最新下級審裁判例

東京地裁判決平成19年04月13日

【事案】

 原告は、中学2年生の時に両眼円錐角膜症であると診断され、その後、昭和63年5月、A大学医学部附属B病院に入院して右眼角膜移植術を受けた。ところが、手術当夜に眼圧の上昇が見られ、その後は炎症による虹彩と水晶体の癒着防止を目的として散瞳剤の投与を受けていたが、退院後、原告の右眼が不可逆的な散瞳症状態にあることが確認された。その後、原告の右眼虹彩を縫合する手術を受けたが、結局、上記状態を改善する効果は現れなかった。このことについて、原告は、右眼角膜移植術前に後遺症等の説明がなかった過失があるために同手術を承諾してしまったことや、同手術の麻酔が不十分なのに手術を開始した過失、術中の手技上の過失、術後措置が不適切であった過失、散瞳剤の投与量等を誤った過失等により、右眼が不可逆的な散瞳症状態となったものであると主張して、被告に対し、診療契約上の債務不履行に基づき、損害賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成15年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

【判旨】

 円錐角膜に対する全層角膜移植術後に生ずる散瞳症については、その原因が医学的に解明されたとはいえない状態にある。
 このことを前提とすると、このような散瞳症の原因については、自然科学的な厳密さを要求する限り、常に証明不能といわざるを得ない。
 しかし、訴訟上の因果関係の立証は、このような自然科学的な厳密さが要求されるものではなく、当該事案で明らかにされた事実関係に経験則を当てはめた結果、特定の事実が特定の結果を招来したと一般通常人が疑いを差し挟まない程度に確信し得るものであれば、両者間に因果関係を認定できるのである。これを医療行為とその後に生じた症状との間についてみると、当該症状が医療行為の前には見当たらず、医療行為と近接して生じ、医療行為と無関係に生じるものとは認められず、むしろ医療行為によって生ずる可能性も認められる場合には、特段の事情のない限り、当該症状は当該医療行為によって生じたものと認めるのが相当である。そして、当該医療行為が複数の作為又は不作為によって構成されている場合において、それらのうちで当該症状を発症させる可能性があるものを抽出し、それらについていずれも上記のような関係が認められるときには、その一部のみが当該症状の原因となったことが認められない限り、それらのすべてと当該症状との間に因果関係があり、それらのすべてが複合的な原因であると認めるのが相当である。

 一般に、薬剤は一定の効果により治療効果を上げることを目的として投与されるものであるところ、薬剤には副作用が伴うのが通常であるから、薬剤を投与するか否か、その投与量を決するに当たっては、投与の必要性の有無について吟味する義務があるというべきである。
 そして、この点についての医師の判断を助けるものとして、薬剤には能書やインタビューフォーム等の文書が付されているところ、これに記載された用法用量を遵守している限りにおいては、仮に当該薬剤によって予期しない副作用が発生したとしても、これを投与した医師の責任は原則として否定される。しかし、上記文書に記載されている用法又は用量によらず、医師が独自に判断した用法又は用量によって薬剤を投与する場合には、それによって副作用発見の危険がないとの確立した知見がない限り、あるいは、当該薬剤を投与しなければ重篤な結果が生ずるために副作用発生の危険を甘受するほかないといった特段の事情がない限り、当該医師は、当該薬剤の投与を必要最小限にとどめて副作用の発症を防止する注意義務を負うと解すべきであり、このようなことは、医師として心得るべき初歩的な事項というべきである。

 一般に、患者は、医師から治療を受けるか否かについて判断するに当たり、自らの病態及び行うべき治療内容等、医療全般に対する正確な知識を欠くのが通常であるから、医師は、患者の上記判断を適切にすることができるようにするため、患者に対し、患者の病態、治療内容及び治療結果の見込み等について説明をする義務を負うというべきである。そして、円錐角膜に対する角膜移植に当たっては、文献上、手術成績がよいことの反面として麻痺性散瞳の合併症があることも十分に説明すべきであるとされており、同文献は本件角膜移植手術のかなり後のものであるが、同文献は上記合併症の説明の根拠として、それらの合併症が過去に一定頻度で生じたことを挙げており、それらの報告は本件角膜移植手術のかなり前からあることからすると、本件当時においても上記説明の必要性に変わりはなかったと認めるのが相当である。

 原告は、本件角膜移植手術前にもコンタクトレンズを装用していたものであるが、本件過失行為によって、視力矯正のためのコンタクトレンズに加えて虹彩付きのコンタクトレンズの装用を余儀なくされ、しかも、証拠によれば、虹彩付きコンタクトレンズを装用してもなお、散瞳状態に起因する羞明感が失われず、サングラスの装用をしなければならなくなっているものと認められ、これに反する証拠はない。そうすると、散瞳状態になれば羞明感が生ずるのが通常であると考えられ、かつ、羞明感があれば日常生活ができないに等しく、これを解消するために上記の矯正器具が必要となるのが通常であるとも考えられることに照らせば、上記虹彩付きコンタクトレンズ及びサングラスの購入費用は、通常生ずべき損害であると認められる。

 

京都地裁判決平成19年04月20日

【事案】

 本件は,控訴人が,被控訴人との間で締結した賃貸借契約に基づいて,被控訴人に敷金35万円を交付したが,同賃貸借契約には,賃貸借契約終了時に敷金の一部を返還しない旨のいわゆる敷引特約が付されており,被控訴人から敷金35万円のうち5万円しか返還されなかったことから,上記敷引特約が消費者契約法10条により全部無効であるとして,被控訴人に対し,不当利得に基づき,敷金残金30万円及びこれに対する約定の敷金返還期日の翌日である平成16年10年2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原審は,敷引特約は有効であるとして,控訴人の請求を棄却したことから,控訴人がこれを不服として,控訴した。

(参照条文)

消費者契約法10条

民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

【判旨】

 本件敷引特約が消費者契約法10条により無効となるには,@本件敷引特約が,民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであること,及びA民法1条2項に規定する基本原理である信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることが必要である。
 そこで,まず,前者の要件について検討するに,敷金は,賃料その他の賃借人の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に対して交付される金員であり,賃貸借目的物の明渡し時に,賃借人に債務不履行がなければ全額が,債務不履行があればその損害額を控除した残額が,賃借人に返還されることが予定されている。そして,賃貸借は,一方の当事者が相手方にある物を使用・収益させることを約し,相手方がこれに対して賃料を支払うことを約することによって成立する契約であるから,目的物を使用収益させる義務と賃料支払義務が対価関係に立つものであり,賃借人に債務不履行があるような場合を除き,賃借人が賃料以外の金銭の支払を負担することは法律上予定されていない。・・・そうすると,本件敷引特約は,敷金の一部を返還しないとするものであるから,民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の権利を制限するものというべきである。
 次いで,本件敷引特約が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるかについて検討するに,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の性質上当然に予定されているから,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する自然損耗に係る投下資本の回収は,通常,修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。したがって,自然損耗についての必要費を賃料により賃借人から回収しながら,更に敷引特約によりこれを回収することは,契約締結時に,敷引特約の存在と敷引金額が明示されていたとしても,賃借人に二重の負担を課すことになる。

 また,敷引特約は,事実たる慣習とまではいえないものの,関西地区における不動産賃貸借において付加されることが相当数あり,賃借人が交渉によりこれを排除することは困難であって,消費者が敷引特約を望まないのであれば,敷引特約がなされない賃貸物件を選択すればよいとは当然にはいえない状況にあることが認められ,これに本件敷引特約は敷金の85%を超える金額を控除するもので,控訴人に大きな負担を強いるものであることを総合すると,本件敷引特約は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると判断するのが相当である。

 以上によれば,本件敷引特約は,消費者契約法10条により,特約全体が無効であると認められる。

 

東京地裁判決平成19年04月26日

【事案】

 原告らは,別紙目録記載の土地の共有物分割を請求し,第1次的に,被告に対し原告Aが1927万1818円を,原告Bが722万6932円をそれぞれ支払うことによって同土地を原告らのみの共有(原告Aの持分11分の8,原告Bの持分11分の3)とする方法による分割を求めた上,「被告は,同土地について,原告Aに対し持分198分の56につき,原告Bに対し持分198分の21につき,共有物分割を原因とする持分移転登記手続をせよ。」との裁判を求め,第2次的に,「同土地について競売を命じ,その売得金を原告Aに18分の8,原告Bに18分の3,被告に18分の7の割合で分割する。」との裁判を求めた。
 これに対し,被告は,被告が原告らに対し計4164万1263円を支払うことによって同土地を被告の単独所有とする方法による分割を求めた上,「各原告は,被告に対し,同土地について,共有物分割を原因とする各原告持分全部移転の登記手続をせよ。」との裁判を求めた。
 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,原告A,原告B及び被告の共有(原告Aの持分18分の8,原告Bの持分18分の3,被告の持分18分の7)であり,その旨の登記がある。

本件土地を原告ら及び被告が共有するに至った経緯

ア.本件土地は,もとはDが所有していた。

イ.昭和37年10月21日,Dの死亡による相続により,その夫であるEが9分の3,長女である被告(昭和6年生),長男であるF及び二男である原告Aが各9分の2の持分を取得した。

ウ.昭和47年9月21日,Eの死亡による相続により,同人の持分(9分の3)の半分(18分の3)ずつを,その子であるG及び被告が取得した。

エ.平成16年4月21日,Fの持分(9分の2)を原告Aが買い受けて取得した。

オ.平成18年3月9日,Gの死亡による相続により,同人の持分(18分の3)を,その長女である原告Bが取得した。

 本件土地は,別紙図面のA,C,G,F及びAの各点を順次直線で結ぶ線に囲まれたほぼ長方形の土地であり,面積が160.33u,4辺の長さが10.48m(間口,AC),15.47m(CG),10.07m(GF),15.73m(FA)であって,更地で制限物権及び担保物権は設定されていないが,接する公道との境界が確定していない。
 本件土地の分割について,原告らと被告との間で協議が調わない。

【判旨】

 共有物分割の申立てを受けた裁判所としては,当該共有物の性質及び形状,共有関係の発生原因,共有者の数及び持分の割合,共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値,分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し,当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ,かつ,その価格が適正に評価され,当該共有物を取得する者に支払能力があって,他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは,共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし,これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである(最高裁平成8年10月31日第一小法廷判決・民集50巻9号2563頁参照)。

 本件においては,第1次的に被告の単独所有とする全面的価格賠償の方法による分割をし,第2次的に原告らのみの共有とする全面的価格賠償の方法による分割をすることが相当であると認めるべき特段の事情があるということができる。被告の単独所有とする全面的価格賠償の方法による分割を優先するのは,本件土地がいわゆる先代の遺産であるところ,原告らがこれを第三者に売却して換金することを考えているのに対し,被告はその地上に建物を建てて居住したいと考えていることから,後者を優先させるのが相当と認めるからである。また,被告の単独所有とする全面的価格賠償の方法による分割のみならず,第2次的に原告らのみの共有とする全面的価格賠償の方法による分割をも相当とするのは,賠償金についての被告の支払能力に一抹の不安が残らないではなく,被告が賠償金を支払えない場合には,直ちに競売を命じるより,原告らにも本件土地を取得する機会を与えることが公平にかなうからである。

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