平成19年度新司法試験短答式公法系
第1〜10問解説

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第1問

全体の文脈について

まず全体を眺めて気付くべき事がある。
第1段落と第2段落は法の支配一般の話をしている。
他方、第3段落は日本国憲法の話だ。
従って、憲法の条文に関する肢は、第3段落の方に入ることになる。
選択肢の2、3、6、8がそれである。
よって、A、Bには、1、4、5、7のどれかが入ることになる。

Aについて

「〜支配」となっているので、1と5しか入らない。
また、「専断的な国家権力の支配、すなわち、」となっている。
そうなると、5が入ると容易に判断できるだろう。

Bについて

「〜の思想」となっている。
そうすると、4か7ということになる。
文脈的には、「権威主義的な法概念ではなく、民主主義的な法概念である」と整合的でなければならない。
権力分立と基本的人権は、共に自由主義的な概念である。
そのため、やや悩ましい部分といえるだろう。
とはいえ、基本的人権の方が親和的だといことはいえる。
法の支配の観念は、公権力によっても犯しえない領域を確保するという理念である。
その、犯しえない領域が、すなわち、基本的人権だからである。
以上から、7が入る。

Cについて

「〜人権の保障」となっている。
従って、入るとすれば、3か8である。
文脈的には司法権の拡大強化の例示。
8は人権制約的なので、3ということになろう。
なお、ここで7を入れる人がいそうだが、「人権人権」になってしまう。
よく問題文を見ないと起こりがちなミスである。

Dについて

独立の名詞となりうるものでなければならない。
かつ、冒頭で示したように憲法の条文が入ることになるだろう。
そうすると、2か6になる。
いずれも、文脈的に司法権拡大強化の例示になりうるので、適切のように見える。
だが、2は内容が誤っている。
全面的禁止ではなく、終審としての禁止である。
よって、2は入りえない。
以上から、6が入る。

第2問

全体について

いわゆる塩見訴訟判決に関する出題である。
形式は肢の組み合わせになっている。
だが、全部の組み合わせが選択肢になっているので、肢を使う解法は使えない

アについて

判例は、社会保障における自国民と在留外国人一般の優劣について判示した。
定住外国人か否かの区別はしていない。
現在のところ、判例は定住外国人、特別永住者を区別してはいない(管理職任用事件参照)。
よって、本肢は誤りである。

イについて

判例は、14条1項は合理的理由の無い差別を禁じる趣旨であるとした後、合理性の有無を論じている。
これは、外国人に対しても同項の趣旨が及ぶとする考え方と矛盾しない(むしろ、適合的である)。
よって、本肢は正しい。

ウについて

本肢のように将来的な立法を促す判示はしていない。
よって、誤りである。

仮にこのような判示があったとしよう。
そうすると、権力分立との関係で問題が生じる。
それなら、テキスト等でそのような記述があるはずである。
事実上の立法義務付けに近いからだ。
しかし、そんな記述は見たことがないだろう。
その事から、本肢を誤りと判断すべきである。

エについて

判例は、「具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄である」とした上で、「社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができる」とする。
よって、本肢は正しい。

以上から、正解は5となる。

第3問

アについて

人権はすべての法秩序に妥当すべき価値であるとの考え方は直接適用説の論拠である。
よって、無効力説の理論的背景とする本肢は明らかに誤りである。

イについて

直接適用説には本肢のような批判がある。
よって、本肢は正しい。

ウについて

本肢の指摘はいわゆる社会的権力論である。
社会的権力論は間接適用説の論拠の一つである。
従って、本肢は適切でない。
もっとも、直接適用説の立場からの批判としては、あながち間違いともいえないようにも思える。
「間接適用では社会的権力の人権侵害からの救済には不十分、だから直接適用だ」とも言えそうだからだ。
従って、明らかに誤りとまで言っていいかは微妙な面もある。
ただ、他の肢との比較からは、本肢を明らかな誤りと判断すべきだろう。

エについて

本肢の見解はメジャーではない。
見解は、優越関係を国家と私人の関係に類似するとみる。
社会的権力論とほぼ重なる発想である。
誤ってはいないだろう。
一方、批判は、性質上違うとする。
国は、警察権や刑罰権に代表されるような、私人とは異なる権力を行使できる。
どんな大企業でも、社員の家宅捜索をしたり、社員を死刑にしたりはできない。
そう考えると、この指摘も誤っていないと思われる。
このように、論理的に誤りと見るべき点は見あたらない。
従って、本肢は明らかな誤りではないと考えるべきである。

以上から、正解は2となる。

第4問

アについて

京都府学連事件判例は、「これを肖像権と称するかは別として」とし、判断を留保している。
よって、「プライバシーの権利の一つとして」と断定している点で、本肢は誤りである。

イについて

明文にない権利・自由を最高裁が認めたものとして、以下のようなものがある。

・名誉権(北方ジャーナル事件判例)。
・プライバシー権(石に泳ぐ魚事件判例長良川事件判例江沢民早大講演会事件判例)。
・指紋押捺を強制されない自由(最判平7・12・15)。

よって、本肢は誤りである。

ウについて

一般的自由説は、保障の対象を限定せず、保障の程度で差別化する。
従って、保障の程度の段階で人格との関連性を考慮するのは矛盾しない。
むしろ、適合的である。
よって、本肢は正しい。

エについて

髪型の自由につき、佐藤孝治教授は正面からは人権といえないとする。
他方、故芦部教授は人格的生存に不可欠な利益であって、人権たりうるとする。
よって、本肢の通りであり、正しい。

以上から、正解は6となる。

第5問

アについて

悩ましい肢である。
判例は「尊重」という語を用いていない。
「憲法が各地方公共団体の条例制定権を認める以上、
地域によつて差別を生ずることは当然に予期される」と述べるにとどまる。
これを「条例制定権の尊重」と言い切っていいか。
結果的に差が付く以上仕方がないという感覚で見ると、ノーとも考えられる。
ただ、条例制定権と地域間平等を天秤に掛けたともみれる。
そうすると、前者を尊重して後者を劣後させるたのであるから、イエスとなる。
正解は1であり、正しいと判断すべきだった。

イについて

判例は合理的差別か否かという判断枠組みで判断している。
本肢のような判断枠組みを取ったのは、東京高裁である。

ウについて

判例は、尊属殺の法定刑を加重すること自体については、憲法に違反しないとする。
違憲の根拠となったのは、加重の程度である。
そして、刑の加重が極端かどうかにつき、執行猶予の可否を考慮要素としている。
あまりこの部分はメジャーではないので、その部分を引用しておこう。

・・・現行法上許される二回の減軽を加えても、尊属殺につき有罪とされた卑属に対して刑を言い渡すべきときには、処断刑の下限は懲役三年六月を下ることがなく、その結果として、いかに酌量すべき情状があろうとも法律上刑の執行を猶予することはできないのであり、普通殺の場合とは著しい対照をなすものといわなければならない。

このことからすれば、執行猶予が可能となることで、結論が異なる余地がある。
よって、本肢は正しい。

エについて

司法試験の問題が、現在では合憲性の維持不可能な法律の存在を認めることはおかしい。
法務省に違憲審査権はないからである。
その意味で、この肢は正しいに決まっている。
また、可能性がゼロということは法学においてほとんどありえない。
この点からも、本肢は正しいと判断できる。
論理的には、今日においては合理性を欠くという根拠にはなるが、論理必然ではないということになるだろう。

全体について

判例の結論だけを理解していても解けない。
理由付けまでしっかり押さえておく必要がある。
答練等で出題された判例については、極力全文を一読する習慣をつけよう。

第6問

アについて

ほとんどひっかけ問題である。
「中立であることを求めるのではなく」の部分が誤り。
「中立であることを要求するものではあるが」が正しい。
津地鎮祭訴訟参照。

イについて

地地鎮祭訴訟において、同旨の判示がある。
よって、正しい。
判例の知識がなくても、現場で考えて正しいと判断したいところだ。

ウについて

「外形的側面を考慮するのではなく」の部分が誤り。
「外形的側面のみにとらわれることなく」が正しい。
津地鎮祭訴訟参照。
有名なフレーズなので、すぐに判断できるようにしたい。
仮に知らなくても、主観面だけで判断するのはおかしいと気付きたいところだ。

エについて

愛媛玉串料訴訟判例が同旨の判示をしている。
よって、正しい。

第7問

小問1について

1について

二重の基準論を誤解している人間を落とそうという問題である。
二重の基準論に対する批判として、経済的自由権も重要性に変わりが無いという指摘がある。
だが、二重の基準論は、政治的過程での回復困難性・裁判所の判断能力に着目する理論である。
経済的自由権を自己実現に不可欠でないとか、生活の基盤をなす重要性が無いという主張ではない。
経済的自由権の重要性は二重の基準論においても肯定できる。
よって、1は明らかに誤っているとはいえない。

2について

経済的自由権を保障するには政策的に国家が介入する必要があるから、規制余地が大きいという議論がある。
これに対して、精神的自由権を保障するにも犯罪行為の取り締まりなど、国家の介入の必要性があるという指摘ができる。
これはこれで正しい。
二重の基準論は、そうではあるけれども、民主制過程論や司法の判断力論を持ち出して基準を変えるのである。
よって、2も明らかに誤っているとはいえない。

3について

精神的自由権において、自己実現の価値は重要な要素である。
精神的自由権の自己実現の価値を否定する論者は皆無と言っていいだろう。
よって、3は明らかに誤っている。

小問2について

1について

下線部(b)の解釈方法とは、合憲限定解釈である。
本肢の判例は、単に煽動が公共の福祉に反するとして合憲としている。
よって、合憲限定解釈をしたものではない。

2について

本肢の判例は、いわゆる比較衡量論によって、一律に合憲としている。
よって、合憲限定解釈をしたものではない。

3について

本肢の判例はいわゆる税関検査事件判例である。
この判例は、以下のように述べる。

「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二一条一項の規定に反しない合憲的なものというべきである。

これは、合憲限定解釈である。
よって、3が正解となる。

第8問

全体について

穴埋め問題であるが、難易度は非常に低い。
選択肢がアイウエオの順で組まれているからだ。
そして、どの穴も2択になっている。
最短で2箇所(例えば、アとオ)を埋めれば、正解が出る。

アについて

a かf が入る。
内容的には、f が誤りである。
居住移転の自由は、近代に入って以降に認められた比較的新しい自由とされている。
また、文脈的にも、「かかる歴史的背景に基づいて、経済的自由の一つに数えられてきた」と整合的でなければならない。
「資本主義経済」というキーワードの入ったa が、文脈的にリンクする。
以上から、a が入る。

イについて

d かj が入る。
論理的には、どちらも入りそうだ。
一般的な説明に親和的なのはd の方である。
結果的には、それが正解となっている。
ただ、それで決め付けるのはやや危険であろう。
他の穴で十分正解肢を絞り込めるのだから、ここは保留でもいいだろうと思う。

ウについて

h かe が入る。
論理的にはどちらも入りうる。
一般的な説明に親和的なのはh の方である。
これが正解となっている。
ここも、一応保留でいいところだろう。

エについて

c かi が入る。
「判例・多数説は」とあるので、ここはイやウよりも確定しやすい。
海外渡航の自由については、判例が外国移住に準じて22条2項で保障すると解している。
よって、c が入る。

オについて

b かg が入る。
国際慣習法上、出国の自由は認められるが、入国の自由は認められない。
そして、再入国の自由については争いがあり、森川キャサリーン事件判例は否定する。
以上から、b が入る。

以上から、3が正解となる。

第9問

アについて

東大ポポロ事件判例は、広く全ての国民が学問の自由を享受する旨述べている。
そして、学説も特に異論は述べていない。
よって、本肢は誤りである。

イについて

最高裁判例が教科書検定制度自体を違憲と判断したことはない。
よって、本肢は誤りである。

ウについて

まったくその通りという他ない。
正しい。

エについて

旭川学テ事件判例が同旨の判示をしている。
正しい。

第10問

アについて

本肢はいわゆる1項2項分離論である。
これは高裁の裁判例であって、最高裁判例の見解ではない。
よって、本肢は誤りである。

イについて

29条3項につき、最大判昭43・11・27が、25条につき、朝日訴訟判例が同旨の判示をしている。
よって、本肢は正しい。

ウについて

堀木訴訟判例が同旨の判示をしている。
裁判規範性を持つといえるかは、若干迷うだろう。
しかし、25条を直接の根拠にして違憲判断をする余地がある以上、裁判規範性があるといってよいだろう。
よって、本肢は正しい。

以上から、正解は5となる。

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