解釈変更の妥当性
前回の記事で、法務省内の勉強会が閣議決定の解釈を変更したことを書いた。
これは、妥当な解釈といえるのだろうか。
河井副大臣が根拠として示した文書を確認してみよう。
司法制度改革審議会意見書
司法制度改革審議会とは、佐藤幸治を会長として、司法制度改革の最初の大枠を決定した組織である。
意見書は、その最終的な結論を取りまとめたものである。
法曹人口について以下のように記載している。司法制度改革審議会意見書(平成13年6月12日)より抜粋(下線は筆者)
第1 法曹人口の拡大
1. 法曹人口の大幅な増加●現行司法試験合格者数の増加に直ちに着手し、平成16(2004)年には合格者数1,500人達成を目指すべきである。
●法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数の年間3,000人達成を目指すべきである。
●このような法曹人口増加の経過により、おおむね平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模に達することが見込まれる。我が国の法曹人口について、昭和39年の臨時司法制度調査会の意見は、「法曹人口が全体として相当不足していると認められるので、司法の運営の適正円滑と国民の法的生活の充実向上を図るため、質の低下を来たさないよう留意しつつ、これが漸増を図ること」を求めた。この年は、司法試験の最終合格者数が戦後初めて500人を超えた年であったが、その後、その数は増えず、500人前後の数字が平成2年まで続いた。そして、平成3年からようやく増加に転じ、平成11年には1,000人に達した。法曹人口の総数は、平成11年の数字で20,730人となっている(ちなみに、国際比較をすると、法曹人口(1997)については、日本が約20,000人<法曹1人当たりの国民の数は約6,300人>、アメリカが約941,000人<同約290人>、イギリスが約83,000人<同約710人>、ドイツが約111,000人<同約740人>、フランスが約36,000人<同約1,640人>であり、年間の新規法曹資格取得者数については、アメリカが約57,000人<1996-1997>、イギリスが約4,900人<バリスタ1996-1997、ソリシタ1998>、ドイツが約9,800人<1998>、フランスが約2,400人<1997>である。)。
しかし、今後、国民生活の様々な場面における法曹需要は、量的に増大するとともに、質的にますます多様化、高度化することが予想される。その要因としては、経済・金融の国際化の進展や人権、環境問題等の地球的課題や国際犯罪等への対処、知的財産権、医療過誤、労働関係等の専門的知見を要する法的紛争の増加、「法の支配」を全国あまねく実現する前提となる弁護士人口の地域的偏在の是正(いわゆる「ゼロ・ワン地域」の解消)の必要性、社会経済や国民意識の変化を背景とする「国民の社会生活上の医師」としての法曹の役割の増大など、枚挙に暇がない。
これらの諸要因への対応のためにも、法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題である。司法試験合格者数を法曹三者間の協議で決定することを当然とするかのごとき発想は既に過去のものであり、国民が必要とする質と量の法曹の確保・向上こそが本質的な課題である。
このような観点から、当審議会としては、法曹人口については、計画的にできるだけ早期に、年間3,000人程度の新規法曹の確保を目指す必要があると考える。具体的には、平成14(2002)年の司法試験合格者数を1,200人程度とするなど、現行司法試験合格者数の増加に直ちに着手することとし、平成16(2004)年には合格者数1,500人を達成することを目指すべきである。さらに、同じく平成16(2004)年からの学生受入れを目指す法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、新制度への完全な切替え(詳細は後記第2「法曹養成制度の改革」参照)が予定される平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることを目指すべきである。このような法曹人口増加の経過を辿るとすれば、おおむね平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模(法曹1人当たりの国民の数は約2,400人)に達することが見込まれる。
なお、実際に社会の様々な分野で活躍する法曹の数は社会の要請に基づいて市場原理によって決定されるものであり、新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることは、あくまで「計画的にできるだけ早期に」達成すべき目標であって、上限を意味するものではないことに留意する必要がある。河井副大臣が根拠として挙げたのは、下線部分である。
確かに、「質の確保」の意味も含まれている。
しかし、前後の文脈からは量の方が強調されている。
また、下線部直前の、法曹三者間の協議で決定する発想は過去のものだとの記述。
これは、法曹三者が増員に反対してきたことへの批判である。
その際の法曹三者の論拠が、質の低下であった。
それを考えると、質の確保がなければ3000人はあり得ないという根拠にするには無理がある。
平成14年閣議決定
平成14年度の閣議決定は、上記司法制度改革審議会の意見書を踏まえたものである。
以下は、そのうちの法曹人口にかかわる部分の抜粋である。
なお、「本部」とは司法制度改革推進本部を指す。政府の司法制度改革推進計画(平成14年3月19日閣議決定)より抜粋(下線は筆者)
第1 法曹人口の拡大
現在の法曹人口が、我が国社会の法的需要に十分に対応することができていない状況にあり、今後の法的需要の増大をも考え併せると、法曹人口の大幅な増加が急務となっているということを踏まえ、司法試験の合格者の増加に直ちに着手することとし、後記の法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、平成22年ころには司法試験の合格者数を年間3,000人程度とすることを目指す。
また、全体としての法曹人口の増加を図る中で、裁判官、検察官の大幅な増員や裁判所書記官等の裁判所職員、検察事務官等の検察庁職員の適正な増加を含む司法を支える人的基盤の充実を図ることが必要であり、そのため、各種の制度改革の進展や社会の法的需要を踏まえるとともに、その制度等を効率的に活用しつつ、必要な措置を講ずる。
これらを着実に実施するため、本部が設置されている間においては、以下の措置を講ずることとする。
1.法曹人口の大幅な増加
現行司法試験の合格者数を、平成14年に1,200人程度に、平成16年に1,500人程度に増加させることとし、所要の措置を講ずる。(法務省)
2.裁判所、検察庁等の人的体制の充実
本部の設置期間中においても、裁判官、検察官の必要な増員を行うこととし、所要の措置を講ずる。(法務省)
本部の設置期間中においても、裁判所書記官等の裁判所職員、検察事務官等の検察庁職員の質・能力の向上を一層推進するとともに、その必要な増加を図ることとし、所要の措置を講ずる。(法務省)
1、2に掲げる措置のほか、司法を支える人的基盤の充実強化を図るため、司法制度改革審議会意見が提言しているところを踏まえた所要の措置を講ずる。(本部及び法務省)河井副大臣は、「新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めだがら」「目指す」としていることを論拠とする。
平成14年・16年の現行司法試験合格者数については、断定的に「増加させる」「措置を講ずる」としている。
両者を対比すると、3000人は状況次第で必ずしも達成する必要がないと読める、というのである。この「新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら」という文言。
これは、上記司法制度改革審議会の意見書の文言をそのまま取り込んだものである。
司法制度改革審議会は、どのような趣旨でこの文言を入れたのか。
下記は、司法制度改革審議会における議論である。司法制度改革審議会集中審議(第2日)平成12年8月8日開催議事録より抜粋(下線は筆者)
【佐藤会長】各委員からいろいろ貴重な示唆に富むお話をいただきました。私の率直な気持ちを申しますと、最初に申し上げたことなんですが、我々が実質的に考えているところはそう違わない、物の見方、アプローチの仕方、すなわち一つひとつ積み重ねていくべきだというアプローチと、最小限目標を立てて、そこにいかに到達するかというように考えようではないかというアプローチと、そういうアプローチの仕方の違いではないかと思えるのです。そう言うと、いやその違いが大きいのだとおっしゃると非常に困るのですけれども、大幅増員ということについては、皆さん共通してらっしゃる。例えば、2,000人までいって、また足らなかったら3,000人にしてもいいという藤田委員のお話がありました。2,000人になってもまだ足らない、まだ優秀なのを採れそうだということであれば、3,000人ということもあり得る、とおっしゃった趣旨も含めて、もしお許しいただけるなら、こういう形で本日のところを取りまとめさせていただければと思うんですけど、よろしゅうございますか。
細かな表現は御意見次第で直すことは決していといませんので、とりあえずのところなんですけれども、一応、当面3,000人程度を目標として法科大学院の進展状況等も見定めながら速やかにその実現を目指そうではないか、というあたりのところで、もしお許しいただけるのであれば、本日のところのまとめとしていかがでしょうか。法科大学院の進展状況等も見定めつつという中には質の問題も意識しています。立派な法科大学院がどれだけできていくかはこれからの課題でありまして、我々の期待に沿うようなものになるかもしれないし、ならないかもしれません。ならないときは、日本の力というのはその程度だということになるかもしれませんし、そこはいろんな見方がありましょうけれども、一応の本日の取りまとめ方としていかがでございましょうか。
【藤田委員】 会長のおっしゃることはよくわかるのですが、早急に第一歩を踏み出すべきだという点から言うと、ロースクールは別として1,500人ということを早急に検討して実現を期すべきではないかというのは、これは最終的に何人にするかということに劣らず重要だと思うんですね。
それとロースクールができて、ある程度軌道に乗って、その成果が出てきた段階がまた1つ区切りになると思うのですが、そういう意味で、次の目標として2,000人、軌道に乗った段階で3,000人が、さきほどるる申し上げてきたような意味での望ましいレベルになるかどうかもう一遍検証して、そこで3,000人を目指すと、そういうようなニュアンスにしていただければと思うのですが。
【佐藤会長】 私が今申し上げたことは、藤田委員のお考えになっていることと必ずしも正面から矛盾しているとは思いません。もちろん、いろんな見方、理解の仕方があり得ましょう。そして、今の試験の下でも、ロースクールができる前に、例えば来年幾らぐらいにするかといった問題があります。将来的に1,500人という数字が既に1つの線としてあるようですけれども、一応それも踏まえながら、法科大学院構想を今後の法曹養成制度の有力な方策と考え、その検討を検討会議にお願いしたわけです。検討会議では、いいものをつくろうと真剣に検討を重ねてきておられる。そして、きのう検討会議からおいでいただいて、審議会の方から目標値を設定してもらうと自分たちの議論もしやすいところがあるというようにおっしゃっていただいたこともありますので、さっきのようなまとめ方で、本日のところは御理解いただけないかということでありますけれども。
【井上委員】 これは恐らく後で文章の形で記録されるのだと思うのですが、「法科大学院を含む」あるいは「法科大学院を中核とする法曹養成制度の整備」といった言葉にした方がいいのではないかと思います。
【竹下会長代理】 ここでも法科大学院制度を採用するというのはまだ決めてないものですから、「新しい法曹養成制度の定着を見定めつつ」などという表現でないと具合が悪いでしょうね。
【井上委員】 「整備」ではないでしょうか。
【佐藤会長】 「整備」にしましょう。
【竹下会長代理】 「整備を見定めつつ」、先ほどの藤田委員のお考えを取り込むとすれば、例えば「段階的に」とか、そういう言葉を入れてはどうですか。3,000人を目指すが、とりあえず1,500 人から始めてという意味合いも含めて。
【佐藤会長】 わかりました。ここで文章をあれこれ議論しても必ずしも生産的ではありませんので、表現ぶりについては更に考えさせていただきたいと思います。最終的にここでの了解事項としてどう表現するかは、後ほどまたお諮りしたいと思います。本日のところは、正確ではありませんけれども、私が申し上げたような趣旨で御理解いただければと思うのですが、よろしゅうございますか。冒頭の佐藤会長の発言を見る限り、当時の議論でも、質の確保を意識している。
質が確保できなければ、増員できなくても仕方がないと読めなくもない。
しかし、その場合は「日本の力はその程度」といっているので、あまり現実的に想定しているわけではない。
質の確保ができなければ、3000人はありえないのだ、という趣旨には読みにくい。むしろ、この部分は、平成22年「ころ」の部分との関係で読むべきものと思われる。
現在では、この「ころ」の部分はほぼ無視され、「平成22年ころ」とは平成22年を指すと思われている。
おそらくそれは、「平成22年」というキリの悪い数字に「ころ」がついている、と認識されているからだろう。
「私は30歳ころに結婚したい」というと、かなり幅があると理解される。
だが、「私は32歳ころに結婚したい」というと、その幅は狭く理解される。
それと同様の理解をされているように思われる。
しかし、平成22年は西暦に直すと2010年であり、「2010年ころ」といえば、かなり幅をもつ文言として理解できる。
実は、司法制度改革審議会においては、この「平成22年ころ」とは、概ね2010年〜2015年を指すものとされていた。
以下は、この点に関する議事録の抜粋である。第60回司法制度改革審議会平成13年5月22日議事録より抜粋(下線は筆者)
【水原委員】 3,000人達成の時期につきましては、昨日発言いたしましたので、重複になりますけれども、もう一回お許しをいただきまして述べさせていただきます。
原案では、2010年には3,000人とすることを目指す、というふうに時期をはっきり示しておりますけれども、昨日も申しましたとおり、3,000人の目標達成時期については、必ずしも委員間に意見の一致があったとは私は思っておりません。しかも、新たな法曹養成制度の整備状況等々を含めて考えますと、そこにはやはりある程度幅を持たせておく必要があるのではないかという意味で、確定的な目標設定ではなくて、「2010年から2015年頃までの間には」という表現にしていただいた方がよろしいのではなかろうかというふうに思います。
【吉岡委員】 私も幅を持たせるということは必要だと思いますけれども、ここでは「頃」と入っているんですね。ですから、これはもう既に幅があるということではないでしょうか。
【藤田委員】 やはり、「頃」が付いていても、平成22年と言われると、そこに視線がいっちゃいますから、「平成22年以降できるだけ早い時期に」というような、ある程度の含みを持たせたような表現の方がよろしいのではないか。基本的には水原さんに賛成なんですけれども。
【吉岡委員】 ちょっと、それには反対なんです。幅を持たせるのはいいですけれども、以降というと、それまでやらなくていいということになってしまいますから、「2010年には」と言うと、確かに実現の可能性を考えないといけないということになりますが、「頃」の場合は幅がありますから、それをつけておけばいいのではないかと思います。
【藤田委員】 2010年までに3,000 人達成はちょっと無理ではないかという認識が前提にあるものですから。要するに法曹の能力的レベルの低下、倫理的レベルの低下を防ぎ、社会的な需要の動向を見て段階的に増やしていくべきであるということを考えているものですから、無理のないように増やしていかないと混乱が生ずるのではないかという懸念がありますので、そういう言い方をしているわけです。前提においてちょっと吉岡委員とは認識が違うのかもしれません。
【吉岡委員】 前提というよりは、文章の読み方だと思います。
【竹下会長代理】 3,000人の達成の時期を明らかにするべきではないという御意見が、元々あったところですから、今、水原委員がおっしゃったぐらいの幅を持たせるというのはどうでしょうか。
現在、1,000人ですから、そうすると2010年ぐらいまでと言うと、この新しい制度が発足してすぐに3倍にするという話になる。制度が発足してからというより、今から10年足らずで3倍にするというのは、やはりかなり無理があるのではないでしょうか。
【吉岡委員】 その議論は、夏の集中審議のときにさんざんやりましたね。
【井上委員】 確たることは何とも言えないのですけれども、法科大学院の立ち上がり状況として、最初にあるまとまった数が立ち上がるとすれば、そこの段階で飛躍的に数が増えて、後はそれほど大きくは増えないかもしれない。その立ち上がり状況と、そこからどのぐらいのスピードで、例えば4,000人なら4,000人というところまでいくか、そこの見込みの問題だと思うのです。そこが御意見が分かれるところだと思うわけです。
もう一つは、あくまで「目指す」ということでして、それを目指していろんな関連の制度を整備していきましょうということであるわけですが、目標なんだけれども、独り歩きしないかという御懸念がある。そこのところの感覚が人によって違うのかなと思うのですが、目標だからその辺に設定しておいて努力しましょう。できなかったら、それよりずれても仕方がなく、できるだけ早い時期に達成するように努力しましょうと、そういう姿勢でいくのか、最初から難しいのだったら、むちゃな数を掲げると、逆に拙速になっちゃう。質を考えないで、どんどん増やすということになりかねないので、もう少し後に設定しようというのか。ただ、「2010年から2015年の間に」ということは、縮めて言えば、「2015年までに」というのと変わらないと思うのですけれども、姿勢としてどちらでいくのか、そういう問題だと思いますね。
【吉岡委員】 2010年から2015年と言うと、それに更に「頃」と付けるのはおかしい。
【井上委員】 だから、ぎりぎり言うと、2015年までにはとにかく達成しましょうと言うのに等しいのではないかと思うのです。
【佐藤会長】 やはり、早く達成したいんですけれども。
【吉岡委員】 できるだけ早く達成したい、だけれどもそれは目標だから目指すべきであると言っているわけで、5年とかそんなことをプラスするとかしないとかということは、余りこだわることではないと思いますけれども。
【木委員】 やはり、これは「頃」もあるし「目指す」もあるし、特に日本の法曹人口を増やそうということですから、これは、鳥居先生や井上先生がおられるけれども、法科大学院を設立しようと考えている人たちには、できるだけ早くそういう体制で法曹が生まれるようにという努力をお願いするわけだし、これは全くはしにも棒にも掛からぬ話が書いてあるということでもない。だから、ある種こういうものは、メッセージが社会的に何か動きを誘導していくという面もあるわけですから、私は原案のままでいいと思います。
【竹下会長代理】 おっしゃることはよく分かりますけれども、冒頭、この問題を議論したとき、昨年の春ごろから申し上げているのですが、どうも議論が先走りしているという傾向が否めないように思うのです。ですから、やはりここはちょっと地に足を付けた考え方を入れておいた方が良いのではないかという気がするのです。
【吉岡委員】 これは、含みが二重、三重に入っているんですよね。最初のところで「法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら」と書いてあるんですよ。それで、2010年ではなくて「2010年頃には」となっていて、しかも「目指すべきである」と、3段階になっているんですよ。それ以上緩めるというのは、私には意図が分かりません。
【竹下会長代理】 ですけれども、3倍にするのですよ。実際にできるのでしょうか。
【吉岡委員】 3倍にするのでも、できるとかということではなくて、法曹養成制度の整備の状況を見定めながらということですから、状況がうまくいかなければ当然延びていくわけですよ。それを「頃」というところで言っています。でないと、せっかくあの夏の暑いときに集中審議をして、3,000人合意したのは何だったんだと、私は言いたいです。
【佐藤会長】 それは、水原委員の御意見もその中に入って、「2015年まで」という御趣旨だろうとは思いますけれども。
【吉岡委員】 そんな5年のことでこだわることない。
【中坊委員】 今、我々が司法制度改革を大きく国民にアピールしていくというところにおける3,000人問題の意味を考えると、その時期をある程度特定していくということが必要なんです。確かに竹下さんのおっしゃるように地に付いていないというきらいがないわけではないけれども、同時に、今のところ我々が唯一の牽引車なんです。この審議会が発信することによって議論が初めて前へ動き出しているわけです。だから、そういう我々の置かれている立場全体を考えたときには、やはり今おっしゃるように、我々の審議会は人口問題について積極的に提案して牽引していきますよという姿勢を示しているんだから、それが今吉岡さんのおっしゃるように、余り意味が分からんものになってしまうと、牽引車たるものの役割が薄れてしまう。確かに竹下会長代理のおっしゃる趣旨はよく分かるけれども、しかし同時に、司法制度改革についてこの審議会は一体どういう位置付けにあるのかということを考え合わせたときには、確かにそういうきらいはあるけれども、同時に牽引車としての役割を果たしていくという姿勢が必要なんで、またさっきのように戻りますけれども、なるべく原案通りでいくというのがいいのではないでしょうか。
【鳥居委員】 これは2015年というと、私は80歳ですよ。とてもじゃないですけれども、私が80歳になるまで放って置くのか、という感じはあるね。法曹養成制度の整備の状況をみて、2010年が無理なら少しずつ延ばして遅くとも2015年。
これが、司法制度改革審議会の趣旨である。
従って、質が確保できなければ3000人はもうあり得ないとする根拠にするのは難しい。
司法試験委員会の見解
もう一つの論拠とされているのは、司法試験委員会の見解である。
河井副大臣の挙げているのは、第37回司法試験委員会会議で示された見解である。
該当箇所は以下の通りである。司法試験委員会会議第37回(平成19年6月22日)
「併行実施期間中(平成20年以降)の新旧司法試験合格者数について」より抜粋(下線は筆者)新司法試験の合格者の概数については,いまだ不確定要素が多いことからある程度幅のある数字とならざるを得ないが,平成17年に合格者の概数を示した際,同18年については900人ないし1,100人程度,同19年はその2倍程度の人数を一応の目安とするとしたことを踏まえ,上記2で述べた考慮事項を勘案し,各法科大学院が,今後,入学者の適性の適確な評価,法科大学院における教育並びに厳格な成績評価及び修了認定の在り方を更に充実させていくことを前提として,同20年は2,100人ないし2,500人程度を,同21年は2,500人ないし2,900人程度を,それぞれ一応の目安とし,同22年については,司法制度改革審議会意見及び司法制度改革推進計画の趣旨を尊重し,2,900人ないし3,000人程度を一応の目安とするのが適当と考える。
(教育の充実に基づく)質の確保が前提になっているように読める。
法科大学院の評価・教育が充実していないならば、目安の数字にはとらわれない。
そういう趣旨と理解しうる。
ただ、司法試験委員会の見解が、閣議決定の解釈に直接影響を与えるとは考えにくい。
法務省の拙速
上記の検討のように、解釈変更の論拠は薄弱である。
このような強引な解釈をしたのは、なぜだろうか。
おそらく、鳩山大臣の在任中に物事を決めてしまおうとしているのだろう。
その背景には、そろそろ内閣改造が行われそうだ、ということがある。産経MSNニュース2008.7.11 17:04配信記事
(以下引用)
自民党の鈴木政二参院国対委員長は11日、北海道白老町で講演し、内閣改造に関し「福田康夫首相は臨時国会の日程などを考慮し、今月内に腹を決め実行してほしい」と述べ、7月中が望ましいとの考えを示した。
(後略)(引用終わり)
時事ドットコム2008/07/11-19:33配信記事
(以下引用)
「話し合い解散」検討を=内閣改造、8月初旬までに−森元首相
(前略)
森氏は内閣改造に関し、福田康夫首相が8月6日に広島、同9日に長崎で開かれる「原爆の日」の式典や、同8日の北京五輪開会式に出席予定であることを指摘。同時に「(8月下旬召集予定の臨時国会には)閣僚に余裕をもって対応してもらわないといけない」と述べ、8月初旬までに首相が踏み切る公算が大きいとの見通しを示した。(引用終わり)
もともと、法務省は政治力が弱い。
検事の出向組が局長以上の多くを占め、生え抜きキャリアが少ない。
また、政治家にしても、大蔵族、農水族、道路族、文教族、商工族、防衛族などはいるが、「法務族」なるものは聞かない。
どうしても大臣頼みにならざるを得ない部分がある。
現に、今回の解釈変更を打ち出した勉強会は、鳩山大臣の指示により立ち上げられたものである。
鳩山大臣の指導力によって、今回の見直しの動きは加速している。
従って、増員見直しに積極的な法務省としては、鳩山大臣が在任中に事を進めておきたい。
内閣改造が今夏に行われるとなると、時間はさほど残されていない。
正式な手順は、規制改革推進計画の改定によって、3000人計画を根本的に改めることである。
しかし、それでは到底間に合わない。
そのため、法務省は拙速な解釈変更を打ち出したのだろう。
増員派の拙速
他方、増員を進めたい規制改革派としては、鳩山大臣を狙うべきということになる。
マスコミは、これまで規制改革派の意に沿った記事を書いてきた(以前の記事参照)。
鳩山大臣に対しても、激しいネガティブキャンペーンを張ってきた。
その効果はそれなりにあった。
鳩山大臣を無能であると思っている人は多い。
しかし、法務大臣の地位から引きずり落とすまでには至っていない。
増員推進派としては、内閣改造で万が一にも留任することのないよう、印象を悪くしておく必要がある。
そのためには、鳩山大臣が何かやれば、それを必要以上に批判する。
そのような戦術を採ることになる。
そんな中、6月17日に死刑が執行された。
鳩山叩きのチャンスである。
朝日新聞は、6月18日の夕刊コラム「素粒子」で、鳩山大臣を攻撃した。平成20年6月18日朝日新聞夕刊「素粒子」
(以下引用)
(前略)
永世死刑執行人 鳩山法相。
「自信と責任」に胸を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。
またの名、死に神。
(後略)(引用終わり)
引用部分の前では、将棋の永世名人資格を取得した羽生新名人を挙げている。
羽生名人を「将棋の神様」とした後に引用部分が続く。
引用部分の後には、競売入札妨害で逮捕・起訴された国交省北海道局局長の品川守容疑者を挙げる。
これを、「国民軽侮の疫病神」と称している。
この文章の主眼は羽生名人を賞賛することにあるのではない。
後半の品川局長を批判することにあるのでもない。
鳩山大臣の印象を悪くすることにある。
死刑の執行は全く適法であり、むしろ、やらないことが違法である。
にもかかわらず、これを「死に神」と称し、並列的に犯罪容疑者を記述する。
これは、もはや批判の域を超えた誹謗・中傷である。何でもいいから、鳩山大臣の印象が悪くなればそれでいい。
その一心で書かれた文章である。
しかし、全くの逆効果に終わった。平成20年6月21日朝日新聞夕刊「素粒子」
(以下引用)
鳩山法相の件で千件越の抗議をいただく。「法相は職務を全うしているだけ」「死に神とはふざけすぎ」との内容でした。
(中略)
風刺コラムはつくづく難しいと思う。法相らを中傷する意図はまったくありません。表現の方法や技量をもっと磨かねば。(引用終わり)
毎日新聞2008年6月22日東京朝刊
(以下引用)
朝日新聞「死に神」報道:「素粒子」に抗議1800件 「風刺コラム難しい」
死刑執行の件数をめぐり、朝日新聞夕刊1面のコラム「素粒子」(18日)が、鳩山邦夫法相を「死に神」と表現した問題で、朝日新聞社に約1800件の抗議や意見が寄せられていたことが分かった。
(後略)(引用終わり)
毎日新聞2008年6月26日東京朝刊
(以下引用)
朝日新聞「死に神」報道:全国犯罪被害者の会が朝日新聞社に抗議文
死刑執行の件数を巡り、朝日新聞18日付夕刊1面のコラム「素粒子」が鳩山邦夫法相を「死に神」と表現した問題で、全国犯罪被害者の会(あすの会)は25日、朝日新聞社に趣旨の説明を求める抗議文を送付した。
文書は「犯罪被害者遺族が死刑を望むことすら悪いというメッセージを国民に与えかねない」と抗議した上で、「法相の死刑執行数がなぜ問題になるのか」などと回答を求めている。
(後略)(引用終わり)
アサヒ・コム2008年7月2日3時14分配信記事
(以下引用)
素粒子への批判 厳粛に受け止め 犯罪被害者の会に本社
死刑執行にからんで鳩山法相を「死に神」などと表現した朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」を巡り、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」が「我々に対する侮辱でもある」と抗議していた問題で、朝日新聞社は6月30日付の文書で同会の質問に回答した。
回答はコラムについて、死刑を巡る鳩山法相の一連の言動を踏まえたものと説明。「犯罪被害者遺族にどんな気持ちを起こさせるか考えなかったのか」との質問には、「お気持ちに思いが至らなかった」とし、「ご批判を厳粛に受け止め、教訓として今後の報道に生かしていきます」と答えた。
(後略)(引用終わり)
この騒動のあとの6月25日時点での鳩山大臣の支持率は、「世論調査.net」によると、73.67%である(参照リンク)。
朝日の敗北である。死刑は、現時点で多数の支持を受けている。
批判をするなら慎重に手順を踏んでやらねばならない。
例えば、記者会見等で失言を引き出し、死刑ではなく失言の方を叩くといった具合である。
そうすれば、「死刑は正しいが、ああいう言動はおかしい」という形で共感を得ることができる。
それを、直接死刑執行を取り上げ、しかも雑なやり方で書いてしまった。
法務省も焦っているが、増員派も焦って失敗している。(続く)