最新下級審裁判例

札幌高裁判決平成20年04月18日

【事案】

 被控訴人Yが,自動車を運転して,高速道路を進行中,折から進路前方で単独事故のため停止中の被害者運転の車両側部に自車前部を衝突させ,被害者を死亡させたことについて,被害者の相続人である控訴人らが,被控訴人Yに対しては,前方不注視等の過失があったとして,不法行為又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,原審訴訟係属中に元被告日本道路公団の権利義務を承継し,その訴訟上の地位を引き受けた被控訴人東日本高速道路株式会社(以下「被控訴人東日本高速道路」という。なお,元被告日本道路公団は,被控訴人東日本高速道路による訴訟引受けの後に脱退している。)に対しては,上記単独事故が道路の設置,保存の瑕疵によるものであり,上記死亡事故と客観的に関連共同しているとして,国家賠償法2条1項,民法719条に基づき,連帯して,被害者及び控訴人らに発生した損害賠償金の支払を求めている事案。

【判旨】

 被控訴人Yは,本件事故地点から106.5メートル手前の地点では進路前方に障害物があること,94メートル手前の地点では自らの走行車線である追越車線上に横向きに停車しているA車両が存在することを確認でき,実際,B車両の運転者であるBは,A車両から約100メートル手前のC 車両の横を通り過ぎる前に,A車両の存在に気付いている。
 にもかかわらず,被控訴人Yは,C 車両さらにはB車両の動静に気を取られて,A車両の存在に気付かず漫然と時速約110キロメートルで追越車線での走行を続け,A車両を前方約23メートルの地点に至って初めて認め,制動措置を講ずる間もなく,同車両に衝突したと認めるのが相当である。よって,被控訴人Yは,自動車運転者としての前方注視及び進路の安全確認不十分なまま上記速度で進行した過失により,被控訴人Y車両をA車両に衝突させて第2事故を発生させたのであるから,民法709条に基づき,これにより発生した損害を賠償する責任を負う。

 国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,営造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきものである。(最高裁判所昭和45年8月20日判決・民集24巻9号1268頁,同昭和53年7月4日判決・民集32巻5号809頁)。
 なお,道路に瑕疵があっても,運転者としては,かかる道路状態を前提として安全運転義務を果たすべきであるが,その義務違反運転によって事故が発生したからといって道路管理者の責任が阻却されることにはならない。運転者の安全運転義務違反は,後述するように,損害額の過失相殺事由として考慮されるべきである。
 かかる観点から,本件道路の設置又は管理について瑕疵があったかどうか検討する。本件事故の発生した区間である苫小牧東インターチェンジと苫小牧西インターチェンジ間では,平成11年から平成13年にかけて,キツネが本件高速道路の本線に侵入して走行自動車にはねられて死亡するロードキルが多数回発生し,特に平成13年は,本件事故が発生した同年10月8日の時点で,46件のロードキルが報告されている。また,同じ区間で,本件事故の前後にわたって,キツネなどの中小動物が高速道路上に現れ,交通に支障を生じさせた事例も多数報告されている。高速道路は,法定の最高速度が時速100キロメートルの最高規格の自動車専用道路であり,その利用者は,一般道に比較して高速で安全に運転できることを期待し,信頼して走行していると認められることからすれば,自動車の高速運転を危険に晒すこととなるキツネが上記のような頻度で本線上に現れることは,それ自体で,本件道路が営造物として通常有すべき安全性を欠いていることを意味するというべきであり,本件事故は,まさに,その危険が現実化した事故であったと認められる。被控訴人東日本高速道路は,「動物注意」の標識を設置しているが,これにより,運転者が,速度規制もされていないのに,出没しないかもしれない動物の出現を予想して低速度で走行するのを期待することは現実的ではない。また,頻繁に道路を巡回しているというが,巡回によって高速道路に侵入した動物が本線上に出現するのを防止することは不可能であり,せいぜいロードキルに遭った動物の死骸を片づけてその死骸による事故を防ぐ以上の効果は期待できない。「動物注意」の情報板による情報提供も事故防止の効果的な手段となり得ないことは明らかである。
 なお,公の営造物が,客観的に見て,ある時点で安全性を欠く状態に至ったとしても,それが管理者にとって予見可能性がなく結果回避可能性もないと認められる場合には,設置・管理に瑕疵はなかったというべきところ(最高裁判所昭和50年7月25日判決・民集29巻6号1136頁参照),上述したキツネ・ロードキル等の事例は,いずれも旧公団が最初に報告を受けた事例であると認められ,本件道路にキツネがしばしば出没することは,旧公団としては十分に予見可能であったということができる。
 次に結果回避可能性であるが,キツネが地上に生息し地面を移動する動物であることからすれば,高速道路への侵入防止柵を設けることによってかなりの程度キツネの侵入を防止することは不可能ではない。実際に,旧公団では野生動物の侵入防止策を記載した本件公団資料を,1989年の時点で作成しており,その中には,キツネ等中小動物の侵入防止策として,金網型の柵にした上で柵と地面の隙間がないようにし,地盤との間を掘って侵入されないようにコンクリート等を付設するとの対策が記載されている。にもかかわらず,本件事故地点付近に付設された侵入防止柵は,中小動物の侵入に全く役に立たない有刺鉄線タイプが大部分であり,一部金網タイプのものも,地面との間に約10センチメートルの隙間があり,中小動物の侵入を防ぐに足るものではなかった。
 被控訴人東日本高速道路は,北海道内の高速道路は長大であり,キツネ等中小動物の侵入を防止するには,全線について施工しなければ十分な効果は得られないところ,そのためには多大な費用を要する旨主張する。しかし,本件で問題となっているのは,本件事故が発生した本件道路においてキツネの侵入が頻発することであるから,結果回避可能性としては,本件道路においてキツネの侵入を防ぐための措置が問題となるのであって,そのためであれば,一定区間の侵入防止柵設置で足りる。本件事故後9000万円をかけて本件道路付近の侵入防止柵を改修したことから考えても,結果回避可能性がなかったとはいえない。なお,自然公物たる河川等と異なり,人工公物たる道路については,当初から通常予測される危険に対応した安全性を備えたものとして設置され管理されるべきものであって,原則として,予算上の制約は,管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を免れさせるべき事情とはなり得ない(前記最高裁判所昭和45年8月20日判決,最高裁判所昭和59年1月26日判決・民集38巻2号53頁参照)。
 以上によれば,予見可能性,結果回避可能性がなかったから管理に瑕疵がないとの被控訴人東日本高速道路の主張には理由がない。
 よって,旧公団は,本件道路の設置・管理者として,国家賠償法2条1項に基づき,本件第1事故の発生について損害賠償責任を負う。

 以上のとおり,旧公団は,国家賠償法2条1項に基づき,第1事故について損害賠償責任を負い,被控訴人Yは,民法709条に基づき,第2事故について不法行為責任を負い,第1事故によるA車両の停車が第2事故の原因となったことは明らかであり,両事故は客観的に関連共同しているから,旧公団の権利義務を承継した被控訴人東日本高速道路と被控訴人Yは,共同不法行為者(民法719条)として,連帯して損害賠償責任を負担する。

 控訴人らは,Aの逸失利益の算定に当たって中間利息を控除する方式として,民事法定利率年5分での単利方式であるホフマン方式(将来取得する債権額を毎年均等に取得するという前提に立つ複式ホフマン方式をいうものと解される。)を採用すべきであると主張したが,原審はこれを採用せず,民事法定利率年5分での複利方式であるライプニッツ方式により中間利息を控除した。
 しかしながら,現行法は,将来の請求権を現在価額に換算するに際し,法的安定及び統一的処理が必要とされる場合には,法定利率により中間利息を控除する考え方を採用している。例えば,民事執行法88条2項,破産法99条1項2号(旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)46条5号も同様),民事再生法87条1項1号,2号,会社更生法136条1項1号,2号等は,いずれも将来の請求権を法定利率による中間利息の控除によって現在価額に換算することを規定している。損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するについても,法的安定及び統一的処理が必要とされるのであるから,民法は,民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる。このように考えることによって,事案ごとに,また,裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ,被害者相互間の公平の確保,損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる(最高裁判所平成17年6月14日判決・民集59巻5号983頁)。
 そして,民事執行法等における中間利息の控除に当たっては,複利方式であるライプニッツ方式ではなく,民法が前提とする単利計算(民法405条)を用いたホフマン方式により行われているのであるから,法的安定及び統一的処理の見地からすれば,損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するための方式は,ホフマン方式によらなければならないというべきである。
 なお,実質的に考えても,本件のように逸失利益算定の基礎収入を被害者の死亡時に固定した上で将来分の逸失利益の現在価値を算定する場合には,本来,名目金利と賃金上昇率又は物価上昇率との差に当たる実質金利に従って計算するのが相当であるところ,本件事故時における実質金利が法定利率である年5パーセントを大幅に下回っていたことは公知の事実である。であるにもかかわらず,法的安定性の見地から民事法定利率を用いるべきであると解する以上,被害者が被った不利益を補填して不法行為がなかった状態に回復させることを目的とする損害賠償制度の趣旨からして,被害者が受け取るべき金額との乖離がより少ないと考えられるホフマン方式を用いるのが相当である。

 

東京地裁判決平成20年04月24日

【事案】

 原告らが,被告らに対し,被告西武鉄道株式会社(以下「被告西武鉄道」という。)が株式会社コクド(以下「コクド」という。)所有にかかる被告西武鉄道の株式数を過少に記載した有価証券報告書及び半期報告書を関東財務局長等に対し継続して提出してその虚偽記載を訂正せず,また,コクドも当該虚偽記載に積極的に関与したため,被告西武鉄道の株式(以下「西武鉄道株式」という。)を取得した原告らが損害を被ったと主張し,被告西武鉄道及びコクドを吸収合併した被告株式会社プリンスホテル(以下「被告プリンスホテル」という。)に対しては不法行為(民法709条,719条1項前段)に基づき,被告西武鉄道及びコクドの代表取締役であった被告A,被告西武鉄道の代表取締役であった被告B並びに被告西武鉄道の代表取締役であった亡Dの相続人である被告Cに対しては不法行為(民法709条,719条1項前段)又は平成16年法律第97号による改正前の証券取引法(平成18年法律第65号により法律の題名が「金融商品取引法」と改められた。以下「旧証取法」という)24条の4,24条の。5第5項,22条1項に基づき,連帯して,損害賠償金及びこれらに対する不法行為の後の日である平成16年10月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。

【判旨】

 有価証券の投資判断に必要な情報の開示は,投資家の合理的な投資判断を可能にさせ,上場有価証券の公正な価格形成及び円滑な流通を確保する上で必要不可欠である。有価証券報告書等は,有価証券の発行会社が当該会社や当該有価証券に関する所定の事項を記載して提出し,その後に所定の期間公衆の縦覧に供せられるものである(旧証取法24条,24条の5,25条)。流通市場において有価証券の売買を行う投資家にとって,有価証券報告書等は,容易かつ正確に発行会社や有価証券に関する情報を入手することができる手段であるし,個々の一般投資家がこれに記載された情報を直接利用しなくても,当該記載によって公表された情報は市場の株価に反映される。このため,有価証券報告書等の重要な事項について虚偽の記載をすることは,有価証券の流通市場における公正な価格形成及び円滑な取引を害し,個々の投資家の利益を害する危険性の大きい行為といわなければならない。したがって,有価証券報告書等を提出する会社及び当該会社の取締役は,有価証券報告書等の提出に当たり,その重要な事項について虚偽の記載がないように配慮すべき注意義務があり,これを怠ったために当該重要な事項に虚偽の記載があり,それにより当該会社が発行する有価証券を取得した者に損害が生じた場合には,当該会社及び当該取締役は,当該取得者が記載が虚偽であることを認識しながら当該有価証券を取得した等の特段の事情がない限り,当該損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。

 不法行為に基づく損害賠償並びに旧証取法24条の4,24条の5第5項,22条1項に基づく損害賠償のいずれにおいても,賠償の対象となるべき損害とは,違法行為がなかったとしたならばあるべき利益状態と違法行為がされた利益状態の差であると解される。
 そうすると,仮に被告らの違法行為がなければ原告らが西武鉄道株式を取得することはなかったという原告らの主張が認められる場合においても,原告らの損害は,西武鉄道株式の取得前の利益状態と西武鉄道株式の取得後の利益状態の差でなければならない。原告らは,西武鉄道株式の取得価格の支出によって西武鉄道株式を取得しているのであるから,西武鉄道株式を取得させられたこと自体が損害であり,対価として支出した取得価格全額が損害額であるとの原告らの主位的主張は,取得した西武鉄道株式が当該取得時点で無価値であったということを前提とするものと理解するほかない。
 しかし,@西武鉄道株式は,原告らが西武鉄道株式を取得した昭和61年7月18日から平成16年10月13日までの間は,上場株式として市場での売買が自由にされており,その期間中は1株1080円(同日安値)以上で取引されていたこと,A西武鉄道株式は,有価証券報告書等の虚偽記載の公表後から西武鉄道株式の上場廃止までの間において底値となった同年11月16日(上場廃止決定日)ですら1株268円(終値)で取引され,上場廃止前の最終取引日である同年12月16日には1株485円(終値)まで価格は上昇していたことが認められる。このような認定事実に照らすと,西武鉄道株式が平成16年12月17日をもって東京証券取引所での上場を廃止されたからといって,当該事実をとらえて,原告らが西武鉄道株式を取得した時点で当該株式が客観的に無価値であったと認める余地はないというべきである。

 

京都地裁判決平成20年04月24日

【事案】

 原告,被告A及び被告Bは,甲(平成15年3月7日死亡)及び乙(平成15年8月7日死亡)の相続人であり,甲及び乙の相続人は,他には存在しない。甲事件は,原告が被告両名に対し,別紙遺産目録1の@ないしG記載の各財産が甲の遺産であること及び同目録2の@ないしB記載の各財産が乙の遺産であることの各確認を求めた事案であり,乙事件は,被告両名が原告に対し,同目録3の@ないしC記載の各財産が乙の遺産であることの確認を求めた事案である。

遺産目録1

@ 被告Aが,平成14年7月2日,甲に無断で甲の京都信用金庫の預金口座から払戻を受けた1000万円を領得したことにより,甲が被告Aに対して取得した同額の損害賠償請求権
A 被告Aが,同月8日,甲に無断で甲の京都信用金庫の預金口座から払戻を受けた1650万円を領得したことにより,甲が被告Aに対して取得した同額の損害賠償請求権
B 被告Aが,同月26日,甲に無断で甲の郵便貯金口座から払戻を受けた295万円を領得したことにより,甲が被告Aに対して取得した同額の損害賠償請求権
C 被告Aが,平成15年3月13日,甲の京都信用金庫の預金口座から24万3645円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である預金債権の代償財産)
D 被告Aが,同月24日,甲の郵便貯金口座から100万円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である貯金債権の代償財産)
E 被告Aが,同月25日,甲の郵便貯金口座から56万5000円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である貯金債権の代償財産)
F 被告Aが,同年10月28日,甲の郵便貯金口座から39万9164円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である貯金債権の代償財産)
G 被告Aが,甲の遺産である現金37万円を領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である現金の代償財産)

遺産目録2

@ 被告Aが,平成15年10月7日,乙の京都信用金庫の預金口座から1002万3189円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である預金債権の代償財産)
A 被告Aが,同月27日,乙の郵便貯金口座から57万0964円の払戻を受け,これを領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である貯金債権の代償財産)
B 被告Aが,乙の遺産である現金300万円を領得したことにより発生した被告Aに対する損害賠償請求権(遺産である現金の代償財産)

遺産目録3

@ 原告が,平成14年2月21日,乙に無断で乙の郵便貯金口座から払戻を受けた50万円を領得したことにより,乙が原告に対して取得した同額の損害賠償請求権
A 原告が,平成14年12月20日,乙に無断で乙の郵便貯金口座から払戻を受けた140万円を領得したことにより,乙が原告に対して取得した同額の損害賠償請求権
B 乙が平成3年12月ころ,原告に対し,300万円を,利息及び返済期限の定めなく貸し付けたことにより乙が原告に対して取得した同額の返還請求権
C 乙が平成12年9月5日,原告に対し,395万円を,利息及び返済期限の定めなく貸し付けたことにより乙が原告に対して取得した同額の返還請求権

【判旨】

 本件において,原告及び被告らが甲及び乙の遺産であることの確認を求めているのは,現金を除けば,預貯金債権,不法行為に基づく損害賠償請求権及び貸金返還請求権である。
 ところで,遺産中に存する金銭債権は,相続開始とともに法律上当然に分割され,各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解せられる(最高裁判所昭和29年4月8日判決・民集8巻4号819頁参照)。しかしながら,本件当事者全員は,甲及び乙の遺産である預貯金債権,不法行為に基づく損害賠償請求権及び貸金返還請求権をいずれも遺産分割の対象とすることに合意したものであるところ,これは,本来の分割債権を,相続人の間では,相続開始時に遡って不可分債権とするとともに,これを再分割する方法又は履行を受けた金銭を分配する方法を遺産分割協議に委ねる旨の意思表示であると解することができる。そうすると,原告及び被告らが本訴において甲及び乙の遺産であることの確認を求めている預貯金債権,不法行為に基づく損害賠償請求権及び貸金返還請求権についても,遺産確認の訴えの対象とすることが許されるというべきである。

 次に,当事者の主張によると,一部の相続人が遺産である預貯金の払戻を受けてこれを領得し,また,現金を領得したというのである。遺産分割の対象は,遺産分割時に現存する遺産であるから,相続開始後遺産分割が成立する以前に一部の相続人がこれを処分,費消した財産は,遺産分割の対象財産から逸失することになる。しかしながら,遺産分割が成立する前に分割対象財産を管理する相続人は,他の相続人の同意なくこれを処分,費消することができないから,これをした場合,その相続人に対する損害賠償請求権が遺産の代償財産として遺産分割の対象となると解するのが相当である。

 

京都地裁判決平成20年04月30日

【事案】

 原告が,被告との間で賃貸マンションの賃貸借契約とともにそれに付随して定額補修分担金特約(以下「本件補修分担金特約」という。)及び更新料特約(以下「本件更新料特約」という。)を締結し,同補修分担金特約に基づいて同特約締結時に定額補修分担金16万円,同更新料特約に基づいて同契約締結2年経過後の更新時に更新料6万3000円を各支払ったところ,被告に対し,同各特約は消費者契約法10条などにより無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき22万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

【判旨】

 賃貸借契約は賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするところ,賃借物件が建物の場合,その使用に伴う賃借物件の損耗は賃貸借契約の中で当然に予定されているものである。そのため,建物の賃貸借においては賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少という投下資本(賃借物件)の通常損耗の回収は通常,賃貸人が減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませ,その支払を受けることで行われる。
 そうすると,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務を負うものの(民法616条,598条),原則として,賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることはできないものと解するのが相当である。
 もっとも,賃借人は,故意や善管注意義務違反などの過失によって生じた賃借物件の汚損ないし損耗部分については修繕費相当の損害賠償義務を負う。
 そうすると,賃借人は,民法上,原則として,故意過失による同汚損ないし損耗部分の回復費用を負担すれば足り,通常損耗の回復費用については賃料以外の負担をすることは要しないといわなければならない。
 本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷・改造を除き回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,回復費用が分担金を下回る場合や,回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合に賃借人にその返還をする旨規定していないが,同規定していない趣旨からすると,被告も主張するとおりそのような場合,賃借人は,差額の定額補修分担金の返還を求めることができない旨を規定しているといわざるをえない。
 そうすると,同分担金特約は消費者たる原告が賃料の支払という態様の中で負担する通常損耗部分の回復費用以外に本来負担しなくてもいい通常損耗部分の回復費用の負担を強いるものであり,民法が規定する場合に比して消費者の義務を加重している特約といえる。

 賃借人が本件補修分担金特約に基づいて賃料と別個に負担すべき分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分に要する回復費用を踏まえたうえで算定されるべきところ,賃貸人は,当該物件もしくは同種物件の修繕経験を有するのが通常であり,その経験の蓄積により通常修繕費用にどの程度要するかの情報を持ち,計算をすることが可能である。他方,消費者である賃借人は,通常,自ら賃借物件の修繕をするなどの経験はなく,したがって,一般的に賃貸人が有するような上記情報を有するとは考え難い。本件においても,消費者である被告が同情報を有していたと認めるに足りる証拠はない。
 賃借人が負担する同分担金額は賃貸人が有している上記情報を基に設定するのが一般的であると考えられるところ,賃借人となろうとする者が同情報を持ち合わせないままで賃貸人との間で分担金額の程度・内容について交渉することは難しく,仮に交渉できたとしてもその実効性が担保されているとは考え難い。以上の事実を踏まえると,賃貸人が賃借人に負担させるべき分担金額を一方的に決定しているというべきである。
 本件補修分担金特約は軽過失損耗部分の回復費用を定額に設定しているところ,形式的に見ると,軽過失損耗部分が同定額を超えた場合には賃借人に利益となる余地がある。しかし,実質的に賃借人に利益があるというためには結果的に発生した軽過失損耗部分の回復費用が設定額より多額であったという特段の事情のない限り難しく,少なくとも定められた分担金額が一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用額と同額程度であることが必要である。
 本件補修分担金特約に基づく同分担金額は月額賃料の約2.5倍程度に定められているところ,賃借人に軽過失があって,軽過失損耗が発生することは通常それほど多くなく,一般的にその回復費用が月額賃料の2.5倍であると考えることはできない。そうすると,同分担金特約に基づく分担金額は一般的に生じる軽過失損耗部分の回復費用と同額程度とはいえず,また,本件物件について軽過失損耗部分の回復費用が設定額である16万円を超えたと認めるに足りる証拠もない。
 以上によれば,本件補修分担金特約は賃借人である原告にとって有利であるとまではいえず,かえって,賃借人に月額賃料の約2.5倍の回復費用を一方的に支払わせるもので,しかもその額の妥当性について消費者である原告に判断する情報がないこと,以上の事実にあわせて通常損耗にともなう回復費用について賃料とは別個に賃借人に負担させるものであることを総合すると,消費者である原告に不利益を負わせるものと評価せざるを得ない。
 そうすると,本件補修分担金特約に基づいて原告に対し,分担金の負担をさせることは民法第1条第2項に規定する基本原則に反し消費者の利益を一方的に害するものといえる。

 以上によれば,本件補修分担金特約は民法の任意規定の適用による場合に比して賃借人の義務を加重するものというべきで,信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するもので,消費者契約法10条に該当し,無効である。

 

東京地裁判決平成20年05月09日

【事案】

 原告が,被告が開設・運営する甲病院(以下「被告病院」という。)において,子宮筋腫に対する腹式子宮全摘出術(以下「本件手術」という。)を受けた際,被告病院担当医師が,硬膜外麻酔を施行するため注射針を刺入したところ,第三腰椎神経根を損傷し,その結果,反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)を発症したとして,被告に対し,被告病院担当医師に注射針刺入の際の手技上の過失及び硬膜外麻酔に関する説明義務違反があったとして,診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償の請求をした事案。

【判旨】

 一般に,医師の説明は,患者が自らの身に行われようとする医療措置について,その利害得失を理解した上で,当該措置を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものであることからすれば,医師が,採用し得る複数の選択肢がある中で,患者の生命,身体に一定程度の危険性を有する措置を行うに当たっては,特段の事情がない限り,患者に対し,当該措置を受けることを決定するための資料とするために,患者の疾患についての診断,実施予定の措置の内容,当該措置に付随する危険性,他に選択可能な措置があれば,その内容と利害得失などについて説明すべき義務があると解される。また,上記の内容に含まれない情報であっても,患者が,特定の具体的な情報を欲していることを,医師が認識し又は認識し得べき状況にあった場合において,その情報が,患者が当該措置を受けるか否かを決定するに当たっての重要な情報である場合には,患者の自己決定を可能にするため,患者が欲している当該情報についても,説明義務の対象となるものと解するのが相当である。

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