司法試験・予備試験の実施に関する考え方について

1.今年の司法試験・予備試験は、予定どおり実施されるのか。今のところわかっているのは、実施の予定だが中止、延期もありそうで、実施された場合、感染者は受験できなさそうだ、ということです。

 

弁護士ドットコムニュース2020年04月03日10時03分配信記事より引用。太字強調は筆者。)

 法務省司法試験委員会は弁護士ドットコムニュースの取材に「対策をとって予定通り実施する。状況の変化によっては、中止や延期の検討もできるように準備を進めている」と話しました。

 (中略)

 新型コロナウイルスに感染した人の受験について、なんらかの措置を取るかについては、「コロナウイルスに感染した罹患者については、医師の診断に基づいて、医療機関や自宅で療養に専念するものと考えておりますので、個室受験などの受験特別措置の対象にはならないと考えている」と話しました。

(引用終わり)

 

 ここでは、この件に関する当サイトの基本的な考え方を説明したいと思います。

2.実施されたら受験するかどうかについては、真剣に考えて、早めに自分の判断を固めておく
 4月6日現在の時点では、予定どおり実施される可能性があるわけですが、受験生には、会場で感染するリスクを考慮して、実施されても受験を避ける、という選択肢があります。これは、真剣に考える価値のある事柄です。受験すれば、会場で感染するリスクがゼロではないことは明らかです。ただ、だから受験しない、という選択に直ちになるかというと、そうではない。例えば、令和元年の交通事故発生件数は381002件で、事故後24時間以内の死者数は3215人にのぼります(「令和元年中の交通事故死者数について」 )。だからといって、車に乗るべきでないとか、車道に近づくべきでないと考える人は、ほとんどいないでしょう。このようなリスクは、受容可能なものと判断されている。もちろん、今回の新型コロナウイルス感染症についてのリスクは、交通事故と同じではありませんが、その異なる部分を十分考慮した上で、個々人にとって受容可能なリスクであると判断できれば受験すべきであり、受容可能な範囲を超えていると判断するなら、受験を回避すべきこととなるでしょう。その判断に当たっては、各自の年齢、受験するのは司法試験か予備試験か、司法試験なら何回目の受験か、同居家族はいるか、将来設計における1年の持つ意義など、多様なことを考慮する必要があるでしょう。これらの事情は、個々人ごとに千差万別でしょうから、一義的にこうすべきであるということはいえない話です。
 これについては、早めに自分の判断を固めておく必要があります。そうしないと、何となく受験するかしないかが決まらないまま、フワフワとした心理状態になってしまい、受験勉強に支障が生じるからです。
 なお、上記のような判断をする際の医学的知見については、厚生労働省のウェブサイト(「新型コロナウイルス感染症について」)などの公式情報を参考にする程度にとどめるべきでしょう。様々な非公式情報を漁り始めるのは、時間の無駄となる可能性が高いからです。そのような時間は、受験勉強に振り向けるべきです。時間を掛けるべきは、自分の中で考えをまとめること、同居家族がいるならば、その家族と意見を共有することなどがメインになるでしょう。

3.受験すると決めた以上は、中止、延期の可能性は一切考えない
 4月6日現在の時点では、中止、延期の可能性は否定できないでしょう。法務省(司法試験委員会)が予定どおり実施しようとしているのは、司法試験法7条があるからです。

 

(司法試験法7条)
 司法試験及び予備試験は、それぞれ、司法試験委員会が毎年一回以上行うものとし、その期日及び場所は、あらかじめ官報をもつて公告する。

  

 しかし、法務省(司法試験委員会)が直前まで実施するつもりであっても、世論の批判を受ければ、中止、延期とせざるを得ない状況です。直近では、国税庁や裁判所による研修の例があります。

 

埼玉新聞WEB版2020年4月4日(土)配信記事より引用。太字強調は筆者。)

 新型コロナウイルスの感染が広がる中、和光市に設置されている税務大学校で採用職員約1100人の研修会、同じく裁判所職員総合研修所で300人の書記官養成研修がいずれも6日から実施される

 (中略)

 市によると、SNS(会員制交流サイト)やテレビ番組などで、2施設で大規模な研修が行われることを知った市民から市に不安を訴える声が寄せられた。市で2施設に感染防止対策などを確認したところ、同総合研修所は160人の教室で60人規模、同大学校では80人の教室で50~60人規模の講義が行われることが分かった。
  このため、松本市長と大島秀彦副市長らが2日と3日に市庁舎で2施設に、各代表者宛ての要望書を提出。これに対して、2施設から「持ち帰って検討したい」と回答があったという。

(引用終わり)

NHK NEWS WEB 2020年4月4日5時13分配信記事より引用。太字強調は筆者。)

 国税庁はおよそ1100人の新人職員を埼玉県和光市の施設に集めて研修を実施しようとしていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されることから、急きょ、新人職員を自宅に帰し、動画を視聴してもらう方法に変更することを決めました

 (中略)

 大勢の国家公務員を集めて研修を行うことに対しては、地元の和光市長から「大規模なイベントなどの自粛要請に反し、見直すべきだ」などとする申し入れがあったほか、インターネットのSNSでも批判が相次いでいました

 (中略)

 最高裁判所も和光市の税務大学校に隣接する最高裁の研修施設で6日から1年間かけて書記官を目指す232人の研修を行うほか、2年コースの69人の研修を行う予定でしたが、3日夜、延期を決めたことを発表しました。今後は、感染拡大の状況を見ながら検討していくとしています。

(引用終わり)

 

 いくら司法試験法7条があるといっても、同条は今回のような例外的状況を想定していない(国民の生命・身体に危険を及ぼしてでも実施しろとは言っていない。)でしょうから、実施を強行する根拠として挙げても、形式論にすぎて世論に対して説得的ではないでしょう。
 司法試験の場合、中止はともかく、延期については、採点期間や試験会場の確保が難しい、という事情があります。短答の問題の一部が予備試験と共通であるため、予備試験と短答試験の日時を合わせなければいけないということもある。もっとも、予備試験を中止にして、本来予備試験の論文が実施される予定とされていた7月11日、12日を含む4日間とする余地は、ないわけではなさそうです。既に予備試験の論文のために確保していた会場を流用できるのであれば、試験会場の確保のハードルは下がりますし、短答試験の日時を予備試験に合わせるという難点も解消されます。また、採点期間についても、7月中旬から下旬までの実施であればなんとか間に合うことが、令和5年以降の司法試験の実施時期に関する議論を通じて、明らかにされているのです。

 

司法試験委員会会議(第156回)議事要旨より引用。太字強調は筆者。)

 試験を実施する側,その中でも考査委員にはいろいろな立場の方がいることを再認識しており,それぞれの本務がある中で責任を持って採点等に対応できる時期であることが必要だと思っている。そういった観点を含め,様々な観点から網羅的に議論がなされており,7月中旬から下旬までの間の時期というのは…ぎりぎりの日程であると認識しているので,その時期でよいのではないかと考えている

(引用終わり)

 

 また、予備試験についていえば、上記のように司法試験を延期するために犠牲にされる可能性があるだけでなく、口述試験をどうするのか、という問題があるでしょう。試験の形式からして高齢の考査委員が受験生と密室で濃厚接触することになるので、そのまま実施することは想定し難いと感じます。これは実施時期が10月下旬なので大丈夫、と考えたくもなりますが、仮にその頃になっても状況が改善していなかった場合、せっかく短答、論文まで実施しても、口述が中止になって結局は合格者を判定できないという事態となり得るわけで、それならば初めから中止にしておいた方がよい、という判断もあり得るところです。他方で、テレビ電話のような形で口述試験を実施できると判断して、実施を強行する可能性も、否定できないところでしょう。
 さて、以上のように、中止や延期の可能性はそれなりにあるわけですが、それでも、受験生としては、「そのような可能性は絶対にない。100%実施される。」と思い込んで受験勉強に専念すべきです。その具体的な意味は、中止や延期の可能性について、ネットで色々調べたり、考えたりする時間を作ってはいけない、ということです。上記の国税庁や裁判所の研修の例から明らかなように、事前の状況がどうあれ、正式な決定が出るまでは、いくら調べても憶測以上のことはわかるわけがないのです。中止や延期の可能性について、ネットで色々調べたり、考えたりする時間は、全くの無駄です。そして、仮に正式に中止や延期の決定が出た場合、その時点で考える時間が生じます。ならば、その時になってから、考えればよい。ですから、受験すると決めた以上は、中止や延期はないという前提の下に、受験勉強をしていればよいのです。

4.人としての「強さ」を身に付けよう
 そうはいっても、人間ですから、一度は受験すると決めても、新しいニュース等を目にするたびにその決断が揺らいだり、客観的には存在する中止、延期の可能性を全く無視して勉強する、というのは、なかなか難しいことです。このような場面では、人としての「強さ」が試されます受験生の多くは、尊敬すべき人物や、物語などに登場する理想的なキャラクターなどに憧れて、自分も、そのような「強い」人、尊敬される人になりたいと思って、法曹を志したことでしょう。今回のような状況で、新しいニュースを目にするたびに右往左往したり、不安に駆られて中止や延期の手掛かりになりそうな情報をネットで探し回って時間を浪費するような人は、「強い」人ではないし、尊敬もされない人は、難局を経験し、乗り越えることで、「強さ」を獲得できるし、周囲の人からの尊敬を集めることができるのだと思います。今は、そんな難局のうちの1つです。自分の尊敬する人や、理想のキャラクターであれば、どのように振る舞うだろうか。そんなことも考えながら、後から振り返ってみて恥ずかしくない、自分らしい判断に基づく、毅然とした行動をとりたいものです。 

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