「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」
を発売しました

Amazonより、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」を発売しました。
本書はKindle用電子書籍ですが、Kindle以外の端末やPCからも、下記の無料アプリを使って利用できます。

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【本書の概要】

 本書は、司法試験の論文式試験対策として、覚えておくと役に立つ民法総則の定義(意義)、趣旨、論証をまとめたものです。
 重要度に応じて、項目ごとにAAからCまでのランクを付しました。

 第2版では、主に、いわゆる債権法改正(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号))に伴う内容の変更と初版以降の判例の追加を行っています。
 本書に関わる債権法改正の内容について、冒頭の【債権法改正について】の項目で、簡単に説明しています。
 また、本書では、通常表示と暗記カード表示の2つの表示形式のものを掲載しました。両者は表示方法が違うだけで、論証の中身は同じです。
 暗記カード表示は、論点の項目名と論証の間で改ページがされていますので、論点名を見て論証の中身を思い出し、次のページで内容の確認をするという使い方ができます。
 前半に通常表示のものを掲載し、後半に暗記カード表示のものが掲載されていますので、適宜目次などから選んで利用して頂ければと思います。

 

【債権法改正について】

 いわゆる債権法改正(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号))のうち、本書の内容に関わる点について、簡単に説明します。以下の説明において、「改正」というときは、この債権法改正を指します。

1.法律行為の有効要件
 改正前は、原始的に不能な法律行為は当然に無効とされていたため、法律行為の有効要件として実現可能性が挙げられていました。しかし、改正後は、原始的に不能であっても、当然には無効とならないこととされました(改正後412条の2第2項)。そのため、改正後は、実現可能性は法律行為の有効要件には含まれないことになります。本書では、「法律行為の有効要件」の項目で、これが反映されています。

2.心裡留保
 改正前は、93条ただし書により無効となる意思表示を前提に法律関係に入った第三者の保護が論点でしたが、改正後は、同条に2項が新設され、同項を適用すれば足りることになりました。

3.錯誤
 錯誤については、その効果が無効から取消しに変更されるとともに、改正前の論点のいくつかが明文化されました。
 改正前は、当てはめの前提として、「錯誤」の意義を示す必要がありましたが、改正後は、95条1項各号において具体的な意義が示されており、「錯誤」の文言自体には、表意者自身が各号該当性を認識していない、という程度の意味しかありません。そのため、「錯誤」の意義を積極的に示す必要性はなくなりました。
 改正前は、「要素」とされていたものが、改正後は「重要なもの」とされました。もっとも、その実質に大きな変更はありません。
 動機の錯誤について、改正前は、それが「錯誤」に当たるかを含めて論点でしたが、改正により、改正前の判例法理が明文化されました(改正後95条1項2号及び同条2項)。したがって、改正後はこれらの規定に当てはめれば足りることになります。もっとも、注意すべき点もあります。最判平28・1・12は、単に動機が表示されただけでは足りず、法律行為の内容とされたことを要求します。その主たる判断基準は、当事者の意思解釈上、誤認が事後的に判明した場合に効力を否定する前提であったか否かです。

 

(最判平28・1・12より引用。太字強調は筆者。)

 被上告人は融資を、上告人は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから、主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき、その場合に上告人が保証債務を履行しないこととするのであれば、その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であった。それにもかかわらず、本件基本契約及び本件各保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれていないことからすると、主債務者が反社会的勢力でないということについては、この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定することまでを被上告人及び上告人の双方が前提としていたとはいえない。……(略)……。
 そうすると、a社が反社会的勢力でないことという上告人の動機は、それが明示又は黙示に表示されていたとしても、当事者の意思解釈上、これが本件各保証契約の内容となっていたとは認められず、上告人の本件各保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。

(引用終わり)

 

 改正後95条1項2号及び同条2項の文言だけをみると、表示だけしか要求されていないようにもみえますが、改正法は、「法律行為の基礎」の文言に上記判例の趣旨を含めています。

 

(法制審議会民法(債権関係)部会第96回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

内田貴委員「法律行為の基礎ですけれども、この部分は従来は意思表示の内容とか法律行為の内容という表現が使われていて、それに対しては、法律行為の内容という言葉の場合が特にそうですけれども、合意の内容とどう違うんだということが随分この部会でも議論され、合意の内容と読めるのだとすると、狭過ぎるではないかということで、部会の中では法律行為の前提としたという表現ではどうかという御意見もあったわけです。そういった御意見を踏まえて、前提ではなく基礎という表現を使って、しかし趣旨としては、意思表示の内容としたという言葉で表現されていたことを表そうとしたのだと思います。ですから、これまでの判例法理の明文化を目指したということは全くそのとおりで、表現も判例法理で使われているワーディングについて生じていた疑義を回避するために、やや異なった表現を用いたということだと思います。」

(引用終わり)

 

 判例が「契約の内容」という表現を用いて要求する実質的な内容が、「当事者の意思解釈上、誤認が事後的に判明した場合に効力を否定する前提であったこと」であるという理解に立てば、それを「法律行為の基礎」という文言で表現しても、特に違和感はないでしょう。このように、「法律行為の基礎」の当てはめには、注意を要するのです。本書では、「「法律行為の基礎」(95条1項2号、同条2項)の判断基準」の項目で、上記の趣旨が反映されています。
 表意者に重過失がある場合について、改正前は相手方が悪意・重過失の場合や共通錯誤の場合が論点でしたが、改正後は、同条3項各号を適用すれば足りることとなりました。
 改正により、第三者保護規定(改正後95条4項)が新設されています。本書では、「95条4項の趣旨」、「「第三者」(95条4項)の意義」、「法律上の利害関係の判断基準」、「「第三者」(95条4項)は対抗力の具備を要するか」の各項目で、これが反映されています。なお、取消後の第三者の保護については、詐欺・強迫取消しとまとめて、「取消後の第三者の保護」の項目で取り扱っています。
 錯誤と担保責任の関係について、改正後は、錯誤があっても取消権が行使されるまでは契約は有効であることから、「錯誤は意思の欠缺による無効なので担保責任に優先する。」という論理が成り立たないことがより明確になりました。そこで、本書では、選択行使可能説を採用することとしました。「錯誤と担保責任の適用関係」の項目で、これが反映されています。もっとも、選択行使可能とする場合、錯誤取消しの消滅時効期間(126条)よりも種類・品質に関する担保責任の期間制限(改正後566条)の方が短いことを考慮する必要があります。本書では、「種類・品質の錯誤に関する期間制限」、「種類・品質の錯誤に関する期間制限の理由」の各項目で、この点が反映されています。

4.詐欺
 改正前は、96条2項、3項の善意に無過失を要するかが論点でしたが、改正により、無過失を要する旨が明文化されました。

5.代理
 改正により、101条に2項が新設されました。この2項自体は、改正前も1項から当然に導出されると解されていた内容ですから、さほど重要ではありません。この2項の新設により、改正前の2項が3項に移されていますが、改正前に存在した「本人の指図」の要件が削除されています。そのため、改正後は本人の指図の要否は問題とならず、代えて、特定の法律行為の委託の要否が問題となります。本書では、「特定の法律行為の委託がない場合の101条3項の適用」の項目において、これが反映されています。
 改正前は、代理権の濫用は論点でしたが、改正後は107条が新設され、同条の適用によって解決されることになりました。本書では、「107条(代理権の濫用)の趣旨」の項目で、これが反映されています。
 改正前108条は、自己契約及び双方代理のみを規定していたため、利益相反行為一般について同条が類推適用されるかは論点でした。しかし、改正後は、同条に2項が新設され、利益相反行為一般が規律されるに至っています。
 改正前は、表見代理規定の重畳適用は論点でしたが、改正により、109条、112条に重畳適用に関する2項が新設されました。改正後は、これを適用すれば足りることになります。
 無権代理人の責任について、改正前は、相手方有過失・無権代理人悪意の場合の無権代理人の責任の肯否は論点でしたが、改正後は、117条2項2号ただし書により、無権代理人の責任が認められることが明確にされました。

6.取り消し得る行為の追認
 改正前124条1項は、取消権の了知を明示的に要件としていなかったことから、その要否が論点でした。しかし、改正後の124条1項は、取消権の了知を明示的に要件としています。本書では、「取消権の了知が追認の要件とされた(124条1項)趣旨」の項目で、これが反映されています。
 上記の124条1項の改正を踏まえると、125条の法定追認についても、当然に取消権の了知を要するとも思えます。しかし、改正後の125条柱書においては、改正前の「前条の規定により」の文言が削除され、単に「追認をすることができる時以後に」とされています。これは、法定追認について取消権の了知を要しないとする判例(大判大12・6・11)を積極的には否定しない趣旨のものです。

 

(法制審議会民法(債権関係)部会第97回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

村松秀樹幹事「ここは平たく言えば、125条に関する判例法理がどうなるかについては、解釈に委ねるのであるということがよろしいのではないかということを申し上げようとしております。まずは恐らくそこの点がどうなのかということが一つあろうかと思います。
 これまでの部会の議論では、125条についても併せて既存の判例が変更を余儀なくされる可能性がありますよということは、申し上げていたつもりですけれども、その点については若干、異論もあると事務当局としては認識しておりましたところ、部会ではその点が余り議論がされないままに来ておりました。果たしてそれでよいのかという点を最後の条文化の段階で、もう一度、見直したときに、125条まで決め打ちしない方がよいのではないかと考えたと。その点がどうなのかという点が1点あろうかと思います。
 仮に事務当局が今、申し上げましたように、この点については決め打ちをしないという方策を採ろうと考えた場合に、条文の方をどのようにしておくのが適切なのかという点で、少なくとも「前条の規定により」という部分を今回、削りましたけれども、その部分について削っておく方がなお解釈論の展開がしやすいだろうということで削ったというのが趣旨でございます。ただ、この点は部会の従前の議論で必ずしも明瞭な議論あるいは結論が出ていたかについて、若干、不安がありましたので、ここでも御説明した上で、これを削ったのはこういう趣旨でありますということを申し上げようとしておりまして、経済界の方から既存の判例について、これを修正するのはよろしくないのではないかという御指摘があるやに個別に聞いておりましたので、そういった辺りとの兼ね合いで判例法理がどうなるか、この点についてはなお解釈に委ねるということにするのかどうかというのがまず一つあるところかなと思います。」

(引用終わり)

 

 すなわち、「前条の規定により」の文言が残っていると、124条1項で取消権の了知を要するとした文言がダイレクトに適用されてしまうので、従来の判例法理のように、取消権の了知を要しないとする解釈の余地がなくなってしまうかもしれない。そこで、「前条の規定により」の文言を削除し、そのような解釈の余地を残したというわけです。そのため、本書でも、「法定追認(125条)における取消権の了知の要否」の論点として存置しています。もっとも、本書では、上記判例とは異なり、取消権の了知を要するとする通説の立場を採用しています。

7.取消権者の範囲
 改正前は、保証人が主債務者の取消権を援用できるかという点が論点でしたが、改正後は、保証人も抗弁権として援用できることが明確にされています(改正後457条3項)。

8.双務契約の無効・取消し
 改正により、双務契約の無効・取消しによる給付利得の返還請求は、改正後121条の2第1項の原状回復請求とされました。そして、改正前は、返還請求の目的物が不可抗力によって滅失したような場合には、危険負担の法理によって解決すべきとする解釈論が有力でした。しかし、改正後は、危険負担が抗弁権と構成された(改正後536条1項)ため、同様の解釈論を採用するのは困難です。改正法は、このような場合について直接の規定を新設していませんが、価額償還請求ができることを当然の前提としています。

 

(民法(債権関係)部会資料66A民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(1)より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 原物の返還が不可能になった場合に価額償還義務を負うことは直接的には表現しなくても、素案(1)(※注 121条の2第1項の規律を指す。)で給付受領者は原則として原状回復義務を負うこととされ、有償契約については素案(4)のような規定(※注 121条の2第2項の規律を指す。)が設けられていないのであるから、有償契約においては、原物返還が不可能になった場合でも原状回復義務を免れず、価額で償還しなければならないという解釈を導くことは容易であると考えられる。

(引用終わり)

 

 本書では、「有償契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)の目的物が滅失した場合」、「滅失した目的物の価額が代金額を上回る場合の買主の義務」の各項目で、上記の趣旨が反映されています。
 改正後121条の2には、546条(契約の解除と同時履行)のような条文がありません。これは、立案担当者がうっかり忘れていたのではなく、無効・取消しには、詐欺・強迫の場合など、当然に同時履行を認めるべきとはいえない場合があるため、改正前と同様に解釈に委ねるという趣旨です。本書では、「双務契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)は同時履行の関係となるか」、「双務契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)において反対給付の履行が事実上困難な場合の同時履行の肯否」の各項目で、この点が反映されています。

9.条件及び期限
 改正前は、条件成就の妨害について130条が規律していましたが、故意に条件を成就させた場合については規定がなく、論点でした。しかし、改正により同条に2項が新設され、条件不成就とみなすことができる旨が明確にされています。

10.時効
 時効の援用権者、すなわち、「当事者」(145条)の意義について、改正前は、取得時効と消滅時効のいずれについても、「時効により直接に利益を受ける者」とするのが判例法理でした。しかし、改正後145条は、消滅時効について、括弧書きで「権利の消滅について正当な利益を有する者」であれば「当事者」に当たる旨が明確にされています。したがって、「時効により直接に利益を受ける者」とする「当事者」の意義の解釈は、改正後においては取得時効においてのみ意味のある解釈となります。本書では、「取得時効における「当事者」(145条)の意義」の項目で、これが反映されています。また、145条括弧書きで保証人、物上保証人、第三取得者が列挙されたことに伴い、これらの者が時効援用権者に当たるかという点は、論点ではなくなりました。本書では、その他の消滅時効の援用権者についても、改正後145条括弧書きを踏まえた論証としています。
 改正により、時効障害事由が、「中断」と「停止」から、「更新」と「完成猶予」に改められました(ただし、自然中断(164条)を除く。)。本書では、時効障害が関わる論点について、改正後の「更新」と「完成猶予」の趣旨を踏まえた論証としています。
 改正前に「裁判上の催告」とされていたものは、改正後は、裁判上の請求に準ずる権利主張ないし権利行使があると評価できれば改正後147条1項の完成猶予の効力が生じ、判決等によって権利が確定されたと評価できれば同条2項の更新の効力が生じるということになります。留置権の抗弁については、改正前は、権利主張はあるが、訴訟物である目的物返還請求権とは別個の権利であるという理由で、催告の効力だけが認められていました(最大判昭38・10・30)。これをそのまま改正後に引き写すならば、改正後147条1項の完成猶予の効力は認められるが、同条2項の更新の効力は生じないということになりそうです。しかし、この判例は、留置権の抗弁が認められて引換給付判決がされた場合の主文で示される被担保債権の額について、訴訟物とは別個であり既判力は生じないということを前提とするものです。その後、限定承認による限定責任の留保や不執行の合意について、訴訟物に準ずるものと取り扱う判例が出されました(最判昭49・4・26、最判平5・11・11)。これらの判例の趣旨に照らせば、留置権の抗弁が認められて引換給付判決がされた場合の主文で示される被担保債権の額についても、訴訟物に準ずるものとして取り扱うのが自然です。そうすると、留置権の抗弁が認められて引換給付判決がされた場合には、判決(既判力に準ずる効力)によって被担保債権の存在及び金額が確定されると評価できるわけですから、改正後147条2項の更新の効力まで認めることになるでしょう。本書では、「目的物引渡請求訴訟における留置権の抗弁の原因となる被担保債権」の項目で、上記の趣旨が反映されています。また、債権者代位訴訟や詐害行為取消訴訟の被保全債権については、改正前は裁判上の催告としての効力も認められないとされていました(詐害行為取消訴訟につき最判昭37・10・12)。これは債権者代位訴訟や詐害行為取消訴訟の被告は第三債務者や受益者・転得者であって、債務者に対する権利行使とみることが難しかったからです。しかし、改正後は、債権者代位訴訟と詐害行為取消訴訟のいずれについても、債務者に対する訴訟告知がなされます(改正後423条の6、424条の7第2項)。したがって、少なくとも改正後147条1項の完成猶予の効力は認められることになるでしょう。他方、債権者代位訴訟や詐害行為取消訴訟で請求が認容されても、被保全債権が判決で確定されたということは難しいので、同条2項の更新は生じない。本書では、「債権者代位訴訟において被保全債権の権利主張があるといえるか」、「詐害行為取消訴訟において被保全債権の権利主張があるといえるか」、「債権者代位訴訟における被保全債権」、「詐害行為取消訴訟における被保全債権」の各項目で、上記の趣旨が反映されています。
 改正前は、債務不履行による填補賠償請求権は、履行請求権が転化したものであるという理解の下に、消滅時効の起算点としての行使可能時について、履行請求権を基準として考えていました(最判平10・4・24)。しかし、改正後は、債務不履行による填補賠償請求権は履行請求権とは別個に発生し、履行請求権と併存し得る権利であるという理解が前提となります。このことは、415条2項2号及び3号が、解除する前の時点で填補賠償請求権の発生を認めていることにより、明確にされています。

 

(民法(債権関係)部会資料5-2民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1) 詳細版より引用。太字強調は筆者。)

 現行法下の判例及び伝統的理論は……(略)……履行請求権と填補賠償請求権との関係について、履行不能により前者が後者に転化するものとすることで、原則として、履行請求権と填補賠償請求権は併存しないものと解釈してきた(債務転形論)
 しかし、このような解釈は論理必然的なものではなく、履行請求権の限界事由と填補賠償請求権の成立要件を異なるものとすることによって、両者を併存させた上で、債権者に行使の選択権を認めることも可能と解されている。すなわち、債権者はどの時点まで履行請求をしなければいけないのか(債権者はいつの時点から填補賠償を請求できるのか)という問題と、債務者はどの時点まで債権者の履行請求に拘束されるのか(債権者が履行請求をした場合に、債務者がその履行を免れるのはいつの時点か)という問題は、異なった価値判断に対応した別個の問題と考えることが可能であるとされている。特に、不履行に遭遇した債権者を保護するという観点からは、あえて債務転形論を採用することによって、債権者が債権を成立させた当時に獲得しようとしていた利益を当初の予定どおりの形で獲得するか、金銭的価値にして獲得するかという点についての債権者の選択権を否定する理由は乏しいとの指摘がされている。このように考えることは、債権債務関係の当事者にとって必ずしも判断が容易でないことのある「不能」という概念によって行使できる権利の性質を画一的に決するよりも、債権者の実質的な被害回復に資する意義があるとも考えられる。

(引用終わり)

(法制審議会民法(債権関係)部会第3回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

大畑関係官「現行法下の判例は、履行遅滞に基づき填補賠償を請求するためには原則として契約の解除を必要としていますが、その一方で、例外的に解除を要することなく填補賠償請求を認める判例もあります。……(略)……。
 また、学説上も、解除をせずに填補賠償を認めることに実益があるとか、解除を不要とすることで履行請求権と填補賠償請求権の併存を認めることに実益があるなどとして、解除を不要とする見解が主張されています。……(略)……。
 このように解除を不要とすることは、現行法下の判例が前提としている債務転形論、すなわち填補賠償請求権は履行請求権が転化したものであって、両者は併存しないという考え方を採用しないということにもなりますが、そのことが実務に与える影響や問題等も含めまして御意見をいただきたいと思います。」

(引用終わり)

 

 このような改正法の立場からは、従来の判例法理を維持することはできず、填補賠償請求権の行使可能時は、填補賠償請求権の発生時と考えることになります。本書では、「債務不履行に基づく填補賠償請求権(415条2項)の行使可能時」の項目で、上記の趣旨が反映されています。改正後の166条1項1号の時効期間は5年と短いため、履行請求権の行使可能時を基準としたのでは填補賠償請求権の行使の機会が制限されすぎるおそれがあることも、上記の考え方を支持する理由となるでしょう。
 改正により、167条(人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)が新設されました。本書では、「167条(人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)の趣旨」の項目で、これが反映されています。

 

 

【収録論点一覧】

・通則

事情変更の法理の適用要件
契約上の地位の譲渡があった場合における事情変更の法理の判断
権利失効の法理の適用要件
権利行使が権利の濫用となるための一般的要件

 

・権利の主体

「出生」(3条1項)の意義
「既に生まれたものとみなす」(721条、886条1項)の趣旨
胎児を代理してする和解の効力
意思能力(3条の2)の意義
意思無能力でした法律行為の無効の主張権者
21条(詐術による取消制限)の趣旨
「詐術」(21条)の意義
制限行為能力者であることを黙秘した場合
失踪宣告取消前に「善意でした行為」(32条1項後段)の意義
32条2項ただし書(失踪宣告取消しによる返還義務の現存利益制限)は悪意者にも適用されるか
34条(法人の能力)の趣旨
「目的の範囲」(34条)の判断基準(営利法人の場合)
「目的の範囲」(34条)の判断基準(非営利法人の場合)
一般法人法77条5項(代表理事の権限制限の対善意者対抗不可)の趣旨
目的の範囲外であることによる無効を法人が主張できるか
法令に基づく制限は「制限」(一般法人法77条5項)に当たるか
「善意」(一般法人法77条5項)の意義
「善意」(一般法人法77条5項)とはいえない第三者の保護
理事会の決議を欠く代表理事の重要な業務執行(一般法人法90条4項)の効力
一般法人法78条(代表者の不法行為に係る法人の責任)の趣旨
「職務を行うについて」(一般法人法78条)の意義
取引的不法行為における一般法人法78条と民法110条の適用関係
「代表者」(一般法人法78条)に代表理事の選任した任意代理人を含むか
「代表者」(一般法人法78条)に支配人を含むか
一般法人法78条が適用される場合の代表機関の個人責任の肯否
権利能力のない社団の意義
権利能力のない社団の要件
権利能力のない社団の権利義務の帰属
権利能力のない社団の債務に係る構成員の個人責任
権利能力のない社団の債務に係る代表者の個人責任
権利能力のない社団の代表者による不法行為に係る社団の責任
権利能力のない社団の不動産の登記方法
権利能力のない社団の代表者が代表者個人名義で登記された社団の不動産を勝手に処分した場合の94条2項類推適用の可否
権利能力のない社団の構成員の退会の自由
権利能力のない財団の意義
権利能力のない財団の要件

 

・法律行為総則・意思表示

私的自治の原則の意義
法律行為の意義
法律行為の有効要件
暴利行為
法令違反が90条により無効となる場合
公序違反の判断基準時
動機が不法な法律行為の効力
92条の「慣習」の意義
慣習法の意義
92条の趣旨
慣習による意思の推定
法適用通則法3条と92条の適用関係
「真意ではないこと」(93条1項)の意義
93条1項本文の趣旨
93条1項ただし書の趣旨
93条2項の趣旨
「虚偽」(94条)の意義
94条1項の趣旨
94条2項(虚偽表示無効の対善意者対抗不可)の趣旨
相手方のある単独行為に94条は適用されるか
相手方のない単独行為に94条は適用されるか
「第三者」(94条2項)の意義
「善意」(94条2項)に無過失を要するか
「第三者」(94条2項)は対抗力の具備を要するか
善意の第三者(94条2項)からの転得者の地位
悪意者からの転得者は「第三者」(94条2項)に含まれるか
善意の第三者と虚偽表示者からの譲受人との優劣
94条2項の善意の判断基準時
94条2項類推適用
94条2項、110条の類推適用
95条1項(錯誤取消し)の趣旨
「法律行為の基礎」(95条1項2号、同条2項)の判断基準
保証契約における主債務の態様に関する錯誤は95条1項1号の錯誤か同項2号の錯誤か
重要性(95条1項柱書)が要件とされた趣旨
重要性(95条1項柱書)の意義
95条3項柱書の趣旨
95条3項1号の趣旨
95条3項2号の趣旨
95条4項の趣旨
「第三者」(95条4項)の意義
法律上の利害関係の判断基準
「第三者」(95条4項)は対抗力の具備を要するか
錯誤と詐欺の適用関係
錯誤と担保責任の適用関係
種類・品質の錯誤に関する期間制限
種類・品質の錯誤に関する期間制限の理由
錯誤と和解の確定効(696条)の関係
96条1項(詐欺・強迫による取消し)の趣旨
96条2項(第三者による詐欺)の趣旨
相手方の代理人による詐欺
96条2項が強迫を除いた趣旨
96条3項(詐欺取消しの対善意者対抗不可)の趣旨
96条3項が強迫を除いた趣旨
「第三者」(96条3項)の意義
法律上の利害関係の判断基準
「第三者」(96条3項)は対抗力の具備を要するか
取消後の第三者の保護
到達(97条1項)の意義

 

・代理

代理の意義
使者の意義
代理制度の趣旨
代理の本質
代理の他人効の根拠
代理権授与行為の独自性の肯否
事務処理契約の瑕疵
本人による事務処理契約の詐欺取消し
本人による事務処理契約の強迫取消し
本人による事務処理契約の制限行為能力による取消し
授権表示(109条1項)の取消しの可否
事務処理契約が取り消された場合の112条1項(代理権消滅後の表見代理)の適用の可否
本人による事務処理契約の解除
代理人による事務処理契約の詐欺・強迫取消し
代理人による事務処理契約の制限行為能力による取消し
代理人による事務処理契約の解除
101条1項(代理人の意思表示における瑕疵等の代理人基準)の趣旨
101条2項(意思表示の受領における瑕疵等の代理人基準)の趣旨
101条3項(特定の法律行為の委託の例外)の趣旨
特定の法律行為の委託がない場合の101条3項の適用
顕名主義(99条)の趣旨
署名代理の可否
100条本文(顕名欠缺による代理人の責任)の趣旨
100条ただし書(代理意思につき悪意有過失の場合)の趣旨
108条(自己契約及び双方代理等の禁止)の趣旨
108条各項ただし書(債務履行及び本人許諾の例外)の趣旨
108条1項ただし書類推適用
107条(代理権の濫用)の趣旨
代理権の逸脱と濫用の区別
代理人と相手方の通謀虚偽表示
109条1項(授権表示による表見代理)の趣旨
109条1項は法定代理に適用されるか
白紙委任状の被交付者による委任事項の濫用的補充
白紙委任状の被交付者が委任事項を空欄のまま提示した場合
白紙委任状の転得者による代理人欄のみの濫用的補充
白紙委任状の転得者による委任事項の濫用的補充
転々流通を予定した白紙委任状の場合
110条(権限踰越の表見代理)の趣旨
公法上の行為の代理権は基本代理権となり得るか
事実行為の代行権限を基本代理権とする表見代理(110条)の成否
代理人が直接本人の名で権限外の行為をした場合の表見代理の成否
「第三者」(110条)には転得者を含むか
「正当な理由」(110条)の意義
110条(権限踰越の表見代理)と715条(使用者責任)の適用関係
761条(日常家事債務の連帯責任)の趣旨
「日常の家事」(761条)の意義
「日常の家事」該当性の判断
日常の家事についての法定代理権の根拠
110条は法定代理にも適用されるか
日常の家事に関する代理権を基本権限とする表見代理の成否
112条1項(代理権消滅後の表見代理)の趣旨
117条(無権代理人の責任)の趣旨
117条1項の損害賠償の範囲
無権代理人は表見代理の成立を主張して117条の責任を免れることができるか
無権代理人に過失がない場合の117条1項の適用の可否
「過失」(117条2項2号)は重過失に限られるか
無権代理人が無権代理行為の目的物を取得した場合の法律関係
無権代理人と相続(一般論)
無権代理人の本人相続
本人の無権代理人相続
無権代理人の地位と本人の地位を共に相続した場合
本人の地位を無権代理人と他の相続人が共同相続する場合
本人による追認拒絶後に無権代理人が本人を相続した場合
無権代理人の後見人就任(事実上の後見人)
事実上の後見人とは別の者が後見人に就任した場合の事実上の後見人の無権代理行為の追認拒絶の可否

 

・無効及び取消し

取消権の了知が追認の要件とされた(124条1項)趣旨
法定追認(125条)における取消権の了知の要否
「全部又は一部の履行」(125条1号)に弁済の受領は含まれるか
「担保の供与」(125条4号)に担保の取得は含まれるか
取消権者の1人について126条前段の期間が経過した場合
双務契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)は同時履行の関係となるか
双務契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)において反対給付の履行が事実上困難な場合の同時履行の肯否
有償契約の無効・取消しによる原状回復請求(121条の2第1項)の目的物が滅失した場合
滅失した目的物の価額が代金額を上回る場合の買主の義務
126条の行使期間の法的性質

 

・条件及び期限

条件の意義
期限の意義
停止条件と不確定期限の区別

 

・時効

時効制度の趣旨
144条(時効の遡及効)の趣旨
145条(時効の援用)の趣旨
援用(145条)の法的性質
取得時効における「当事者」(145条)の意義
建物賃借人は賃貸人による敷地所有権の取得時効の「当事者」(145条)に当たるか
売買予約仮登記付不動産につき移転登記を経た第三取得者は予約完結権の消滅時効の「当事者」(145条)に当たるか
売買予約仮登記付不動産につき抵当権設定登記を経た抵当権者は予約完結権の消滅時効の「当事者」(145条)に当たるか
詐害行為の受益者は被保全債権の消滅時効の「当事者」(145条)に当たるか
一般債権者は債務者が負う他の債務の消滅時効の「当事者」(145条)に当たるか
後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効の「当事者」(145条)に当たるか
援用(145条)の効果の生じる人的範囲
時効援用権の代位行使(423条1項)の可否
時効援用の撤回の可否
146条(時効利益の事前放棄の禁止)の趣旨
時効期間を延長する合意の効力
消滅時効期間を短縮する合意の効力
消滅時効完成後の債務承認の効力
消滅時効完成後の債務承認をした後の再度の消滅時効
被保佐人のする時効完成後の債務承認に保佐人の同意を要するか
保証人が保証債務を承認した後に主債務の消滅時効を援用できるか
主債務者がした時効完成後の債務承認を知って保証債務を承認した保証人による主債務の消滅時効の援用の可否
147条1項(裁判上の請求等による時効の完成猶予)の趣旨
147条2項(裁判上の請求等による時効の更新)の趣旨
148条1項(強制執行等による時効の完成猶予)の趣旨
148条2項(強制執行等による時効の更新)の趣旨
149条(仮差押え等による時効の完成猶予)の趣旨
150条1項(催告による時効の完成猶予)の趣旨
150条2項(再度の催告不可)の趣旨
催告を受けた債務者が調査のため猶予を求めた場合の起算日
151条1項(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)の趣旨
152条1項(承認による時効の更新)の趣旨
152条2項(承認の行為能力・処分権限不要)の趣旨
被保佐人は単独で152条1項の承認をなし得るか
未成年者、成年被後見人は単独で152条1項の承認をなし得るか
物上保証人による被担保債権の承認
裁判内の権利主張による完成猶予
裁判内の権利主張による完成猶予の理由
留置権の抗弁によって被担保債権の権利主張があるといえるか
債権者代位訴訟において被保全債権の権利主張があるといえるか
詐害行為取消訴訟において被保全債権の権利主張があるといえるか
裁判内の権利主張による更新
裁判内の権利主張による更新の理由
権利が判決で確定されたか否かの判断基準
登記手続請求訴訟における被告の所有権
抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟における被担保債権
目的物引渡請求訴訟における留置権の抗弁の原因となる被担保債権
債権者代位訴訟における被保全債権
詐害行為取消訴訟における被保全債権
主債務を相続した保証人が保証債務を弁済した場合の主債務に係る時効の更新の肯否
主債務を相続した保証人が保証債務を弁済した場合の主債務に係る時効の更新の肯否の理由
受託保証人の事前求償権(460条)についての時効障害の効力は事後求償権にも及ぶか
153条(時効障害の相対効)の趣旨
債務者の承認により被担保債権に生じた更新の効力は物上保証人に及ぶか
保証人の主債務者に対する求償権に生じた時効障害の効力は他の共同保証人に対する求償権に及ぶか
154条(時効の利益を受ける者への通知)の趣旨
時効障害の当事者等に対して154条の通知を要するか
158条1項(法定代理人がない場合の完成猶予)の趣旨
時効期間満了前の申立てに基づき時効期間満了後に後見開始の審判がされた場合の158条1項類推適用の可否
所有の意思(162条)の判断基準
他人物売買であることを知っていた買主の所有の意思
解除条件付売買における買主の所有の意思
自己物の時効取得の可否
「平穏」(162条)の意義
善意無過失(162条2項)の意義
不動産賃借権の時効取得の可否
他人の土地に植栽した立木所有権の時効取得の可否
時効完成時の原所有者に対する時効取得に係る対抗要件の要否
時効完成後の譲受人に対する時効取得に係る対抗要件の要否
時効完成後の譲受人が背信的悪意者となるための要件
取得時効の起算点の選択の可否
二重譲渡の劣後譲受人についての取得時効の起算点
再度の時効取得の可否
時効援用により確定的に権利を取得した者による再度の時効取得の可否
抵当権の設定された不動産の賃借権を時効取得した場合に抵当権は消滅するか
抵当権の設定及びその登記後に賃借権を時効取得した場合の賃借権の対抗
時効取得完成後、その援用及び登記前に抵当権設定及びその登記がなされた場合の再度の時効取得により抵当権は消滅するか
166条1項2項(消滅時効の起算点)の趣旨
権利行使可能性(166条1項2項)の要件
被保佐人が保佐人の同意を得られないことは法律上の障害か
債務不履行に基づく填補賠償請求権(415条2項)の行使可能時
取消し・解除により発生する返還請求権の行使可能時
賃料不払時の無催告解除特約がある場合の賃貸借契約解除権の行使可能時
賃料不払時の無催告解除特約がある場合の賃貸借契約解除権の行使可能時の理由
期限の利益喪失特約付き割賦金債権の行使可能時
期限の利益喪失特約付き割賦金債権の行使可能時の理由
166条3項(始期付又は停止条件付債権の目的物の取得時効)の趣旨
167条(人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)の趣旨
所有権の消滅時効
所有権に基づく物権的請求権の消滅時効

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