じです。しかし、合計得点に大きな差が付いている。これは、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取るという、強い相関性があるからです。このように、各科目の得点のバラ付きが一定であっても、合計得点のバラ付きは変動し得るのです。そして、そのバラ付きの大小は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という相関性の強弱を示すものでもあるといえます。
 実際の数字をみてみましょう。以下は、法務省の公表する資料から算出した直近5年の論文式試験の合計得点の標準偏差の推移です。標準偏差の数字は、大きければバラ付きが大きく、小さければバラ付きが小さいことを示します。


(平成)
論文式試験
合計得点
標準偏差
26 71.5
27 78.1
28 80.4
29 81.0
30 76.3

 平成27年は、前年の平成26年より急激にバラ付きが大きくなった年でした。この年は、全科目平均点が21点上昇したのに対し、合格点は30点も上昇したのでした(「平成27年司法試験の結果について(4)」)。
 今年はどうかというと、昨年よりもバラ付きが小さくなっていることがわかります。これが、平均点の上昇幅ほど合格点が上昇しなかった2つ目の要因です。
 上記のとおり、論文の合計得点のバラ付きは、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という相関性の強弱を示すものでもあります。昨年よりも論文の合計得点のバラ付きが小さくなったということは、昨年と比べて、「ある科目で高得点を取った人でも、他の科目で失敗してしまうことがあり、ある科目で低い点数を取った人でも、他の科目では高い得点を取っていた。」ということを意味しているのです。その要因としては、憲法と刑法でやや従来とは異なる傾向の出題がされたこと、商法の設問2や民訴の設問1が、実力者でもうっかりすると的外れな解答をしてしまいやすかったという辺りにあるのでしょう。その意味では、今年はややイレギュラーな要素が強かったといえるでしょう。それでも、平成26年よりはバラ付きが小さいことに注意が必要です。近時の司法試験は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という科目間の相関性が強い試験になっているのです。このことは、当サイトが繰り返し説明している、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答するという答案スタイルが確立していれば、どの科目も安定して得点できるという最近の傾向と符合しています。

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