平成19年度旧司法試験論文式
刑法第一問参考答案(その2)

第1.甲の罪責
1.まず,Xに薬剤を吸引させて昏睡させた行為について検討する。
(1) 当該行為によりXは死亡している。しかし,甲には当該行為によってXを昏睡させる認識しかない。よって,殺人の故意がないから,殺人罪は成立しない。
(2) では,傷害致死罪は成立するか。
ア.まず,昏睡に陥ることは,生理的機能の障害といえるから,実行行為性は認められる。
 また,昏睡させるに足る成分を含む薬剤を吸引させれば,死に至ることも社会通念上相当であるから,結果との因果関係が肯定できる。
イ.また,甲には昏睡させる認識があるから,基本犯たる傷害の故意がある。
ウ.よって,甲に傷害致死罪が成立する。
2.次に,Xを海中に投棄した行為について検討する。
(1) 甲は殺意を持って当該行為をしているが,殺人の実行行為性は認められるか。
 実行行為とは法益侵害結果惹起の現実的危険性を有する行為である。そして,その危険性の判断は,構成要件が社会通念に基づいて類型化された行為規範であることから,行為時に行為者の特に認識した事情と一般人が認識し得た事情を基礎として,一般人が危険性を感じるかによって決すべきである。
 本問では,甲はXの死を認識していない。しかし,心拍や呼吸の停止により,一般人であれば認識し得たといえる。従って,Xの死を基礎に危険性を判断すべきである。
 そうすると,当該行為は死体の投棄にすぎず,人の死の危険を有する行為とはいえない。
 よって,殺人の実行行為性は認められない。
(2) 結局,当該行為は死体遺棄罪の客観的構成要件に該当することになる。しかし,甲の認識は殺人である。そこで,死体遺棄の故意は認められるか。抽象的事実の錯誤が問題となる。
 そもそも,故意責任の本質は,反規範的人格態度に対して重い批難が妥当する点にある。そして,規範は構成要件で与えられている以上,同一の構成要件内の錯誤については同一の規範に直面したといえ,故意が認められる。
 また,異なる構成要件にまたがる錯誤においても,構成要件の重なり合いが認められれば,その限度で規範に直面したといえるから,重なり合う犯罪の限度で故意を肯定できる。
 本問で,死体遺棄と殺人は保護法益を異にし,重なり合いが認められない。
 よって,死体遺棄罪の故意は認められない。
 以上から,死体遺棄罪は成立しない。
(3) よって,当該行為について,犯罪は成立しない。
3.また,乙を殴って気絶させた行為につき,傷害罪が成立する。
4.以上から,甲は傷害致死罪と傷害罪の罪責を負い,併合罪となる。
第2.乙の罪責
1.乙はXに薬剤を吸引させる行為を甲と共同しているから基本犯たる傷害について共同正犯関係を認め得る。
 そして,結果的加重犯においては,基本犯に加重結果発生の高度の危険が含まれている以上,基本犯について共同正犯が認められれば,これと因果関係のある加重結果についても共同正犯を認め得る。
 よって,乙には傷害致死の共同正犯が成立する。
2.また,乙は甲に海中投棄をやめるよう懇請しているが,海中投棄行為は何ら犯罪を構成しない以上,刑法上の意味はない。
3.以上から,乙は傷害致死罪の罪責を負う。
第3.丙の罪責
1.丙には甲乙と傷害致死罪の共同正犯が成立しないかを検討する。
2. 丙は,薬剤をXに吸引させる行為を直接分担していない。
 しかし,共同正犯の一部実行全部責任(60条)の根拠は,相互利用補充により1つの犯罪を実現する点にある。
 そうである以上,直接実行行為を分担しなくとも,相互利用補充関係が認められれば,共同正犯の成立を肯定しうる。
 本問では,丙はX殺害計画立案に参加し,Xを港に呼び出すなど,重要な役割を果たしているから,甲乙との相互利用補充関係を認めることができる。
 よって,丙には甲乙との共同正犯関係が成立しうる。
3.そうであるとしても,丙は犯行前に甲乙に,自らは現場に行かない旨告げているから,共同正犯からの離脱を認めることはできないか。
(1) 共同正犯の根拠が相互利用補充関係にある以上,これが解消した時点で離脱を認めるべきである。そして,実行着手前においては,一般的には離脱の意思表示と残余者の認容があれば足りる。
 もっとも,既に残余者の利用可能な状況を作出している場合は,これを除去することも要するというべきである。
(2) 本問では,丙は甲乙に現場に行かない旨伝え,甲乙は丙がもう来ないものと思っており,これを認容している。
 もっとも,丙は既にXを現場に呼び出しており,甲乙の犯行に利用可能な状況を作出している。にもかかわらず,これを除去する手段を何ら講じていない。
(3) よって,丙に離脱は認められない。
4.また,丙は殺人の故意であったが,殺人と傷害は,法益の共通性から傷害の限度で重なり合うから,傷害の故意を肯定できる。
5.以上から,丙には傷害致死の共同正犯が成立する。
6.なお,甲の乙に対する傷害については,当初の計画に含まれておらず,利用補充関係が認められないから,共同正犯は成立しない。
7.以上より,丙は傷害致死罪の罪責を負う。

以上

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