最新下級審裁判例

 

札幌地裁判決平成19年11月19日

【事案】

 イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(以下「イラク人道復興支援特措法」という。)に基づいて被告が自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣又は輸送したこと(以下「本件派遣」という。また,イラク及びその周辺地域のことを単に「イラク」ということがある。)につき,原告らが,被告に対し,その平和的生存権,幸福追求権ないし人格権等を侵害されたと主張して,平和的生存権ないし幸福追求権等に基づいて自衛隊員及び装備品のイラクへの派遣及び輸送並びにイラクにおける自衛隊の活動の差止めを求めるとともに(ただし,原告A1を除く。),本件派遣により精神的苦痛を受けたとして,国家賠償法1条1項に基づき各1万円(ただし,原告A1については,亡甲の慰謝料1万円のうち相続に係る5000円。)の慰謝料の支払を求めた事案。

【判旨】

 本件派遣は,対応措置を実施すること及び対応措置に関する基本計画について閣議決定を経て,防衛大臣が,当該基本計画に従って対応措置として実施される業務について実施要項を定め,これについて内閣総理大臣の承認を得た上で,自衛隊の部隊等にその実施を命じて行われるものであり,これらを行うか否か及びその内容の決定は,イラク人道復興支援特措法の規定により内閣総理大臣,内閣及び防衛大臣に付与された行政上の権限に基づくもので,公権力の行使に該当するものと解される。
 そうすると,本件派遣の差止めを求める原告らの請求は,必然的に,内閣総理大臣,内閣及び防衛大臣の上記行政権の行使の取消し,変更又はその発動を求める請求を包含するものといわなければならない。原告らは,いわゆる通常の民事上の請求として本件派遣の差止めを求めているところ,上記に述べたところによれば,私法上の給付請求権の行使として,かかる差止請求権が認められる余地はないというべきであり,その余の点について判断するまでもなく,本件差止請求は不適法であるといわざるを得ない。

 原告らは,本件派遣による被侵害利益として,平和的生存権を主張している。
 確かに,憲法前文は,恒久の平和を念願し,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認するとし,憲法9条には,国際紛争を解決する手段としての国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄し,陸海空軍その他の戦力を保持せず,国の交戦権を認めない旨を規定するなどしており,恒久平和主義が憲法が希求する極めて重要な理念であることはいうまでもなく,平和のうちに生存することは,基本的人権の保障の基礎的な条件であって,人権の保障と平和の維持が密接に関連するものであることは否定できないところである。
 しかしながら,憲法前文は,憲法の基本的精神や理念を表明したものであって,本文各条項を解釈する指針となり,その趣旨が憲法第3章に規定する各人権の解釈に際して斟酌されるとしても,それ自体が直ちに具体的権利を定めたものとはいい難いところであるし,そもそも,原告らの主張する平和的生存権にいう「平和」とは,理念ないし目的としての抽象的概念であって,その内包する内容も多様なものであるし,その外延も必ずしも明確なものとはいい難い。「平和」とは,必ずしも個人の内心において達成し得るものではなく,他者との関係も含めて達成し得るものであって,これを達成する手段,方法も多様なものであるといわざるを得ないのであるから,憲法前文の定める「平和のうちに生存する権利」自体から,個々の国民が有する平和的生存権の具体的な意味・内容を直接に導き出すことはできないし,憲法9条も,その憲法規範として有する性格上,国民の私法上の権利を具体的に定めたものとはいい難い。
 原告らは,憲法前文の「平和のうちに生存する権利」の意味内容は,憲法9条によって充填され,具体性を備えた人権として機能し,公権力が憲法9条に違反する挙に出た場合,平和的生存権の侵害に当たると主張するが,憲法9条は,戦争放棄,戦力不保持等を定めた客観的制度なのであって,個々人の生命,身体等に対する具体的危険の有無等にかかわらず,憲法9条に違反する公権力の行使が,客観的制度の違反というにとどまらず,直ちに個々の国民の平和的生存権の侵害に当たるとするには,なお,その権利としての内容が広範であって,一義的,具体的とはいい難い。
 したがって,原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権は,原告らの主張するところを勘案しても,これが原告らの個別の人格権ないし人格的利益として考慮されることは格別,それ自体としては権利としての具体的内容を有するものとはいえず,法律上保護される具体的権利とは認められないものといわざるを得ない。
 また,原告らは,本件派遣による被侵害利益として,生命・身体,自由,幸福追求に対する権利を主張する。
 しかしながら,原告らの主張するいわゆる憲法上の幸福追求権についても,個別の具体的な権利,利益の侵害がある場合は格別,包摂的な幸福追求権なる権利としての意味・内容は必ずしも具体的,一義的なものではなく,前記平和的生存権と同様,その具体的内容を斟酌することなく,それ自体をもって法律上保護される具体的権利として認めることはできないものといわざるを得ない。
 もっとも,原告らは,平和的生存権ないし幸福追求権が個人の尊厳に関わる最も根源的な権利であり,人格権そのものである旨を主張し,本件派遣により,原告らがテロの対象となる可能性も現実に存在し,原告らの生命・身体等を侵害される危険にさらされるとともに,他国の人々に対する侵害行為へ加担させられなど,人間として平和に生きたいとの心を踏みにじられたと主張する。そこで,こうした点をもって,人格権ないし人格的利益に包摂される原告らの個別・具体的な権利が侵害され,損害賠償請求権としての慰謝料請求権が発生するか否かについて,さらに検討する。
 確かに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告らが,それぞれの立場,信条等から,平和のうちに生きたい,戦争行為や人殺しには加担したくないとの心情等を有し,本件派遣に対して不安や嫌悪感等を抱き,その実施に強く反対していることは容易に認めることができるところであり,自衛隊法(昭和29年法律第165号)が成立した際,「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」がされていることなど,我が国における歴史的な経緯等にかんがみれば,原告らのそうした心情等は軽視されてよいものではない。
 しかしながら,本件派遣は,原告らに対して,直接的に義務を課し又は法的効果を及ぼすものではなく,原告らの生命,身体等に対する直接的な侵害が生じるとまではいえない。原告らは,本件派遣がされることにより,日本国民である原告らがテロ行為等の対象となる可能性がある旨を主張するが,その可能性自体は抽象的には否定できないものの,その具体的,現実的危険性は必ずしも明確とはいい難く,原告らの生命,身体等に対する侵害の可能性が現実化しているとはいえず,これにより被る原告らの不安や恐怖といった精神的苦痛が,社会通念上の受忍限度を超えるものとまではいい難い。また,原告らは,本件派遣による国内の戦時状態により,日本国内においても,基本的人権として保障されている国民の様々な活動をも萎縮させている旨を主張するが,原告らの主張する国内の戦時状態による原告らの権利,利益の侵害状況は必ずしも明らかとはいえない。もっとも,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件派遣に際して,自衛隊情報保全隊による国民に対する情報収集活動が行われていたことがうかがわれ,そうした国民一般に対する情報収集活動自体はゆゆしき問題といわざるを得ない。しかしながら,このような自衛隊情報保全隊による国民一般に対する情報収集活動自体によって原告らが不快感,嫌悪感等を感じたとしても,当該情報収集活動をもって本件派遣の違法性を基礎付ける事情として考慮することは格別,直ちに,原告ら個々人の個別,具体的な権利,利益に対する侵害であると捉えることはできないし,これによって原告らに直接的,現実的なプライバシーの侵害が生じているとまではいえない(なお,自衛隊情報保全隊による原告らに対する個別,具体的な監視活動等の有無は,本件の請求との関係で請求の基礎の同一性があるとは認められず,本件における請求原因とはなっていないから,本件においては,その違法性及びこれによる原告らの個別,具体的な権利,利益に対する侵害の有無については判断しない。)。
 さらに,原告らが,平和のうちに生きたい,戦争行為や人殺しには加担したくないとの心情等を有し,本件派遣によりこうした心情等が侵害され,精神的苦痛を被ったとしても,その苦痛そのものは,多数決原理を基礎とする間接民主制の下において,国家が決定,実施する措置,施策が,自らの信条や憲法及び法解釈に反することによって生ずる個人としての反感,不満,不快感,焦燥感,挫折感等の感情であるといわざるを得ない。そして,間接民主制の下において,そうした感情を抱く国民が少なからず存在することは避け難いところであり,原告らが抱く不快感,不満等の感情も,上記領域の問題に留まるというべきである。
 したがって,原告らが受けたと主張する精神的な苦痛は,原告らと信条や憲法及び法解釈を共通にする国民一般に広く生じ得るものであって,こうした不利益は,間接民主制の過程において回復されるべきか,間接民主制の下において不可避的に発生するものとして社会通念上受忍されるべきものといわざるを得ないのであって,法的保護に値するものであるとまではいえず,本件派遣によって,原告らの法的に保護されるべき人格権ないし人格的利益が侵害されて,社会通念上受忍すべき限度を超えるような精神的苦痛が生じたものということはできない。このことは,原告らの抱く平和のうちに生きたい,戦争行為や人殺しには加担したくないとの心情等が強く切実なものであるとしても,これによって左右されるものとはいい難い。
 以上によれば,原告らの主張する平和的生存権ないし身体・生命,自由,幸福追求に対する権利は具体的権利とはいい難いし,本件派遣によりこれらの権利が侵害されたことを根拠とする慰謝料請求には理由がない。また,本件派遣によって,原告らの心情等が害されたとしても,これによって国家賠償法上保護に値する権利利益が侵害されたとはいい難く,これに基づく慰謝料請求にも理由がないものといわざるを得ない。

 

京都地裁判決平成19年11月22日

【事案】

 被告が設置,運営する病院(以下「被告病院」という。)において,原告が,内頚静脈からカテーテルを挿入する方法により血液透析を受けたところ,被告病院の医師が,カテーテルを,誤って右総頚動脈に挿入した結果,右頸部を切開して右総頚動脈を縫い合わせる処置を受けることとなり,その結果,右頸部に長さ10センチメートルほどの醜状痕が残ったことについて,被告病院の医師には,@カテーテル挿入にあたって,内頚静脈を確実に確認すべき注意義務を怠った過失,及び,A事前に内頚静脈へのカテーテル挿入の際に生じうる合併症等について十分に説明すべき義務を怠った過失がある等と主張し,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料1000万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する不法行為の日である平成18年4月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。

【判旨】

 血液透析用カテーテルの内頸静脈からの挿入及び大腿静脈からの挿入には,合併症の内容,危険性の程度等について違いがあるし,いずれの方法をとっても,動脈への誤挿入の危険があり,その場合,外科手術を余儀なくされる可能性があるところ,とりわけ女性にとっては頸部に醜状痕が残ることは精神的な負担となることであるから,原告に対する説明を担当したC医師としては,内頸静脈から挿入するか,大腿静脈から挿入するかについて,各方法を採用したときに予想される合併症の内容,危険性の程度等を具体的に説明した上,原告に自己決定の機会を与えて結論を出すべきであったということができる。もとより, ・・・,臨床医学の実践においては,内頸静脈からの挿入が第1選択とされているというべきであるから,医師としては,特段の事情のない限り,内頸静脈からの挿入を強く勧めるのが相当であるが,それでも何らかの理由で患者が大腿静脈からの挿入を希望する場合は,臨床現場において,その方法も相当な治療方法として認められている以上,医師としては,患者の希望を尊重するべきものであると考えられる。
 しかるに,C医師は,原告に対し,カテーテルの挿入を首から行う場合と脚から行う場合があること,普通は首から行うこと,合併症の内容等を説明したが,首から行った場合と脚から行った場合の合併症の内容や危険性の違いを説明せず,首から行うか脚から行うかについて原告の希望を聴取せず,触診の結果も踏まえ,B医師によって内頸静脈からカテーテル挿入が行われることを十分予想しながら,その結論を示すこともなく,説明を終わったのである。原告としては,希望を述べることを求められれば,改めて自己の希望を表明したであろうし,首からカテーテル挿入をする旨の説明を受ければ,これに同意できない旨の意見を述べたと考えられる。しかるに,原告は,これらの機会を与えられなかったのであるから,C医師は,原告が自己決定をする機会を与える義務を怠ったといわざるを得ない。

 原告は,被告医師が説明義務を尽くしていれば,原告は,内頸静脈からのカテーテル挿入に同意することはなかった旨主張する。しかしながら,原告が内頸静脈からのカテーテル挿入を嫌がった理由が,単なる恐怖感であって,合理的な理由ではなかったこと,「首からは嫌や」という発言に対してC医師の反応がなかったのに,C医師に更なる確認をしなかったこと,B医師に対しても,「首からするんですか」と聞いただけで,B医師が首からする意思であることを理解しながら,結果的にこれを容認したこと等の事実に照らすと,C医師が,内頸静脈からのカテーテル挿入と大腿静脈からのカテーテル挿入について,予想される合併症の内容,危険の程度等を具体的に説明して説得した場合,それでも,原告が,最終的に内頸静脈からのカテーテル挿入に同意しなかったとは考えがたい。
 また,仮に,原告がC医師から上記説明を受けても,内頸静脈からのカテーテル挿入に同意しなかったと認めるべきであるとしても,B医師が採用した内頸静脈からのカテーテル挿入は,臨床現場において第1選択とされていて,大腿静脈からの挿入よりも合併症の危険性は低いとされている治療方法なのであるから,これによった結果,結果的に,避けることができなかった合併症のため,原告に右頸部醜状痕が残ったとしても,医師の説明義務違反と原告に上記醜状痕が残ったこととの間に相当因果関係を肯認するのは困難である。
 しかしながら,原告が身体に対する侵襲を受けながら,その方法について自己決定の機会を与えられなかったことによる精神的苦痛は,独立して法的保護の対象となるというべきであり,これを慰謝するための金額は,本件に現れた諸般の事情を考慮すると,金20万円をもって相当と認められる。

 

東京高裁判決平成19年11月28日

【事案】

 本件は,一審原告らが,平成16年3月31日まで,一審被告の非常勤保育士(平成11年4月1日付けで「保育園保母補助員」から名称を変更。以下,名称変更の前後を問わず「非常勤保育士」という。)の業務に長年にわたり従事していたところ,一審被告において平成16年4月1日に一審原告らの再任用拒否(解雇)をしたことは,解雇権濫用法理の類推適用あるいは不当労働行為により正当な理由がなく無効であるなどとして,一審被告に対し,@非常勤職員としての地位の確認と各賃金の支払請求,A再任用に対する期待権侵害を理由として,国家賠償法1条1項に基づき,各100万円の損害賠償を請求した事案である。
 原審は,一審原告らが,新たな任用行為がない限り任期が終了する公法上の任用関係にあったとして,平成16年3月31日をもって一審被告の非常勤職員の地位を失っているから,@についてはいずれも理由がないとし,Aについては,一審原告らの再任用されるとの期待は法的保護に値し,その期待権侵害による慰謝料として各40万円の限度で認めた。これを不服として,一審原告らは,@とAの敗訴部分の取消しと取消し部分にかかる各請求の認容を求めて控訴するとともに,当審において上記Aの請求額各100万円を,上記第1の1(5)のとおり,各275万円(慰謝料額250万円と弁護士費用25万円の合計額)に拡張し,一審被告は,Aの敗訴部分の取消しと取消し部分にかかる一審原告らの各請求の棄却を求めて控訴した。

【判旨】

 まず,本件勤務関係を規律する根拠法令について検討する。
 地方自治法172条には,1項で「普通地方公共団体に吏員その他の職員を置く。」,2項で「前項の職員は,普通地方公共団体の長がこれを任免する。」,3項で「第1項の職員の定数は,条例でこれを定める。但し,臨時又は非常勤の職については,この限りでない。」,4項で「第1項の職員に関する任用,職階制,給与,勤務時間その他の勤務条件…(略)…その他身分取扱に関しては,この法律に定めるものを除く外,地公法の定めるところによる。」と規定され,同項の「この法律に定めるもの」とは,同法8章の「給与その他の給付」の規定,203条の普通地方公共団体の職員に対する報酬の額及び支給方法は条例で定めなければならない旨の規定があり(なお,上記のとおり,一審被告は「中野区非常勤職員の報酬及び費用弁償に関する条例」に基づき非常勤保育士に対して報酬を支給している。),身分取扱に関しては,地方自治法附則5条,9条及びこれに基づく地方自治法施行規程(昭和22年政令第19号)16条から59条までの規定がある(なお,平成18年11月22日政令第361号により改正されている。)。地公法制定前の地方自治法172条は,本来的な公務員である吏員についてのみ規定を置いていたが,地公法が「地方公共団体のすべての公務員」を地方公務員と定義し,地方公共団体のすべての公務員を一律に扱うこととしたため,地公法の制定に伴う関係法律の整理に関する法律(昭和26年法律第203号)は,地方自治法172条全体を改正し,吏員に加えて「その他の職員」についても規定し,その対象とすることとした経緯があり,地方自治法では地方公務員について一般職と特別職との区別をしていないから,同法172条の「吏員その他の職員」については,地公法が定める特別職に属する職員も含まれることが明らかである。なお,このことは,同条3項では上記のとおり定められており,同項ただし書にいう「非常勤の職」が同項本文にいう「第1項の職員」の中に含まれているから,文理上も明らかである。したがって,これらの職員にかかる任免権の根拠も同条2項に求められ,また,4項中の「任用」は,職員の任用に関する根本基準を定めるべき旨規定したものであるといえ,同条1項の「吏員その他の職員」の任免権の根拠及びその帰属は,地方自治法等で定めるもののほか,地公法が一般的に適用されることを明らかにしたものというべきである。結局,地方公務員についていかなる者が任命権者であるかということは地方自治法などによって明らかにされているものであり,同法172条1項の「吏員その他の職員」の身分取扱のすべてについて地公法が定める旨を規定したものではない。

 地公法4条2項では「この法律の規定は,法律に特別の定がある場合を除く外,特別職に属する地方公務員には適用しない。」と定められているが,これは,地公法2条で「地方公共団体のすべての公務員」を地方公務員と定義し,同法3条も「普通地方公共団体及び特定地方独立行政法人…のすべての公務員」を地方公務員と定義している結果,同法の地方公務員の範囲は極めて広いものとなっているため,特別職の任用及び職務の特殊性が一般的に地公法の各規定に馴染まないと考えられることにより,同法4条2項の規定としたものである。その結果,特別職の地方公務員については,地公法が原則として適用されないが,上記の地方自治法附則5条,9条及びこれに基づく地方自治法施行規程の関係規定は,引き続き適用があり,特別区の長の補助機関たる特別職の服務についても,同様である。ただし,地公法1条ないし3条は,特別職に属する地方公務員を含むすべての地方公務員を対象とする規定である。
 したがって,地公法3条3項3号の特別職たる非常勤職員であっても,上記関係規定の適用を受けるのであるから,地公法4条2項で同法の適用が排除される結果等により当然に私法上の契約であると評価することはできないものというべきである。
 他方,労働基準法112条は,「この法律及びこの法律に基づいて発する命令は,国,都道府県,市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする。」と規定しており,同法は原則として地方公務員にも適用があることを定めている。しかしながら,上記説示のとおり,地方自治法等の中には地方公共団体の非常勤職員に対しても適用される規定があることや,地公法4条2項及び2条の規定の趣旨からすれば,労働基準法については,公務員制度と矛盾しない限りにおいて適用されるというべきである。
 ・・・一審被告は,地方公共団体であり,地方自治法,地公法及び中野区保育園非常勤保育士設置要綱に基づき,一審原告らを地公法3条3項3号の特別職たる非常勤職員として雇用期間を定めて任用していたこと,一審被告から一審原告らに対し,任用時及び再任用時の都度,発令通知書が交付されるなどの任用行為が行われていたものであるから,一審原告ら非常勤保育士の任用関係等については,上記関係法規により規律されるとともに,その具体的内容は,中野区長の任用行為の具体的内容によって決定されるなどの行政処分であり,これに基づく本件勤務関係は公法上の任用関係であると認められる。
 したがって,一審原告らの任用は,その行政処分の画一性・形式性からすると期間を1年として任用され,その期間の満了により任用の効力が失効したものといわざるを得ず,上記勤務実態があったり,労働基準法が適用されることがあるからといって公法上の任用関係が合理的な意思解釈により私法上の雇用契約関係と同質になると解することはできない。

 私法上の雇用契約においては,期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって反復更新された場合,あるいは,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となった場合,雇用の継続が期待され,かつその期待が合理的であると認められるときには,解雇権濫用の法理が類推適用される余地があると解されている(前記最高裁の東芝柳町工場事件判決及び日立メディコ事件判決)。
 確かに,本件においても,・・・,一審原告らと一審被告との間の勤務関係においては,上記解雇権濫用法理を類推適用される実態と同様の状態が生じていたと認められ,一審原告らの職務の継続確保が考慮されてしかるべき事態であったとはいえる。
 そこで,任期を1年として多数回にわたり任命された地方公共団体における非常勤職員について,解雇権濫用の法理の類推適用が可能かどうかを検討する。
 その前提として,私法上の期間雇用の場合には期間終了とともに雇用契約が終了しているはずであるのに,なぜ,判例は雇用の継続があったものと認めているのかを検討すると,東芝柳町工場事件判決では,最高裁判所は,・・・,期間の定めの条項の存在にかかわらず,当事者の合理的な意思解釈としては実質的に期間の定めのない契約を締結していたと認定したことを是認した上で,雇止めの意思表示は実質的に解雇の意思表示に当たるから解雇権濫用の法理の類推適用が可能であるとしており,雇用の継続の根拠を当事者双方の意思に求めている。他方,日立メディコ事件判決では,・・・,従前の労働契約の更新に根拠を求めているものの,契約更新の理由について説明をしているわけではないが,この点は,民法629条1項を根拠とするものと解されよう。
 そこで,地方公共団体における非常勤職員について見ると,まず,反復継続して任命されてきた非常勤職員の側では,上記のような期間の定めのない就労の意思があったとしても,任命する地方公共団体の側では,非常勤職員については条例による定数化がされないため(地方自治法172条3項),報酬等に関する予算措置もあって任期を1年と限っているのであるから,上記のような期間の定めのない任命の意思を考えることができない。また,任命行為は行政行為であって,当事者間の諾成契約のように契約当事者の明示又は黙示の意思表示の合致のみによっては任命の効力は生ぜず,任命権者による告知によって効力を生ずるものであるから,期間の定めのない任命行為を認定することも,当事者双方の意思を推定する規定である民法629条1項を類推適用することも困難であり,任期を1年として任命された地方公共団体における非常勤職員については,東芝柳町工場事件判決や日立メディコ事件判決の法理を適用することができないものといわざるを得ない。
 本件においては,一審原告らの主張するように私法上の雇用契約の場合と,公法上の任用関係である場合とで,その実質面においては,多数回の更新の事実や,雇用継続の期待という点で差異がないにもかかわらず,労働者の側にとってその法的な扱いについて差が生じ,公法上の任用関係である場合の労働者が私法上の雇用契約に比して不利となることは確かに不合理であるといえる。しかし,行政処分の画一性・形式性を定めた現在の関係法令を適用する限りは,当事者双方の合理的意思解釈によってその内容を定めることが許されない行政処分にこの考え方を当てはめるのは無理があると考えられ,現行法上は,解雇権濫用法理を類推して,再任用を擬制する余地はないというほかはない。また,仮に,労働者の期待利益に合理性がある場合には,当該不再任用に合理性がない限り,一審原告ら非常勤保育士は当然に再任用されるとの結論が採られるとすると,結局,法になんら規定がないにもかかわらず,行政処分としての任用行為を要求する権利を付与することとなるのみならず,任命権者の任用行為が存在しないにもかかわらず,実質的に任期の定めのない非常勤職員を生み出したり,従前と同一条件による任命がされたのと同様の法律関係を創り出す結果をもたらすこととなる。しかしながら,三権分立の建前から,裁判所は,行政庁に代わって行政行為をすることができず,義務付けの訴えにおいて,行政庁に対して,ある行政行為をなすべきことを命ずることができるにとどまる(行政事件訴訟法3条6項等)のであり,任命権者の任命行為がないにもかかわらず,裁判所の判決により実質的に任命がされたのと同様の法律関係を創り出すことは,法解釈の限界を超えるものというほかない。反復継続して任命されてきた非常勤職員に関する公法上の任用関係においても,実質面に即応した法の整備が必要とされるところである。

 一審原告らは,任用継続に対する期待権は法的保護に値するというべきであり,本件再任用拒否には合理性がなく違法な行為であると主張する。最高裁平成6年判決においては,任用予定期間満了により既に退職した非常勤職員には,再び任用される権利あるいは再任用を要求する権利は認められず,不再任用という任命権者の不作為それ自体を理由とする損害賠償請求を認めることはできないところであるが,任命権者が同職員に対して,任用の継続を確約ないし保障するなど,任用予定期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別の事情があり,任用の継続が保障されているとの誤った期待を抱かせた行為により生じた損害については,不法行為が成立する余地もあると判断されているので,本件について検討する。
・・・一審被告は,一審原告らが非常勤保育士の任用を希望した際や,任用された際に,前記のとおり,一審原告らの非常勤保育士としての任用は公法上の任用関係であり,期間が厳格に定められていて当然に再任用を請求する権利が発生する余地はなかったのであるから,将来,疑義を生じることのないようにそのことを説明すべき必要性が高い事情にあったにもかかわらず,一審原告らがその説明を受けていなかったものであり,却って,一審被告にとり保育士を確保する必要性があったことから,採用担当者において,長期の職務従事の継続を期待するような言動を示していたこと,一審原告らの職務内容が常勤保育士と変わらず継続性が求められる恒常的な職務であること,それぞれ9回から11回と多数回に及ぶ再任用がされ結果的に職務の継続が10年前後という長期間に及んだが,再任用が形式的でしかなく,実質的には当然のように継続していたことに照らすと,一審原告らが再任用を期待することが無理からぬものとみられる行為を一審被告においてしたという特別の事情があったものと認められる。したがって,前記の一審原告らの任用継続に対する期待は法的保護に値するものと評価できるものと解する。
 そして,このように,一審原告らの任用の際には,長期間の職務従事に対する期待を抱かせるかのような説明がされ,その後の再任用手続も,本人の意思を明示的に確認しないで再任用が常態化していたことに照らせば,その任用に制度上は期間の限定があるとされていることを認識していたとしても,自ら退職希望を出さない限り,当然に再任用されるとの期待を一審原告らが抱くのはごく自然なことである。しかも,一審被告が本件再任用拒否をした後,パートの保育士を採用して,非常勤保育士に代わるものとして保育業務を継続していることにより,その継続性に対する期待が客観的であることが裏付けられている。
 以上のとおり,一審原告らが再任用されるとの期待は,法的保護に値するというべきであるところ,一審被告は一審原告らを再任用せず,一審原告らの上記期待権を侵害したのであるから,一審被告は,一審原告らに対して,その期待権を侵害したことによる損害を賠償する義務を負うべきである。

 

京都地裁判決平成19年11月29日

【事案】

 原告らが,被告に対し,原告らを含む京都市民が,平成5年から同15年にかけて,平成14年法律第65号による改正前の地方自治法(以下「旧地方自治法」という。)242条の2第1項4号に基づき,被告に代位して,訴外Aに対する損害賠償請求訴訟を提起し(以下,各審級につき,「前訴1審」「前訴控訴審」「前訴上告受理申立審」といい,併せて「前訴」という。),その訴訟追行を弁護士に委任し,京都市弁護士報酬規定に基づく報酬金の支払を約したところ,原告らを含む京都市民が一部勝訴したとして,旧地方自治法242条の2第7項に基づき,原告らが弁護士に払うべき報酬額の範囲内で「相当と認められる額」及びそれに対する請求の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を不可分債権として請求する事案。

【判旨】

 旧地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟(以下「旧4号訴訟」という。)は,個人の利益を離れて,地方財務行政の適正化のために特別に普通地方公共団体の住民に原告適格が付与された客観訴訟であり,住民が普通地方公共団体に代位して,普通地方公共団体が有する損害賠償請求権や不当利得返還請求権に基づく請求を行う訴訟である。
 その結果,住民が勝訴すれば,その普通地方公共団体に生じている損害が填補され,当該地方公共団体が本来有するべき財産が確保されることになるため,旧地方自治法242条の2第7項は,公平の見地から,住民が勝訴した場合,住民は,自らが支払うべき「報酬額の範囲内で」,「相当と認められる額」(相当報酬額)については,当該地方公共団体に支払を請求することができるとしたものである。
そこで,まず,前訴原告らと前訴代理人弁護士の間における,弁護士報酬額がどのように合意されていたかを検討する。
 この点,証拠(甲3)上,前訴原告らは,前訴の請求額は40億円を超える高額なものであり,弁護士報酬が多額になるものと予想されたため,現地調査などを手伝うなどして,前訴代理人弁護士が負担する費用を抑えることに協力することとし,他方,実際に支払う報酬については,着手金も含めて,判決確定後に旧地方自治法に基づき,被告に対し,相当報酬額を請求し,被告から得られた額をもって,その大半を支払うことを合意していたことが認められる。
 上記認定事実から,前訴原告らと前訴代理人弁護士は,その報酬につき,その具体的な額を定めず,報酬規程に基づく額と合意したこと及び旧地方自治法242条の2第7項の規定により,被告から将来支払を受ける弁護士報酬の「相当と認められる額」がいくらであるかによって,住民が具体的に負担する報酬額を調整する予定であったことが推認できる。
 そこで,本件における,「相当と認められる」報酬額がいくらであるかを検討する。
 報酬を算定する上で,報酬規程において着手金の算定基準となる「事件等の対象の経済的利益の額」及び報酬金の算定基準となる「委任事務処理により確保した経済的利益の額」は,当該訴訟の遂行により依頼者に生じる経済的利益を前提としていると解されるところ,前訴において,依頼者とは原告らである以上,前訴で前訴原告らが勝訴した場合に被告が受ける経済的利益をもって,これが直ちに依頼者である前訴原告らの受ける利益であると考えることはできない。
とすれば,前訴における認容額を,直ちに経済的利益の額(報酬規程13条1号,甲7)とすることはできないというべきである。
 もっとも,前訴において,弁護士報酬額算定の基礎となる経済的利益の額は算定不能として扱い,どのような規模の住民訴訟においても,その認容額の多少にかかわらず,常に住民訴訟の報酬金算定の基準額を報酬規程15条1項をそのまま適用して800万円と擬制するのは硬直的に過ぎるというべきであり,本件において,そのような合意があったと解することもできない。そもそも,委任契約における報酬は,両当事者の合意に基づき決せられるのが原則であり,報酬規程にも,算定不能の場合に擬制すべき経済的利益の額については,事件等の難易,軽重,手数の繁簡及び依頼者の受ける利益等を考慮して,当事者間の協議により増減額できる旨の規定が置かれている(報酬規程15条2項,甲7)。
 そこで,原告らが前訴代理人弁護士に支払うべき金額及びその範囲内で相当と認められる額については,前訴判決の認容額,被告が前訴判決により確保できた経済的利益,事案の性質・難易度,審理の経過・期間,前訴代理人弁護士が要した費用・労力などの一切の事情を総合して勘案する必要がある。

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