平成20年度新司法試験論文公法系第2問参考答案

第1.設問1
1.本案の訴訟
(1) 勧告の取消訴訟
ア.処分性(行訴法3条2項)
 処分性が認められるためには原則として、公権力性と、直接的法的効果の発生を要する。
(ア) 公権力性
 勧告は、法に基づき知事が行政目的達成のために、行政機関たる地位に基づいて一方的に行うものであるから、公権力性が認められる。
(イ) 直接的法的効果の発生
 勧告は、従業員の員数や介護老人保健施設の設備及び運営に関する基準を遵守するよう誘導する趣旨のものである。従って、それ自体法的効果を持たない行政指導である。
 そうすると、直接的法的効果の発生を欠くから、処分性の要件を欠くことになるのが原則である。
 もっとも、直接的法的効果を欠く場合であっても、法的仕組みの中で占める位置や、その性格から、事実上直接的法的効果の発生と同様の結果をもたらす場合には、抗告訴訟による救済を認めるべきであるから、処分性を肯定しうる。
 法103条3項は、正当な理由がなく勧告に係る措置をとらなかったときは、知事は当該介護老人保健施設の開設者に対し、措置命令又は業務停止命令をすることができるものとする。そして、かかる措置命令・停止命令に違反すれば介護老人保健施設に係る開設許可の取消し又は一定期間その効力の全部若しくは一部の効力を停止することができるとしている(法104条1項9号)。
 そうすると、勧告に従わない場合、措置命令・停止命令を受けることになり、さらには開設許可の取消し又は効力停止の処分を受け、その結果、介護老人保健施設の営業の継続ができなくなるに至ることとなる。
 これは、事実上直接的法的効果の発生と同様の結果をもたらすものといえるから、勧告に処分性を認めることができる。
イ.原告適格(行訴法9条)
 Aは勧告の名宛人であるから、法律上の利益を有する者といえ、原告適格が認めれる。
ウ.結論
 よって、勧告の取消訴訟を提起することができる。
(2) 公表の差止めの訴え
ア.処分性(行訴法3条7項)。
(ア) 公権力性
 公表は、法に基づき知事が行政目的達成のために、行政機関たる地位に基づいて一方的に行うものであるから、公権力性が認められる。
(イ) 直接的法的効果の発生
 公表は、それ自体事実行為であって、何らの法的効果も生じない。
 従って、直接的法的効果の発生が認められないから、処分性が認められないのが原則である。
 もっとも、事実行為であっても、権力的色彩の強いものについては、抗告訴訟による救済の必要性から、処分性を認めるべきである。
 公表は単なる事実の周知のみを目的とするものではなく、勧告を間接的に強制する制裁としての性質を有する。
 従って、権力的色彩の強い行為として、公表に処分性を認めることができる。
イ.重大な損害(行訴法37条の4第1項)
 この点、後述(第1の2の(2)ア)の通り、償うことのできない損害の発生を認めるので、重大な損害も認められる。
ウ.損害回避手段の欠如(行訴法37条の4第1項ただし書)
 損害を避けるためには公表を阻止する他ないから、公表の差止めの他に適当な方法があるとはいえない。 
エ.原告適格(37条の4第3項)
 Aは公表の対象であるから、法律上の利益を有し、原告適格が認められる。
オ.結論
 よって、公表の差止めの訴えをすることができる。
(3) 人格権に基づく差止め訴訟
 公表によってAの名誉・信用といった人格権が侵害される。従って、人格権に基づく差止め訴訟をなし得る(北方ジャーナル事件判例参照)。これは公法上の法律関係に関する訴訟として、実質的当事者訴訟となる(4条後段)。
2.仮の救済措置
(1) 公表の執行停止
ア.公表は「手続の続行」(行訴法25条2項)にあたるか
 勧告の取消訴訟に伴わせて執行停止の申立てをする場合、勧告は既に終了しているから、公表を対象とすることが必要となる。そして、公表は、勧告に従わなかった場合になされる(法103条2項)のであるから、勧告を基礎としてなされる後続処分である。
 よって、公表は「手続の続行」にあたる。
イ.未着手の続行処分の停止の可否
 「手続の続行」にあたるとしても、公表は未だ行われていない。執行停止は事後的救済手段である取消訴訟に付随して認められる以上、未着手の続行処分については対象とならないというべきである。
 従って、未だ行われていない公表については、執行停止は認められない。
ウ.結論
 よって、公表の執行停止を行うことはできない。
(2) 公表の仮の差止め(行訴法37条の5第2項)
ア.償うことのできない損害
 Aは公表を受けることにより、市民からの信頼が失われ、多くの利用者が本件施設を離れることで経営難に陥るおそれがある。一度失われた信頼は、後から金銭賠償によって償われるものではない。
 また、仮に施設経営が立ち行かなくなれば、施設変更に伴う環境の変化や別の施設への移動により、高齢の利用者に身体面でも、精神面でも、大きな健康リスクが及び、入所者の移ることのできる施設が近隣には無いため、自宅待機となれば、入所者家族が大きな負担を負わざるを得ない。現在、本件施設には60名が入所して利用しており、大半が70歳を超えた高齢者で、長期間の入所者であることを考えると、心身のストレスが生命に関わることも考えられる。このような損害は、入居者について責任を負うAについての損害ということができ、しかも、後から金銭賠償で償えるものではない。
 以上を考慮すると、償うことのできない損害を認めることができる。
イ.緊急の必要
 勧告の期限は、3月24日であり、すでに3月14日を過ぎているのであるから、期限後直ちに公表が行われる可能性があり、これを仮に差し止める緊急の必要があるといえる。 
ウ.本案について理由があるとみえるとき
 後述(第2)の通り、公表の前提となる勧告には実体上及び手続上の違法事由があるから、「本案について理由があるとみえるとき」にあたる。
エ.公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ(行訴法37条の5第3項)
 公表が仮に差し止められても、市民がこれを知る機会を失うにとどまるから、これをもって公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは認められない。
オ.結論
 よって、公表の仮の差し止めは認められる。
(3) 仮処分命令(民事保全法23条2項)
 人格権に基づく差止めの仮の救済として考えられるが、現行行訴法上は認められない(行訴法44条)。
3.最も適切な法的手段
 公表を阻止できる手段は、公表の差止めの訴え及び公表の仮の差止めのみであるから、これが最も適切な法的手段である。
 なお、公表の差止めの訴えにおいて、勧告の違法性を争うことになるが、勧告の取消訴訟は不要である。勧告に処分性を認めるとはいえ、勧告自体に法的効力が認められない以上、勧告には公定力が認められないからである。
第2.設問2
1.実体上の違法事由
(1) 勧告の実体的要件
 人員不足(法103条1項前段)、又は、設備及び運営の基準不適合(同項後段)であるが、以下のように、いずれの要件も充たさない。
(2) 人員について
 調査において一部の出勤簿を対象とせず、実施された特定曜日以外に週5日働いている看護師2名、介護職員5名を計算に含めていないなど、人員の把握を誤ったものであるが、実際には本件施設は看護師数及び介護職員数についての省令の基準を満たしている。
(3) 設備及び運営について
 調査では、一部入所者に対する身体的拘束が常時行われているとされたが、これはベッドからの転倒防止を第一に考え、5時間に限って、入所者家族の同意の下に1名のベッドに柵を設置しただけであり、入居者の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合(省令13条4項)に当たり、省令の基準を充たしている。
2.手続上の違法事由
(1) 調査の違法
 まず、行政指導としての実地指導を行わずに、直ちに法律に基づく調査を実施した点につき、必要性・緊急性との均衡を欠き、裁量権を逸脱した違法がある。また、調査において、B県職員は、身分証の提示を拒否している。これは、法100条2項・24条3項に違反する。さらに、B県職員は、抵抗すれば罰則の対象になることを繰り返し述べたというが、これは法100条2項・24条4項の趣旨に違反する。
 従って、調査の手続には重大な違法がある。
 そして、調査と勧告は別個の手続ではあるが、かかる重大な違法のある調査の結果に基づいて行われた以上、勧告も手続上違法である。
(2) 行手法上の違法
 前述(第1の1の(1)ア)の通り、勧告には処分性が認められるから、不利益処分(行手法2条4号)にあたると考えられる。そうすると、弁明手続(行手法13条1項2号)及び理由の提示(同法14条1項)が必要となるが、以下の通り、いずれの手続もなされておらず、この点でも勧告は違法である。
ア.弁明手続の欠缺
 調査の後、B県からは何の連絡もなく、問い合わせに一切応じてこなかった状況の中で、いきなり勧告書が交付されたというのであるから、弁明手続が行われていないことが明らかである。
イ.理由提示の欠缺
 理由の提示があったというためには、いかなる事実に基づいて処分がなされているのかが明確に示されていなければならない。勧告書には、勧告の基礎となる事実は示されていなかったというのであるから、理由の提示がなされたとはいえない。

以上

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