最新民法判例

最決平成19年03月23日(タレント向井亜紀さんの事件)

【事案】

(1) 相手方X1と同X2は,平成6年▲月▲日に婚姻した夫婦である。
(2) 相手方X2は,平成12年▲月▲日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,相手方X2は,将来自己の卵子を用いた生殖補助医療により他の女性に子を懐胎し出産してもらう,いわゆる代理出産の方法により相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得ることも考え,手術後の放射線療法による損傷を避けるため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。相手方らは,平成14年に,米国在住の夫婦との間で代理出産契約を締結し,同国の病院において2度にわたり代理出産を試みたが,いずれも成功しなかった。
(3) 相手方らは,平成15年に米国ネバダ州在住の女性A(以下「A」という。)による代理出産を試みることとなり,Cセンターにおいて,同年▲月▲日,相手方X2の卵巣から採取した卵子に,相手方X1の精子を人工的に受精させ,同年▲月▲日,その中から2個の受精卵を,Aの子宮に移植した。
 同年5月6日,相手方らは,A及びその夫であるB夫妻(以下「AB夫妻」という。)との間で,Aは,相手方らが指定しAが承認した医師が行う処置を通じて,相手方らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については相手方らが法律上の父母であり,AB夫妻は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的権利又は責任も有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約(以下「本件代理出産契約」という。)を締結した。
(4) 同年11月▲日,Aは,ネバダ州a市Dセンターにおいて,双子の子である本件子らを出産した。
(5) ネバダ州修正法126章45条は,婚姻関係にある夫婦は代理出産契約を締結することができ,この契約には,親子関係に関する規定,事情が変更した場合の子の監護権の帰属に関する規定,当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含まれていなければならないこと(1項),同要件を満たす代理出産契約において親と定められた者は法的にあらゆる点で実親として取り扱われること(2項),契約書に明記されている子の出産に関連した医療費及び生活費以外の金員等を代理出産する女性に支払うこと又はその申出をすることは違法であること(3項)を規定しており,同章には,親子関係確定のための裁判手続に関する諸規定が置かれている。
 同章161条は,親子関係確定の裁判は,あらゆる局面において決定的なものであること(1項),親子関係確定の裁判が従前の出生証明書の内容と異なるときは,新たな出生証明書の作成を命ずべきこと(2項)を規定している。
(6) 相手方らは,同年11月下旬,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)に対し親子関係確定の申立てをした。同裁判所は,相手方ら及びAB夫妻が親子関係確定の申立書に記載されている事項を真実であると認めていること及びAB夫妻が本件子らを相手方らの子として確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類を精査した後,同年12月1日,相手方らが2004年(平成16年)1月あるいはそのころAから生まれる子ら(本件子ら)の血縁上及び法律上の実父母であることを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成する責任を有する関係機関に,相手方らを子らの父母とする出生証明書を準備し発行することを命じ(主文2項),関係する州及び地域の登記官に,法律に準拠し上記にのっとった出生証明書を受理し,記録保管することを命ずる(主文3項)内容の「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。
(7) 相手方らは,本件子らの出生後直ちに養育を開始した。ネバダ州は,平成15年12月31日付けで,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した出生証明書を発行した。
(8) 相手方らは,平成16年1月,本件子らを連れて日本に帰国し,同月22日,抗告人に対し,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した嫡出子としての出生届(本件出生届)を提出した。
 抗告人は,相手方らに対し,同年5月28日,相手方X2による出産の事実が認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として,本件出生届を受理しない旨の処分をしたことを通知した。

【判旨】

 外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認められるためには,判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされているところ,外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって,その一事をもって直ちに上記の要件を満たさないということはできないが,それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には,その外国判決は,同法条にいう公の秩序に反するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
 実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるものではない。

 我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けている(民法772条1項参照)。また,母とその非嫡出子との間の母子関係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。

 民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提となっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。そこで,子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。もっとも,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気持ちから,本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように,現実に代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては,医学的な観点からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉などの諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対応が強く望まれるところである。

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