最新最高裁判例

最高裁判所第一小法廷決定平成19年10月16日

【判旨】

 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである。

 

最高裁判所第二小法廷平成19年10月19日判決

【事案】

 亡夫と共にマンション管理員として住み込みで勤務していた被上告人が,両名は時間外労働及び休日労働を行ったのに就業規則所定の割増手当の一部が特別手当として支払われたにとどまると主張して,上告人に対し,上記の割増手当の残額等の支払を求める(亡夫の分についてはその相続人として)事案。

【判旨】

 労働基準法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間(以下「不活動時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。そして,不活動時間において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって,不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして,当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成9年(オ)第608号,第609号同14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。
 本件会社は,被上告人らに対し,所定労働時間外においても,管理員室の照明の点消灯,ごみ置場の扉の開閉,テナント部分の冷暖房装置の運転の開始及び停止等の断続的な業務に従事すべき旨を指示し,被上告人らは,上記指示に従い,各指示業務に従事していたというのである。また,本件会社は,被上告人らに対し,午前7時から午後10時まで管理員室の照明を点灯しておくよう指示していたところ,本件マニュアルには,被上告人らは,所定労働時間外においても,住民や外来者から宅配物の受渡し等の要望が出される都度,これに随時対応すべき旨が記載されていたというのであるから,午前7時から午後10時までの時間は,住民等が管理員による対応を期待し,被上告人らとしても,住民等からの要望に随時対応できるようにするため,事実上待機せざるを得ない状態に置かれていたものというべきである。さらに,本件会社は,被上告人らから管理日報等の提出を受けるなどして定期的に業務の報告を受け,適宜業務についての指示をしていたというのであるから,被上告人らが所定労働時間外においても住民等からの要望に対応していた事実を認識していたものといわざるを得ず,このことをも併せ考慮すると,住民等からの要望への対応について本件会社による黙示の指示があったものというべきである。
 そうすると,平日の午前7時から午後10時までの時間(正午から午後1時までの休憩時間を除く。)については,被上告人らは,管理員室の隣の居室における不活動時間も含めて,本件会社の指揮命令下に置かれていたものであり,上記時間は,労基法上の労働時間に当たるというべきである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成19年11月01日

【事案】

 原告らが,上告人は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)に基づき被爆者健康手帳の交付を受けた者が我が国の領域を越えて居住地を移した場合には,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」といい,原爆医療法と併せて「原爆二法」という。)は適用されず,原爆特別措置法に基づく健康管理手当等の受給権は失権の取扱いとなるものと定めた「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」と題する通達(昭和49年7月22日衛発第402号各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達。以下「402号通達」という。)を作成,発出し,その後,原爆二法を統合する形で原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」といい,原爆二法と併せて「原爆三法」という。)が制定された後も,平成15年3月まで402号通達の上記定めに従った取扱いを継続したことによって,原告らの原爆三法上の「被爆者」としての法的地位ないし権利を違法に侵害してきたなどと主張して,それぞれ,上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案。

【判旨】

 原爆二法は,これらの法律による各種の援護措置の対象となる「被爆者」について,原子爆弾が投下された際当時の広島市又は長崎市の区域内に在った者等であって,その居住地(居住地を有しないときはその現在地)の都道府県知事に申請して被爆者健康手帳の交付を受けた者をいうものと定めているものの,原爆二法による各種の援護措置を受けるための要件として,「被爆者」であることに加えて,その居住地が日本国内にあることまでは要求しておらず,また,いったん被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得し,更に都道府県知事の支給認定を受けて健康管理手当等の受給権を取得した「被爆者」が,日本国外に居住地を移した場合にその受給権を失う旨の規定も置いていない。そうすると,いったん健康管理手当等の受給権を取得した「被爆者」が日本国外に居住地を移した場合に,受給権が失権するものとした402号通達の失権取扱いの定めは,原爆二法の解釈を誤る違法なものであったといわざるを得ない。したがって,402号通達の失権取扱いの定めは,原爆二法を統合する形で制定された被爆者援護法にも反することは明らかである。
 もっとも,上告人の担当者の発出した通達の定めが法の解釈を誤る違法なものであったとしても,そのことから直ちに同通達を発出し,これに従った取扱いを継続した上告人の担当者の行為に国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されることにはならず,上告人の担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記行為をしたと認められるような事情がある場合に限り,上記の評価がされることになるものと解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。
 しかし,402号通達は,被爆者についていったん具体的な法律上の権利として発生した健康管理手当等の受給権について失権の取扱いをするという重大な結果を伴う定めを内容とするものである。このことからすれば,・・・,上級行政機関たる上告人の担当者が上記のような重大な結果を伴う通達を発出し,これに従った取扱いを継続するに当たっては,その内容が原爆三法の規定の内容と整合する適法なものといえるか否かについて,相当程度に慎重な検討を行うべき職務上の注意義務が存したものというべきである。
 昭和32年に制定された原爆医療法には,・・・資格要件として,日本国内に居住地を有することを要する旨の明文の規定は置かれていない。しかし,・・・,「被爆者」の居住地あるいは現在地が継続して日本国内にあることを前提としたものと解する余地のある規定が置かれており,・・・これらの原爆二法の規定等を根拠に,上告人の担当者は,一貫して,原爆二法は日本国内に居住関係を有する被爆者に対してのみ適用されるものであって,日本国外に居住する在外被爆者に対してはこれらの法律の適用はないものとする解釈を採り,国会審議の場においても厚生大臣及び上告人の担当者がそのような法解釈を示してきていたのに対して,特段の異論が述べられることもなかったことがうかがわれる。
 これらの事実関係からすれば,上告人の担当者が,原爆二法について,当初,日本国外に居住する在外被爆者に対してはその適用はないものとする解釈の下にその運用を行ってきたことにも,それなりの根拠があったものと考えられ,しかも,上告人の担当者において,このような法解釈が原爆二法の規定の客観的に正しい解釈と整合する適法なものといえるか否かについて,改めて検討を行うことを迫られるような機会があったものとも認められないところである。
 そうすると,昭和49年の402号通達発出の前の段階では,上告人の担当者が,日本国外に居住する在外被爆者に対しては,そもそも原爆二法の適用がないものとする法解釈の下にその運用を行ってきたことをもって,その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と違法な運用を行っていたものとまでいうことは困難というべきである。
 しかし,その後,昭和49年3月に,孫振斗訴訟の第1審判決において,前記のような原爆医療法の規定等からして,同法が適用されるための要件として被爆者が日本国内に居住関係を有することが要求されているものと解することはできず,したがって,日本国内に不法入国した在韓被爆者についても同法の適用があるとする司法判断が示された。これを受けて,上告人の担当者の側でも,同年7月ころには,在外被爆者については原爆二法の適用を一切認めず被爆者健康手帳の交付を行わないものとしてきたそれまでの取扱いを改め,治療目的で適法に日本国内に入国し1か月以上滞在している者については,日本国内に居住関係を有するものとして,原爆二法の適用を認め,被爆者健康手帳を交付し,健康管理手当等の支給要件に該当すれば支給認定をするという取扱いを採用するに至っていた。
 402号通達は,このような状況の下で,・・・,昭和49年厚生省令第27号による原爆特別措置法施行規則の改正に関連させる形で失権の取扱いを定めたものであるところ,上記規則改正の内容は,原爆特別措置法に定める健康管理手当等の受給権者が都道府県の区域を越えて居住地を移した場合に,手当の支給が都道府県知事を通じて行われる仕組みになっていること等を理由に受給権をいったん失権するものとしていた従前の取扱いを改めて,そのような事由によっては受給権は失権しないこととするものであった。
 これらの事実関係からすれば,402号通達発出の時点で,上告人の担当者は,・・・従前の取扱いが,法律上の根拠を欠く違法な取扱いであることを認識するに至ったものと考えられるところである。
 そもそも,・・・日本国内に住所や居住地を有することが手当等の支給要件とされている・・・場合には,日本国内に住所等を有することが手当等の支給要件であることが法文に明記されたり,日本国内に住所等を有しなくなった場合には手当等の受給権を失うこととなる旨が法文に明記されるのが通例であると考えられるところである(国民健康保険法,国民年金法,児童扶養手当法,特別児童扶養手当等の支給に関する法律など)。ところが,原爆二法には,被爆者が日本国内に居住地を有することがそれらの法律の適用の要件となる旨を定めた明文の規定が存在しないばかりか,法の定めるところによっていったん「被爆者」について発生した各種手当の受給権が,「被爆者」が日本国外に居住地を移すことによって失われる旨を定めた明文の規定も存在しないのである。にもかかわらず,402号通達発出当時,上告人の担当者は,そもそも在外被爆者に対してはこれらの法律が適用されないものとする従前の解釈を改め,一定の要件の下で在外被爆者が各種手当の受給権を取得することがあり得ることを認めるに至りながらも,なお,現実にこれらの手当の受給権が発生した後になって,「被爆者」が日本国外に居住地を移したという法律に明記されていない事由によって,その権利が失われることになるという法解釈の下に,402号通達を発出したこととなるのである。
 このような法解釈は,原爆二法が社会保障法としての性格も有することを考慮してもなお,年金や手当等の支給に関する他の制度に関する法の定めとの整合性等の観点からして,その正当性が疑問とされざるを得ないものであったというべきであり,このことは,前記のとおり,402号通達の発出の段階において,原爆二法の統一的な解釈,運用について直接の権限と責任を有する上級行政機関たる上告人の担当者が,それまで上告人が採ってきたこれらの法律の解釈及び運用が法の客観的な解釈として正当なものといえるか否かを改めて検討することとなった機会に,その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば,当然に認識することが可能であったものというべきである。
 そうすると,上告人の担当者が,原爆二法の解釈を誤る違法な内容の402号通達を発出したことは,国家賠償法上も違法の評価を免れないものといわざるを得ない。
 そして,上告人の担当者が,このような違法な402号通達に従った失権取扱いを継続したことも,同様に,国家賠償法上違法というべきである。
 以上によれば,402号通達を作成,発出し,また,これに従った失権取扱いを継続した上告人の担当者の行為は,公務員の職務上の注意義務に違反するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法なものであり,当該担当者に過失があることも明らかであって,上告人には,上記行為によって原告らが被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

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