最新下級審裁判例

大阪地裁判決平成19年05月28日

【事案】

 被告が開設するC病院(以下「被告病院」という。)において麻酔科の医師として勤務していたDが自殺したことにつき,Dの両親である原告らが,被告に対し,自殺の原因は,被告病院における過重な業務によってDがうつ病を発症し,これを増悪させ,さらにうつ病発症後も被告が適切な処置を執らなかったことにあるとして,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償(Dの死亡日からの遅延損害金を含む。)を請求した事案。

【判旨】

 Dが自殺した理由については,遺書は残されておらず,定かではない面があるものの,自殺に至るまでの経緯からすると,Dは,うつ病が悪化し,てんかん発作も出現するなどして,自分の思うように業務ができなかったところ,仕事熱心で自分自身に対する要求水準が高い性格もあって,将来に対する絶望感から自殺するに至ったものと推認することができる。
 そうすると,被告病院における業務がDの自殺の主要な要因になっていたということができ,被告病院における業務とDの自殺との間には,相当因果関係を認めることができる。

 一般に,使用者は,従業員との間の雇用契約上の信義則に基づき,従業員の生命,身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い,その具体的内容として,労働時間,休憩時間,休日,休憩場所等について適正な労働条件を確保した上,労働者の年齢,健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減,就労場所の変更等適切な措置を執るべき義務を負うところ,Dは被告病院において麻酔科医として勤務していたのであるから,被告病院は,Dに対し,前記義務を負っていた。
 そして,被告病院におけるDの業務は,労働時間の質量ともに決して軽いものではなく,F医師は,Dのうつ病の症状が悪化していると認識し,遅くとも平成15年11月ころには,被告病院における業務を継続させることは困難であると考えるに至り,被告病院長においても,同年12月までには,Dを被告病院において勤務させるのは困難であるとの考えからDを異動させる方針を固めていたのであるから,被告病院としては,その時点でDに休職を命じるか,あるいは業務負担の大幅な軽減を図るなどの措置を執り,Dに十分な休養をとらせるべき注意義務を負っていたというべきである。とりわけ,Dが平成16年1月5日に自殺を示唆するメモを残して失踪した後にあっては,Dが自殺する危険性が顕在化し,かつ,切迫した状況にあったのであるから,より一層Dの健康状態,精神状態に配慮し,十分な休養をとらせて精神状態が安定するのを待ってから通常の業務に従事させるべき注意義務があったというべきである。
 しかるに,被告病院長は,F医師を通じてDの業務の負担を適宜の方法により軽減する措置を執りつつも,Dを引き続き勤務させ,平成16年1月5日にDが失踪し,自殺する危険性が顕在化した段階においても,Dの業務を軽減するための措置を具体的に講じることなく,当直勤務を含め,通常どおりの業務にDを引き続き従事させていたのであるから,Dに対する安全配慮義務を怠ったというべきである。

 被告の主張は,過失相殺にかかる主張を含むものと解されるところ,・・・うつ病に罹患し,悪化するに至ったことにつき,Dのてんかんの既往症が影響していることは否定し難いところである。また,Dは,F医師から再三勧められたにもかかわらず,精神科医による診察を受けなかったことが,うつ病を悪化させ自殺するに至らせたものと考えられる。
 かかる事情について,Dの病状を考慮すると,直ちにDに過失があると評価することはできないものの,本件における損害賠償額を算定するにあたっては,これを全面的に被告の負担に帰することは公平を失するというべきであるから,民法722条2項の規定を類推適用して損害額から相当額を控除するのが相当であり,本件においては,前記の事情を総合考慮し,損害額の30%を減額するのが相当である。

(近年,精神的疾患を患い,自殺にまで至る者が少なくないが,本件においては,てんかんの既往症があり,うつ病に罹患したDに対し,上司であるF医師が可能な限りのフォローを続けたものの,F医師のみによってはフォローし切れず,若い将来のある医師が自ら命を絶ったものである。てんかんやうつ病に対し,周囲の者が十分な理解を示し,本人も罪悪感を持つことなく可能な範囲で業務を続けながら適切な治療を受けていれば,このような結果に至らなかったと考えられ,誠に残念な事案である。−このことを最後に付言する。)。

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