最新下級審裁判例(民法)

大阪地裁判決平成19年03月30日

【事案】

 被告が開設していた大阪府立病院(現大阪府立急性期・総合医療センター。以下「府立病院」という。)において医師として勤務していたEが死亡したのは,同病院における過重な労働が原因であるとして,Eの母親である原告が,被告に対して,安全配慮義務違反を理由として民法415条に基づいて損害賠償(Eの死亡日以降の遅延損害金の支払を含む。)を請求した事案。

【判旨】

 L医師の検案結果によれば,Eは原因不明の心筋疾患による急性心機能不全により死亡したものと認められる。
 Eの時間外労働時間は長時間に及び,平成7年9月から平成8年2月までの1か月あたりの時間外労働時間は,いずれも88時間を超え,量的な負荷は大きく,また,本件業務の主たるものは人の生命や身体の安全に直結するものであり,質的な負荷もまた,極めて大きいものであったというべきである。
 さらに,平成7年4月から平成8年2月までの間,1か月平均で1.9回の日直,7.5回の宿直及び重症当直を担当しており,特に宿直及び重症当直においては,その負荷は肉体的にも精神的にも大きかったというのが相当である。
 以上のように,本件業務は,量的にも質的にも,Eに対し,過重な負荷をかけるような内容になっており,府立病院の業務遂行に資すると考えられる研究活動の負担もまた大きかったことを副次的に考慮するなら,本件業務及びそれに付随する研究活動がEの心機能にかけた負荷は相当なものであったと認めるのが相当である。
 この点に関連し,厚生労働省の発出した通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日基発第1063号)は,業務上の疾病の判断について認定基準を示し,長期間の過重業務に関し,業務の過重性を検討するにあたり,労働時間については,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間を見て,発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6月間にわたって,1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働(この場合の時間外労働時間数は,1週間あたり40時間を超えて労働した時間数である)が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する旨示しているところ,Eの時間外労働時間は,発症日を起点とすると,発症前1か月間において88時間を超え,また,発症前2か月間ないし6か月間にわたる1か月あたりの時間外労働時間はいずれも80時間を超過していたものであって,前記の認定基準を適用した場合,本件業務とEの急性心機能不全の発症との関連性は強いと評価されるのであり,このことは,本件業務の過重性を裏付けるものというべきである。
 他方,Eには特別に心機能に関する疾患やその低下があったような事実は認められず,本件業務及び研究活動以外に,Eの心臓に負担をかけるような事象や行為があったとは認められない。
 以上の諸事情を総合して考慮するならば,Eの急性心機能不全は,主として本件業務及びこれに付随する研究活動の過重性によってもたらされたと認めるのが相当であり,本件業務とEの死亡との間には因果関係があると認められる。

「使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」(最高裁平成10年(オ)第217号同12年3月24日第二小法廷判決・民集第54巻3号1155頁参照)ところ,Eは,被告が開設していた府立病院の麻酔科で勤務していたのだから,被告はEに対しかかる義務を負い,被告は,Eに対し,労働時間,労働内容,休憩時間及び休憩場所等について適切な配慮をする義務を負っていたものと解される。
 しかるに,被告は,Eに対して,健康診断を行ってはいたものの,前記のとおり,労働時間や労働内容につき特に配慮することなく,Eを過重な労働に従事させたものである。
 かかるEの労働及び研究活動は,府立病院において,これらを把握し,あるいは把握し得るものであったと認められ,それにもかかわらず,府立病院はEの健康に配慮して業務量を低減させたり,人員配置を見直す等の処置をとらなかったのであるから,府立病院を開設した被告には,安全配慮義務違反があったと認めるのが相当である。

 Eは,前記のように過重な労働に従事していたものであり,それ自体は患者に対する思いや配慮から出たものであるが,なお,自らの健康保持を考慮しながら,労働時間を短くするなどして負荷を軽減する余地はあったというべきである。
 また,Eの研究活動は,前述のとおり府立病院の業務遂行に資する面はあるものの,業務命令の下で行われたものではなく,E個人の研さん及び業績向上のためのものという面があったこともまた否定できない。
 以上のような事情を考慮すると,Eの死亡による損害については,全面的に被告の負担とすることは損害の公平な分担という観点からは相当でなく,民法418条を類推適用して,損害額の1割を減額するのが相当である。

戻る