令和2年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近いという点にあります。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。

2.以上のようなことから、参考答案は、他の科目のような特徴的なものとはなっていません。ほぼ模範解答のイメージといってよいでしょう。

3.今年の民事実務基礎は、例年どおりの内容といってよいでしょう。ただ、背景の法律関係は案外複雑です。興味のある人は、AB間売買の虚偽表示は存在するか(仮にないとすればB名義の登記を申請する際の登記原因証明情報は何か。)、B名義登記の申請だけのために作成された売買契約書の法的性質について処分証書の意義に関する「記載された説」、「よってした説」の帰結に違いは生ずるか、94条2項は直接適用か、類推適用か(直接適用だと考えた場合、Yの相談内容やQの主張した抗弁事実と整合するか。)、虚偽表示が存在する場合に94条2項類推適用を主張することはできるか(仮にできないとすると、訴訟上、どのような問題が生じ得るか。)、本件第2訴訟はなぜB→Xの移転登記請求訴訟なのか(認容判決により実現できる登記の内容、Yに対する承諾請求訴訟の併合提起の要否、X敗訴の確定判決の既判力の作用の仕方について、A→Bの移転登記の抹消登記請求訴訟であった場合とどのような違いがあるか。)等を考えてみるとよいでしょう。
 最後の設問4については、例年、予備校等から単なる当てはめのような答案例が示されているのですが、これは事実認定の考え方を問う問題です(「平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」も参照)。まず、差が付くのは、書証から認定できる事実、両供述で一致(不利益事実の自認を含む。)する事実等を示しているか。これは、司法研修所では、「動かしがたい事実の確定」等と呼ばれている作業です。設問で、「提出された各書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて」とされているのは、このことを指しています(逆にいえば、一方的に自己に有利な事実として主張されているものは、判断の基礎としてはいけない。)。次に、動かしがたい事実を前提に、両供述の信用性を評価して結論を出しているか(※)。ほとんどの場合、相手方供述のストーリーに決定的な欠陥があるので、その点を指摘できたかが重要なポイントとなります。
 ※ 厳密にいえば、直接証拠が何かによって構造が変わります。本問の場合、「Aと私は,口頭で,私がAから売買代金500万円で甲土地を買い受けることに合意しました。」という内容を含むX供述が直接証拠になるので、理論的にはその信用性が結論に直結します(Xの供述内容が真実であれば、直ちにAX売買が認定できる。)。もっとも、それはXの当事者としての主張そのものなので、必然的に被告Bの供述と矛盾・対立することになるでしょう。すなわち、X供述もB供述も信用できる(その内容が真実である。)ということはあり得ない。結局は、B供述との信用性の比較(どちらがより真実っぽいか。)という視点で検討することにならざるを得ないのです。

 今年の問題の場合、B供述は、本件預金通帳の内容と矛盾しないように、工夫したストーリーを展開しています(Xに立て替えてもらっていることになっているので、XがAに送金したことと矛盾しない。)。なので、本件預金通帳の記載内容を強調してAX売買を認定しようとするのは、この点を読み取っていないと評価されるでしょう。また、本件領収書については、その記載内容はむしろB供述と整合するので、記載内容ではなく、それをXが所持していた事実がX供述に整合する旨を説明する必要があります。このように、本問は、書証とされた文書の記載内容だけでは容易に決着が付かないように作られているのです。その点を理解した上で、B供述のストーリーに決定的な欠陥がないか、という視点から改めてB供述を見れば、多くの人が、「お前、その状況でどうして土地を買おうと思ったんだよ。」ということに気が付くでしょう。

 

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 私は,早速甲土地を見に行ったところ,立地もよく,XとAとの間でまとまっていた500万円という代金額も安く感じられたことから,私がAから甲土地を買うことにしましたもっとも,令和元年末に私の料亭が食中毒を出してしまい,客足が遠のいており,私自身が甲土地の売買代金をすぐに工面することはできなかったことから,差し当たり,Xに立て替えてもらうことになりました。

(引用終わり)

 

 立地がよく、代金額が安く感じられても、通常はとても土地を買おうと思う状況ではないでしょう。それでもなお、甲土地を必要とする特別の理由があれば別ですが、そのことについて、何も説明しようとしていないのです。これを、現場で読み取って、答案にうまく書くことができたか。これが、本来の出題趣旨でしょう。もっとも、単なる当てはめのように書く答案が続出するでしょうから、この点が直ちに合否を分けることはないだろうとは思います。いずれにせよ、毎年同じような問題が出題されているのですから、書証から認定できる事実・両供述で一致する事実等を前提に、両供述の信用性を評価するという手順で書けるよう、準備しておくべきです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権

2.小問(2)

 被告は、甲土地について、別紙登記目録記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3.小問(3)

 登記手続を命ずる判決による登記申請の意思表示の擬制の効果は、判決確定時に生じる(民執法177条1項)からである。

4.小問(4)

① Xに対し、令和2年5月1日、甲土地を代金500万円で売った

② Y名義の抵当権設定登記がある

第2.設問2

1.小問(1)

① 抗弁として主張すべきでない。

② (a)の言い分は、「Aから甲土地を買ったのはXではなくB」とするから、請求原因(い)と両立せず、その積極否認となるからである。

2.小問(2)

(ⅰ)① 甲土地について、B名義の所有権移転登記があった

② Bが甲土地の所有者でないことを知らなかった

(ⅱ)抵当権設定契約が効力を有するには、被担保債権の存在が必要となる(付従性)からである。

第3.設問3

1.小問(1)

 令和4年12月1日弁済による更新(民法152条1項)の再々抗弁

2.小問(2)

 消滅時効完成後の債務承認は時効による債務消滅と相容れない行為であり、相手方に時効を援用しないとの期待を生じさせるから、消滅時効完成後に債務を承認した者は、信義則上、時効を援用できない(判例)
 令和7年12月25日弁済の主張は、消滅時効の完成する同月1日後の債務の承認としてBが信義則上時効を援用できないことを基礎付けるが、自ら債務を承認していないXが時効を援用できないことを基礎付けることはできない。したがって、同主張は、再々抗弁として主張自体失当である。

第4.設問4

1.通常信用性がある報告文書(類型的信用文書)については、特段の事情のない限り、記載内容どおりの事実を認定できる。

(1)預金通帳は、紛争当事者でない銀行が業務上機械的に記載するものであり、類型的信用文書である。本件預金通帳につき、特段の事情は見当たらない。
 したがって、本件預金通帳の記載から、令和2年5月20日にXがAに500万円を送金した事実が認められる。

(2)領収書は、金銭授受とほぼ同時に作成され、自己に不利益な事実を認める点で、類型的信用文書である。
 しかし、本件領収書はPが提出しており、名義人Bではなく、Xが所持したと認められる。なぜXが所持したかにつき、B供述に合理的説明がない。このことは、Bが固定資産税を納付した事実を疑わせる特段の事情といえる。
 したがって、本件領収書の記載から直ちに上記事実を認めることはできない。

2.X供述は、前記1(1)の認定事実及びXが本件領収書を所持した事実と整合し、甲土地購入の動機についても、老後は故郷に戻りたいので、自宅を建築するための土地を探していた旨具体に説明しており、B供述もこれを認める。

3.これに対し、B供述は、甲土地購入の動機につき、立地がよく、代金額が安いというにとどまり、甲土地を何に利用するか具体の説明がない。Bが自認するとおり、Bは売買代金を工面できない状況であった。その状況で土地を購入するのは通常でないから、特別の理由が必要であるところ、B供述には何ら合理的説明がない。

4.以上から、X供述は信用できるが、B供述は信用できない。

5.よって、XがAから甲土地を買った事実が認められる。

以上

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