責任故意と故意責任

似て非なる概念として、責任故意と故意責任というものがある。
両者の簡単な区別の仕方を考えてみよう。

まず、「私はコロッケカレーを食べた」という文章を読んで、どのようなイメージを持つだろうか。
多くの人が、「コロッケがトッピングとして乗っているカレー」を食べている図を思い浮かべたのではないだろうか。
食べたのは、あくまでカレーである。

「コロッケ」の語はどのような意味を持つのか。
これは、カレーの中でも、「コロッケがトッピングとして乗っているような種類の」ということを意味するにすぎない。
すなわち、「コロッケ」は、「カレー」を修飾する語である。
メインはあくまで、「カレー」である。

次に、「私はカレーコロッケを食べた」という文章を読んだときに、感じ取るイメージを考えて欲しい。
多くの人が、「カレー味のコロッケ」を食べている図を思い浮かべたのではないだろうか。
食べたのは、あくまで「コロッケ」である。

「カレー」の語はどのような意味を持つのか。
これは、コロッケの中でも、「カレー味の」ということを意味するにすぎない。
すなわち、「カレー」は、「コロッケ」を修飾する語である。
メインはあくまで、「コロッケ」である。

要するに、前の語が後ろの語を修飾する関係にあるのだ。

責任故意と故意責任についても、同じように考えることができる。

まず、責任故意について考えよう。
「甲には責任故意が認められる」というとき、何を意味するか。

メインは、「故意」のはずである。
従って、主な意味は、「甲には故意が認められる」ということになる。

そして、「責任」という語は、「故意」の語を修飾するに過ぎない。
つまり、故意の中でも、「責任要素としての種類のもの」という意味になる。

結局、「甲には責任要素としての故意が認められる」という意味になるのである。

なお、責任要素としての故意とは、構成要件要素としての故意、すなわち構成要件的故意との区別で用いられる用語である。
主として、構成要件段階と責任段階の2段階で故意を検討する立場に立つ場合に使われる。
単に「故意」といっても、いずれの段階におけるものか、区別できないからである。

次に、故意責任について考えよう。
「甲には故意責任が認められる」というとき、何を意味するか。

メインは、「責任」のはずである。
従って、主な意味は、「甲には責任が認められる」ということになる。

そして、「故意」という語は、「責任」の語を修飾するに過ぎない。
つまり、責任の中でも、「故意により基礎付けられる種類の」という意味になる。

結局、「甲には故意により基礎付けられる責任が認められる」という意味になるのである。

なお、故意責任とは、過失責任と区別するための用語である。
よく、「故意責任の本質は規範を認識しながら敢えてその規範を踏み越えた点に対する重い道義的な非難である」などといわれる。
これは、「不注意により結果的に規範を踏み越えてしまった」という、過失の場合との比較の観点から理解すべき言い回しである。
過失も故意も、いずれも行為者人格に対する非難可能性(=責任)を基礎付けるけれども、その程度が違う。
そのために、「故意責任」と「過失責任」という用語法を用いることで、両者を区別しようとしているのである。

以上のように、責任故意と故意責任の区別は、日本語の文法的な理解があれば、意識して覚える必要は無いと思う。
同じように考えることができるものに、「未遂の教唆」と「教唆の未遂」がある。
両者の区別に苦労している人は、一度考えてみて欲しい。

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