最新下級審裁判例

東京地裁判決平成19年12月10日

【事案】

 被告の発行する産業経済新聞紙上に,警視庁は原告a(以下「原告a」という。)が「テロ資金」を海外へ送金するための地下銀行を営んでいた疑いがあるとみて捜査しているなどの記事が掲載されたことについて,原告a及び同原告が代表取締役を務める株式会社b(以下「原告会社」という。)が,同記事により名誉を毀損されたと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料等の損害賠償を求める事案。

 被告は,平成16年5月27日付けの産業経済新聞1面に「アルカーイダ潜伏地下銀行でテロ資金幹部と接触男を逮捕10億円海外送金か」と題する記事(以下「本件記事1」という。)を,同新聞31面に本件記事1の関連記事として「アルカーイダ潜伏表と裏の顔使い分けa容疑者米軍基地前にも拠点」と題する記事(以下「本件記事2」といい,本件記事1と本件記事2を併せて「本件各記事」という。)をそれぞれ掲載し,同日,これを発行した。本件記事1には,別紙「名誉毀損部分一覧表」(略)の「名誉毀損部分(請求原因)」欄1記載の記述(以下「本件記述1」という。)が,本件記事2には,同一覧表同欄2記載の記述(以下「本件記述2」といい,本件記述1と本件記述2を併せて「本件各記述」という。)がある。

【判旨】

 確かに,本件記事1の冒頭には,「アルカーイダ潜伏地下銀行でテロ資金」との断定的な表現を用いた大見出しが相当のスペースをもって掲載されている。
 しかし,ある記事の掲載が名誉毀損に当たるか否かは,一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきところ,これらの大見出しだけでは行為主体や具体的な行為内容は必ずしも明らかではないから,一般読者としては,本文等にも目を向けた上で,本件記事1が伝達する内容を全体として理解するものと考えられる。したがって,本件記述1が一般読者に対しいかなる印象を与えるかについては,上記大見出しのみならず,それに続く見出し部分,リード文,本文等をも総合して判断すべきである。
 そこで,上記大見出しに続く見出し部分をみると,・・・,これらは,警視庁の捜査状況を報じたものである。
 さらに,本文においては,・・・,捜査機関が,地下銀行を営み,多額の資金を海外に送金しているとみて,捜査を行っているとの事実を報じたものと理解することができる。
 以上によれば,本件記述1の見出し以外の部分では,いずれも捜査機関が疑いをもって捜査している旨を,根拠を示しつつ,客観的に報じた内容と言えるから,本件記述全体を一般読者の注意と読み方で読めば,原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営し,海外のテロ組織に多額の資金を送金している疑いがあり,捜査機関においてかかる疑いにつき捜査を行っている旨の印象を与えるにとどまるものというべきである。したがって,それ以上に,原告らが地下銀行を営んでいることを断定的事実として印象付けるものとまでは認められない。

 本件記事2には,「アルカーイダ潜伏」「a容疑者米軍基地前にも拠点」という見出しが存在する。また,これらと並んで「表と裏の顔使い分け」との見出しがあり,リード文中には「十億円にのぼる資金を動かす地下銀行を営んでいた疑いが持たれる一方,普段は…『とても感じのいい人』『まじめな青年』として…表の顔と裏の顔を巧みに使い分けていた」との記載があり,これらの部分だけ見ると,一般読者に対し,原告aが地下銀行を営むなどの裏の顔を持っていたことを断定的事実として印象付けかねないものである。
 しかし,他方で,・・・,リード文や本文では,あくまで疑いがあるにとどまることが明示されている。そして,本文において,「警察当局はこうしたa容疑者の人脈や国内での活動が,国際テログループとどのようにかかわっていたかについて解明を急いでいる」,「『日本で支援網構築を狙っていた疑いが払拭できない』(警察庁幹部)とし,異例の一斉捜査に踏み切った」など,捜査状況が報じられていることに照らせば,本件記事2も,その基本的論調は,捜査機関が疑いを持って捜査していることを報じたものと認められる。
 したがって,本件記述2も,一般読者に対し,原告aが地下銀行を営んでいたという疑いがあるとの印象を与えるにとどまり,それを超えて,アルカーイダとの関連,地下銀行の運営という事実が存在するとの断定的な印象を与えるものとまでは認めることができない。

 ところで,捜査機関が疑いをもって捜査しているとの事実を摘示したものであるとしても,そのような疑いについては,実行された可能性が一応存在するという軽微なものから,相当程度の裏付けもあり,嫌疑が濃厚であるとされるような高度なものまで,その程度は様々である。そして,記事掲載の仕方や表現の方法等によって,いかなる程度の犯罪の嫌疑が存在するかについて一般読者が受ける印象も異なり,嫌疑が濃厚との印象を与えた場合には,被報道者の社会的評価は,大きく損なわれるものであるから,この点について,一般読者がどのような印象を受けるかも重要であると言える。
 そこで,本件各記述がいかなる程度の嫌疑の存在を報じたとの印象を与えるものであるか検討する。
 この点,本件記事1は,産業経済新聞1面に取り上げられて大々的に報じられた記事である。しかも,・・・,本件記事1の大見出し及び関連記事である本件記事2の見出し部分には断定的表現が用いられていたこと,本件記事2では,リード文においても,「表の顔と裏の顔を巧みに使い分けていた」との断定的な表現が用いられていたこと,これらが,最も一般読者の注意を引きやすい一面記事の見出しやリード文で強調されていることに鑑みると,全体として見ると嫌疑の存在を報じたにすぎないものであるとしても,その嫌疑は濃厚であるとの印象を与えるものといえる。
 さらに,本件記事1の本文には,警視庁が原告aの管理する会社の銀行口座を調べたところ,国内の多数の口座から商取引と確認できない実態不明の約10億円の入金があり,この金銭について,「管理する口座間で出入金を繰り返すなど不自然な金の動きがあった後,海外に送金された疑いが強く,警視庁は地下銀行とみている」旨の記述が存在し,その表現ぶりに照らして考えると,これは,警視庁が,捜査の結果から,原告会社の口座が地下銀行として使用されたとほぼ確実視しており,地下銀行の運営について高度の嫌疑が存在するとの印象を与えるものということができる。
 さらに,本件各記事中には,原告aの氏名等が明らかにされ,本件記事2の中には,原告aが,別件の電磁的公正証書原本不実記録及び同供用の容疑で逮捕される際の連行写真が掲示されていること等に鑑みると,本件各記述は,原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営していた濃厚な嫌疑が存在し,捜査機関はその嫌疑について捜査した結果,ほぼ確実視しているとの印象を与えるものである。

 ・・・本件各記述は,原告aが原告会社の銀行口座を地下銀行として運営し,海外のテロ組織に多額の資金を送金しているとの疑いがあり捜査機関がかかる疑いにつき捜査を行っている旨を報じたものと認められるところ,これは,・・・,原告らが国際的なテロリスト組織と関係している濃厚な疑いがあることを示すものであり,原告らの社会的評価を著しく低下させるものと認めることができる。
 以上のとおり,本件各記述は,原告らの社会的評価を低下させるものであると認められ,原告らに対する名誉毀損に該当する。

 

大阪地裁判決平成19年12月18日

【事案】

 日本で生まれ育った在日韓国人2世である原告が,賃貸住宅の入居に関して原告の国籍又は民族性を理由とする差別を受け,精神的苦痛を被ったことについて,これは被告が人種差別を禁止する条例を制定していないことによるものであり,同不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法であると主張して,被告に対し,上記精神的苦痛に係る慰謝料等450万円及び遅延損害金の支払を求める事案。
 なお、判文中の「本件条約」とは、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約を指す。

【判旨】

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民又は住民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民又は住民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。国又は地方公共団体の立法行為は公権力の行使に当たる行為であるところ,立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,当該立法にかかわる議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題である。

 憲法14条1項は,国政の高度の指導原理として法の下の平等の基本原則を宣言したものであり,法的取扱いの不均等の禁止という消極的な意味を持つものにすぎず,社会に存在する様々な事実上の優劣,不均等を是正して実質的平等の実現を目指すというものではないから,同項を直接の根拠として,国の個別の国民に対する生まれによる差別禁止のための具体的な作為義務が導かれるとの解釈は採ることができない。

 本件条約2条1項柱書きは,「締約国は,人種差別を非難し,また,あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため,」と規定し,これを受けて,(a)〜(e)の5つの事項を定め,そのうち(d)は,「各締約国は,すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む。)により,いかなる個人,集団又は団体による人種差別も禁止し,終了させる。」と規定している。
 本件条約2条1項に定める上記事項を締約国が行うことについては,本件条約5条において「基本的義務」とされている。しかし,この文言から当然に,本件条約2条1項に定める事項が個別の国民に対する締約国の具体的な義務であると解することはできない。
 同項柱書きは,締約国が差別撤廃政策等を適当な方法により遅滞なく執るということを定めているが,その文言から明らかなとおり,その内容は一般的,抽象的なものであって,締約国が執るべき政策等が一義的に明らかであるということはできない。したがって,同項柱書きをもって,差別撤廃に関して,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めた規定であると解することはできない。
 同項(d)は,同項柱書きに規定する差別撤廃政策等を執るために行うべきことをより具体的に列挙したものの一つであるが,その内容は,締約国が,すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法も含む。)により,私人間の人種差別を禁止し,終了させるというものである。このうち,「禁止し,終了させる」という部分だけに着目すれば,一義的な内容のものであるようにもみえるが,それを「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む。)により」行うとしているのであり,私人間の人種差別を禁止し,終了させるために執るべき方法の一つとして立法措置を予定しているものの,それを絶対の方法とはしておらず,また,立法措置を執るとしてもいかなる規制内容の立法とするかは明らかでない。したがって,同項(d)は,立法権発動要件や立法の内容をあらかじめ指示するような具体的な命令規範ないし行為規範に当たるものではないし,そもそも,締約国が私人間の人種差別を禁止し,終了させるために立法措置を執ることを一義的に定めたものということはできない。そして,本件条約のその他の規定を併せ検討しても,同項(d)が,私人間の人種差別の禁止及び終了に関して,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めたものであると解することはできない。

 本件条約5条は,人種差別が特に生じやすいと考えられる権利を例示的に列挙し,締約国がそれらの権利に係る人種差別を禁止することなどを規定するものであるところ,その禁止等は「第2条に定める基本的義務に従い」行うとしているのであって,これとは別に執るべき具体的方法等を規定しているものではない。
 したがって,本件条約2条1項柱書き及び同項(d)に定める事項の内容が,本件条約5条と相まって,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めたものと解することはできない。
 以上によれば,本件条約2条1項柱書き及び同項(d)は,一義的に明確な法的義務を定めたものとはいえないのであり,このような規定内容に照らすと,上記規定は,人種差別の禁止,終了に関して締約国に対する政治的責務を定めたものと解するのが相当である。

 

京都地裁判決平成19年12月26日

【事案】

 本件は,原告らが,F,A,B及びCが,平成14年度及び平成15年度に京都市の教職員との間で締結した研究委託契約に係る委託費について,同契約が教職員らの本来業務について雇用契約と別に締結されていたものであるにもかかわらず,支出決定をし,その結果,上記教職員らに対して地方公務員法25条1項及び地方自治法204条の2に反する支出(給与の実質的な二重払)をして,京都市に損害を生ぜしめた等と主張して,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,Eを相手方として,EはFが行った支出決定の本来の決裁権者でありながら代決を行ったFの監督を怠った債務不履行に基づく損害賠償として5827万2171円の請求を行うことを求め,また,同条同項同号ただし書に基づき,被告に対し,A,B及びCを相手方として,それぞれ,各自が支出決定を行った額と同額(順に,631万2670円,690万6560円,19万円)について,地方自治法243条の2所定の損害賠償命令をするよう求めるとともに,Dが,京都市教育委員会教育長として調査研究委託に係る事業の実施を決定し,違法な政策決定により,京都市に損害を与えたにもかかわらず,被告はDに対し,損害賠償請求を怠っているとして,原告らが同法242条の2第1項4号本文に基づき,被告に対し,Dを相手方として不法行為に基づく損害賠償として7168万1401円の請求をするよう求める住民訴訟である。

【判旨】

 普通地方公共団体は,法律上,その常勤職員等に対して,給料,手当及び旅費を支給することとされ(地方自治法204条),いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには,常勤の職員等に支給することができないとされている(同法204条の2)。
 そして,地方自治法にいう「その他の給付」とは,常勤職員に対する旅費,非常勤職員に対する職務上の費用弁償といった,職務の執行等に要した経費を償うために支給する費用を含む概念である。
 よって,地方公共団体が職員個人が行った事務の対価として金員の支出を行う場合には,たとえ必要な経費の実費補填という趣旨であっても,当該支出対象が「給与その他の給付」の対象である当該公務員の本来的職務と区別できなければ給与条例主義に違反することとなる。
 特に,本件各事業は京都市と京都市の常勤職員である教員等が委託契約を締結し,京都市が教員等に対し,委託料を支出するという法形式を採用しているところ,委託費は,費目を問わずに,委託事務の対価として包括的に支払うものである以上,本件各事業において,委託事務と給与,手当及び旅費の支給対象となる職務が明確に区別されない限り,委託費は,結果的に勤務に対する報酬と区別し難い支出であるといわざるを得ない。
 そうすると,本件各委託契約に係る委託事務の対価である本件支出は,本件各事業において,委託契約に係る委託事務の内容と,給与,手当及び旅費の支給対象となる教職員の本来的職務が明確に区別できる形で委託が行われていない限り,地方自治法204条の2に反する違法な支出になるというべきである。

 ・・・本件各事業の実施に際して,対象教職員の職務と委託事業が明確に区別されずに本件各委託契約が締結されていることは明らかであり,本件各事業の運用状況からすれば,本件各事業は,教員の給与,手当及び旅費の支給対象となる本来的業務との区別が困難な委託事務について,条例で定められた報酬及び経費の支出方法以外の方法である委託料名目で支出したものと認めざるを得ない。
 そうすると,本件支出は,結果的に対象教職員の勤務に対する報酬と区別し難い支出といわざるを得ず,給与条例主義を定めた地方自治法204条の2に反する違法な支出というべきである。

 A,B及びCは,本件各委託契約の締結及び本件支出の支出決定について決裁を行っているところ,支出負担行為は,法令又は予算の定めるところに従いこれをしなければならないとされている(地方自治法232条の3)。
 とすれば,A,B及びCは,京都市の内部職員である教員に委託料として金銭を交付する支出決定を行う際には,財務会計職員として,本件支出が地方自治法上に明文のある給与条例主義に反しないかどうか審査を行うべき義務があったということができる。
 ・・・A,B及びCは,本件支出が給与条例主義に反する違法なものであることを容易に認識し得たのであり,それぞれ,自らが決裁した本件支出について,違法な支出決定を行ったことについて重過失があると認められる。

 地方公共団体の長の教育に関する職務権限は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条に定めるものに限られており,Eには,本件各事業の実施についての職務権限があるとは認められない。また,・・・,本件調査研究事業の要綱は,Dが,京都市教育委員会教育長として最終的に決裁を行い,その後の本件各事業に関する要綱の改正に当たっては,総合教育センター長が決裁を行っていることが認められ,Eが,本件各事業の実施に実際に関与した事実も認められない。
 ・・・Eが,本件各事業に基づく委託料支出が給与条例主義に反して違法であることにつき具体的な疑いを持つ機会があったとは認められず,Eが代決者であるFに対し,本件支出の支出決定を差し控えるよう注意するなど具体的な指導監督を行う義務があったとは認められない。
 よって,Eには,本件支出決定につき,監督を怠った過失は認められず,Eは京都市に対して損害賠償債務を負わない。

 ・・・Dは,本件各事業の施行を決定するに際して,本件各事業が予定する委託事業の内容が教員の研修であり,受託者たる教員の業務と委託事業との区別が困難であることは認識していたと認められる。すなわち,Dは,少なくとも,本件各事業の実施に際して受託者たる教職員に払われる委託料につき,給与条例主義違反の問題が生じるおそれがあることを認識し得る状況であったというべきである。
 そうすると,Dは,教育委員会の教育長として,本件各事業を実施するに際し,委託事務と教員の職務との区分を明確化する,個別の教員を相手方として委託料を支給する方式を改めるなど,教職員の研修を助成するに当たり,給与条例主義違反が生じないような方法を採るべきであったのに,漫然とこれを怠り,本件各事業を実施させることにより,京都市に給与条例主義に反する違法な本件支出をさせたのであるから,京都市に対して,支出決定者と連帯して本件支出額相当の損害賠償責任を負うものというべきである。
 そして,原告らは,本件訴訟に先立つ住民監査請求において,本件各事業に係る支出が給与条例主義に反する旨を主張するとともに,京都市に対してDを相手方として損害賠償請求をするよう求めているのであるから,被告は,遅くとも,原告らが本件訴訟に先立って住民監査請求をした時点から,京都市が,Dに対して,損害賠償請求権を有することを知り得たと認められる。
 そうすると,少なくともその時点からは,被告は,Dに対して,上記損害賠償請求権の行使をすべきであったということができ,被告は,上記損害賠償請求権の行使を行わないことにより,京都市の財産の管理を違法に怠っていると認められる。

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