漏洩問題の今後とその影響

合格発表後は鎮静化

今回の問題は、漏洩メールをもらった受験生が、うっかりそのことをブログに掲載してしまったことが発端である。
しかし、これ程の大問題にまで発展したのは、ネット上で大騒ぎになったためだろう。
驚く程のスピードでまとめサイトが立ち上がり、掲示板等にスパム的書き込みがなされた。
これには相当の時間と労力が投入されたはずである。
その主導的役割を果たしたのは、おそらく今年度の新司法試験を受験した受験生であると推測できる。

新司法試験は、旧司法試験と異なり、5月にまとめて試験が行われる。
9月の合格発表までの4か月の間、受験生は、特にやることがない。
精神的には、不安定な状態である。
そんな状態の受験生にとって、漏洩問題は格好のイベントだった。
あり余る時間・労力と不安を一気に発散させるはけ口となったのである。

そんな受験生も、9月13日の発表後には、合格者と不合格者に分かれることになる。
合格者にとっては、もはや漏洩などどうでもいいと感じるようになるだろう。
むしろ、自分は慶応ローでなくてよかったと思うかも知れない。

他方、不合格者にとっては、決してどうでもいい問題とはならない。
今年度の受験生全体において、慶応ロー生は6%程度を占める。
従って、漏洩の結果への寄与度は決して小さくない。
しかし、そうは言っても「俺は漏洩のせいで落ちた」は、通らないだろう。
不合格者の立場は弱い。
負け犬の遠吠えとしか、受け取ってもらえない可能性が高い。
しかも、騒いだところで、結果が覆る可能性は、ほとんどゼロである。
そうであれば、来年に向けた勉強をした方が生産的である。
従って、漏洩問題追及に振り向けるような時間と労力は、相当に減退するはずである。

そういう訳で、合格発表後、合格者は完全に手を引き、不合格者の追及も弱まると思われる。
その結果、この問題は急速に鎮静化することになりそうだ。

漏洩は今後も起きるか

今回の問題で重要なことは、将来的に漏洩を抑止できるかという点である。
植村元教授の刑事告発の意義は、植村元教授を痛めつけて溜飲を下げることにあるのではなく、将来に向けた抑止的効果にある。

その観点からみると、今回の件の抑止力は、それなりに大きい。
受験生の立場からは、植村元教授への処分は現状のところ、甘いように見える。
しかし、考査委員の立場からすれば、絶対ああはなりたくないはずである。
委員解任、教授職退職を余儀なくされ、もはや出世ルートには戻れない。
しかも、今後当分の間、ネット上に名前が残ることになる。
既にウィキペディアの「植村栄治」の項目には、今回の記載がある。
漏洩教官の看板をずっと背負っていかなければならないのである。

受験生のネット利用者が増え、情報の流通が早い。
漏洩は、バレやすくなっている。
考査委員にとって、漏洩行為のリスクは、旧司法試験時代より大きくなっている。
そのようなリスクを犯してまで、やるようなことでもないだろう。
今回のような露骨な漏洩は、今後しばらくは起こらないと思われる。

受験生にとってプラスか

とはいえ、今回の問題には、受験生にとって必ずしもプラスとはいえない副作用がある。
法科大学院で独自に行う答練や補講のような受験対策の自粛である。
結果的に論点等を的中させてしまった場合、あらぬ疑いをかけられかねない。
そうでなくても、考査委員の教官が受験指導すること自体に疑問の声が挙がっているからだ。

そうなると、受験生はますます予備校答練を受けざるを得なくなる。
受験生にとっては、マイナスだろう。

チャンスを活かせない予備校

予備校にとっては、今回の問題は、巻き返しのチャンスだった。
例えば、公平性の観点を強調して全国統一模試を提唱することなどが有り得た。
各法科大学院独自に受験指導をするから、今回のような問題が生じる。
第三者が作成した問題で全国模試をやれば、公平でいいじゃないか。
このように主張するのである。
そして、答練問題の作成を一括で請け負う。
うまくいけば、今まで蚊帳の外だった予備校も、法科大学院利権の一角に食い込める。
そうでなくても、法曹教育はロー、受験指導は予備校という棲み分けの図式を確立するいい機会である。
しかし、そのような積極的な動きは見えてこない。
日々のルーチンワークで汲々としているようである。

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