令和2年司法試験の結果について(6)

1.以下は、今年の受験生のうち、法科大学院修了生の資格で受験した者の各修了年度別、未修・既修別の合格率です。

修了年度
既修・未修
受験者数 合格者数 受験者
合格率
平成27未修 257 29 11.2%
平成27既修 194 37 19.0%
平成28未修 233 27 11.5%
平成28既修 224 50 22.3%
平成29未修 266 33 12.4%
平成29既修 250 81 32.4%
平成30未修 287 60 20.9%
平成30既修 365 146 40.0%
令和元未修 342 95 27.7%
令和元既修 862 514 59.6%

 毎年の確立した傾向として、以下の2つの法則があります。

 ア:同じ年度の修了生については、常に既修が未修より受かりやすい
 イ:既修・未修の中で比較すると、常に修了年度の新しい者が受かりやすい

 今年も、この法則がきれいに当てはまっています。このように既修・未修、修了年度別の合格率が一定の法則に従うことは、その背後にある司法試験の傾向を理解する上で重要なヒントとなります。

2.アの既修・未修の差は、短答・論文の双方で生じています。今年の短答・論文別の既修・未修別合格率はまだ公表されていませんので、昨年のデータ(「令和元年司法試験受験状況」)を参考に参照すると、以下のようになっています。短答は受験者ベース、論文は短答合格者ベースの数字です。

令和元年
短答
合格率
論文
合格率
既修 81.71% 48.97%
未修 58.28% 26.83%

 短答・論文の双方で、差が生じていることがわかります。短答で生じる差は、単純な知識量の差とみることができます。未修者よりも既修者の方が知識が豊富なので、単に知っているかどうかで差が付く短答では、単純に有利になるということです。
 他方、論文で生じる差は、規範の知識と演習量の差とみることができるでしょう。当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文で合格点を取るには、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答すればよい。したがって、普段の学習では、知識として基本論点の規範を覚えておく必要があり、演習を繰り返すことによって、どの事例でどの論点が問題になるのかを瞬時に判断できるようになっておく必要があるわけです。また、演習は、時間内に必要な文字数を書き切るという、「速書き」の訓練になるという点も、無視できない要素です。既修者は、早い段階から論文用の規範を記憶し、過去問や事例演習系の教材を用いた演習を繰り返すことによって、論文でも点を取ってくる傾向にあるのに対し、未修者は、短答レベルの知識の習得に時間がかかってしまい、論文用の規範を覚えきれず、過去問等の演習も不足したまま本試験に突入してしまうので、論文でも点が取れない傾向にある。それが、上記のような結果として反映されているのだろうと思います。

3.イの修了年度による合格率の差は、論文で付いています。今年の短答・論文別の修了年度別合格率もまだ公表されていませんので、昨年のデータ(「令和元年司法試験受験状況」)を参考に参照しましょう。短答は受験者ベース、論文は短答合格者ベースの数字です。

令和元年
修了年度
(平成)
短答
合格率
論文
合格率
26 68.88% 25.89%
27 68.50% 23.45%
28 66.32% 28.86%
29 73.52% 38.32%
30 74.44% 60.76%

 短答ではそれほど顕著な差がないのに対し、論文では顕著な差が付いていることがわかります。修了年度が古い受験生は、ローを修了してからの期間が長いわけですから、それだけ勉強時間を確保できます。上記2で説明した規範の知識量と演習量という点で、有利といえます。しかも、受験経験がより豊富なので、試験当日、試験会場での勝手もわかっていて、心理的な動揺なども少ないはずです。そうであれば、修了年度が古い受験生ほど、論文も有利になるのが自然であるとも思えます。しかし、結果は逆になっている。それはなぜか。当サイトでは古くから、この現象を、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則によるものと説明してきました。すなわち、論文試験は、勉強時間ではなく、「受かりやすい人」か、「受かりにくい人」かという要素が決定的に重要である。「受かりやすい人」は、1回目の受験で受かる確率が非常に高い。そのため、修了年度の新しい受験生の合格率は、高くなりやすい。他方で、「受かりにくい人」は、ほとんどが受からないので、2回目以降に滞留する。「受かりにくい人」は、どんなに勉強量を増やしても受かりやすくならないので、2回目以降の受験でも、ほとんどが受からない。1回目の受験で例外的に不合格になった「受かりやすい人」は、2回目以降も受かりやすい。こうして、「受かりやすい人」がどんどん抜けて、「受かりにくい人」がどんどん滞留していくので、修了年度の古い受験生(ずっと滞留した受験生)ほど受かりにくいという結果が出力される、という仕組みです。つまり、受かりにくい人を選抜する負のセレクションが働いているというわけです。
 では、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則の原因は何か。法律に向いていないとか、やる気がないというようなことでは、説明になりません。上記の表をみればわかるとおり、短答に関しては、修了年度の古い受験生も、それなりに健闘しています。本当に法律に向いていないとか、やる気がなくてだらけているなら、短答も同様の傾向となっていなければおかしいでしょう。実際の経験からみても、なかなか合格できずに苦労している人ほど、むしろよく勉強していて、法律の知識・理解は豊富であることが多いように思います。
 この原因は、最近になってかなりわかってきています。現在の論文試験は、基本論点について、規範を明示し、問題文の事実を摘示し(書き写し)て書けば、合格できます。しかし、そのためにはかなりの文字数を書き切る必要がある。体力的に書き切る力がなかったり、速く書くという意識がない人は、そもそも必要な文字数を制限時間内に書くことが物理的に不可能です。そのような人は、何度受けても受からない。また、一定以上の筆力があっても、当てはめの前に規範を明示するクセの付いていない人は、何度受けても規範を明示せずにいきなり当てはめに入るので、何度受けても受からない。規範を明示するクセが付いていても、問題文の事実を摘示し(書き写し)て書くクセの付いていない人は、何度受けても問題文の事実を摘示し(書き写し)て書かないので、何度受けても受からない。上記の各要素は、勉強量を増やして知識が豊富になったからといって、なんら改善されるものではありません。だから、受験回数が増えても合格率は上がるどころか、かえって下がってしまうというわけです。

4.以上のことをまとめましょう。短答は、単純に知識量で勝負が付きますから、とにかく勉強時間を確保することを考えましょう(具体的な勉強法については、「令和2年司法試験短答式試験の結果について(2)」参照。)。論文も、基本論点の規範を記憶し、論点抽出等に必要な演習をするために、最低限の勉強時間を確保する必要があります。しかし、勉強時間を確保できても、制限時間内に必要な文字数(概ね1行平均30文字程度で6頁程度)を書く能力と、規範を明示し、事実を摘示する答案スタイルで書くクセが身に付いていないと、何度受けても受かりにくい
 今年、不合格だった人で、誰もが書く基本論点に気が付かなかったとか、基本論点の規範すら覚えていなかったなら、勉強不足が原因である可能性が高いでしょう。今年の例でいえば、民法で日常家事に係る代理権と110条趣旨類推の論点に気が付かなかったとか、刑法でクロロホルム事件判例の判断基準を覚えていなかった、という場合が、これに当たります。これは未修者的な不合格の例です。他方、基本論点を抽出できて、その規範も覚えていたが、規範の明示と事実の摘示というスタイルで書けなかった、というのは、修了年度の古い受験生的な不合格の例です。原因は2つあり、対処法が違います。時間が足りなくて平均5頁以下しか書けなかったので、規範を明示して事実を摘示するというスタイルでは書けなかった、というのなら、時間内に書ける文字数を増やす訓練をすべきです。漫然と「できる限り速く書こう。」というのではなく、答案構成の時間を減らしたり、書きやすいボールペンや万年筆に変えてみたり、意識して字を崩して書いてみるなど、目に見えるような違いが出る工夫をしてみましょう。平均6頁以上書いているけれども、問題提起や理由付け、事実の評価などを中心に書いているために、規範の明示や事実の摘示を省略してしまっているのなら、規範の明示や事実の摘示を優先して、問題提起や理由付け、事実の評価などを省略する答案スタイルに改めるべきです。今までのこだわりがあるので抵抗はあるでしょうが、その点を見直さないと、「受かりにくい人」になってしまいます。 

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