最新下級審裁判例

広島地裁判決平成20年02月08日

【事案】

 本件は,台風14号が中国地方に接近した際,本件災害に遭った原告Aら及び原告Aらの乗車していた本件車両の所有者である原告会社が,

1(1) 被告国の管理所ないし所長としては,温井ダムから放流する際に太田川の下流域が増水するおそれのある場合には,その放流に先立ち,適時,サイレンを吹鳴すべき義務があったのにこれを怠り,本件現場近くのサイレンを吹鳴せずに温井ダムから放流した
(2) 被告県としては,

ア 本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれを怠り,原告Aらが本件車両で進入するまでに,その交通規制をしなかった
イ 本件県道を交通規制するのに先立ち,要救助者の存否を確認し,要救助者がいれば救助すべき義務があったのにこれを怠り,要救助者の存否すら確認せず,漫然と本件県道を交通規制した

(3) 被告市としては,

ア 本件現場近くの住民,通行人等に対し,その覚知することのできる手段により,台風14号の接近に伴う大雨等で太田川が増水するおそれを周知すべき義務があったのにこれを怠り,そのような周知をしなかった
イ 本件県道を適時交通規制すべき義務があったのにこれを怠り,原告Aらが本件車両で進入するまでに,その交通規制をしなかった

ことにより,

2(1) 原告Aらにおいては,救助されるまでの間,死の恐怖を感じ続ける精神的苦痛を被った
(2) 原告会社においては,本件車両が毀損された上,代わりの車両を入手するまでの間,本件車両で営業していれば得られたはずの利益を失ったとして,

3(1) 被告国に対しては,国家賠償法1条1項又は民法715条1項本文による損害賠償請求権に基づき,
(2) 被告県に対しては,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,
(3) 被告市に対しては,国家賠償法1条1項又は2条1項による損害賠償請求権に基づき,

各自,

4(1) 原告Aらにおいては,各々,慰謝料500万円及び弁護士費用50万円並びにこれらに対する不法行為の後の日である平成17年9月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
(2) 原告会社においては,本件車両及びこれに積載されていた設備等の毀損による損害金167万0405円,逸失利益140万円及び弁護士費用30万円並びにこれらに対する前記(1)と同様の遅延損害金

の支払を求めている事案である。

【判旨】

 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となる(最高裁昭和61年 第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年 第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成13年 第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年 第1194号・第1196号,同年 第1172号・第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。
 ・・・サイレンの吹鳴が関係法令等に基づく裁量の余地がない行為であること,実施要領に基づき,吹鳴すべき範囲のサイレンが吹鳴されていること,サイレン吹鳴の目的がダムからの放流による流水の状況の著しい変化によって生ずる危害を防止する点にある一方,台風14号に伴う大雨が温井ダムより下流にある支流等から流れ込んだことがC地点付近が冠水した最大の要因であること等の事情を総合すると,所長が本件サイレンを吹鳴しなかったことについては,著しく合理性を欠くとは認められず,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものではない。
 そして,河川事務所は,飯室観測所で観測された太田川の水位が上昇し,太田川上流で洪水のおそれがあると認められることから,太田川上流の洪水注意報及び洪水警報を気象台とともに発令し,その水位又は流量を被告県の知事へ通知したり,報道機関の協力を求めて,一般に周知させたりしている(水防法10条2項)上,6日午後8時45分ころ及び午後9時02分ころには,飯室観測所の水位が危険水位の6.60mを超えて8.0mまで上昇すると予想されたため,被告市の対策本部に対し,左岸21K地点等を含む4箇所が浸水するおそれがあるとして,本件冠水予告を伝えているものであるから,被告国全体の体制としても,太田川の水位が上昇するおそれを周知しているといえ,国家賠償法1条1項の適用上違法となるような,著しく合理性を欠くところまでは認められない。

 そもそも道路の冠水による通行上の危険は,車両の運転手の注意次第で容易に回避することができる類のものである一方,交通規制することは,付近住民の避難経路を閉ざすことにもなるから,抽象的な冠水の危険性があるというだけでその道路を交通規制すべき義務はなく,少なくともその道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性を認識し得る段階に至って初めてその道路を交通規制すべき義務が発生するというべきである。
 ・・・可部署においては,本件県道の道路を交通規制すべき義務が発生してから,可及的速やかにその交通規制を開始しているものであるから,交通規制すべき義務を怠ったとはいえない。

 原告Aらが生還した7日午前2時30分ころまでに,交通規制区間内に要救助者が避難しているといった具体的情報もないのに,交通規制区間内に要救助者がいるか否かを確認することは極めて困難かつ危険であったから,被告県の警察官においては,要救助者の存否を確認すべき義務はなかったもので,これを行っていなかったとしても,要救助者の確認を違法に怠ったとはいえない。

 被告市は,本件放流通知の前後を問わず,報道機関に放送を依頼して注意喚起したり,警報の発令状況,台風14号の接近状況,注意事項等の情報を防災無線で伝えたり防災メールの登録者に配信したりしている上,本件放流通知後の午後4時50分ころ以降は,過去の台風の際に被害のあった箇所を中心として,随時,消防署による警戒巡視及び街頭広報を行っている。そして,被告市は,左岸21K地点の冠水するおそれを指摘する本件冠水予告を受けて調査班を派遣し,その調査班が,@地点付近で安佐北大橋の下の車の中から荷物を持ち出そうとしていた原告Aらに対し,避難を促しているものであるから,被告市において,危険性を周知すべき義務を怠ったとは認められない。

 道路の冠水による通行上の危険について,ある時点でその道路を交通規制しなかったことをもって,その管理に瑕疵があった(国家賠償法2条1項)というためには,前記と同様の理由から,その道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性を認識し得る段階に至っていなければならないものというべきである。
 ・・・調査班が午後9時20分ころから30分ころまでの間にA地点付近を通った時点でも,A地点付近の宇津可部線の道路は冠水していなかったというのであるから,被告市として,そのころまでに,本件県道の道路が冠水し,それにより通行車両等が回避し難い危険が生ずる蓋然性が認識し得る段階に至ったとは認め難いというほかなく,A地点付近の宇津可部線の道路が冠水していることが明らかになった午後10時ころの時点で,初めてそのような蓋然性を認識し得る段階に至ったものと認められる。
 そうすると,午後9時過ぎころに本件県道の道路を交通規制していなかったとしても,このことについて,道路の管理に瑕疵があったと認めることはできない。

 

大阪地裁判決平成20年02月12日

【判旨】

 本件公判審理の経過をみると,被告人側は,第1回公判期日から「被告人の認識は,「用意されていた車を引き取りに行った。」というもので,窃盗の共謀ないし故意を争う。」旨具体的な主張を明示し,しかも後述のとおり被告人は,捜査段階から「共犯者Bは車両の持ち主から車両の提供を受けたが,強盗に利用するためのものであるから,あえて盗まれた体裁をとった。」という趣旨の供述をしていたもので,検察官は,その弁解のポイントが,被告人が窃盗の実体はないと思っていたという点にあることを十分認識しつつ審理に臨み,共犯者2名の証人尋問及び被告人質問(しかも,被告人質問について,検察官の反対質問は弁護人の主質問と別期日になされた。)を経て,不同意書証を撤回し,当事者双方これ以上の立証はないとして,論告弁論の期日指定に応じたと認められる。
 それにもかかわらず,検察官は,同期日に至って,ブルーバード窃盗事件について,追加立証の予定があるとして,論告の期日について2週間の猶予を求め,これが容れられて再度の論告弁論期日に至るや,今度は本件予備的訴因追加及び共犯者Bの警察官調書(検察官は,同期日,弁護人の不同意の証拠意見を受け,進行についての求釈明に対し,Bの再度の証人尋問等を予定している旨答え,翌第14回公判において,予備的訴因追加不許可の決定に先立ち,同証人の尋問を請求している。)等の請求に及んだものである。
 以上の経過や被告人の弁解内容にかんがみると,本件ブルーバード窃盗事件(主位的訴因)と予備的訴因は,その外形的事実に実質的にはほとんど差異はなく,もっぱら被告人の認識に違いがあるのみで,しかもこれを推認させる証拠は,共犯者Bの供述等共通であって,検察官には,既に実質的に予備的訴因を意識した攻撃(立証)の機会が与えられていたというべきである。そうすると,本件予備的訴因追加請求は,もし当初の共犯者Bの尋問等の結果,すでにその請求にかかる事実の存在が裏付けられていたというのならばこれを許容する余地があるというべきであるが,同請求に伴い,再度同じ証人に,実質的に同一の事項について尋問を求めることは,まさに予備的訴因の追加に名を借りて,失敗した尋問をやり直すのと異ならないし,被告人側に重複した防御の負担を強いるものに他ならない。
 その上,検察官は,一旦はこれ以上立証はないとして論告弁論の期日指定に応じながら,同期日に論告期日の2週間の猶予を申し出,ようやく迎えた再度の論告弁論期日において予備的訴因の追加及び供述調書等の新たな証拠調べを請求し,さらなる審理の続行を求めたもので(なお,その後の第3次論告弁論期日も,検察官の都合により延期された。),いたずらに期日の空転を繰り返したと評するほかなく,誠実にその権限を行使したものとはいい難い。
 平成15年7月16日に裁判の迅速化に関する法律(特に,1条,2条1項,7条1項)が施行され(なお,刑事訴訟法281の6第2項参照),更に,裁判員制度の実施を目前に控え,充実かつ迅速な計画審理が強く要請されている昨今の時勢を踏まえれば,本件予備的訴因追加請求は,容易に看過し難い重大な瑕疵があるものといわざるを得ない。
 さらに,本件公訴事実中,判示の強盗致傷,強盗等他の事実については争いがなく,ブルーバード窃盗事件についてのみ,被告人は争っているところ,被告人に対する量刑は,結局,重大事犯である強盗及び強盗致傷によってその大要が決定されるといえ,これらに比すと軽微なものといわざるを得ない窃盗ないし盗品等運搬の罪1件(しかも検察官の主張からも,被告人が従属的な立場であったことがうかがわれる。)が,被告人の量刑に及ぼす影響は極めて小さい。したがって,被告人に対する適正な科刑という見地からみても,本件予備的訴因追加を許可することによって得られるであろう公益が,大きいものとはいえない。
 以上検討したところを総合考慮すれば,検察官の本件予備的訴因追加請求は,迅速かつ公正な裁判の見地から,誠実な権利行使とはいえず,権利の濫用に当たるといわざるを得ないのであって,刑事訴訟規則1条に反し不適法なものとして,これを不許可としたものである。

 

大阪地裁判決平成20年02月21日

【事案】

 原告が被告の開設する病院において受けた診療について,被告が診療録等の一部を改ざん,隠匿したなどと主張して,原告が,被告に対し,@診療契約上の付随義務である診療録等の開示(及び開示のための保管)義務違反,A診療契約上のてん末報告義務違反を理由に,診療契約の債務不履行,又は,人格権侵害の不法行為に基づき,損害賠償金1700万円及びこれに対する平成16年3月23日(原告が提起していた別件の医療過誤に基づく損害賠償請求訴訟の控訴審口頭弁論終結日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,これに対し,被告が,本件訴えは訴権の濫用又は信義則違反に当たるなどとして訴えの却下を求めるとともに,原告主張の義務違反はないし,原告に損害もないなどとして請求棄却を求めて争った事案。

【判旨】

 被告は,本訴請求のうちの不法行為に基づく損害賠償請求は,別件医療過誤訴訟において審理判断されたものと同一の診療契約に基づく本件診療について,歯科医師の不法行為を理由に損害賠償を求めるものであるところ,別件医療過誤訴訟の確定判決の既判力によって,本件診療について原告が不法行為による損害賠償請求権を有しないことが確定しているから,上記損害賠償請求は前訴の既判力に抵触するものであり許されない旨を主張する。
 しかしながら,別件医療過誤訴訟は被告病院歯科医師の診療行為の過誤を理由として損害賠償を求めたものであったことが認められるところ,本訴請求の上記損害賠償請求は,診療録等の開示(及び開示のための保管)義務又はてん末報告義務の違反という診療行為以外の過誤を理由として損害賠償を求めるものであり,同一の診療契約に基づく社会的に一連のものであるからといって,訴訟物が同一であるということはできない。
そうすると,本訴請求の上記損害賠償請求が別件医療過誤訴訟の確定判決の既判力に抵触するとは解されず,この点に関する被告の主張には理由がない。

 被告は,本訴請求における上記損害賠償請求と別件医療過誤訴訟における請求とが直ちに同一の請求であるといえなくとも,上記損害賠償請求は確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求を行うことに当たり,訴権濫用となり許されない旨主張するところ,前訴と後訴とが訴訟物を異にする場合であっても,後訴が実質的には前訴の蒸し返しと評価される場合には,後訴の請求自体が信義則に照らして許されない場合もあると考えられる。
 そこで本件についてみるに,原告は,既に,別件医療過誤訴訟においても,入院カルテが開示されていないことを主張したり,被告から開示された腫瘍カルテが改ざんされたものであるとして,その信用性を争ったりしており,これに対し,別件医療過誤訴訟の裁判所が,腫瘍カルテの記載を信用できるものと判断した上,腫瘍カルテ及びその他の医療記録に基づいて事実を認定し,被告に過失がないものと判断していることが認められる。しかしながら,別件医療過誤訴訟の確定判決の既判力は,その訴訟物からみて,被告に診療行為の過誤を理由とする不法行為による損害賠償義務がないことに及ぶにすぎず,腫瘍カルテの信用性に関する判断に及ぶものではない上,入院カルテが開示されていないことについては何らの判断もされていないのであるから,上記損害賠償請求を確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する請求を行うものとはいえない。また,本訴請求と同様の請求を別件医療過誤訴訟において行うべきであったとまではいえず,その他原告が被告を不当に不安定な地位に置いたような事情を認めるべき証拠もない。
 したがって,本件請求が訴権濫用に当たり許されないものと解することはできない。

 医師ないし歯科医師(以下「医師ら」という。)の診療行為は,診察,検査,診断及び治療等の行為を含む継続的な過程であり,患者の症状の経過を観察しつつ互いに関連性を有する個々の行為が合目的的に積み重ねられてゆくものであることから,医師らは患者の経過を把握していなければ適切な診療を行うことができない上,医師らは通常は多数の患者を同時並行的に診療しているのであるから,医師らが診療契約に基づいて適切な診療を行うためには,個々の患者ごとに診療経過を明らかにした記録を作成する必要が生じると考えられる。そうすると,患者としても,医師らに対し,上記のような記録を作成してこれに基づいて適切な診療が行われることを求めているはずであるから,医師らは,診療契約上も,患者に対し,上記の診療経過を明らかにした記録を作成し保存すべき義務を負っているものと解するのが相当である。
 しかしながら,上記の作成・保存義務は,前記のとおり,適正診療の確保の手段としてのものにすぎないから,患者側から医師らに対し,診療契約上,説明義務等の一環として診療録等を示しながら説明するよう求めることができる場合は別として,説明義務等とは別個独立の一般的な権利として,診療録等の開示(及び開示のための保管)を求めることはできないというべきである。
 もっとも,医師法及び歯科医師法には,作成した医師らないしその医師らの勤務する病院の管理者が診療録を5年間保存すべき義務を負うことが定められているが(以上につき医師法24条,同法施行規則23条,歯科医師法23条,同法施行規則22条参照),その趣旨は,医師らに診療録を作成・保管させることによって,患者に適正な診療が行われるようにするとともに,診療録を通じて医務を行政的に取り締まるという行政目的を主とするものと解されるから,これを根拠に,患者側に,説明義務等とは別個独立の一般的な権利として,診療録等の開示(及び開示のための保管)を求める権利があるということはできない。
 また,独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律は,当該個人情報の本人に個人情報の開示請求権,訂正請求権及び利用停止請求権等を認めているが,同法によって定められた手続によって個人情報の公開を請求することができるからといって,直ちに患者が診療契約に基づいて診療録等の開示を求める権利を有するものとはいえないし,同法は平成16年4月1日に施行されたものであるところ,同法施行の時点で医療機関が保管していない診療録等の開示請求権を認めるものでもない(なお,上記法律に基づく開示請求に対してなされた決定に不服がある場合には,同法所定の不服申立ての方法による救済を求めるべきである。)。
 以上によれば,医療機関が,患者に対し,診療契約に付随する義務として診療録等の開示(及び開示のための保管)を行うべき義務を負うものとはいえないから,被告の診療録等の開示(及び開示のための保管)義務違反をいう原告の主張は,その前提を欠き,その余について判断するまでもなく理由がない。

 診療契約とは,患者等が医師ら又は医療機関等に対し,医師らの有する専門知識と技術により,疾病の診断と適切な治療をなすように求め,これを医師らが承諾することによって成立する準委任契約であると解され,医師らは民法645条により,少なくとも患者の請求があるときは,その時期に説明・報告することが相当でない特段の事情がない限り,本人に対し診療の結果,治療の方法,その結果などについて説明及び報告すべき義務(てん末報告義務)を負うといえる。
 もっとも,医師らの患者に対する説明,報告の内容,方法等自体が委任者である患者の生命,身体等に重大な影響を与える可能性もあることから,患者に対する説明,報告の内容,方法等に際しては医師等の専門的な判断も尊重されるべきであり,医師らに一定の裁量が認められ,てん末の報告も,事案に応じて適切な方法で行われれば足りるというべきである。そして,医師らが適切な方法でてん末の報告を行う場合に,診療録等を示して行う必要があるか否かは,当該診療の内容,医師らが行った説明,当該診療録等の記載内容の重要性,医師らが当該診療録等を示すことができない事情,患者がてん末報告のために診療録等を示すよう求める理由や必要性,報告時の患者の症状等の具体的事情を考慮して決すべきものと解される。
 そこで,本件診療について被告が診療録等を示しててん末の報告を行うべき義務を負うかを検討するに,・・・転移癌の摘出及びその後の癌の再発防止のための放射線治療により一定の後遺症が残ることは,被告に治療上の過失がなかったとしても生じうることであると考えられるものの,原告にとっては予期しない身体障害1級という重篤な後遺症を有するに至っているのであるから,原告が,診療の経過について,診療録等に基づいて具体的な詳細を知りたいと考えることには十分な理由がある。また,診療録を示しててん末の報告を行うことに支障があったとはいえない。そうすると,被告は,原告に対し,診療録等に基づいててん末報告を行うべき義務を負っていたものと解すべきである。
 そこで次に,本件において,被告がてん末報告義務に違反したと認められるか否かについて判断する。
 ・・・被告において,本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@を隠匿して原告に開示しないのではなく,被告において本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@を紛失したために原告に開示できなかったとしても,被告は,本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@を原告に開示できなかったのであるから,診療契約上のてん末報告義務違反として債務不履行責任を免れない。
 次に,上記のてん末報告義務違反が不法行為となるか否かについて検討するに,・・・上記のとおり,被告において本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@を開示できない理由が紛失したことにある点や,開示された本件腫瘍カルテなどによって,原告が受けた診療,病名及び主要症状や治療方法は把握でき,原告の平成4年の6回にわたる入院の経過や同年2月の手術(本件手術関連記録@に対応する手術)の内容はおおよそ明らかになっていることに照らせば,被告において本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@を紛失したために原告に開示できなかったことは,不法行為法上の違法とまでは言い難い。

 原告は,前記のとおり,本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@に基づくてん末報告を受けることができなかったものの,原告に対しては外来カルテ,本件放射線カルテ,平成6年以降の入院カルテ,本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@の一部の写しを含む本件腫瘍カルテその他の医療記録が開示されており,原告の診療の全体については相当程度把握することが可能であったことが認められるから,被告の債務不履行によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円が相当である。
 原告は,本件入院カルテ@ないしE及び本件手術関連記録@が開示されなかったことから,医療過誤訴訟を提起するため,独自に医療文献を購入して真相の究明に役立てたり,別件医療過誤訴訟における立証のため専門家である医師ら5名に私的鑑定書の作成を依頼したり,裁判所による鑑定を行わなければならなかったとして,その費用の賠償を求めているが,てん末報告義務は,医療過誤訴訟の立証の材料を提供するために認められるものではないから,原告主張の上記損害と被告の債務不履行との間には相当因果関係がない。
 前記のとおり,被告には不法行為法上の違法までは認められず,債務不履行としてのてん末報告義務違反が認められるにすぎないから,弁護士費用の賠償を求めることもできない。
 なお,債務不履行に基づく損害賠償債務は,期限の定めのない債務であり,債権者から履行の請求を受けた時に履行遅滞となるから,本件における遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日である平成16年7月28日となる。

 

名古屋高裁判決平成20年02月27日

【事案】

 本件は,貸金業を営む被控訴人と基本契約を締結して,借入れと弁済を繰り返していた控訴人が,被控訴人に対し,(1)主位的請求として,(ア)利息制限法所定の利率を超える利息として支払われた部分(制限超過利息)を貸付金の元本に充当すると過払金が生じているとして,不当利得返還請求権に基づき,過払金388万9260円及び過払金に対する取引終了日である平成18年12月26日までの確定利息64万1491円の合計453万0751円並びに過払金388万9260円に対する同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払,(イ)民法704条後段の損害としての弁護士費用40万円及びこれに対する受益の日である平成18年12月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,(ウ)被控訴人が,存在しない債務を存在するかのように装って支払を請求し,これを受領した不法行為により,控訴人が被った精神的損害30万円及びこれと相当因果関係のある弁護士費用10万円及びこれらに対する不法行為の後である平成18年12月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,(2)予備的請求として,不法行為に基づく損害賠償として,上記過払金と同額の損害賠償金388万9260円,控訴人が被った精神的損害30万円,同不法行為と相当因果関係のある弁護士費用50万円(以上の損害合計468万9260円)及び取引終了日である平成18年12月26日までの既発生遅延損害金64万1491円の合計533万0751円並びに上記損害468万9260円に対する不法行為の後である同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
 原審は,主位的請求について,平成9年1月31日以前に発生した過払金返還請求権は時効により消滅したとして,その後に発生した過払金222万5000円及びその確定利息59万2343円と,過払金に対する遅延損害金の限度で認容し,その余の請求及び予備的請求をいずれも棄却したことから,控訴人がこれを不服として控訴したものである。

【判旨】

 本件基本契約においては,控訴人は,契約期間中は,借入極度額の範囲内で繰り返し被控訴人から金員を借り入れることができ,借入金の返済は,毎月一定の日に,借入残高を基準として定められた一定額を支払うものとし,利息は,借入残高に対する支払期日以前の利用日数に応じて計算され,契約期間は5年間とするが,期間の満了する30日前までに継続しない旨の意思表示がなければ,さらに5年間自動継続することとし,以後も同様とするなどと定められていることが認められる。
 これによれば,本件基本契約に基づく債務の弁済は,各貸付けごとに個別的な対応関係をもって行われることが予定されているものではなく,本件基本契約に基づく借入金の全体に対して行われるものであって,充当の対象となるのは,このような全体としての借入金債務であると解される。
 そして,このような基本契約に基づく一個の連続した貸付取引において,当事者は,一つの貸付けを行う際に,次の個別の貸付けを行うことを想定しているのが通常であることに照らしても,本件基本契約は,これに基づく弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,その後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいるものと解するのが相当である(最高裁平成18年(受)第1887号同19年6月7日第一小法廷判決・民集61巻4号1537頁,最高裁平成18年(受)第1534号同19年7月19日第一小法廷判決・民集61巻5号2175頁参照)。
 したがって,このような充当についての合意により,本件基本契約に基づく貸付取引の継続中は,弁済や新たな貸付けが繰り返されることによって,過払金の額も増減を繰り返して確定しないこととなるのであって,取引の終了する前に過払金の返還を求めるようなことは現実には期待できないものである。また,そもそも借主にとっては,過払金の発生やその額について容易には分からないことが多く,しかもその原因は貸金業法43条1項の適用が認められるための要件を具備しない形態での取引を続けてきた貸金業者の側にあるということもできるのである。
 このような貸付取引の実情をも考慮すれば,前記のような充当についての合意が本件基本契約に含まれていて,その内容となっているものと解されるにもかかわらず,本件基本契約あるいはこれに基づく連続した貸付取引が終了しなくても過払金の返還請求権を行使することができ,消滅時効が進行を始めると解するのは相当でなく,本件基本契約及び本件充当合意のもとでは,基本契約の終了ないしこれに基づく一個の連続した貸付取引の終了により過払金額が確定した時点で,過払金返還請求権の行使が可能になるものと解すべきである。したがって,過払金返還請求権についての消滅時効が進行を始めるのは,本件基本契約の終了時ないしこれに基づく一個の連続した貸付取引の終了時であると解するのが相当である(なお,被控訴人が過払金により得た利得については,悪意の受益者として利得を得た時から利息を付加して返還することを要するのであるが,それは現実に利得を得ていることによる効果としては当然であって,それによって消滅時効が進行を開始する時期に関する上記の判断が左右されるものではない。)。

 

京都地裁判決平成20年02月28日

【事案】

 京都市長から京都市高齢者向け優良賃貸住宅の認定を受けて被告が管理する住宅を賃借していた亡A(以下「亡A」という。)が,同住宅内で死亡した際,同住宅の賃貸借契約に付随する緊急時対応サービス等の利用に関する契約に基づき現場に急行した担当者が,亡Aの部屋の合鍵と異なる鍵を被告から預けられていたために,亡Aの息子である原告が駆けつけるまで部屋を開けて亡Aを発見することができなかったという事案において,原告が,被告に対し,@被告が誤った合鍵を保管していたのは上記緊急時対応サービス等についての契約上の安全配慮義務に違反しているとして,亡Aに対する債務不履行責任に基づき,又は不法行為責任に基づき,慰謝料400万円,A原告は,鍵が合わずに混乱する現場に急行を強いられ,Aの遺体に直面することになるなどして,原告固有の精神的苦痛を受けたとして,債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,慰謝料200万円及び弁護士費用60万円並びに上記@及びAの合計660万円に対する亡Aを発見した日である平成19年6月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。

【判旨】

 そもそも本件緊急対応サービス契約が,高齢者の安全安心な生活のため,特に高齢者向け優良賃貸住宅として認可された本件住宅の賃貸借契約においては必要不可欠な重要性を有していることからすれば,本件緊急対応サービス契約上,被告は,各緊急時の具体的状況のもとで,少なくとも,契約上予定された範囲では,最も安全かつ迅速な方法で同義務を履行する責任を負っているということができる。そして,本件緊急対応サービス契約3条で,生命の危険がある場合の立入権を訴外フラットエージェンシーに認め,これを受けて,亡Aに,被告に対し,その「敏速かつ円滑な履行のため」,本件住宅の鍵を被告が本件緊急対応サービスの履行者(訴外フラットエージェンシー)に貸し出すことを承諾させていることからすれば,被告ないし訴外フラットエージェンシーには,少なくとも,当該状況下であらかじめ保管している合鍵を用いることが最も迅速で円滑な場合には,その合鍵を利用して安全確認をすることが契約上当然期待されているといえるから,これは契約上の義務の内容となっているというべきである。
 被告は,必ずしも合鍵を保管する義務まではないとの主張をするが,合鍵によることが客観的に明らかに迅速円滑な処理のため必要な場合に,過失によりこれを怠った場合にまで裁量の範囲内とはなり得ない。したがって,被告は,本件緊急対応サービス契約上の義務として,常時,正しい鍵を保管して準備をしておき,合鍵による迅速,円滑な立入りが必要な場合には,これを用いて立ち入る方法による救助を行う義務を負っていたというべきである。そうすると,本件では,そもそもDが現場に駆けつけた当時,既に12時間以上パッシブセンサーが作動していない状況にあり,かつ,時間は深夜で,亡Aが在宅している蓋然性が極めて高かったのに,呼鈴を鳴らしても亡Aの応答がなかったと認められるから,亡Aの年齢等を考え合わせれば,まさに亡Aに生命の危険が発生している蓋然性が高く,合鍵を用いた立入りないしこれと同等の方法による安全確認の必要が高い状況にあったと認められる。それにもかかわらず,被告は,正しい鍵の保管を怠っていた過失により,合鍵等の手段で迅速円滑に立入りを行うという,上記義務の履行を怠ったといわざるを得ない。
 もっとも,亡Aは,Dが駆けつけた時点では既に死亡していたから,被告の本件緊急対応サービス契約上の債務も委任者の死亡によって消滅しているのではないかという問題があるが,本件緊急対応サービス契約は,生死に関わる等の緊急事態において,入居者を救助したり,関係機関に通報したりすることで対処する義務であるから,この義務ないしこれに付随する安全配慮義務は,少なくとも,入居者の緊急事態を感知して以降安全確認ないし救助又は関係機関への通報等が終了するまでは,入居者がその前に死亡していたとしても終了せず,継続していると解するべきである。したがって,被告は,亡Aの死後は,亡Aの相続人で,本件損害賠償請求債権を相続した原告に対し,当該緊急事態に対処すべき義務を負っていたと認められる。
 このようにして,被告には,正しい鍵を保管していなかった過失により,常時安全安心な生活をさせる債務及び緊急時に最善の方法で対応すべき債務について,契約当事者たる亡A及びその承継人としての原告に対する債務不履行があったということができる。
 そこで,上記の債務不履行によっていかなる損害が発生したか検討するに,確かに,亡Aは,パッシブセンサーにより生活異常が感知された平成19年6月3日午前2時ころより約14時間前の,同月2日午前11時ころに死亡したと認められるから,被告の上記債務不履行と亡Aの死亡との間に因果関係があるということはできない。
 しかし,本件緊急対応サービス契約によって亡Aに保障されている利益は,通報やガス警報器等による警報やパッシブセンサーによる監視により,24時間体制で緊急事態を察知し,電話や合鍵の保管等といった契約の範囲内での方法を駆使して,可能な限り,最善の対応を受けること,加えて,そのような約束をすることで,一人住まいの高齢入居者でも,自分の身に何かがあったときには,少なくとも上記方法の範囲で,最善の方法で対応を受けることができ,家族に無用な心配や迷惑をかけなくともよいという安心感をもって生活できることであり,現実に,入居者が救助されることまでが保障されているものではない。そうすると,その反面として,被告は,同契約の不履行が入居者の生命身体に対する結果と因果関係がある場合のみならず,契約上期待され得る最善の対応がなされず,上記のとおりの入居者の生活の安心が侵害された場合にも,それ自体によって生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。
 そして,その損害は,本件緊急対応サービスを受けることが,高齢者が人に頼らなくても安心して生活をすることができるという,生活の質に関わるものであることからすれば,単にそれまで支払ってきた対価相当の経済的損害がてん補されることのみで回復されるものではなく,安全安心な生活を送れていなかったこと及び実際にその期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する損害の賠償がなされるべきである。
 本件の場合,亡Aが,契約当初から,緊急時には立入りによるサービスまで受けられると信じ,その対価を支払って生活をしていたことにつき,対価を超える精神的損害が観念できるのみならず,更に,平成19年6月2日,密室状態の本件住宅において,亡Aが虚血性心疾患の緊急事態に陥って以降は,契約当事者としては,パッシブセンサーや通報システムにより,遅くとも12時間以内には,原告等周囲の者に迷惑をかけることなく円滑な対処がなされることを当然に期待し得る状態であったのに,合鍵がないためにそれが円滑になされ得なかったのであるから,上記の正当な期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求権が,亡Aの死亡までは,亡Aについて,亡Aの死亡後は,亡Aの上記契約上の地位を相続したと認められる原告について,発生しているといえる。これらの精神的苦痛は,本件緊急対応サービス契約の趣旨,本件緊急対応サービスのサービス料の額,被告の上記の過失の内容・程度に,実際には,パッシブセンサーの異常検知から約1時間後に亡Aが発見されたこと等一切の事情を考慮すれば,10万円とするのが相当である。
 そして,上記債務は,期限の定めのない債務であるから,原告が慰謝料の支払を請求した平成19年7月23日の経過により遅滞に陥る。

 本件では,被告の過失と亡Aの死亡との間に相当因果関係はないから,原告には,民法711条に基づく固有の損害賠償請求権は認められない。
 しかし,原告は,本件緊急対応サ−ビス契約が入居者の家族に対する安全配慮義務も負っているなどとして,コントロ−ルセンタ−からの連絡を受けて亡Aの状況について不安を抱えながら急行し亡Aを発見したことによる精神的苦痛の賠償を求めているので,検討するに,本件緊急対応サ−ビス契約の当事者は,亡Aと被告及び訴外フラットエージェンシーであり,その安全配慮義務は,近親者の原告(上記の亡Aの契約上の地位の承継人としての原告は除く。)に対してまで及ぶものではないというべきで,被告が本件緊急対応サービス契約に基づいて近親者の不安を除去ないし軽減する注意義務まで負っていると解することはできない。本件緊急対応サービス契約により近親者が事実上安心しているという効果はあったとしても,これを法的義務にまで拡大することはできない。
 そこで,原告に対する不法行為責任について検討するに,被告が原告との関係で,契約上の義務もないのに,正しい鍵を保管しておくべき注意義務や,原告に連絡せずとも合鍵で部屋を開けて安全確認すべき注意義務があるとまでいうことはできない。加えて,そもそも,原告が真夜中にコントロールセンターから急遽呼びつけられ,その瞬間にも亡Aの身に危険があるかもしれないと不安な気持ちで現場に急行したことは想像に難くないものの,原告がこのように駆けつけたのは,近親者として,自ら亡Aを少しでも早く助けたいとの気持ちからくるものと考えられ,この間の不安や焦燥感を被告の不法行為と相当因果関係ある損害と捉えることはできないし,亡Aの死を確認して原告が受けた精神的苦痛は,亡Aの死亡自体に基づくものにほかならず,当初から亡Aの死亡の連絡を聞いてから現場に駆けつけた場合と比較して,その苦痛の程度に差があるとまでは言い難いから,これによる損害の賠償責任を被告に負わせることはできない。
 よって,被告に対し,原告に対する不法行為責任を認めることはできない。

 本件は,被告の債務不履行責任が訴訟により認められた事案ではあるものの,本件債務不履行の内容が,単なる金銭債務ではなく,高齢者の安全安心な生活を営む利益が被告の極めて単純な過失により侵害されたことによる,対価を超えた精神的損害を認めたものであること,被告が責任の有無を争っており,原告は訴訟によらねば被告の責任を追及することができなかったと考えられること,その他本件訴訟の経緯等一切の事情を考慮すれば,原告の要した弁護士費用のうち,2万円及びこれに対する,原告が弁護士費用の請求をしたことが当裁判所に明らかな本訴状送達の日の翌日である平成19年9月15日から支払済みまでの遅延損害金は,本件債務不履行と相当因果関係ある損害として認められるといえる。

 

大阪地裁判決平成20年02月29日

【事案】

 堺市の住民である原告が,登記簿上の地目がため池とされ,その現況も池である各土地(以下,これらの土地を「本件各土地」という。)は,これを所有する地元の町会ないし自治会において第三者に賃貸され,その水面上にデッキプレートが構築されて建物が建築され宅地として利用されているにもかかわらず,被告堺市長は,本件各土地が地方税法348条2項6号の公共の用に供するため池に該当するなどとして,これに対する固定資産税及び都市計画税の賦課徴収を違法に怠り,同市に損害を与えているなどと主張して,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,被告堺市長に対し,本件各土地に対する固定資産税及び都市計画税の賦課徴収を怠る事実の違法確認を求めるとともに,同項4号に基づき,被告堺市長に対し,同市長又は同市北支所税務課長の職にあり又は職にあった者(Y2,Y3,Y4及びY5)に損害賠償として連帯して100万円の支払の請求をすることを求めた事案。

【判旨】

 地方税法359条,364条,702条の6,702条の8の規定等からすれば,地方税法は,固定資産税及び都市計画税について,各年度ごとにその徴収権が発生する仕組みを採用していることが明らかであるから,たとい市町村が複数年度にわたって継続的に同一土地に対する固定資産税及び都市計画税の賦課徴収を怠っているとしても,各年度に係る当該土地に対する固定資産税及び都市計画税の賦課徴収を怠る事実がそれぞれ別個に存在し,住民監査請求の対象となるというべきである。そして,地方自治法242条の2第1項は,普通地方公共団体の住民は,「前条第1項の規定による請求をした場合において」,「同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき」,住民訴訟を提起することができる旨規定しているところからすれば,当該土地に対する固定資産税等の賦課徴収を怠る事実を対象とする住民訴訟においても,当該住民訴訟の対象とされた各年度に係る当該土地に対する固定資産税等の賦課徴収を怠る事実ごとに当該怠る事実を対象とする住民監査請求を経ていることがその適法要件になると解さざるを得ない。また,地方自治法242条1項は,その規定の文理に照らしても,請求時点においては存在しておらず将来発生することが予測される怠る事実を対象とする住民監査請求をおよそ予定していないことは明らかというべきであるから,市町村が複数年度にわたって継続的に同一土地に対する固定資産税等の賦課徴収を怠っているような状況の下において請求時点までの年度に係る固定資産税等の賦課徴収を怠る事実を対象とする住民監査請求がされた場合においても,当該住民監査請求がその請求時点より後の年度に係る固定資産税等の賦課徴収を怠る事実をもその対象として含むものと解することもできない。そして,住民訴訟が自己の法律上の利益にかかわらない当該普通地方公共団体の住民という資格で特に法律によって出訴することが認められている民衆訴訟の一種であることにかんがみると,住民訴訟の対象とされた怠る事実がこれに先行する住民監査請求の時点においては存在していなかった場合には,当該住民監査請求が原告の主張するような目的の下に提起され,また,当該怠る事実が将来発生した場合にはこれをも監査の対象にする趣旨を含むものであるとしても,当該怠る事実について住民監査請求を経ているものと解することはできないというべきである。

 地方税法348条2項本文は,同項各号に掲げる固定資産に対しては固定資産税を課することができない旨規定し,同項ただし書は,固定資産を有料で借り受けた者がこれを同項各号に掲げる固定資産として使用する場合においては,当該固定資産の所有者に固定資産税を課することができる旨規定し,同条3項は,同条2項各号に掲げる固定資産を当該各号に掲げる目的以外の目的に使用する場合においては,同条2項の規定にかかわらず,これらの固定資産に対し固定資産税を課する旨規定している。そして,そもそも,固定資産税は,当該固定資産の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であって,個々の固定資産の収益性の有無にかかわらず,その所有者に対して課するものであることに加えて,地方税法348条2項各号の規定内容及び同項ただし書が固定資産税を「課することができる」旨規定することにより同項ただし書所定の場合において当該固定資産の所有者に固定資産税を課するか否かを市町村の裁量(条例の定め)にゆだねている(同条3項が「固定資産税を課する」との文言で規定しているのと対比しても明らかである。)趣旨をも併せ考えると,同条2項本文は,公用又は公共の用等に供する固定資産について,その性格,用途にかんがみ,当該公用又は公共の用等に供する固定資産の確保という政策目的のために,例外的に当該固定資産を非課税とする趣旨のものであり,同項ただし書の規定は,固定資産を借り受けた者がこれを公用又は公共の用等に供する場合において当該固定資産の使用に対する代償として金員が支払われているときは,その金額の多寡にかかわらず,租税政策的見地から,更にその例外として課税権者である市町村の裁量により当該固定資産の所有者に固定資産税を課することができることとしたものであり,同条3項の規定は,同条2項各号に掲げる固定資産が現実に当該各号に掲げる公用又は公共の用等に供されている場合に限り当該固定資産を非課税とする趣旨を注意的に規定したものと解するのが相当である。
 以上のような地方税法348条2項及び3項の規定の文理,内容及びその趣旨にかんがみると,固定資産の所有者が当該固定資産を同条2項各号に掲げる公用又は公共の用等に供するとともに当該固定資産の全部又は一部を有料で貸すなどしてこれを収益している場合であっても,当該固定資産が現実に当該各号に掲げる公用又は公共の用等に供されている限り,市町村は,当該固定資産の所有者に対し固定資産税を課することができないものと解すべきであり,また,都市計画税についても同様に解すべきである。

 前記のような固定資産税の財産税としての性格に加えて,前記のとおり,地方税法348条2項ただし書がその所定の場合において「固定資産税を課する」とせずに「課することができる」として,課税,非課税について課税権者である市町村の裁量を認める趣旨の規定をしていること,例外的に固定資産税を課することができる場合として,「固定資産を有料で借り受けた」とのみ規定することにより,通常の取引上固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないとしても,その固定資産の使用に対する代償として金員が支払われていれば足りるものとしている(最高裁平成5年(行ツ)第15号同6年12月20日第三小法廷判決・民集48巻8号1676頁参照)ことなどにかんがみると,同項本文が同項各号に掲げる公用又は公共の用等に供する固定資産に対する固定資産税を非課税としている趣旨について原告の主張するように当該固定資産の所有者が当該固定資産を収益する可能性が小さいことないし当該所有者のいわゆる犠牲的精神のみで説明することは困難というべきである。そうであるとすれば,原告が主張するような同項本文及びただし書の趣旨を根拠に,地方税法が賃貸の対象とされている土地が同法348条2項各号に該当しない用途で利用されている場合はそもそも同項所定の用途的非課税の対象にならないことを前提としていると解するのは困難というべきである。
 もっとも,地方税法348条2項本文の趣旨について前記説示のとおり公用又は公共の用等に供する固定資産の確保という政策的見地に基づくものであると解するとしても,固定資産がその所有者により同項各号に掲げる公用又は公共の用等に供されるとともに賃貸の対象とされているような場合には例外的に当該固定資産を固定資産税の課税の対象とするという立法政策ももとよりあり得るところである。しかしながら,租税法律主義及び納税義務の公平な分担の見地からすれば,租税法の規定はみだりに拡張適用すべきものではないから,その旨の明文の規定を欠くにもかかわらず同項ただし書の規定ないしその趣旨を類推適用して上記の場合に当該固定資産の所有者に対し固定資産税を課すべきものと解することは許されないというべきである。
 以上のとおり,固定資産の所有者が当該固定資産を地方税法348条2項各号に掲げる公用又は公共の用等に供するとともに当該固定資産の全部又は一部を有料で貸すなどしてこれを収益している場合であっても,当該固定資産が現実に当該各号に掲げる公用又は公共の用等に供されている限り,市町村は,当該固定資産の所有者に対し固定資産税を課することができないものと解すべきであり,都市計画税についても同様に解すべきである。

 地方税法348条2項6号にいう「公共の用に供する」とは,何らの制約を設けず,広く不特定多数人の利用に供することをいい,同号にいう「ため池」とは,耕地かんがい用の用水貯溜池をいうものと解される。そして,前記説示からすれば,本件各土地がため池として公共の用に供されていたといえるためには,本件各賦課期日において,本件各土地が客観的にみて耕地かんがい用の用水貯溜池としての機能を果たし得る状態にあっただけでは足りず,その貯溜水が現実に広く不特定多数人の耕地かんがいの用に供されていたことが必要であるというべきである。

 地方税法343条1項は,固定資産税は,固定資産の所有者に課する旨規定し,同条2項前段は,同条1項にいう所有者とは,土地又は家屋については,登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいう旨規定し,同条2項後段は,所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき,若しくは所有者として登記又は登録されている法人が同日前に消滅しているとき,又は所有者として登記されている同法348条1項の者(国並びに都道府県,市町村,特別区,これらの組合,財産区,地方開発事業団及び合併特例区)が同日前に所有者でなくなっているときは,同日前において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする旨規定し,同法343条4項は,市町村は,固定資産の所有者の所在が震災,風水害,火災その他の事由によって不明である場合においては,その使用者を所有者とみなして,これを固定資産課税台帳に登録し,その者に固定資産税を課することができる旨規定している。これらの規定の趣旨については,固定資産税は,固定資産の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であるから,その負担者は,当該固定資産の所有者であることを原則とするが,課税上の技術的考慮から,土地又は家屋については賦課期日において登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者に課税する方式(いわゆる台帳課税主義)を採用し,台帳課税主義を貫いた場合,土地又は家屋が現に存在し,これを現に所有している者があるにもかかわらず,当該土地又は家屋に固定資産税を課することができず,納税義務の公平な分担の見地からも適当でない場合が生じ得ることから,台帳課税主義の例外として,所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき,若しくは所有者として登記又は登録されている法人が同日前に消滅しているとき,又は所有者として登記されている非課税団体が同日前に所有者でなくなっているときは,現実の所有者を納税義務者とするものとし,さらに,固定資産の所有者がだれであるのか不明である場合又は所有者の所在が不明である場合について,課税上の衡平を保持する観点から,所有者課税の原則に対する例外として,現にその固定資産を使用収益することによりその利益を享受している者を所有者とみなして固定資産税を課するみちを開くことにより,可及的に固定資産税の捕捉漏れを防止し,徴税の確保を図ったものと解される。このような地方税法の上記各規定の趣旨及び内容に照らすと,同法は,土地又は家屋について登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者がだれであるかについては,課税権者である市町村において調査を尽くすことを当然の前提としているものと解される。

 地方税法348条2項6号の「公共の用に供するため池」として同項本文及び同法702条の2第2項により非課税とされるためには,固定資産税等の賦課期日において当該土地が客観的にみて耕地かんがい用の用水貯溜池としての機能を果たし得る状態にあっただけでは足りず,その貯溜水が現実に広く不特定多数人の耕地かんがいの用に供されていることが必要であるところ,一般に,登記簿上その地目をため池とする表示に関する登記等がされている土地が固定資産税等の賦課期日において現実に広く不特定多数人の耕地かんがいの用に供されているか否かについては,当該土地が埋立て等により当該賦課期日においてその貯溜水を失い池沼としての原形をとどめていないような場合は格別,そうでない限り,当該土地付近を撮影した航空写真等を用いて当該土地の貯溜水をかんがいの用に利用し得るものと社会通念上考えられる位置関係に田畑が存在するか否かを調査するなどすればある程度の推測がつく場合もなくはないものの,これを確定するためには,現地を実地に調査したり当該土地を管理している水利組合等からその利用状況等を聴取するなどの調査を行うことが必要であると考えられる。のみならず,一般に,賦課課税方式がとられている固定資産税等の賦課徴収に当たる市町村長は,定められた期間内にその区域内に存在する極めて多数の固定資産を評価した上固定資産税等を賦課徴収しなければならないのであって,地方税法408条に規定する固定資産の状況の実地調査の程度,態様についても,少なくとも土地についていえば,すべての土地の利用状況の細部についてまで逐一行う必要はなく,特段の事情がない限り,外観上土地の利用状況,現況地目等を確認し,これらに変化があった場合にこれを認識する程度で足りるものと解される。

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