最新下級審裁判例

大阪地裁決定平成19年11月14日

【事案】

 検察官は,被告人の検察官調書2通(平成19年5月15日付け・乙2,同月25日付け・乙3)について「犯行に至る経緯等(一部弁解内容)」(乙2),「犯行状況等(一部弁解内容)」(乙3)との立証趣旨で取調べ請求をし,これに対し,弁護人は,「被告人は,高齢のために耳が聞こえにくく,目も悪い上に,漢字を読解することができず,言葉に対する理解能力も極めて低いところ,上記検察官調書は,検察官が,自らの描いた物語に沿って被告人を誘導し,被告人が十分理解しないまま頷いたり肯認したりしたことをもって,被告人が供述したものとみなして録取したに過ぎない。」として,任意性に疑いがあるから却下すべきである旨を主張した。
 そこで,検察官は,上記検察官調書の任意性を立証するために,当初は,取調べ担当警察官であるBの証人尋問を請求した。これに対し,弁護人が,取調べ担当検察官であるAが上記検察官調書の作成状況等を被告人に確認する状況を撮影したDVD(撮影日は同月29日。以下「本件DVD」という。)の取調べ請求をすると,検察官は,上記警察官の証人尋問請求を撤回し,録音・録画年月日,録音・録画担当捜査官,録音・録画場所,録音・録画時間について記載したA検察官作成名義の書面1枚に本件DVDを添付した「録音・録画状況等報告書」(甲14)の取調べ請求をした。これに伴い,弁護人は,本件DVD自体の取調べ請求を撤回し,上記「録音・録画状況等報告書」の取調べ請求をした(弁2)。なお,このほかに,弁護人がA検察官の証人尋問を請求したが,検察官は,「不必要」という意見を述べ,もとより自らA検察官の証人尋問を請求することはなかった。

【判旨】

 被告人の検察官調書には,本件当日,被告人が被害者から暴行を受けた経緯,暴行の程度・態様,暴行を受けた際に殺されると思ったという被告人の心境などについて,被害者の言い分とは合致しない被告人の言い分が録取されている。その上,A検察官が遅くとも平成19年5月25日付け検察官調書(乙3)を作成する取調べの際には,机を一部取り除いて,被告人との距離を近くし,聴力に劣る被告人に一定の配慮をしていたこと,そして,A検察官と被告人との間では,被告人が,比較的聞こえる方の左耳を傾け,質問を聞き返したりしながらも,一応,問答が成立していることも認められる。
 しかしながら,これらの事情を踏まえても,以下に述べるところによれば,被告人の検察官調書(乙2,3)には任意性に疑いがあるといわざるを得ない。
 すなわち,まず,本件においては,殺意の有無が重要な争点の一つであるところ,このことは,捜査段階から予測できたはずである。しかるに,本件DVDが撮影された取調べ時においても,被告人が,明確に殺意を否定する供述をしようとするにもかかわらず,A検察官は,それを無視したばかりか,「殺されると思ったから殺そうとしたことに間違いないですね。」などと,先に被害者から激しい暴行を加えられ殺されると思ったという被告人の言い分の一部を織り込んで,被告人に殺意があったように誤導した。結果的に,被告人は,A検察官の上記誤導に乗ってしまっているが,これについては,被告人が,衰えている聴力のためにA検察官の発言の一部を聞き漏らしてしまったり,あるいは,言葉に対する理解力の低さから,「被害者から殺されると思って刺した。」という自己の言い分が採用されたことばかりに気を取られたりした挙げ句,殺意も含めて肯定してしまったという可能性は否定できない。そして,A検察官も,既に作成された検察官調書の内容をそのまま確定させることに性急な余り,そのように理解力が低いなどといった被告人の状態を利用して,上記のような誤導をした疑いも否定できない。
 また,本件DVDが撮影された取調べ時において,A検察官は,被告人が本件ナイフで刺す前に被害者から手を掴まれたのか,無防備な被害者をいきなり刺したのかという,これもまた重要な事実について,被告人の言い分を聴取しようとせず,既に作成された検察官調書の内容に沿う供述をするまで,被告人に質問を続け,最終的には被告人も,自らの主張を撤回するに至っている。このような取調べを前提とすると,被告人が自らの意に反する供述を押し付けられた疑いは残る。
 さらに,被告人の聴力及び理解力等や,本件DVDにおける被告人の様子からは,被告人が,検察官調書の読み聞かせ及び閲読によりその内容を正しく理解した上で,署名指印をしたのか,疑問が残るというほかない。
 殺意の有無や,被告人が被害者を刺す直前に被害者が抵抗をしたか否かという,本件の重要な点について,本件DVDが撮影された取調べ時の被告人の弁解内容は,被告人の公判供述とほぼ一致するものであり,被告人が,上記検察官調書の作成段階でも同様の弁解をしていた可能性は高い。しかるに,本件DVDで撮影された取調べ状況を前提とする限り,上記検察官調書の作成段階においても,A検察官は,被告人が,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にあり,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであることを認識しながら,被告人に対し,自己の意に沿うような供述を誘導ないし誤導し,被告人に不利な内容の供述を押し付けるという取調べをしていたのではないかとの疑いは払拭できない。
 このように,相当の高齢で聴力及び理解力等が劣り,被暗示性が高いか,又は迎合的になりがちであって,調書の読み聞かせ及び閲読によってもその内容を正しく理解することが困難な状態にある被告人に対し,そういう状態にあることについて十分な配慮をせず,かえって,被告人の弁解を無視して,自己の意図する供述内容を誘導ないし誤導して押し付けるという取調べ方法は,供述の信用性の有無という程度を超えて,任意性に疑いを生じさせるものというべきである。
 そして,検察官は,本件DVD以外には積極的に任意性立証をしていない。そうすると,上記検察官調書の任意性に疑いがあることは明白である。

 

京都地裁判決平成20年01月29日

【事案】

 京都市の住民である原告が,京都市が行った平成15年度分及び平成16年度分の自立促進援助金(以下,「本件援助金」という。また,自立促進援助金のことを「援助金」と略し,支出年度ごとに,平成15年度分については「平成15年度援助金」,平成16年度分については「平成16年度援助金」などともいう。)の支出が違法であり,これにより京都市が損害を被ったとして,被告に対して,両年度の支出決定時に京都市の市長の職にあった者(別紙相手方目録記載1の者。以下「A」という。)を相手方として,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件援助金支出額並びに平成15年度援助金支出額に対する京都市の支払日の翌日である平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金及び平成16年度援助金支出額に対する支出決定日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について損害賠償を請求することを求めるとともに,平成15年度援助金の支出決定時に京都市の副市長の職にあった者(別紙相手方目録記載2の者。以下「B」という。)を相手方として,同号ただし書に基づき,平成15年度援助金支出額及びそれに対する京都市の支払日の翌日である平成16年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について,地方自治法243条の2第1項に基づく損害賠償命令をすることを求める事案。

【判旨】

 原告は,地対財特法が国庫補助の対象として規定する地域改善対策特定事業は,「高等学校,中等教育学校の後期課程,高等専門学校,短期大学又は大学に在学する者に対する奨学金の貸与」と規定されていること等をもって,国庫補助を受ける同和奨学金について,実質的給付制として運用する裁量は,京都市には認められておらず,本件制度は同和奨学金の根拠法令違反であると主張する。
 しかし,国庫補助の対象事業が貸与制の奨学金に限られていることをもって,給付制の奨学金の公益性が直ちに否定されるわけではなく,地方自治体が独自に一般財源から給付制奨学金制度を実施することや,独立した補助金事業として奨学金の返還を補助するなどの施策を行うことが直ちに禁止されると解することはできない。
 よって,地対財特法等が国庫補助の対象として貸与制の奨学金制度を規定していることをもって,直ちに,本件援助金に係る支出が,違法な支出であるとは認められない。
 次に,援助金の性質について検討するに,援助金の支給は地方自治法232条の2に規定する「補助」に該当するものと解される。そして,一般に,地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最小の経費で最大の効果を挙げるようにすべき責務を負っているのであり(地方自治法2条14項),地方財政の健全な運営を確保するためには,単に収支の形式的な均衡を保持することだけではなく,経費の支出に当たっては,その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えてはならないものとされている(地方財政法4条1項)ところ,補助金の支出については,「公益上必要がある場合において」することができる(地方自治法232条の2)のであるから,本件援助金の支出について,同法232条の2にいう「公益上の必要性」があるかを検討することとする。
 そして,上記の補助金の支出に係る公益上の必要性の存否は,地方公共団体の議会あるいは執行機関において,社会的,地域的諸事情を総合的かつ合理的に勘案して判断すべきであって,その裁量の範囲は相当広範なものというべきであり,当該裁量権の行使が恣意的であってその逸脱の程度がもはや法の内在的目的に適合しない程の域に達したという場合に,違法の問題が生じるに至るものと解すべきである。
 ・・・,本件制度について,遅くとも平成14年3月31日までには,京都市は,申請者に対して援助金の給付を認めるか否かについて,客観的資料に基づき,審査を行うべきであったのであるから,京都市が,平成14年度以降の援助金支出についても,援助金の給付要件につき何ら審査を行わずに,申請者全員に対して漫然と援助金を支給したことは,行政の裁量を逸脱し,違法であったと評価すべきである。

 Aは,普通地方公共団体である京都市の長として,その事務の全般について統轄する責任と権限を有する者であって(地方自治法147条),援助金についても,本来,支出決定及び支出命令を行う権限を有しており(同法149条2号),市長の補助機関たる副市長として代決を行ったBを指揮監督する権限を有し,義務を負っている(同法154条)。
 本件において,Aは,改正前要綱を従前どおり運用することを是認するに足りる事実が失われており,京都市として,借受者から所得証明書等を提出させるなどして,援助金の支給の可否について審査を行う必要が明らかに生じていたことを認識し得たにもかかわらず,また,仮に援助金の支給の可否について審査を行えば,相当数の者につき援助金を支給する必要がないことを容易に知り得たにもかかわらず,漫然と,副市長であるBが,従前の運用を追認した改正後要綱の附則3条及び同4条に基づき,本件援助金につき支出決定及び支出命令をすることを阻止することなく,これに代決させたのであるから,京都市に対して,地方自治法242条の2第1項4号所定の損害賠償責任を負うものと解すべきである。
 また,Bは市長の補助機関にすぎないとはいえ,前示のとおり,改正前要綱を従前どおり運用することを是認するに足りる事実が失われており,京都市として,借受者から所得証明書等を提出させるなどして,援助金の支給の可否について審査を行う必要が明らかに生じていたことを認識し得たにもかかわらず,また,仮に援助金の支給の可否について審査を行えば,相当数の者につき援助金を支給する必要がないことを容易に知り得たにもかかわらず,漫然と,従前の運用を追認した改正後要綱の附則3条及び同4条に基づき,平成15年度援助金につき,支出決定を代決したのであり,この点について重過失があったといえるので,京都市に対して地方自治法243条の2所定の賠償責任を負うといわざるを得ない。

 

東京地裁判決平成20年02月12日(割り箸死亡事故賠償訴訟)

【事案】

 原告らの子が,綿菓子の割りばしをくわえたまま転倒し,軟口蓋に受傷したとして,被告学校法人杏林学園(以下「被告杏林学園」という。)が開設する杏林大学医学部付属病院(以下「被告病院」という。)を受診したが,担当医師被告Aは十分な診察を行わず,子の頭蓋内損傷を看過し,適切な治療を行わなかった診療上の注意義務違反(過失)があり,これによって子が死亡するに至ったことに加え,子の治療方法に関する被告病院医師らの不適切な説明により精神的損害を被ったとして,原告らが被告らに対して,債務不履行及び不法行為(使用者責任)に基づき,連帯して,子の逸失利益及び慰謝料並びに原告ら固有の慰謝料等合計4480万1983円並びにこれに対する平成11年7月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案。

【判旨】

 人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は,その業務の性質に照らし,危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁参照),この注意義務の基準となるべきものは,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である(最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決・集民135号563頁)。
 ・・・以上の事実関係及び診療当時の臨床医学の実践における医療水準に照らせば,Dの頭蓋内損傷を予見することが可能であったとは認められないから,被告Aにおいて,Dに頭蓋内損傷が生じていることを診断すべき義務があったとはいえない。
 そうすると,被告Aの診療・治療における過失行為として原告らが主張するその余の事実について認定・判断するまでもなく,被告Aの診療行為に過失があったとは認められないことに帰する。

 前示のとおり,被告Aの診察及び被告病院の体制に関し過失があったとは認められないから,その余の事実について認定・判断するまでもなく,これらの点についての原告らの請求は理由がないことに帰するが,本件の事案にかんがみ,被告Aの診察行為とDの死亡との間の因果関係の有無についても検討する。
 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。そして,医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断は,経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し,医師の当該不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと,換言すると,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば,医師の当該不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁参照)。
 ・・・以上のとおり,Dが死亡するに至った具体的な機序が不明であること,被告Aによる診察の後,Dが死亡した時点以前に手術適応の判断がされたとまでは認めることができないことに照らせば,被告AがDに頭蓋内損傷が生じていることを診断し,被告病院において入院・治療を行ったとしても,Dがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはいえない。
 したがって,被告Aの診療行為とDの死亡との間に因果関係があると認めることはできない。
 なお,疾病のため死亡した患者の診療にあたった医師の医療行為が,その過失により,当時の医療水準にかなったものでなかった場合において,医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者に対し,不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁)
 しかし,本件においては,前示のとおり,Dが死亡するに至った具体的な機序が不明であり,平成11年7月11日午前6時ころから午前7時30分ころまでの約1時間30分の間に容態が急激に悪化し心肺停止状態となったこと,延命のために具体的にいかなる措置を採るべきであったかについて,これを認めるに足りる的確な証拠がないことにかんがみれば,Dがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明できたということはできない。

 

神戸地裁判決平成20年02月13日

【判旨】

 ある時点で計算される過払額について,10年以上前の弁済によって生じた部分とそうでない部分とを計算によって区分することは(しばしば極めて煩雑であるが)不可能な作業ではない。しかし,そういう計算をして1個の過払金返還債権と人為的に区分し,前者は消滅時効によって消滅しており,後者だけが現存しているなどと論ずることは妥当ではない。
 同様に,本件取引において,基準日以後のある時点で計算される過払額について,既存過払金に由来する部分と基準日以後に生じた部分とを計算によって区分することは(煩雑ではあるが)不可能な作業ではない。しかし,そういう計算をして1個の過払金返還債権を人為的に区分し,前者は平成12年5月19日,平成14年12月13日法律第154号による改正前の会社更生法(以下「旧法」という。)241条に基づいて「自然債権」となり,それ以外の部分は通常の債権の性質を維持していると考えることは,余りにも技巧的な解釈であって,やはり妥当ではない。
 結局,継続的な金銭消費貸借取引において発生する過払金は,取引終了時に発生した1個の債権として認識すべきであって,そうすると,およそ旧法241条の適用によって自然債権化することはない。

 

東京地裁判決平成20年02月18日(アジ化ナトリウム誤投与事件)

【事案】

 平成16年7月12日から被告の開設する病院に入院して診療を受けていた原告Aが,同月29日に,看護師の過誤により,尿を貯める蓄尿検査を行う際に防腐剤として使用されるアジ化ナトリウムを内服し,白質脳症となり,身の回りの動作に全面的な介護を要する状態(高次脳機能障害)となったことにつき,原告Aとその夫と子が,被告に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を請求する事案。
 被告は,肩書地において「浦安市川市民病院」という名称の病院(以下「被告病院」という。)を開設している。
 原告Bは原告Aの夫,原告C,原告D及び原告Eは,原告Bと原告Aとの間の子である。

【判旨】

 被告病院に勤務するJ看護師は,蓄尿検査に防腐剤として使用するアジ化ナトリウムを誤って入院患者である原告Aに投与し,これにより原告Aがアジ化ナトリウム中毒による低酸素脳症を発症したものであるから,被告は,民法715条に基づき,J看護師がアジ化ナトリウムを誤って原告Aに投与したことによって原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負うと解すべきである。

 原告Aは,本件事故によりアジ化ナトリウム中毒を発症し,重い後遺障害を負ったものであるところ,被告病院以外の病院においてどのような治療がなされたかは明らかではなく,かえって,平成17年8月に症状固定の診断がされる前から原告Aに対する積極的な治療は行われなくなり,同原告は病院から退院を求められるようになっていたことが認められるから,同原告の請求に係る治療関係費をすべて本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
 そこで,当裁判所は,差額室料も含め,症状固定日までの治療関係費については本件事故と相当因果関係のある損害と認めるが,症状固定日以降の治療関係費については本件事故と相当因果関係のある損害とは認めず,1日当たり8000円(付添交通費を含む。)の割合による付添看護費用のみを本件事故と相当因果関係のある損害と認めることとする。

 原告Aは,本件事故後,白質脳症(アジ化ナトリウム中毒)による重度の認知障害を負い,症状が固定した平成17年8月に至るまで,千葉大学医学部附属病院,順天堂浦安医院及び国立身体障害者リハビリテーションセンター病院に入院して診療を受けたところ,上記の平成17年8月までに,千葉大学医学部附属病院の診療費として計287万4540円を,順天堂浦安医院の診療費として計1650万5971円。平成17年1月以降の差額室料531万4050円を,国立身体障害者リハビリテーションセンター病院の診療費として計10万4600円を,救急搬送料金として計21万2860円をそれぞれ支払ったことが認められる。
 上記の合計1969万7971円は,本件事故と相当因果関係のある損害であると認められる。

 本件事故後,原告C,原告B,原告D,原告Eが入院中の原告Aの付添看護に当たったことが認められ,また,本件事故後の原告Aの症状や本件後遺障害の内容,程度に照らせば,原告Aは,本件事故後症状固定日まで近親者の付添看護を要したものと認められる。もっとも,各病院において完全看護の体制がとられていたこと等を考慮すれば,この間の入院付添費は,原告の請求額とは異なり,近親者が支出する交通費を含め,1日当たり6500円とするのが相当である。そして,原告Aが本件事故に遭った平成16年7月29日から症状固定日である平成17年8月29日までの397日間の入院付添費を算出すると,次のとおり,258万0500円となる。

 6500円×397=258万0500円

 原告Aの将来の付添看護費用としては,近親者が支出する交通費を含め,1日当たり8000円とするのが相当である。
 そして,症状固定時における原告Aの余命期間を20年と想定して原告Aの将来(症状固定時以降)の付添看護費用を算出すると,次のとおり3638万9624円となる。

 8000円×365×12.4622=3638万9624円

 原告Aは,本件事故後にアジ化ナトリウム中毒を発症し,平成17年8月29日に至るまで,被告病院,千葉大学医学部附属病院,順天堂浦安医院及び国立身体障害者リハビリテーションセンター病院に入院したが,他方,原告Aは,本件事故に遭わなければ,平成16年8月7日に被告病院を退院する予定であったことが認められる。
 そこで,1日当たり1500円として,原告Aの退院予定日の翌日であった平成16年8月8日から症状固定日である平成17年8月29日までの387日分の入院雑費を算定すると,次のとおり,58万0500円となる。

 1500円×387=58万0500円

 原告Aは,平成16年7月に被告病院に入院するまでは,専業主婦として通常の家事をすべて問題なくこなしていたものであるところ,本件事故後にアジ化ナトリウム中毒が生じたことによって,家事労働に従事することができなくなった。
 そして,原告Aは平成16年8月7日まで被告病院に入院する予定であったことが認められるから,平成16年の女子労働者の平均賃金(学歴計全年齢の平均賃金は年額350万2200円)を基に同月8日から症状固定日の前日である平成17年8月28日までの386日間の休業損害の額を算出すると,次のとおり370万3696円となる。

 350万2200円÷365×386日=370万3696円

 原告Aは,本件事故の後遺障害により,労働能力喪失率を100パーセント喪失したと認められる。そして,原告Aは,本件後遺障害がなければ,症状固定日(当時54歳)から少なくとも67歳に至るまでの13年間(ライプニッツ係数9.3935),専業主婦として稼働することが可能であったと想定し,平成16年の女子労働者の平均賃金を基に原告Aの逸失利益を算出すると,次のとおり3289万7915円となる。

 350万2200円×9.3935=3289万7915円

 本件後遺障害が残ったことによって原告Aが多大な精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推察されるし,原告B,原告D,原告C及び原告Eについても,妻ないし母が本件後遺障害のために意思疎通能力を失い生命維持に必要な身辺動作について常時介護を必要とするようになったことによって,原告Aが死亡した場合にも比肩すべき精神的苦痛を受けたであろうことが推察される。
 そして,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,上記精神的苦痛に対する慰謝料の額は,原告Aにつき2800万円,原告B,原告D,原告C及び原告Eにつき各200万円とするのが相当である。

 原告Aは,本件事故に遭った平成16年7月29日から症状が固定した平成17年8月29日に至るまで,被告病院,千葉大学医学部附属病院,順天堂浦安医院及び国立身体障害者リハビリテーションセンター病院に合計397日間入院したことが認められる。そして,このような入院の経過のほか,本件に顕れた一切の事情を考慮すると,入院慰謝料の額は,330万円とするのが相当である。

 以上の損害の合計額は,原告Aにつき1億2715万0206円,原告B,原告D,原告C及び原告Eにつき各200万円となるところ,原告Aが本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,原告Aにつき1300万円,原告B,原告D,原告C及び原告Eにつき各20万円と認める。

 被告は,原告Aの治療関係費として4607万6910円を,付添看護費及び入院雑費として401万2376円をそれぞれ支払ったことが認められる。
 上記の合計5008万9286円は,被告の原告Aに対する損害を填補するために支出されたものと認めるのが相当である。

 以上によれば,被告は,民法715条に基づき,原告Aに対し9006万0920円,原告B,原告D,原告C及び原告Eに対し各220万円及びこれらの金員に対する本件事故発生の日である平成16年7月29日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うと解すべきである。

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