論証集等に関する考え方について

1.司法試験の短期合格を狙う場合、基本的に、知識のインプットは演習の過程で行うことになります。問題を解いて、答えを確認する中で、解答に必要な知識を覚えていく。問題を解くことで、解答に必要な知識を選別でき、自分が覚えていない部分を自覚できるので、本を読むより効率がよいわけです。

2.短答の場合、1問を解く時間が短く、知識の確認と直結しているので、これで全然問題はありません。短答は、ほぼ同じ内容の肢が繰り返し問われる傾向にありますから、間違った肢だけを繰り返し解いていけば、ほぼ網羅的に試験に出る知識を習得できるでしょう。ですから、演習を繰り返していくうちに、インプット用の教材が欲しいという感覚はなくなっていくはずです。

3.他方、論文は、問題数をこなしているうちに、規範だけをまとめたような教材があった方がいいかな、と感じるかもしれません。1問にかかる時間が長い反面で、1問で確認できる論点が少ないからです。
 当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文は、規範と事実に異常な配点があります。このうち、事実は問題文に書いてあるわけですから、事前準備は、答案に速く書き写す筆力の鍛錬です。他方、規範は、事前に覚えていなければ書けない。それで、記憶用の教材が欲しくなるわけですね。
 そのような教材は、いくつか市販されています。当サイト作成の定義趣旨論証集もあります。ちょっとした空き時間や演習後の確認用の補助教材としては、これらは有効でしょう。ただ、これらを読む学習をメインにしない1問の論点数が少ないという不安は、多数の問題を解きまくることで解消すべきです。

4.答案を書く際に、まだ覚えきれていない規範であれば、細かい表現は趣旨などを想起しつつ、考えて書くでしょう。後で確認してそのとおりの内容だと、自分の理解が正しいことが確認できて嬉しく感じ、記憶に定着します。未知の論点の規範を想起する自信にも繋がります。この過程が大事なのです。
 何となく覚えた規範でも、実際に事例に即してどの事実がどの規範の文言に当てはまるのかを自分で考えるので、理解が深まります。結論を分ける規範の文言などもわかるため、漠然と覚えた規範の意味や機能が、実感を伴って理解できるのです。抽象的に本に書かれた規範を見るだけでは、こうはいきません。
 問題を解きまくっていると、頻出の規範は手が勝手に動くようになり、書くスピードも格段に速くなります。また、事例に即して臨機応変に表現を変えたり、長さを調節できるようになる。簡単な例を挙げましょう。民法177条の「第三者」の意義について、以下のような論証を用意していたとしましょう。

 

【論証例】
 177条の趣旨は、登記を公示方法として不動産取引について正当な利益を有する者同士の利害調整を図る点にあるから、同条の「第三者」とは、当事者又はその包括承継人以外の者で、登記がないことを主張する正当な利益を有するものをいう。

 

 では、これを覚えていたとして、常に必ずこのとおりに書くかというと、そうではありません。まず、上記の理由付けである「177条の趣旨は、登記を公示方法として不動産取引について正当な利益を有する者同士の利害調整を図る点にあるから」の部分は、なくても答案としては成立します。現在の論文では、理由付けの配点はあまり高くないという傾向がありますから、普段の演習で時間が足りないのであれば、これは書かないという判断をすべきです。
 また、仮に時間に余裕があって、理由付けまで書ける、という場合でも、覚えた理由付けをそのまま書くべきでない場合があります。例えば、以下の事例の場合を考えてみましょう。

 

【事例】
 甲は、その所有する土地を乙に譲渡したが、その旨の所有権移転登記をする前に、甲が死亡し、丙が甲を相続した。……(以下略)

 

 この場合、丙が民法177条の「第三者」に当たらないことを当然の前提として解答すべき問題である(この点に配点はない)と判断すれば、そもそもこの論点には触れないか、「丙は甲の相続人であるから乙とは契約当事者の関係にある。」などと軽く書く程度にとどめるべきでしょう。以下では、この論点をそれなりに論じるべきだと判断できる問題であることを前提に考えます。
 まず、上記の論証をそのまま用いて、丙が民法177条の「第三者」に当たらないことを答案に書こうとすると、以下のようになるでしょう。

 

【論述例】
 177条の趣旨は、登記を公示方法として不動産取引について正当な利益を有する者同士の利害調整を図る点にあるから、同条の「第三者」とは、当事者又はその包括承継人以外の者で、登記がないことを主張する正当な利益を有するものをいう。
 丙は甲の相続人であり、当事者の包括承継人である(896条)から、「第三者」に当たらない。

 

 これはこれで、間違っているとまではいえません。しかし、冷静に意味を考えてみると、「177条の趣旨は、登記を公示方法として不動産取引について正当な利益を有する者同士の利害調整を図る点にあるから」の部分が、事例の解決と無関係であることに気付くでしょう。この部分は、「正当な利益」がなぜ必要かという点に関する理由だからです。ですから、上記の論証を使うとしても、この理由付けの部分は書かずに、以下のように書く。

 

【論述例】
 177条の「第三者」とは、当事者又はその包括承継人以外の者で、登記がないことを主張する正当な利益を有するものをいう。
 丙は甲の相続人であり、当事者の包括承継人である(896条)から、「第三者」に当たらない。

 

 さらにいえば、「登記がないことを主張する正当な利益」の有無は、この事例では無関係です。ですから、より端的に、以下のように書いてもよい

 

【論述例】
 「第三者」(177条)というためには、当事者又はその包括承継人以外の者でなければならない。
 丙は甲の相続人であり、当事者の包括承継人である(896条)から、「第三者」に当たらない。

 

 仮に理由を付して書くなら、以下のように書くべきです。

 

【論述例】
 相続は包括承継(896条)であり、当事者の契約上の地位をそのまま承継するから、当事者の相続人は「第三者」(177条)に当たらない。
 丙は甲の相続人であるから、「第三者」に当たらない。

 

 「第三者」の文言上、当事者を含まないことは自明ですから、「当事者の契約上の地位をそのまま承継する」ことを示すことによって、改めて「第三者」の意義を示さなくても、結論を導くことが可能です。上記の理由付けは、仮に手持ちの論証集などに記載がなくても、演習の際に思い付いたり、解いた後の復習で「この場合はこの理由付けの方がよさそうだな。」と理解すれば、同じような事例を目にしたときに、瞬時に思い付いて書くことができるようになっていきます。これが、演習の過程で行うインプットです。上位陣は、このようにして自分の脳内にある論証集を常にアップデートしています。基本書や予備校本などをグルグル回す学習だと、このような能動的なインプットは難しいのです。
 これは比較的単純な例ですが、こうしたことは、試験中に頭で考えて判断するというのではなく、無意識のうちに瞬時に行うものです。演習慣れすればすぐ実感できますが、こんなことを一々時間を使って考えていたのでは、すぐ時間不足になってしまいます。スポーツなどでも、最初は、「こうやってここで腰を落として、腕を引き付ければうまくいく。」というような指導を受け、頭で考えて体を動かすところから始まりますが、実戦で使えるようにするには、頭で考えなくても、体が勝手に動くレベルまで繰り返し練習する必要があるでしょう。それと同じことです。論文試験は時間制限が常軌を逸しているので、反射神経で解かないと、時間内に間に合わない。この意味では、論文は一種のスポーツといえます。本を読んで覚える学習だと論文に受かりにくいことの背後には、スポーツの解説書を読んで覚えても、それだけではスポーツが上達しないのと似た構造があるのです。

5.若干余談ですが、上記の論証で、「登記がないこと」となっている部分は、「登記の欠缺」と覚えている人が多いかもしれません。しかし、これは古い表記法です。現在では、「欠缺」の表記は、法令では用いないのが一般的です。

 

(旧不動産登記法(明治32年法律第24号)4条)
 詐欺又ハ強迫ニ因リテ登記ノ申請ヲ妨ケタル第三者ハ登記ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ得ス

(現行不動産登記法(平成16年法律第123号)5条1項)
 詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた第三者は、その登記がないことを主張することができない。

 

 「登記の欠缺」と書いたからといって、論文で減点されることはないでしょうが、画数が多いので、時間のロスになります。ひらがなは字を崩して速く書いたり、小さく書いたりしやすいということもありますから、実戦的にも、「登記のないこと」の表記に優位性があると思います。
 もう1つ、「当事者又はその包括承継人以外の者で、登記がないことを主張する正当な利益を有するもの」における最後の「もの」は、前の「者」を受ける関係代名詞としての用法なので、「者」ではなく、「もの」と表記します。同様の用例を1つ挙げておきましょう。

 

(会社法16条)
 代理商(会社のためにその平常の事業の部類に属する取引の代理又は媒介をする者で、その会社の使用人でないものをいう。以下この節において同じ。)は、取引の代理又は媒介をしたときは、遅滞なく、会社に対して、その旨の通知を発しなければならない。

 

 これについても、「者」と表記するよりは、「もの」の方が速く書けるでしょうから、実戦的にも優位性があるといえるでしょう。

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