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最高裁判所第一小法廷判決平成20年02月28日

【事案】

 大阪市長から権限の委任を受けた大阪市東淀川区福祉事務所長は,被上告人に対し,平成13年5月14日,保護開始日を同年4月16日とする生活保護開始決定をした。その当時,被上告人は,大阪市東淀川区内の住居(以下「本件住居」という。)で生活していた。
 被上告人は,平成13年6月14日に出国してタイ王国(以下「タイ」と いう。)のバンコクに渡航し,同年7月13日帰国して本件住居に戻った。被上告 人は,本件住居とバンコクとの往復に要した交通費及び同地における宿泊料として,同年6月ころ,少なくとも合計7万0920円を支出した。被上告人は,前記福祉事務所長に対し,平成13年7月18日,同年6月14日 から同月25日までバンコクにおいて求職活動等をしたとして上記金額の給与の申請をしたが,これを却下する旨の決定をされた。
  前記福祉事務所長は,平成13年7月31日,生活保護法(以下「法」と いう。)25条2項に基づき,被上告人に給与した同年6月分の生活扶助のうち被上告人が外国滞在中であったとする同月14日から同月25日までの期間の分に相当する金額3万3728円を減ずることとし,被上告人に対し,同年8月15日付 け保護決定通知書をもって,同年9月分の生活扶助(8万4320円)から上記金額を差し引いて給与する旨の保護の変更の決定(以下「本件変更決定」という。)をした。
 本件は,被上告人が,前記福祉事務所長の権限を承継した上告人に対する請求として,本件変更決定等の取消しを求めている事案である。

【判旨】

 法19条は,1項において,都道府県知事等は,「その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者」(1号)及び「居住地がないか,又は明らかでない要保護者であって,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの」(2号)に対して,保護を決定し,かつ,実施しなければならないと規定した上,2項において,居住地が明らかである要保護者であっても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫した事由がやむまでは,その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事等が保護を行うものとしている。保護の方法に関しても,法30条が,生活扶助は原則として被保護者の居宅において行うものと規定している。法がこのような居住地主義及び居宅保護の原則を採用した趣旨は,要保護者がその居住地を有する限り,そこにおける継続的,安定的な生活に着目して生活状態,資産状況等の事項を把握し,それを基に必要な扶助を与えるとともに自立の助長のための措置を講ずることとしたものと考えられる。
 以上のことに法2条の規定をも考慮すると,国外に現在している被保護者であっても,法19条所定の「居住地」に当たると認められる居住の場所を国内に有しているものは,同条に基づき当該居住地を所管する実施機関から保護の実施を受けられると解すべきである。このように解しても,その居住地における被保護者の生活状態,資産状況等の事項を調査して把握し,その結果に基づいて所要の保護の変更,停止又は廃止を決定し,また,自立の助長のための措置を講ずることは可能であるから,保護の決定及び実施に関する制度の趣旨が損なわれるとはいえない。

 法4条は,保護の補足性の原則を定め,保護は,生活に困窮する者がその利用し得る資産,能力その他あらゆるものをその最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われると規定している(同条1項)。これを受けて,法8条1項は,保護の程度に関し,要保護者の需要のうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとすることを定めている。
 被上告人は,平成13年6月ころ,タイへの渡航費用として少なくとも7万0920円を支出したというのである。これだけの金額を,保護を受け始めて間もない時期に上記のような目的のために支出することができたことなどからも,被上告人が,同月ころ,少なくとも上記渡航費用を支出することができるだけの額の,本来その最低限度の生活の維持のために活用すべき金銭を保有していたことは,明らかである。
 そうすると,被上告人に給与された平成13年6月分の生活扶助は,被上告人の保有する金銭で満たすことのできない不足分を補う程度を超過してされたこととなる。したがって,被上告人に対する保護に関し,法25条2項に基づき,上記金額を超えない金額である3万3728円を同月分の生活扶助から減じ,同年9月分の生活扶助から差し引くことについては,その必要があったということができ,この保護の変更は法56条所定の正当な理由があるというべきであるから,本件変更決定は適法であることとなる。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成20年02月28日

【事案】

 平成13年3月31日,A(当時16歳)が,B(当時15歳)及びC(当時17歳。以下,この両名を併せて「加害少年ら」という。)から暴行を受けて死亡したこと(以下「本件事件」という。)について,Aの母である上告人が,被上告人Y ,被上告人Y 及び被上告人Y (いずれも当時15歳。以下,こ1 2 3の3名を併せて「被上告人少年ら」という。)には,暴行が行われている現場に居て,加害少年らによる暴行をあおるなどしてこれを制止せず,また,Aが死亡することを予見しながら,関係機関に通報するなどの同人を救護する措置を執ることなく放置した注意義務違反があり,被上告人少年らの各両親であるその余の被上告人らには,被上告人少年らの親権者として被上告人少年らの監督を怠った注意義務違反があると主張して,被上告人ら各自に対し,不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料3000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案。

【判旨】

 本件暴行を制止すべき法的義務等について,被上告人少年らは,本件暴行が行われていることや,加害少年らが本件暴行に及んだ経緯を知らずに加害少年らに呼び出されて本件場所に赴いたものであって,暴行の実行行為や共謀に加わっていないのみならず,積極的に本件暴行を助長するような言動も何ら行っていないことが明らかである。また,・・・,被上告人少年らが加害少年らに対して恐れを抱くのも無理からぬものがあり,被上告人Y が本件発言をしたことや,被上告人少年らが本件暴行の間その現場に居続けたことについて,被上告人Y や被上告人少年らを非難することはできないものというべきである。そして,本件発言が本件暴行を助長したとは認められないとする原審の認定や,・・・被上告人少年らに本件暴行の現場に居ることがBの暴行をあおることになるという認識があったとは認められないとする原審の認定は,いずれも是認し得るものである。
 したがって,被上告人少年らにおいて,本件暴行を制止すべき法的義務や本件暴行を抑制するため本件現場から立ち去るべき法的義務を負っていたということはできない。
  Aを救護するための措置を執るべき法的義務について,被上告人Y は,Aの様子を見て,救急車を呼ぶことを提案したが,Cは本件事件が警察に発覚することを恐れてこれを拒否し,結局,被上告人少年らは,後日加害少年らから仕返しをされることを恐れ,救急車も呼ばず,第三者に通報することもしなかったというのであるが,上記のとおり被上告人少年らには本件暴行を制止すべき法的義務等は認められないのであり,被上告人少年らは,・・・,被上告人少年らにAが死ぬかもしれないという認識があったとしても,そのことから直ちに,被上告人少年らに加害少年らからの仕返しの恐れを克服してAを救護するための措置を執るべき法的義務があったとまではいえない。また,被上告人少年らは,本件暴行後に,Cの指示により,Aの体を移動させ,給食搬入台の壁にもたれかけさせて座らせた(以下「本件移動行為」という。)というのであるが,これも加害少年らに対する恐れからしたことであることは明らかであるし,・・・本件移動行為によってAの発見及び救護が格別困難になったということはできず,同人の生命に対する危険が増大したとは認められないとの原審の認定は是認し得るものであるから,本件移動行為によって被上告人少年らにAを救護するための措置を執るべき法的義務が発生したということもできない。さらに,原審は,被上告人少年らがAに水を掛けたことによって同人の生命に対する危険が増大したということはないとの認定をしているが,この認定に疑いを生じさせるような事情も存しない。したがって,被上告人少年らにおいて,救急車を呼んだり,第三者に通報するなど,Aを救護するための措置を執るべき法的義務を負っていたとまでいうことはできない。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成20年02月29日

【事案】

被上告人の所有に係る建物を賃借した上告人が,賃貸人である被上告人に対し,賃料減額請求により減額された賃料の額の確認を求める事案。本件賃貸借契約には,一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約が含まれている。

【判旨】

 借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁参照)。そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
 したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。

 

最高裁判所第二小法廷決定平成20年03月03日

【事案】

 HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に汚染された非加熱血液製剤を投与された患者がエイズ(後天性免疫不全症候群)を発症して死亡したことにつき,厚生省薬務局生物製剤課長であった者に,薬品による危害発生の防止の業務に従事する者として薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務を怠った過失があるとして,業務上過失致死罪の成否が問題となった事案。

【判旨】

 確かに,行政指導自体は任意の措置を促す事実上の措置であって,これを行うことが法的に義務付けられるとはいえず,また,薬害発生の防止は,第一次的には製薬会社や医師の責任であり,国の監督権限は,第二次的,後見的なものであって,その発動については,公権力による介入であることから種々の要素を考慮して行う必要があることなどからすれば,これらの措置に関する不作為が公務員の服務上の責任や国の賠償責任を生じさせる場合があるとしても,これを超えて公務員に個人としての刑事法上の責任を直ちに生じさせるものではないというべきである。
 しかしながら,本件非加熱製剤は,当時広範に使用されていたところ,同製剤中にはHIVに汚染されていたものが相当量含まれており,医学的には未解明の部分があったとしても,これを使用した場合,HIVに感染してエイズを発症する者が現に出現し,かつ,いったんエイズを発症すると,有効な治療の方法がなく,多数の者が高度のがい然性をもって死に至ること自体はほぼ必然的なものとして予測されたこと,当時は同製剤の危険性についての認識が関係者に必ずしも共有されていたとはいえず,かつ,医師及び患者が同製剤を使用する場合,これがHIVに汚染されたものかどうか見分けることも不可能であって,医師や患者においてHIV感染の結果を回避することは期待できなかったこと,同製剤は,国によって承認が与えられていたものであるところ,その危険性にかんがみれば,本来その販売,使用が中止され,又は,少なくとも,医療上やむを得ない場合以外は,使用が控えられるべきものであるにもかかわらず,国が明確な方針を示さなければ,引き続き,安易な,あるいはこれに乗じた販売や使用が行われるおそれがあり,それまでの経緯に照らしても,その取扱いを製薬会社等にゆだねれば,そのおそれが現実化する具体的な危険が存在していたことなどが認められる。
 このような状況の下では,薬品による危害発生を防止するため,薬事法69条の2の緊急命令など,厚生大臣が薬事法上付与された各種の強制的な監督権限を行使することが許容される前提となるべき重大な危険の存在が認められ,薬務行政上,その防止のために必要かつ十分な措置を採るべき具体的義務が生じたといえるのみならず,刑事法上も,本件非加熱製剤の製造,使用や安全確保に係る薬務行政を担当する者には,社会生活上,薬品による危害発生の防止の業務に従事する者としての注意義務が生じたものというべきである。
 そして,防止措置の中には,必ずしも法律上の強制監督措置だけではなく,任意の措置を促すことで防止の目的を達成することが合理的に期待できるときは,これを行政指導というかどうかはともかく,そのような措置も含まれるというべきであり,本件においては,厚生大臣が監督権限を有する製薬会社等に対する措置であることからすれば,そのような措置も防止措置として合理性を有するものと認められる。
 被告人は,エイズとの関連が問題となった本件非加熱製剤が,被告人が課長である生物製剤課の所管に係る血液製剤であることから,厚生省における同製剤に係るエイズ対策に関して中心的な立場にあったものであり,厚生大臣を補佐して,薬品による危害の防止という薬務行政を一体的に遂行すべき立場にあったのであるから,被告人には,必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を採ることを促すことを含め,薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかであり,かつ,原判断指摘のような措置を採ることを不可能又は困難とするような重大な法律上又は事実上の支障も認められないのであって,本件被害者の死亡について専ら被告人の責任に帰すべきものでないことはもとよりとしても,被告人においてその責任を免れるものではない。

 

最高裁判所第二小法廷決定平成20年03月04日

【事案】

 被告人は,本件当時,タイ王国のバンコクに居住していた。被告人は,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「法」という。)2条3項にいう「児童ポルノ」であるDVDをいわゆるマザーとして,その電磁的記録を空のDVDに記憶させたものを日本に居る者に販売しようと企てた。
 販売方法は,次のようなものであった。
 前記マザーDVDの電磁的記録の全部又は一部を空のDVDに記憶させるものを我が国で運営されているインターネット・オークションに出品する。
 入札期間の終了時点で最高値の入札者が自動的に落札者となり,被告人において,落札者から代金が入金されたことを確認すると,落札に係るマザーDVDの電磁的記録を空のDVDに記憶させて児童ポルノであるDVDを作成し,これを封筒に入れるなどしてこん包する。
 上記の児童ポルノであるDVD在中の封筒等を,タイ王国の郵便局で,日本に居る落札者にその住所にあてて,国際スピード郵便に付して送付する。
 被告人は,前後6回にわたり,前記のとおりの方法で,児童ポルノであるDVDをインターネット・オークションに出品し,各落札された児童ポルノであるDVDを,タイ王国の郵便局で,落札者6名にその住所にあてて,それぞれ国際スピード郵便に付した。
 各DVDは,タイ王国のドンムアン国際空港に運ばれ,同空港で,情を知らない空港作業員らによって,成田国際空港行きの航空機に積載され,その後,これらの航空機は同空港に到着した。

【判旨】

 被告人は,本件児童ポルノであるDVDを送付する時点では,特定の者にあてて国際スピード郵便に付している。しかし,被告人は,児童ポルノであるDVDをインターネット・オークションに出品して不特定の者から入札を募り,入札期間の終了時点で最高値の入札者を自動的に落札者とし,その後当該落札者にあてて落札されたDVDを送付したものであって,本件輸出行為は,上記DVDの買受人の募集及び決定並びに買受人への送付という不特定の者に販売する一連の行為の一部であるから,被告人において不特定の者に提供する目的で児童ポルノを外国から輸出したものというを妨げない。法7条6項にいう「第4項に掲げる行為の目的で」との要件を肯認した第1審判決を是認した原判断は,結論において相当である。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成20年03月04日

【事案】

 被告人らは,北朝鮮において覚せい剤を密輸船に積み込んだ上,本邦近海まで航行させ,同船から海上に投下した覚せい剤を小型船舶で回収して本邦に陸揚げするという方法で覚せい剤を輸入することを計画し,平成14年6月及び同年10月の2回にわたり,美保関灯台から北北東約25kmの日本海海上において覚せい剤を投下してこれを回収,陸揚げし,覚せい剤を輸入していた。
 被告人らは,再び上記方法で覚せい剤を輸入することを企て,同年11月25日,覚せい剤を積み込んだ密輸船を北朝鮮から出港させ,一方で,日本側の回収担当者において,同月26日から同月28日までの間に陸揚げを実行するよう準備した。
 上記密輸船は,同月27日,島根県沖に到達したが,同日は荒天で風波が激しかったことから,被告人らは,日本側の回収担当者と密輸船側の関係者との間で連絡を取り,覚せい剤の投下地点を,当初予定していた前同様の日本海海上から,より陸地に近い内海の美保関灯台から南西約2.7kmの美保湾内海上に変更し,遅くとも同日午前7時ころ,1個約30kgの覚せい剤の包み8個を,ロープでつなぎ,目印のブイを付けた上,簡単に流されないよう重しを付けるなどして,密輸船から海上に投下した。
 回収担当者は,投下地点等の連絡を受けたものの,悪天候のため,GPS(衛星航法装置)を備えた回収のための小型船舶を境港中野岸壁から出港させることができず,同日午後3時過ぎころ,いったんは出港したものの,同岸壁と投下地点との中間辺りまでしかたどり着けず,覚せい剤を発見できないまま,同岸壁に引き返し,結局,同日,再度出港することはできなかった。
 密輸船から投下された覚せい剤8個のうちの4個は,遅くとも翌28日午前5時30分ころまでに,上記投下地点から20km程度東方に位置する美保湾東岸に漂着し,さらに,その余のうち3個が,同日午前11時ころまでに,同海岸に漂着し,これらすべてが,そのころ,通行人に発見されて警察に押収された。
 一方,回収担当者は,そのことを知らないまま,同日午後,覚せい剤を回収するため,再度,上記境港中野岸壁から小型船舶で出港したが,海上保安庁の船舶がしょう戒するなどしていたことから,覚せい剤の発見,回収を断念して港に戻った。その後,被告人らは,同日中に,本件覚せい剤の一部が上記のとおり海岸に漂着して警察に発見されたことを知って,最終的に犯行を断念した。
 同年12月27日,前記覚せい剤の包みのうちの最後の1個が,美保湾東岸に漂着しているのが通行人によって発見され,警察に押収された。

【判旨】

 本件においては,回収担当者が覚せい剤をその実力的支配の下に置いていないばかりか,その可能性にも乏しく,覚せい剤が陸揚げされる客観的な危険性が発生したとはいえないから,本件各輸入罪の実行の着手があったものとは解されない。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成20年03月06日(住基ネット訴訟)

【事案】

 被上告人らが,行政機関が住民基本台帳ネットワークシステムにより被上告人らの個人情報を収集,管理又は利用することは,憲法13条の保障する被上告人らのプライバシー権その他の人格権を違法に侵害するものであるなどと主張して,被上告人らの住民基本台帳を保管する上告人に対し,上記の人格権に基づく妨害排除請求として,住民基本台帳からの被上告人らの住民票コードの削除を求める事案。

【判旨】

 憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり,個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。
 そこで,住基ネットが被上告人らの上記の自由を侵害するものであるか否かについて検討するに,住基ネットによって管理,利用等される本人確認情報は,氏名,生年月日,性別及び住所から成る4情報に,住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎない。このうち4情報は,人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり,変更情報も,転入,転出等の異動事由,異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので,これらはいずれも,個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。これらの情報は,住基ネットが導入される以前から,住民票の記載事項として,住民基本台帳を保管する各市町村において管理,利用等されるとともに,法令に基づき必要に応じて他の行政機関等に提供され,その事務処理に利用されてきたものである。そして,住民票コードは,住基ネットによる本人確認情報の管理,利用等を目的として,都道府県知事が無作為に指定した数列の中から市町村長が一を選んで各人に割り当てたものであるから,上記目的に利用される限りにおいては,その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。
 また,住基ネットによる本人確認情報の管理,利用等は,法令等の根拠に基づき,住民サービスの向上及び行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内で行われているものということができる。住基ネットのシステム上の欠陥等により外部から不当にアクセスされるなどして本人確認情報が容易に漏えいする具体的な危険はないこと,受領者による本人確認情報の目的外利用又は本人確認情報に関する秘密の漏えい等は,懲戒処分又は刑罰をもって禁止されていること,住基法は,都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を,指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を設置することとして,本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置を講じていることなどに照らせば,住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり,そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。
 なお,原審は,1 行政個人情報保護法によれば,行政機関の裁量により利用目的を変更して個人情報を保有することが許容されているし,行政機関は,法令に定める事務等の遂行に必要な限度で,かつ,相当の理由のあるときは,利用目的以外の目的のために保有個人情報を利用し又は提供することができるから,行政機関が同法の規定に基づき利用目的以外の目的のために保有個人情報を利用し又は提供する場合には,本人確認情報の目的外利用を制限する住基法30条の34に違反することにならないので,同法による目的外利用の制限は実効性がないこと,2 住民が住基カードを用いて行政サービスを受けた場合,行政機関のコンピュータに残った記録を住民票コードで名寄せすることが可能であることなどを根拠として,住基ネットにより,個々の住民の多くのプライバシー情報が住民票コードを付されてデータマッチングされ,本人の予期しないときに予期しない範囲で行政機関に保有され,利用される具体的な危険が生じていると判示する。しかし,上記1については,行政個人情報保護法は,行政機関における個人情報一般についてその取扱いに関する基本的事項を定めるものであるのに対し,住基法30条の34等の本人確認情報の保護規定は,個人情報のうち住基ネットにより管理,利用等される本人確認情報につきその保護措置を講ずるために特に設けられた規定であるから,本人確認情報については,住基法中の保護規定が行政個人情報保護法の規定に優先して適用されると解すべきであって,住基法による目的外利用の禁止に実効性がないとの原審の判断は,その前提を誤るものである。また,上記2については,システム上,住基カード内に記録された住民票コード等の本人確認情報が行政サービスを提供した行政機関のコンピュータに残る仕組みになっているというような事情はうかがわれない。上記のとおり,データマッチングは本人確認情報の目的外利用に当たり,それ自体が懲戒処分の対象となるほか,データマッチングを行う目的で個人の秘密に属する事項が記録された文書等を収集する行為は刑罰の対象となり,さらに,秘密に属する個人情報を保有する行政機関の職員等が,正当な理由なくこれを他の行政機関等に提供してデータマッチングを可能にするような行為も刑罰をもって禁止されていること,現行法上,本人確認情報の提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報を一元的に管理することができる機関又は主体は存在しないことなどにも照らせば,住基ネットの運用によって原審がいうような具体的な危険が生じているということはできない。
 そうすると,行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理,利用等する行為は,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできず,当該個人がこれに同意していないとしても,憲法13条により保障された上記の自由を侵害するものではないと解するのが相当である。また,以上に述べたところからすれば,住基ネットにより被上告人らの本人確認情報が管理,利用等されることによって,自己のプライバシーに関わる情報の取扱いについて自己決定する権利ないし利益が違法に侵害されたとする被上告人らの主張にも理由がないものというべきである。以上は,前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成20年03月06日

【判旨】

 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律97条の規定は,排除措置命令に違反したものは50万円以下の過料に処する旨を定めており,同条の趣旨に照らせば,裁判所は,審理の結果,排除措置命令に違反する行為が認められる場合には,原則として,当該行為をした者を過料に処すべきであるが,違反行為の態様,程度その他諸般の事情を考慮して,処罰を必要としないと認めるときは,上記の者を処罰しない旨の決定をすることもできるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,相手方は,公正取引委員会から,一般消費者の誤認を排除するための措置として,本件商品の原産国について相手方が行った表示が事実と異なるものであり,一般消費者に誤認される表示である旨を速やかに公示すること等を命じる旨の審決を受けたにもかかわらず,同審決の履行をけ怠していたものであるが,相手方が本件商品の不当表示を同審決を受ける約2年半前に取り止めた上,ウェブサイトや店頭告知で不当表示をしていた事実を公表し,商品の回収や代金の返還にも応じて,一般消費者の誤認やその結果の排除に努めていたことなど本件記録上うかがわれる事情に照らせば,相手方を処罰しないこととした原審の判断は,結論において是認することができる。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成20年03月14日

【事案】

 第二次世界大戦下,言論・出版関係者数十名が,治安維持法違反の被疑事実で検挙され,うち多くの者が,同法違反の罪により起訴されて,昭和20年9月までの間に有罪判決を受けたという,いわゆる「横浜事件」に関する再審事件。

【判旨】

 再審制度がいわゆる非常救済制度であり,再審開始決定が確定した後の事件の審判手続(以下「再審の審判手続」という。)が,通常の刑事事件における審判手続(以下「通常の審判手続」という。)と,種々の面で差異があるとしても,同制度は,所定の事由が認められる場合に,当該審級の審判を改めて行うものであって,その審判は再審が開始された理由に拘束されるものではないことなどに照らすと,その審判手続は,原則として,通常の審判手続によるべきものと解されるところ,本件に適用される旧刑訴法等の諸規定が,再審の審判手続において,免訴事由が存する場合に,免訴に関する規定の適用を排除して実体判決をすることを予定しているとは解されない。これを,本件に即していえば,原確定判決後に刑の廃止又は大赦が行われた場合に,旧刑訴法363条2号及び3号の適用がないということはできない。したがって,被告人5名を免訴した本件第1審判決は正当である。そして,通常の審判手続において,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴できないことは,当裁判所の確定した判例であるところ(前記昭和23年5月26日大法廷判決,最高裁昭和28年(あ)第4933号同29年11月10日大法廷判決・刑集8巻11号1816頁,最高裁昭和29年(あ)第3924号同30年12月14日大法廷判決・刑集9巻13号2775頁参照),再審の審判手続につき,これと別異に解すべき理由はないから,再審の審判手続においても,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴することはできないと解するのが相当である。

 再審の審判手続が開始されてその第1審判決及び控訴審判決がそれぞれ言い渡され,更に上告に及んだ後に,当該再審の請求人が死亡しても,同請求人が既に上告審の弁護人を選任しており,かつ,同弁護人が,同請求人の死亡後も引き続き弁護活動を継続する意思を有する限り,再審の審判手続は終了しないものと解するのが相当である。

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