平成20年度新司法試験論文刑事系第2問参考答案

第1.設問1
1.本件ノートは、W及び甲の公判廷供述に代えて書面を証拠とするものであるから、伝聞法則(320条1項)との関係が問題となる。
 伝聞法則の趣旨は、知覚、記憶、表現・叙述という供述証拠の形成過程に過誤が混入しやすいにもかかわらず、公判廷における供述態度の観察や反対尋問による真実性の吟味の機会がないことから、証拠能力を否定する点にある。
 よって、伝聞法則の対象となる伝聞証拠とは、公判廷外における供述を内容とし、供述内容の真実性を立証するための証拠をいう。
 従って、伝聞証拠に該当するかは、要証事実との関係で立証趣旨ごとに個別に検討すべきである。
2.まず、「Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況」という立証趣旨(以下、「立証趣旨@」という)との関係について検討する。
(1) 立証趣旨@による要証事実は、甲の覚せい剤所持の事実であり、本件ノートの記載内容の真実性を立証する趣旨と解される。よって、伝聞証拠に該当する。
(2) では、伝聞例外(321条から328条まで)にあたるか。
ア.まず、特信文書(323条3号)にはあたらない。なぜなら、本件ノートはW個人の日記であり、323条1号2号と同様の類型的な信用性は認められないからである。
イ.では、321条1項3号の要件を充たすか。
(ア) まず、Wは交通事故で死亡しているから、「公判準備又は公判期日において供述することができ」ないといえる。
(イ) 次に、甲と本件覚せい剤を結び付ける証拠は、本件ノート及び甲方で押収された本件覚せい剤以外にはないのであるから、「犯罪事実の存否の証明に欠くことができない」といえる。
(ウ) また、本件ノートは筆跡が全てWのものであり、平成17年10月13日以降継続的に記載され、空白行や空白ページがなく、万年筆又はボールペンで記載されていることから、W以外の者が加除訂正を加えた可能性が少ないことに加えて、最終ページの記載内容と客観的な捜査結果とが一致していることを考慮すると、「特に信用すべき情況の下にされたもの」といえる。
(エ) よって、321条1項3号の要件を充たす。
(3) 以上から、本件ノートは立証趣旨@との関係において、321条1項3号により証拠能力が認められる。
3.次に、「本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況」という立証趣旨(以下、「立証趣旨A」という)との関係について検討する。
(1) 立証趣旨Aによる要証事実は、立証趣旨@と同様、甲の覚せい剤所持の事実である。もっとも、立証趣旨@とは異なり、本件ノートの記載内容のみならず当該記載内容に含まれる甲の供述内容の真実性をも立証する趣旨と解される。これは二重の意味で伝聞証拠に該当し、いわゆる再伝聞にあたる。そこで、再伝聞に伝聞例外を認めうるかが問題となる。
(2) そもそも伝聞例外は、証拠の必要性と信用性の情況的保障を考慮して証拠とすべき場合を定めたものである。従って、再伝聞の各伝聞過程において伝聞例外の要件を充たす場合は、それぞれについて証拠としての必要性と信用性の情況的保障から証拠とすべき場合であるから、再伝聞全体について伝聞例外を認めてよい。
 よって、再伝聞であっても、各伝聞過程に伝聞例外の要件を充たせば、伝聞例外を認めうる。
(3) 本問においては、Wの供述部分について321条1項3号の要件を充足し、かつ、甲の供述部分について324条1項・322条1項の要件を充足する必要がある。Wの供述部分については、立証趣旨@について述べたと同様に321条1項3号の要件を充たすから、甲の供述部分について以下検討する。
ア.まず、甲の供述は、自らの覚せい剤所持を認める内容であるから、「不利益な事実を内容とするものである」といえる。
イ.また、交際関係にあるWとの関係においてなされたものであるから、「任意にされたものでない疑がある」とは認められない。
ウ.よって、324条1項・322条1項の要件を充たす。
(4) 以上から、本件ノートは立証趣旨Aとの関係においては、321条1項3号及び324条1項・322条1項により証拠能力が認められる。
4.続いて、「X組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格」という立証趣旨(以下、「立証趣旨B」という)との関係について検討する。
(1) 立証趣旨Bによる要証事実は、甲の営利目的である。これは、本件ノートの記載内容に加えて、当該記載内容に含まれる甲の供述内容をも立証の対象とする趣旨である。
 もっとも、要証事実たる営利目的との関係では、甲の供述部分は精神状態の供述である。そこで、精神状態の供述の伝聞性が問題となる。
(2) そもそも、供述証拠の信用性が問題となるのは、知覚、記憶、表現・叙述の各過程に誤りが混入しやすいからである。従って、そのような過程を経ない供述証拠については、非伝聞となると考える。
 そうすると、精神状態の供述は、知覚、記憶の過程を経ないから、非伝聞である。
(3) よって、本問では、甲の供述部分は非伝聞であるから、Wの供述部分の伝聞性が問題となるにすぎない。
 そして、Wの供述部分については、立証趣旨@について述べたと同様に321条1項3号の要件を充たす。
(4) 以上から、本件ノートは立証趣旨Bとの関係においては、321条1項3号により証拠能力が認められる。
5.以上から、本件ノートの証拠能力は認められる。
第2.設問2
1.まず、甲方に入室する際、窓ガラスを割って内側の施錠を外した行為の適法性を検討する。
(1) 差押捜索の執行については、「必要な処分」をすることができる(222条1項・111条1項)。もっとも、比例原則から、「必要な処分」というためには、捜索差押の目的を達するため合理的に必要な範囲内の処分でなければならない。
(2) 本問では、ドアは施錠されていて任意に開けられることは期待できない状態であり、差押対象物件たる覚せい剤、小分け道具、手帳、ノートはいずれも短時間で隠滅容易な物であることから、緊急の必要性が認められるのに対し、破損した窓ガラスは一枚にとどまり、その後直ちに修復されたのであるから、捜索差押の目的を達するため合理的に必要な範囲内の処分であるといえる。
(3) よって、窓ガラスを割って内側の施錠を外した行為は、「必要な処分」として適法である。
2.次に、甲方入室後の令状呈示 の適法性を検討する。
(1) そもそも、令状呈示(222条1項・110条)が要求されたのは、被処分者に対して処分の理由と受忍限度を明らかにする趣旨である。そうである以上、事前呈示が原則である。
 もっとも、事前呈示を行うと処分の実効性を確保できない場合もある。そこで、処分の実効性を確保するため必要であり、社会通念上相当な態様で呈示が行われたと認められる場合には、事後の呈示でも許されると考える。
(2) 本問では、甲方のドアが任意に開けられるのを待って事前呈示を行っていたのでは覚せい剤その他の証拠物の破棄隠匿が容易に行われてしまうことから、処分の実効性を確保するため必要であるといえ、甲方に入室後約3分が経過した段階で、具体的な捜索活動に入る前に速やかに令状呈示が行われており、社会通念上相当な態様で呈示が行われたと認められる。
(3) よって、甲方入室後の令状呈示は適法である。
3.続いて、甲の現行犯逮捕の適法性を検討する。
(1) 現行犯逮捕をするためには、被逮捕者において、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者」と認められなければならない(213条、212条1項)。
 本問で、甲は現に覚せい剤営利目的所持を行っていたと認められるか。甲の営利目的は、外見上明らかでなく、暴力団X組による覚せい剤密売の情報と甲の覚せい剤密売の嫌疑が濃厚であるという事前の捜査資料に基づいて認められるにすぎない。そこで、事前の捜査資料を現行犯の判断材料となしうるかが問題となる。
(2) そもそも、現行犯逮捕が無令状で認められるのは、現認により誤認逮捕の危険性がないからである。そうである以上、犯罪及び犯人は外見上明白でなければならない。
 従って、原則として、事前の捜査資料を現行犯の判断材料とすることはできない。
 もっとも、隠密のうちに行われる犯罪については、外見のみから認知することは困難であるから、社会通念上相当な範囲において事前の資料を現行犯逮捕の資料とする必要性がある。
 そこで、隠密のうちに行われる犯罪について、当該事前の捜査資料があれば通常人においても現行犯の存在を認知しうべきときは、当該資料は現行犯逮捕の判断材料となしうると考える。
(3) 本問において、覚せい剤営利目的所持罪は隠密のうちに行われる犯罪であり、暴力団X組による覚せい剤密売の情報と甲の覚せい剤密売の嫌疑が濃厚であるという事前の捜査資料があれば、通常人においても、甲の営利目的を認知することができる。よって、当該資料は現行犯逮捕の判断材料となしうる。
(4) よって、甲は現に覚せい剤営利目的所持を行っていたと認められるから、現行犯逮捕は適法である。
4.以上から、甲方の捜索はすべて適法である。

以上

戻る