最新下級審裁判例

宮崎地裁判決平成19年03月26日

【事案】

 中国の国民である番号1ないし7の各原告及びH(番号8ないし13の各原告はその相続人。以下,番号1ないし7の各原告とHを併せて「原告Aら」という)が,昭和19年。から昭和20年にかけて,当時の日本政府の政策に基づき,被告らによって日本へ強制的に連行された上,被告I株式会社(以下「被告会社」という。)が経営する宮崎県の槇峰鉱業所において過酷な労働を強制され,これによって深刻な精神的苦痛を受けたとして,原告らが,被告らに対し,@上記強制連行・強制労働の不法行為,A上記強制連行・強制労働に際しての安全配慮義務違反,B戦後における原状回復義務違反の不法行為ないし保護義務違反の債務不履行,及びC戦後における証拠隠滅・提訴妨害の不法行為に基づき,謝罪広告の掲載並びに別紙請求額一覧の請求額欄記載の各損害賠償金及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である被告国については平成16年8月17日から,被告会社については同月18日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求めている事案。

【判旨】

 現行民法715条の文理上,国家の権力的作用に限っては同条が適用されないとの解釈を直ちに導くことは困難である。
 そして,上記同条の立法過程における審議経過にかんがみると,国に民法715条が適用されるか否か,適用されない場合があるとすればどの範囲かという問題について定まった見解があったとはいえず,特別法がない限り国家の権力的作用についても民法715条が適用されるとの見解も,起草委員によって有力に主張されていたことからすると,民法715条の立法者意思が,国家無答責の法理を採用するというものであったと見ることはできない。
 そうすると,現行民法の公布・施行によって,国家無答責の法理が制定法上確立したということはできない。

 日本の民法は成文法主義をとるが,判例が繰り返され,確立することによって,判例法が形成されることがあり,このような判例法は民法の法源となり得ると解される。
 そうすると,滞納処分等について,統治権に基づく権力行動であるなどの理由で国又は公共団体の損害賠償責任を否定した大審院判決の判断は,大審院自身によって判例として認識され,複数の大審院判決で繰り返されていることから,遅くとも昭和18年ころまでには判例法として形成されていたものと考えられる。
 そして,前記のとおり,民法715条等の制定法の文理解釈としては,上記の場合に民法の適用を排除するとの解釈を直ちに導くことは困難なのであるから,上記判例法は,民法715条の例外法理を創設するものであったというべきである。
 しかしながら,判例とは,当該事件の具体的事実を前提としてその法律的効果を述べるものであるから,その理由付けとされている一般的命題が字句どおり判例としての効果を生ずるものではなく,具体的事実に応じた射程範囲を有するものである。したがって,判例の集積によって形成される判例法もまた,個々の事例の具体的事実に応じた射程範囲を有するものである。
 そこで検討すると,国又は公共団体について民法の不法行為法の適用を否定した前記大審院判例は,いずれも法令に基づく行政処分ないし行政行為に関するものであり,法的根拠(権限規範)を有する行政作用の過程で生じた違法性が問題とされている事案である。これに対し,本件強制連行・強制労働は,被告国が国策として遂行した人道に反する犯罪的行為であって,もはや,法令によって権限が付与された行為ではなく,前記大審院判例の事案とは全く異なるものである。また,実質的にみても,本件強制連行・強制労働は,国家無答責の法理によって公務として保護すべき権力作用ではないことは明らかであるから,上記判例法の射程範囲外にあるというべきである。

 以上によれば,国家無答責の法理については,制定法上の根拠を有するものではなく,判例によって形成された例外法理としての判例法が存在するにすぎないところ,本件強制連行・強制労働は,その判例法の射程範囲外にあるから,国賠法施行前の実体法において,被告国には不法行為に関する民法の規定が適用されると解すべきである。

 原告らは,民法724条後段の規定は消滅時効を定めたものである旨主張する。
 しかし,同条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。なぜなら,同条がその前段で3年の短期の時効について規定し,更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に沿わず,むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な主張によってその完成が左右されるが,同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである(最高裁平成元年判決参照)。

 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,「不法行為の時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられる。ただし,身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである(前掲最高裁判所平成16年4月27日判決,最高裁判所平成16年10月15日判決参照)。
 そこで検討すると,本件強制連行・強制労働の不法行為は,加害行為が行われた時に損害が発生するものであることが明らかであり,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には当たらないから,加害行為の時が除斥期間の起算点となると解すべきである。
 これに対し,原告らは,民法724条後段の期間の起算点は客観的に権利行使が可能となった時である旨主張するが,一般的にそのように解することは,前記 の同条後段の趣旨に反するものであって,採用することができない。

 原告らは,本件において除斥期間を適用することは著しく正義・公平に反し,条理にもとるとして,除斥期間は適用されない旨主張する。
 しかし,民法724条後段の規定は,前記のとおり,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり,不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,裁判所は,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により同請求権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は,主張自体失当である(最高裁平成元年判決参照)。
 もっとも,例えば,不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において当該不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において,その後当該被害者が禁治産宣告を受け,後見人に就職した者がその時から6か月内に上記損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法158条の法意に照らし,民法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である(最高裁平成10年判決参照)。
 ただし,前記 の民法724条後段の趣旨及び最高裁平成10年判決の趣旨に照らせば,上記特段の事情が認められるためには,少なくとも,不法行為に起因して,時効の停止の規定が想定するのと同程度に権利行使が不可能又は著しく困難な事由があって,除斥期間の経過により請求権が消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反するものとなり,かつ,その事由が終了した後,これらの規定が想定するのと同程度の期間内に権利行使を行ったことが必要であると解するのが相当である。

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