最新下級審裁判例

東京地裁判決平成19年04月26日

【事案】

 被告医療法人社団B(以下「被告法人」という。)の設置する「D診療所」(以下「被告診療所」という。)において,被告C医師からうつ病の治療を受けていた原告が,被告C医師には,@原告を「躁うつ病」と診断した注意義務違反,A原告にテグレトールを処方した注意義務違反,Bテグレトールの副作用等について説明を十分に行わなかった注意義務違反があり,これにより原告はハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)に罹患したと主張して,被告らに対し,診療契約上の債務不履行及び不法行為に基づき損害賠償を請求する事案。

参考リンク

テグレトールについて
ハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)について

【判旨】

 米国精神医学会による「精神疾患の分類と診断の手引き」であるDSM−W(甲B8),WHOの診断基準である「疾患国際診断基準第10版」(ICD−10)の診断基準(甲B55・129ないし131頁)が策定され,精神医学界で一般的に認められていることからすれば,うつ病と診断するに当たっては,DSM−Wの「大うつ病の診断基準」又はICD−10の診断基準を満たすか,あるいは少なくともこれらの診断基準に照らして,その診断経緯を合理的に説明ができる必要があるものと解するのが相当である。

 被告C医師がうつ病と診断した時点における原告は,DSM−Wの「大うつ病の診断基準」を満たし,また,その診断はICD−10の軽症うつ病エピソードの基準に照らしても合理的であったと認められ,よって,被告C医師が原告をうつ病と診断したことに注意義務違反は認められない。

 投薬に際し,医師は特別な事情がない限り,投薬の目的,効果及び副作用等について,患者に説明すべき義務を負うというべきであり,そのことは,精神科の患者であっても,その診察や治療の妨げとなることがない限り,異なることはないというべきである。
 しかしながら,医師は,投薬に際し,その副作用の重篤性,発生頻度に照らして,重要と考えられるものを説明すれば足りるものであって,当該投薬により発生することが極めて稀な副作用についてまで,全て説明しなければならない注意義務が発生するとまではいえない。

 そこで,テグレトールの副作用について検討するに,@標準的な精神医学の教科書では,テグレトール(カルバマゼピン)の副作用としては,「眠気,めまい感,発疹,一過性の白血球減少症などがある」とだけ記載されていること,A能書には,その他の副作用として過敏症が挙げられているもののハイパーセンシティビティシンドロームは特に指摘されていないこと,B薬物過敏症症候群(DIHS)は,皮膚科学会でもその分野の専門家の間で1998年(平成10年)から言われ出した比較的新しい概念であり,平成12年7月当時確立された診断基準がないと指摘され,平成15年11月1日付け日本医師会雑誌における橋本公二教授による「drug-induced hypersensitivity syndrome」でも「なぜ特定の薬剤が原因となっているのか,また,薬疹においてどのような機序でHHV−6の再活性化が引き起こされるのかなどDIHSでは不明なことが多く,その研究は端緒についたばかりといわざるをえない」とされていること,C被告C医師がこれまでテグレトールを用いて重篤な副作用が出たことは本件以外になく,テグレトールの服用でハイパーセンシティビティシンドロームに罹患した例は自らの経験でも,他の医師から聞いたこともないことが認められる。
 以上によれば,被告C医師が原告にテグレトールを処方した平成13年3月5日当時,テグレトールからハイパーセンシティビティシンドロームが発症する危険性は極めて少ないと理解されていたものといわざるを得ない。
 そして,実際の臨床では,一般的に,悪性症候群やハイパーセンシティビティシンドロームのように極めて稀な副作用について説明することはないことに照らせば,被告C医師が,テグレトールの投薬に際し,ハイパーセンシティビティシンドロームの副作用についてまで説明すべき注意義務があったと認めることはできない。

 

さいたま地裁判決平成19年04月27日

【事案】

 原告が,被告株式会社講談社(以下「被告会社」という。)が発行した週刊誌「週刊現代」(以下「本件週刊誌」という。)の記事並びに本件週刊誌の新聞広告及び電車内広告により原告の名誉が毀損された等として,不法行為に基づき,被告会社及び当該記事の執筆者である被告A(以下「被告A」という。)に対し,謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払を求める事案。

【判旨】

 週刊誌の記事による名誉毀損が成立するためには,一般読者の普通の注意と読み方を基準として(最高裁判所昭和31年7月20日第2小法廷判決)各記事を読んだときに,原告に向けられたものであると理解されることを要するというべきである。
 そこで本件連載について一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると,・・・本件連載のうち,第15回と第21回以外の記事については,原告を特定した記載が存在しないから,一般読者の普通の注意と読み方を基準として,原告に対し向けられたとは到底解することはできず,原告に対する直接の名誉毀損は成立しない。
 本件連載のうち,第15回と第21回については,第15回は原告の氏名や肩書が記載されており,第21回は肩書や訴訟提起日が記載されている・・・。
 しかし,一般読者の普通の注意と読み方からすれば,一連の本件連載の中でのJR総連らの批判の一方法として,JR総連らの組織的な活動を指摘しているにすぎず,記事が原告に対し向けられているとは認められない。・・・したがって,本件連載中第15回及び第21回の記事も,JR総連らに向けられた批判であって,原告に向けられた批判であるとは認められない。よって,本件連載の第15回及び第21回の記事による原告に対する直接の名誉毀損は成立しない。

 団体に対する名誉毀損がなされた場合,当該団体の構成員も損害を受けることはあるが,それは間接的反射的損害にとどまり,団体の名誉が回復されることをもって当該団体の構成員の名誉も回復されるべきものである。もっとも,間接被害者と直接被害者が人的関係が強く,直接被害者に対する名誉毀損があれば,間接被害者に対する名誉毀損でもあるという場合で,間接被害者と直接被害者が別個の損害を受け,損害の回復のためには別個の回復がなされる必要があるような場合には,間接被害者に対する名誉毀損も成立する余地はあろう。しかし,たとえ原告がJR東労組大宮地方本部執行委員長という立場であったとしても,・・・原告に対する名誉毀損にも当たるとは到底いえない。

 労働組合は組合員の団結により構成されることから,個々の組合員の団結する権利や利益を侵害することで,損害賠償請求が認められることがあることはそのとおりであるが,労働組合の団結権ではなく,個々の組合員の団結権が侵害されたというためには,団結権侵害行為が個々の組合員に対し向けられていなければならないというべきである。しかし,前記のとおり,本件連載は原告に向けられたとは認められないことから,原告に対する団結権侵害行為があるとは認められない。よって,本件連載による原告の団結権侵害も成立しない。

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