最新下級審裁判例

青森地裁判決平成19年11月16日

【事案】

 本件は,青森県弘前市の住民である原告が,合併前の弘前市(以下,合併前の弘前市に係る部分を「旧弘前市」と表記し,合併後の弘前市に係る部分を「弘前市」と表記する。)情報公開条例(以下「本件旧条例」という。)に基づく開示請求に係る公文書の不存在を理由として旧弘前市議会がした公文書不存在通知に対する異議申立てにおいて弘前市議会から諮問を受けた弘前市情報公開・個人情報保護審査会が開示すべきであるとの答申(以下「本件答申」という。)を行った「会派代表者会議記録メモ」と題する文書(以下「本件会議記録メモ」という。)について,弘前市情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき,その実施機関である弘前市議会に対し,改めてその開示請求(以下「本件再開示請求」という。)をしたところ,弘前市議会が再びその不存在を理由としてこれを不開示とする決定(以下「本件不開示決定」という。)をしたため,その取消しを求めたという事案である。
 その中心的な争点は,本件会議記録メモが,本件条例の適用対象である旧弘前市から承継された本件旧条例所定の「公文書」に該当するかどうかである。

【判旨】

 本件旧条例2条2号本文は,「公文書」について,「実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画,写真,フィルム及び電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているものをいう」と規定しているところ,ここにいう「職務上作成し,又は取得した」とは,「実施機関の職員が,法律,命令,条例,規則,規程,通達等により与えられた任務又は権限の範囲内において作成し,又は取得した場合」をいい,また,ここにいう「当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているもの」とは,「作成又は取得に関与した職員個人の段階のものではなく,組織としての共用文書の実質を備えた状態,すなわち,当該実施機関において業務上必要なものとして利用・保存されている状態のもの」を意味するものと解される。

 旧弘前市議会においては,地方自治法138条及び同市議会事務局設置条例により定められた同市議会事務局処務規程に基づき,議長の指示により,同市議会事務局職員が,会派代表者会議の開催に係る準備(開催通知及び会議の案件の起案並びに関係者に対するこれらの通知及び配布)を行った上で,同会議に同席するとともに,同市議会事務局次長職にある者がその内容をまとめた「会派代表者会議記録メモ」と題する文書を作成することが慣行となっており,本件会議記録メモも,同様の手順により執り行われた平成16年8月31日開催の会派代表者会議に関し,当時の同市議会事務局次長によって作成されたものであると認められるから,本件会議記録メモは,実施機関の職員が地方自治法138条,同市議会事務局設置条例及び同市事務局処務規程により与えられた任務又は権限の範囲内において作成した文書であり,本件旧条例2条2号の規定する「実施機関の職員が職務上作成し…た文書」であると認めるのが相当である。

 @本件会議記録メモが,平成16年8月31日に開催された会派代表者会議に関し,当時の旧弘前市議会事務局次長によって職務上作成されたものであること,A本件会議記録メモは,開催日時,開催場所,開催時刻,散会時刻,出席議員の氏名及び出席職員の氏名が列記されている上,発言者の氏名とその発言内容が要約もされずにそのまま記載されており,作成者及び議事録署名者がないだけの文書であること,B本件会議記録メモが,現在も弘前市議会事務局長室において保管されていることが認められ,これらの事実に照らせば,本件会議記録メモは,「作成又は取得に関与した職員個人の段階のものではなく,組織としての共用文書の実質を備えた状態,すなわち,当該実施機関において業務上必要なものとして利用・保存されている状態のもの」であり,本件旧条例2条2号の規定する「当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているもの」であると認めるのが相当である。

 被告は,旧弘前市議会の会派代表者会議が開催された場合に作成された「会派代表者会議記録メモ」が,同市議会事務局内において決裁・回議されることもなく,署名者もいない文書であることや,保存義務について何ら定めがなくいつでも処分することが可能な文書であることなどを指摘して,本件会議記録メモが本件旧条例2条2号の規定する「当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているもの」ではなく,「公文書」には該当しない旨を主張する。しかしながら,ある文書が本件旧条例2条2号の規定する「当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているもの」に該当するかどうかを判断をするに当たっては,当該文書が組織としての共用文書の実質を備えた状態にあるかどうかが重要であるところ,本件会議記録メモの記載内容や本件会議記録メモが現に弘前市議会事務局内において保管されていることなどに照らせば,本件会議記録メモは同市議会において組織的に用いることが可能な状態に置かれているということができるのであって,被告が指摘する諸事情があるからといって,本件会議記録メモが上記のような共用文書としての実質を欠いているものと認めることはできない。

 

青森地裁判決平成19年12月07日

【事案】

 本件は,青森県三沢市の住民である原告が,三沢市情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき,その実施機関である同市長に対し,同市立三沢病院建替基本設計業務委託(以下「本件業務委託」という。)の入札における落札予定価格,低入札基準価格及び失格基準価格に関する市長決裁文書について開示請求をしたところ,同市長が,予定価格書の全部を不開示とする決定をするとともに,決裁文書のうち「設計額,配当額,配当残額」の部分を不開示とする決定をしたため,原告が上記各不開示決定(以下「本件各不開示処分」という。)の取消しを求めたという事案である。
 その中心的争点は,本件各不開示処分に係る上記不開示部分が本件条例所定の不開示情報(「開示することにより,当該事務若しくは将来の同種の事務の実施の目的が損なわれ,又はこれらの事務の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるもの」)に該当するかどうかである。

【判旨】

 @「入札又は見積に付する名称」については,契約事務1件ごとに付される単なる管理上の名称にすぎないから,これを開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。
 A「予定価格」及びE「低入札価格調査失格基準価格」については,これらが実質的には地方公共団体の行う競争入札において契約を受注するための上限及び下限を画する金額であること,C「低入札価格調査基準価格」については,これが低入札価格制度において調査手続が必要となるか否かの基準となる価格であることからすれば,これらを入札前に事前に開示した場合には,当該入札に際し,入札参加者において独自に見積をしなくても,「予定価格」と同額又はこれに極めて近似した金額で入札することや,低入札価格制度に基づく調査を受けることのない金額で入札することが可能となる一方で,確実に落札したいと考えた場合には「低入札価格調査失格基準価格」と同額又はこれに極めて近似した金額で入札することによりほぼ確実に落札することが可能となることから,これらの価格を事前に開示した場合には,本件業務委託に係る入札事務の公正や円滑な執行に支障が生ずるおそれが全くないとはいえない。
 しかしながら,既に実施された過去の入札における予定価格等が事後的に開示された場合においては,開示された予定価格等をその後に実施される工事の入札における予定価格等を予測するための参考にしようとしても,地方公共団体の行う工事の種類が多種多様であることや,同種工事であっても工事の対象,目的,工期,地域等の個別的事情が工事ごとにそれぞれ異なること,時の経過に伴って物価も変動し,技術も進歩することなどに照らせば,その予測には自ずから限界があるのであって,入札参加者において見積努力を行う必要がなくなるものではないと考えられるから,本件業務委託に係る予定価格等を事後的に開示することにより,将来の同種業務委託に関する入札事務において,入札参加者の見積努力を損なわせることになるものとはいえない。また,入札参加者らによる談合は,予定価格等の開示とは別の要因によって生じている問題であると考えられる上,予定価格等の事後的開示が定着すると入札価格と予定価格等との不自然な一致又は近似が公表されてしまうことから談合業者らに対する談合抑止の効果も生じ得るのではないかと期待されるし,予定価格等の事後的開示はその積算過程に対する事後的な検証を通じて予定価格等の適正さを担保することにもなると考えられることからすると,本件業務委託に係る予定価格等を事後的に開示することにより,将来の同種業務委託に関する入札事務において,業者同士に談合の余地を与えるとか,落札金額の高止まりを招くなどということになるとはいえない。
 したがって,A「予定価格」,C「低入札価格調査基準価格」及びE「低入札価格調査失格基準価格」については,これらを事後的に開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。
 B「入札書比較価格」,D「低入札価格調査基準比較価格」及びF「低入札価格調査失格基準比較価格」については,これらがA「予定価格」,C「低入札価格調査基準価格」及びE「低入札価格調査失格基準価格」から消費税相当額を除いた金額であるため,上記B「入札書比較価格」等を知ることができれば上記A「予定価格」等を容易に推測することができることとなるものである。また,G「予算額又は設計額」については,「予定価格」を決定する上で基礎となる金額であって,「予定価格」と同額あるいはこれと極めて近似した金額となっているものである。
 しかしながら,これらのB「入札書比較価格」,D「低入札価格調査基準比較価格」,F「低入札価格調査失格基準比較価格」及びG「予算額又は設計額」の各情報の開示が実質的にみれば予定価格等を開示することと同視できるとしても,予定価格等については前記説示のとおり本件条例10条8号所定の不開示情報に該当するものとは認め難いのであるから,これらの情報を事後的に開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。

 被告は,「設計額」については「予定価格」を決定するための基礎となる金額であることを理由として,「配当額」については「設計額」を基に算出された「予定価格」に極めて近似した額が記載されており,「予定価格」と同等の意味を持つことを理由として,「配当残額」については本件の契約済額が0円であり,「配当額」と「配当残額」が同額となることを理由として,いずれの情報も本件条例10条8号所定の不開示情報に該当する旨主張する。
 しかしながら,被告の上記主張は,「予定価格」が本件条例10条8号所定の不開示情報に該当することを前提とした上で,上記各情報の開示を「予定価格」の開示と実質的に同視することができることを不開示情報該当性の根拠とするものであるところ,前記説示のとおり,「予定価格」は本件条例10条8号所定の不開示情報に該当するものであるとは認めることができないのであるから,被告の上記主張はその前提を欠くものであり,採用することができない。

 

東京簡裁判決平成19年12月20日

【事案】

 被告Aは,平成15年2月6日,B株式会社(以下「販売店」という。)から別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を,毎月の割賦払いによる方法で購入し(以下「本件売買契約」という。),その引き渡しを受けた。
 本件売買契約締結当時,原告と被告Aとの間には,本件自動車の所有権は,本件売買契約及び被告Aの原告に対する保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)の効力発生と同時に販売会社から原告に移転するという約定(以下「所有権移転の約定」という。)があった。
 原告は,本件売買契約締結日に被告Aから保証委託を受けた。
 被告Aは,平成18年7月6日,被告Cに対し,被告Cからの貸金の担保として本件自動車を同人に引き渡すことに同意し,即日これを引き渡した(以下「本件取引」という。)。

【判旨】

 被告Aが本件自動車を購入するに当たり,本件自動車の所有権は原告に留保され,被告Aが本件自動車を担保に供することは禁じられていたわけであり,また,本件保証委託契約上,被告Aが原告に無断で本件自動車を担保に供した場合,被告Aは,当然に分割弁済の期限の利益を喪失し,被告Aは本件自動車を原告に引き渡す義務を負うに至っていたのである。そうすると,被告Aが,被告Cに本件自動車を担保に供し,これを引き渡したことは,原告の所有権を侵害する横領行為に当たり,不法行為を構成する。

 被告Cは,長年にわたり自動車を担保に融資をする金融業を続けてきた経験上,本件自動車の所有権が販売店から原告に移転され,原告に留保されているなどの上記の諸事情を知っていたか,または十分知りうる立場にあったと認められるし,少なくとも,被告Aに本件自動車の処分権限がないことを知っていた事実が認められる。
 ところで,民法の定める不法行為制度は,被害者の損害の填補を目的とし,原則として,故意と過失を区別していないことに照らせば,民法719条2項の定める「幇助した者」には,当該不法行為を故意に幇助した者のみならず,過失により幇助した者も含まれると解されるところ,被告Cは,上記のとおりの態様で本件自動車の引き渡しを受け,被告Aの横領という不法行為に加担,あるいは,これを容易にする行為に及んだのだから,被告Cは,被告Aの共同不法行為者として,原告の被った損害について,賠償責任を負うと解するのが相当である。

 被告らがした上記不法行為と原告が本件自動車の価値に相当する損失を被ったこととの間には,優に相当因果関係があることが認められる。自動車の価額は,横領行為の開始時点以降時間の経過と共に減少するが,そのような価額の減少は,被告Aの横領行為によって生じたものと認められるのであり,そうであれば,原告は,被告らに対し,被告Aの横領及び被告Cの不法行為が始まった時点であって,かつ,被告Aが期限の利益を喪失した時点における価額相当額の損害賠償を求めることができるというべきだからである。

 他人の物の売買においては,売主は原所有権者よりその権利を取得して,買主に移転する義務を負うのであり,売主がその所有権を取得する前に買主がその物を滅失・毀損するなどして原所有権者の所有権を侵害したときは,原所有者に対し不法行為の責任を負うと解されるところ,本件では,本件自動車の売主である被告Aが,原所有権者である原告から所有権を取得していない以上,被告Aは,本件取引をしたことで,原告に対し,不法行為の責任を負う。

 被告Cは,被告Aの横領という不法行為に加担する行為に及んだのだから,被告Cは,被告Aとの共同不法行為者というべきであり,被告Aは,原告の本件自動車の登録の欠けつを主張するについて正当な利益を有する第三者に該当しないので,被告Cの前記主張は理由がない。

 

福岡地裁判決平成20年01月08日

【判旨】

 刑法208条の2第1項前段(平成19年法律第54号による改正前のもの。以下,同じ。)は,「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ,よって,人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し,人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」と規定している。ところで,この危険運転致死傷罪は,その立法の経緯によれば,故意に危険な自動車の運転行為を行い,その結果人を死傷させた者を,その行為の実質的危険性に照らし,暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであって,過失により人を死傷させた場合よりも相当に重い法定刑が定められている。したがって,刑法208条の2第1項前段の危険運転致死傷罪が成立するためには,単にアルコール又は薬物を摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でないことはもちろん,ここで言う「正常な運転が困難な状態」とは,アルコール又は薬物を摂取しているために正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず,現実に,道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあることを必要とすると解すべきであ(る)。

 

佐賀地裁判決平成20年01月10日

【判旨】

 詐欺罪のような領得罪の成立に必要な不法領得の意思とは,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思を言い,必ずしも自己の利益取得を意図することを要しないと解される。

 故意犯において,行為者が当該犯罪を犯すにつき違法性の意識を欠いただけで直ちに故意責任がないとは言えないが,違法性の意識を欠いたことにつき相当の理由がある場合は,故意責任を問い得ないと解される。法令の発布を知り得ない特殊の事情がある場合や,所管官庁あるいは法規の解釈・運用を職責とする公務員の責任ある回答ないし言明に従った場合又はこれに準ずる事情がある場合は,違法性の意識を欠いたことにつき相当の理由があると言うことができる。そして,前記検討をするに当たっては,官庁又は公務員の側の事情と行為者の側の事情を総合的に考慮すべきである。この見地からすると,前記の公務員が行為者の行為を事実上黙認したにとどまる場合は,一般的には前記の相当の理由があるとは言えないし,行為者が,同公務員に対して必要な情報を提供しないで得た同公務員の回答等に基づいて行動した場合も,同様に相当の理由があると見ることはできない。
 当該具体的な事情のもとで,行為者が違法性の意識を持つことが可能ではあったが,困難であったと認められるときは,その刑を減軽することができる(刑法38条3項ただし書)。

 

京都地裁判決平成20年01月30日

【事案】

 被告の所有する建物の一室について,被告との間で賃貸借契約を締結し居住していた原告が,@上記賃貸借契約における更新料支払の約定は消費者契約法10条又は民法90条に反し無効であると主張し,不当利得に基づき,過去5回に渡り支払った更新料(合計50万円)の返還及びこれに対する遅延損害金(訴状送達の日の翌日である平成19年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払いを求めるとともに,A敷金契約に基づき,敷金10万円から未払賃料4万5000円を控除した5万5000円の返還及びこれに対する遅延損害金(訴状送達の日の翌日である平成19年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によるもの)の支払いを求めた事案。

【判旨】

 賃貸人は,正当事由があると認められる場合であれば,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をすることができるところ(借地借家法28条),賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われる場合においては,賃貸人は,正当事由が存在しないことが明らかではないときにおいても,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をしないで,契約を合意更新(ないし自動更新)するのであるから,一般的に,更新料は,更新拒絶権放棄の対価の性質を有するものと認めることができる。
 もっとも,当然のことながら,常に正当事由があると認められるものではなく,特に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,更新拒絶の正当事由が認められる場合は多くはないと考えられるから,更新拒絶権放棄の対価としての性質は希薄であるというべきである。

 賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われ,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となる場合には,賃借人は,契約期間の満了までは明渡しを求められることがない。
 これに対し,法定更新の場合には,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのないものとなり(借地借家法26条1項),賃貸人はいつでも解約を申し入れることができることとなるから,賃借人の立場は,程度の差はあるにせよ,そのことによって不安定なものとなる。したがって,更新料を支払って合意更新することには(更新後も期間の定めのある賃貸借契約とすることができるから),賃借人にとっても,利益は存することになる。加えて,賃貸人が更新拒絶権を行使した場合には,正当事由の存否の判断にあたり,従前更新料の授受がされていることが考慮されるもの考えられる。

 ・・・本件賃貸借契約の契約期間が1年間と比較的短期間であり,かつ,更新しない場合には授受が予定されていない(契約後1年間で終了し更新しない場合には,全く授受されない。)ことからすると,本件更新料約定は,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項であり,具体的には,契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うこと(いわば賃料の前払い)を取り決めたものであるというべきである。したがって,本件賃貸借契約において更新料は,用語が適切かは疑義が残るが,賃料の補充の性質を有しているものということができよう。

 前判示の本件賃貸借契約における更新料の性質をふまえ,本件更新料約定が,民法90条により無効となるか検討するに,前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料が主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しているところ,その金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,直ちに相当性を欠くとまでいうことはできない。
 よって,本件更新料約定が民法90条により無効であるとする原告の主張を採用することはできない。

  本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,本件更新料約定が,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項(契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うことを取り決めたもの)であることからすると,「賃料は,建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重しているものと考えられるから,消費者契約法10条前段の定める要件(本件更新料約定が「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること)を満たすものというべきである。
 そこで,同条後段の要件(本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であること)について検討するに,前判示のとおり,@本件賃貸借契約における更新料の金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,過大なものではないこと(しかも,本件賃貸借契約においては,賃借人である原告は,契約期間の定めがあるにもかかわらず,いつでも解約を申し入れることができ,その場合には,更新料の返還は予定されていないが,原告が解約を申し入れた場合には,解約を申し入れた日から,民法618条において準用する同法617条1項2号が規定する3か月を経過することによって終了するのではなく,解約を申し入れた日から1か月が経過した日の属する月の末日をもって終了するか,又は,被告に1か月分の賃料を支払うことにより即時解約することもできることとされているから〔本件約款第15条〕,月払いの賃料の金額〔4万5000円〕の2か月分余りである本件賃貸借契約における更新料の金額は,過大なものとはいえないこと),A本件更新料約定の内容(更新料の金額,支払条件等)は,明確である上,原告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,仲介業者である京都ライフから,本件更新料約定の存在及び更新料の金額について説明を受けていることからすると,本件更新料約定が原告に不測の損害あるいは不利益をもたらすものではないことのほか,B本件賃貸借契約における更新料が,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められることを併せ考慮すると,本件更新料約定が,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえないものというべきである。
 以上によれば,本件更新料約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない。

 

大分地裁判決平成20年02月04日

【事案】

 原告が,その実母であるAの死亡により相続した財産にかかる相続税として,課税価格1億2171万1000円,納付すべき税額1273万8700円と申告していたところ,Aが生前提訴し,原告がその地位を承継していた所得税更正処分等取消請求事件について,取消判決が確定したことから,過納金が原告に還付され,これを被告がAの相続財産と認定して,その相続税につき,課税価格1億4963万円,納付すべき税額2096万9400円とする更正処分を行ったことに対し,原告が,上記過納金の還付請求権は相続開始後に発生した権利であるから相続財産を構成しないと主張して,その処分の取消しを求めている事案。

【判旨】

 相続税法は,相続税の課税財産の範囲を「相続又は遺贈により取得した財産の全部」(2条1項)と定めているところ,相続税法上の「財産」とは,これを課税価格に算入する必要上,金銭的に評価することが可能なものでなければならない。
 そうすると,相続財産は,金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいい,既に存在する物権や債権のほか,未だ明確な権利とはいえない財産法上の法的地位なども含まれると解するのが相当である(相続税法基本通達11条の2−1参照)。
 また,相続税の納税義務の成立時点は,「相続又は遺贈による財産取得の時」(国税通則法15条2項4号)であるところ,相続人は相続開始の時から被相続人の財産を包括承継するものであり(民法896条),かつ,相続は死亡によって開始する(民法882条)から,納税義務の成立時点は,原則として,相続開始時すなわち被相続人死亡時である。
 このように,相続税法上の相続財産は,相続開始時(被相続人死亡時)に相続人に承継された金銭に見積もることができる経済的価値のあるものすべてであり,かつ,それを限度とするものであるから,相続開始後に発生し相続人が取得した権利は,それが実質的には被相続人の財産を原資とするものであっても相続財産には該当しないと解すべきである(ここでは相続税法上のいわゆるみなし相続財産は考慮しない。)。

 一般に抗告訴訟における取消判決の形成力に遡及効が認められるのは,瑕疵のある行政処分を遡及的に失効させることによって,国民の権利利益に対する違法な侵害状態を排除することを目的とするものであって,そのことから直ちに,更正処分取消訴訟における取消判決が確定した場合に,過納金の還付請求権自体が納付時に遡って発生するとは解されない(還付請求権が発生するのは,あくまで取消判決が確定したときからである。)。

 過納金を還付する場合に付される還付加算金は,違法に財産権を侵害された納付者に対する調整ないし救済措置として国税通則法によって定められたものであり,それが認められるからといって過納金の還付請求権が国税の納付時に遡って発生したと解する理論的根拠とはならず,むしろ,還付加算金の起算日を法定したのは,不当利得につき利息を付すのを受益者悪意の場合に限定する一般不当利得の法理を修正した結果であることからすると,過納金の還付請求権が国税の納付時に遡って発生したために還付加算金が国税の納付のあった日の翌日から起算されることになったとはいえず,還付加算金の起算日は過納金の還付請求権の発生時期とは無関係に定まったというべきである。

 納付の基礎となった更正処分が取り消されること,すなわち,国が納付金を保有することの法律上の原因が失われることは,還付請求権の発生要件事実であり,これを停止条件と解することはできない。

 抗告訴訟の訴訟物は,行政処分の違法性一般と解されているから,更正処分の取消訴訟においても,訴訟物自体に財産性を見出すことはできない。もっとも,納税義務者に更正処分取消訴訟における原告適格(行政事件訴訟法9条1項)が認められるのは,当該更正処分によって侵害された財産権が,同処分を取り消すことによって回復されるという法律上の利益が認められるからであり,同訴訟において取消判決が確定し過納金が発生した場合には,還付請求権の行使を待つまでもなく,これを納付した者に対して還付金及び還付加算金が交付される(国税通則法56条1項,58条1項)。そうすると,過納金の還付請求権は,当該更正処分が取り消された場合に反射的に発生する権利といえ,その意味で,更正処分取消訴訟の原告たる地位は,過納金の還付請求権と密接な関係にあるということができる。
 しかしながら,公定力により行政処分はそれが権限ある機関によって取り消されるまでは有効と扱われるから,こうした公定力が排除される以前の段階では,過納金の還付請求権も将来発生しないものとして扱われることになる。
 そうすると,更正処分取消訴訟の原告たる地位は,取消判決が確定する以前の段階では,財産法上の法的地位ということもできず,金銭に見積もることができる経済的価値のあるものとして評価することはできないというべきである。
 また,仮に当該地位の財産性を肯定して,相続開始時点における金銭的評価を行う場合,更正処分取消訴訟において処分の適法性を主張している処分庁ないし国が,他方では,過納金が将来発生すること(すなわち,当該処分が違法であること)を前提として原告の地位を評価するという矛盾した態度を取らざるを得なくなり,こうした事実上の不都合に鑑みても,相続開始時に被相続人が更正処分取消訴訟の原告である場合には,その原告たる地位に財産性を認めるべきではない。

 相続税法は,国税通則法に基づく更正の請求の特則として,相続開始後に生じた一定の事由に基づいて申告又は決定に係る課税価格及び税額が過大となった場合に,更正の請求をすることを許容しており(同法32条,同法施行令8条),D意見書も,これらの規定を引用して,申告時の評価額を暫定的なものとし,その後の事情変動により価額が明確となった場合の調整が認められる旨述べている。
 しかしながら,同法32条,同法施行令8条に規定される後発的事由は,相続人の異動が生じた場合や,共同相続人間又は相続人以外の者との間において,相続財産の帰属に変動が生じた場合等であり,個々の相続財産の価額に変動が生じた場合は含まれていない。したがって,これらの事由に基づき更正の請求を行う場合であっても,算定の基礎となる評価額は相続開始時のものが用いられることとなる。
 また,例えば,相続開始時に100万円の債権が相続財産として存在することを前提に,課税価格及び相続税額を算定し申告していたところ,その後の判決により当該債権額が50万円であることが確定した場合には,国税通則法23条2項1号に基づき更正の請求をすることができ,逆に,150万円であることが確定した場合には更正処分をすることもできると解されるが,これは,あくまで当該債権の相続開始時における債権額が50万円あるいは150万円であったことを前提として,その相続開始時における債権額が判決により明らかになったために認められるものであり,債権額に変動が生じたものではない。これに対して,別件所得税更正処分取消訴訟の原告たる地位の相続開始時の評価額は零であり,その後の取消判決確定という事情変動によりその評価額が変動したものであるから,上記更正の請求や更正処分の対象にはならないといわざるを得ない。
 そもそも,相続税法22条は,相続財産の評価時期及び方法について「当該財産の取得の時における時価」と定めるのみで,それ以外の時点を評価時点とする規定や,取得時の評価額を暫定的なものとする規定は存在しない。
 そして,相続税法がこのように財産評価の時点を明確に定めた趣旨は,一般に財産は時間の経過によってその金銭的価値に変動が生じるところ,相続開始後に生じた事情変動に基づく価値変動を常に評価額に反映させなければならないとすると,相続税の課税価格を確定することが困難となり,手続的に著しく煩雑となるだけでなく,財産の種類によっては金銭的価値の恣意的操作がなされるおそれもあり,課税の公平を欠くことにもなりかねないため,こうした弊害を除去し,課税手続の安定・明確化,公平な課税の実現を図ることにあると解される。
 このような相続税法22条の規定文言及び趣旨に加え,上記のように,後発的事由に基づく更正の請求においても,相続財産の価額に変動が生じた場合は行われないことをも考慮すると,同法は,相続財産の評価時期を相続開始時のみとし,後発的事由に基づく再評価は許容していないと解するのが相当である。
 したがって,本件においても,相続開始時に別件所得税更正処分取消訴訟の原告たる地位を零と評価しておきながら,その後に同訴訟の取消判決が確定し,反射的に還付請求権が発生したからといって,原告たる地位の評価額を還付金相当額に改めた上で,増額更正処分を行うことは許されないというべきである。

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