債権法改正:原始的不能に関する根拠条文など

1.債権法改正後は、原始的不能であっても当然には無効にならないよ、というのは、比較的多くの改正対応本で説明されています。では、その根拠条文は、と言われて、すぐに条文を摘示できるか。論文式試験では、こういったところで時間をロスする人と、瞬時に摘示できる人とで、差が付いてしまうものです。ある程度書き慣れた人なら、覚えてしまうくらいでしょう。答案では、大体、以下のように書くことが多いでしょう。

 

【論述例】
 契約は原始的不能であっても、直ちに無効とはならない(412条の2第2項)。

 

 412条の2第2項は、以下のような条文です。

 

(412条の2第2項)
 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。

 

 この条文は、普通に読むと、単に、「原始的不能でも損害賠償請求はできるよ。」と言っているだけとみえます。これだけで、どうして契約が無効ではなく、有効であると読めるのか。当初は、この条文は、「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったときであっても、契約は、そのためにその効力を妨げられない。」のような文言になるはずでした。これなら、とてもわかりやすいですね。

 

(「民法(債権関係)部会資料75A民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(9)」より引用)

2 債務の履行が契約成立時に不能であった場合の契約の効力

 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であった場合の契約の効力について、次のような規律を設けるものとする。

 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったときであっても、契約は、そのためにその効力を妨げられない。

(引用終わり)

 

 どうして、これが、わかりにくい文言に変わってしまったのか。積極的に具体的な法律効果を明示したかった、というのが、立案担当者の説明です。

 

(「民法(債権関係)部会資料 83-2民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(案) 補充説明」より引用。太字強調は筆者。)

 部会資料80-1第10、2では、契約に基づく債務の履行がその契約の締結時に不能であったことが、その契約の効力の妨げとならない旨の規定を設けるという考え方が提示されていた。しかし、これに対しては、その契約の効力が妨げられないという消極的な規定ぶりによって、具体的にどのような法的効果が導かれるのかが明らかでないとの問題点の指摘がある
 そこで、ここでは、契約の効力が妨げられないことによって実現される最も代表的な法的効果として損害賠償を取り上げ、契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、その債務の履行が不能であることによって生じた損害の賠償を請求することを妨げないことを明記することとしている

(引用終わり)

 

2.412条の2第2項は損害賠償請求だけを規定していますが、上記の立案担当者の説明のとおり、これは代表的なもので、他にもできることがある。原始的不能の事例について、答案で書く機会が多いのは、無催告解除でしょう。当然には無効とならないので、契約の効力を否定するには解除が必要になるわけです。根拠条文は、542条1項1号です。答案では、以下のように当たり前のことのように書くことになります。

 

【論述例】
 履行不能であるから、無催告で契約を解除できる(542条1項1号)。

 

 答案では一々説明する必要はなくても、どうして同号が原始的不能な場合を含んでいるのか、その文言上の根拠は、知っておいてもよいでしょう。そのヒントは、改正前の543条にあります。

 

(改正前543条。太字強調は筆者。)
 履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

 

 同条は、「不能となったとき」とあるので、これは後発的不能の場合を指していることが明らかです。一方、542条1項1号は、「債務の全部の履行が不能であるとき。」となっていますから、両者を対比すれば、これが原始的不能も含む文言であることがわかるでしょう。415条2項1号も、同様に「不能であるとき」の文言を用いていますね。それから、地味ですが、選択債権に関する410条にも、このことが反映されています。新旧の条文を比較してみましょう。

 

(改正前410条1項。太字強調は筆者。)
 債権の目的である給付の中に、初めから不能であるもの又は後に至って不能となったものがあるときは、債権は、その残存するものについて存在する。

(改正後410条。太字強調は筆者。)
 債権の目的である給付の中に不能のものがある場合において、その不能が選択権を有する者の過失によるものであるときは、債権は、その残存するものについて存在する。

 

法制審議会民法(債権関係)部会第96回会議議事録より引用。太字強調及び※注は筆者。)

金関係官 少しよろしいでしょうか。いわゆる原始的不能の場合にそれだけでは契約は無効にならないというルールは,この第26の2だけではなくて,例えば第8の2の選択債権の410条に関する改正項目,ここでも,現行法の410条の第1項は「初めから不能であるもの又は後に至って不能となったものがあるとき」という書き方をしていて,そのうちの「後に至って不能となったもの」という部分は,原始的不能の場合にはそれだけで当然に契約が無効であることを前提に,原始的不能ではない後発的不能の場合のことを示している,同じ理由で410条の第2項の「不能となったとき」という表現も後発的不能のことを示しているといった説明がされています。しかし,今回の第8の2では,「債権の目的である給付の中に不能のものがある場合において」という書き方,原始的不能と後発的不能を区別しない書き方をしております。そういう書き方をしているのは,原始的不能の場合にはそれだけで当然に契約が無効であるという理解を前提としていないからです。
 また,契約の解除の箇所でも,現行法の543条は,履行が「不能となったとき」という表現を用いておりまして,この「不能となった」という表現は,契約の締結後に不能となったという意味であると説明されています。つまり後発的不能の場合のことを示す趣旨でそのような表現が用いられていると説明されていますけれども,今回の改正案では,そこをあえて「不能であるとき」と表現しております。契約締結の前後いずれの時点で履行不能が生じたかを問わずに,とにかく履行が不能であれば契約の解除をすることができるという理解を前提とする表現です
 以上に申し上げたところを前提にしますと,確かにこの第26の2の箇所だけを見れば御指摘のような反対解釈(※注 412条の2第2項は損害賠償請求だけを認めているので、それ以外の解除等はできないという解釈を指す。)の可能性があり得るのですけれども,今回の改正案を全体として見れば,原始的不能の場合にそれだけでは契約は無効にならないという基本的な考え方が十分に表れているのではないかと考えております。

(引用終わり)

 

 上記の立案担当者の説明にもあるように、410条や542条1項1号、2項1号、さらには415条2項1号などの規定が原始的不能と後発的不能を区別していないことも、原始的不能の場合に当然には契約が無効とならないことの根拠となります。そうすると、原始的不能の場合に当然には契約が無効とならないことの根拠として、412条の2第2項を摘示するだけでは不十分ではないか。厳密にいえば、それは正しい理解です。

 

法制審議会民法(債権関係)部会第97回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

金関係官 今回の原始的不能に関するルール,すなわち原始的不能というだけでは直ちに契約は無効とはならないというルールは,この412条の2第2項を新設したことのみから導かれるのではなくて,選択債権に関する410条で原始的不能と後発的不能とを区別しない表現ぶりに改めたことや,解除に関する543条で履行が不能となったときではなく履行が不能であるときという表現に改めたこと,これらを含む今回の改正全体から導かれるものであるという整理をしております。

(引用終わり)

 

 それを踏まえると、以下のように答案に書けば、とても丁寧だ、ということはいえるでしょう。

 

【論述例】
 412条の2第2項の趣旨は、原始的不能であっても契約は当然には無効とならないことを前提に、代表的な法律効果として債務不履行に基づく損害賠償請求が可能であることを注意的に確認する点にあり、このことは、410条、415条2項1号、542条1項1号、2項1号が「不能のもの」、「不能であるとき」という表現を用い、原始的不能と後発的不能を区別していないことなどにも表れている。
 以上から、原始的不能であっても契約は当然には無効とならず、契約の効力を否定するには、解除(542条1項1号)することを要する。

 

 もっとも、ほとんどの場合、このように書くべきではありません。なぜなら、1文字当たりの得点効率が悪いからです。上記のようなことを書くくらいなら、同じ文字数を使って当てはめの事実を答案に書き写す方が、遥かに高得点になるでしょう。なので、実戦的には、上記と同じ趣旨のことを書くのであれば、以下のように、端的に条文を引くだけにとどめるべきです。

 

【論述例】
 原始的不能であっても契約は当然には無効とならず(412条の2第2項)、契約の効力を否定するには解除(542条1項1号)することを要する。

 

3.最後に、原始的不能の場合の法律関係のポイントを、以下に列挙しておきましょう。

(1)契約の有効性

 当然には契約は無効とならないが、以下のような場合に契約の効力が否定される余地がある。

・明示又は黙示に履行可能なことが停止条件とされ、又は履行不能が解除条件とされていた場合には、無効となる(131条1項、2項)。
・履行可能性が法律行為の基礎とされていた場合には、錯誤取消しの余地がある(95条1項2号、2項)。
 ※ 「法律行為の基礎」の解釈については、以前の記事(「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」を発売しました」)の「【債権法改正について】」の項目で説明しています。

(2)上記(1)によって契約の効力が否定されない場合の法律関係

・履行請求はできない(412条の2第1項)。
・債務者に免責事由(415条1項ただし書)がない限り、填補賠償(≒履行利益)を含む損害賠償を請求できる(412条の2第2項、415条1項、2項1号)。
無催告解除できる(542条1項1号)。
・双方無責の場合、反対給付について危険負担の抗弁が成立する(536条1項)。

(3)上記(1)によって契約の効力が否定される場合の法律関係

・契約関係が生じない以上、契約責任は生じないのが原則であるが、契約締結上の義務違反の法理によって、一定の場合に契約責任が肯定される。
 ※ 改正前は、「契約締結上の過失」と呼ばれることが多かった論点ですが、改正後は、債務不履行に基づく損害賠償責任を基礎付ける債務者の帰責事由について故意・過失とは異なるものであるとの整理がされているため、改正後はそのような呼称は適切とはいえません。
 ※ 「改正後は原始的不能があっても契約は有効なので、契約締結上の過失は問題となる余地がなくなった。」などとする説明がされているとすれば、それは適切ではありません。

 

(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明(平成25年7月4日補訂)より引用。太字強調及び※注は筆者。)

3 本文のような考え方の下では,契約成立時に履行請求権の限界事由が生じていること(※注 原始的不能の場合を指す。)は契約の無効原因ではなく,ほかに契約を無効とする原因がなければ契約は有効となる契約が有効な場合の法律関係は,以下のようになると考えられる。

 (1) 履行請求権の限界事由が生じている債務について,その債権者は,履行を求めることができない(前記第9,2)。この場合に債権者に与えられる救済手段は,後発的に履行請求権の限界事由が生じた場合と同様であり,履行に代わる損害賠償と契約の解除が救済手段として用意されていることになる。

 (2) 損害賠償請求の可否については,契約成立後に履行請求権の限界事由が生じた場合と同様に,前記第10,1(2)の免責事由があるかどうかによって判断されることになると考えられる。これによれば,「債務の不履行が,当該契約の趣旨に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるとき」には免責されることになる。帰責事由の有無がどのように判断されるかは,現在の解釈論の下でも,原始的不能の契約が有効になり得るという見解を採る場合には生ずる問題である。学説には,債務者が結果の実現を保証していたと認められる場合には,履行不能となったのが(履行請求権の限界事由が生じたのが)不可抗力によるときにのみ債務者は免責されるとするものがある。他方,一定の結果の実現を目的とする義務においては,債務者は,自己のコントロールを超えた客観的障害によって結果を実現することができないことが免責事由になるという一般論を採った上で,原始的不能についてこれを判断すると,債務者の過失で目的物が滅失した場合のほか,目的物の滅失については帰責事由がないが目的物滅失について過失で知らなかった場合にも債務者の帰責事由が肯定されるとの見解がある(したがって,債務者が免責されるには,目的物の滅失について過失がないだけでなく,契約時に滅失を知らなかったことについても過失がないことが必要となる。)。このほか,原始的不能の内容を目的とした契約締結について帰責事由がある場合は信頼利益の損害賠償を請求することができるにとどまるのに対し,内容の実現を原始的に不能にしたことについて帰責事由がある場合には履行利益賠償を認めるというように,「帰責事由」の内容によって損害賠償の範囲を区別する見解もある。このように,原始的不能については,不能になったことについての帰責事由を問題にする見解と,債務者がそれを知らなかったことについての帰責事由を問題にする見解とがあるが,本文は特定の立場を支持するものではない。以上の点については,前記第10,1(2)の「債務の不履行が,当該契約の趣旨に照らして債務者の責めに帰することのできない事由によるものであるとき」に該当するかどうかの解釈適用に委ねられる。
 契約が有効である場合における損害賠償請求権の範囲は,後発的に履行請求権の限界事由が生じた場合と同様であり,前記第10,6によって決定されることになる。原始的不能の契約が無効であるとする伝統的な見解によれば,契約当事者が原始的不能の契約を締結したことについて帰責事由がある場合には相手方はいわゆる信頼利益の賠償を請求することができるとされてきたが,本文のように,契約成立時に既に履行請求権の限界事由が生じている場合でも契約が有効になり得るという立場を採れば,契約が有効であるときは損害賠償請求権の範囲が信頼利益に限定されない点で,伝統的な無効説と異なることになる。

(3) 契約の成立時に既に履行請求権の限界事由が生じている場合であってその契約が有効とされるときは,その債権者は解除をすることもできる。債権者が解除する場合の要件及び効果は,履行請求権の限界事由が後発的に生じた場合と同様である。

4 本文のような考え方の下では,契約締結時に既に履行請求権の限界事由が生じていたこと自体は無効原因ではないしかし,契約成立時に履行請求権の限界事由が生じていたことが,(※注 原文ママ)の無効原因に該当することはあり得,この場合に契約が無効になることは言うまでもない。例えば,履行請求権の限界事由の発生が契約の有効性の解除条件となっている場合には,解除条件が原始的に成就していたことになるので,当該契約は無効となる(民法第131条第1項参照)。このような条件が付されていたかどうかは契約の解釈の問題であり,明示的に合意がなくても,当事者が履行の可能性を有効性の条件としていたと解釈される場合もあり得る
 また,履行請求権の限界事由が生じていないと当事者が信じて契約を締結した場合には錯誤を理由に当該契約を取り消すことができる場合があり得る。契約の成立時に既に履行請求権の限界事由が生じていた場合において,当事者がこのことを知らずに契約を締結した場合には,当事者には動機の錯誤があると言うことができ,動機の錯誤に関する規定の要件(前記第3,2)を満たす限り,その契約は錯誤を理由として契約は無効(前記第3,2の考え方によると,取消可能)となると考えられる。

5 本文の考え方の下で契約が無効とされる場合に,債権者にはどのような救済手段が与えられるか。従来は,原始的に不能な契約は無効であるとする伝統的な見解は,原始的に不能な契約を締結したことについて当事者に帰責事由がある場合には,信頼利益の賠償が認められるとする。また,原始的不能の契約が有効になり得るという立場を前提としながらも,契約準備交渉段階での情報収集・調査面において債務者側に信義則に反する行為が見られた場合には,「契約準備交渉段階での義務違反」を理由とする損害賠償責任が債務者に発生し,原始的不能の給付を目的とした契約が無効である場合には,投下費用の賠償その他の原状回復を目的とした損害の賠償を請求することができるという見解が示されている。本文の考え方も,このような解釈論を否定するものではない。

(引用終わり)

 

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