最新最高裁判例

最高裁判所第三小法廷判決平成20年06月24日

【事案】

 上告人らが,被上告人によりアメリカ合衆国財務省証券(以下「米国債」という。)の購入資金名下に金員を騙取されたと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,騙取された金員及び弁護士費用相当額並びに遅延損害金の支払を求める事案。

【判旨】

 社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為(以下「反倫理的行為」という。)に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも許されないものというべきである(最高裁平成19年(受)第569号同20年6月10日第三小法廷判決参照)。
 本件詐欺が反倫理的行為に該当することは明らかであるところ,被上告人は,真実は本件各騙取金で米国債を購入していないにもかかわらず,あたかもこれを購入して配当金を得たかのように装い,上告人らに対し,本件各仮装配当金を交付したというのであるから,本件各仮装配当金の交付は,専ら,上告人らをして被上告人が米国債を購入しているものと誤信させることにより,本件詐欺を実行し,その発覚を防ぐための手段にほかならないというべきである。
 そうすると,本件各仮装配当金の交付によって上告人らが得た利益は,不法原因給付によって生じたものというべきであり,本件損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として本件各騙取金の額から本件各仮装配当金の額を控除することは許されないものというべきである。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成20年06月25日

【事案】

 被告人(当時64歳)は,本件当日,第1審判示「Aプラザ」の屋外喫煙所の外階段下で喫煙し,屋内に戻ろうとしたところ,甲(当時76歳)が,その知人である乙及び丙と一緒におり,甲は,「ちょっと待て。話がある。」と被告人に呼び掛けた。被告人は,以前にも甲から因縁を付けられて暴行を加えられたことがあり,今回も因縁を付けられて殴られるのではないかと考えたものの,同人の呼び掛けに応じて,共に上記屋外喫煙所の外階段西側へ移動した。
 被告人は,同所において,甲からいきなり殴り掛かられ,これをかわしたものの,腰付近を持たれて付近のフェンスまで押し込まれた。甲は,更に被告人を自己の体とフェンスとの間に挟むようにして両手でフェンスをつかみ,被告人をフェンスに押し付けながら,ひざや足で数回けったため,被告人も甲の体を抱えながら足を絡めたり,けり返したりした。そのころ,二人がもみ合っている現場に乙及び丙が近付くなどしたため,被告人は,1対3の関係にならないように,乙らに対し「おれはやくざだ。」などと述べて威嚇した。そして,被告人をフェンスに押さえ付けていた甲を離すようにしながら,その顔面を1回殴打した。
 すると,甲は,その場にあったアルミ製灰皿(直径19p,高さ60pの円柱形をしたもの)を持ち上げ,被告人に向けて投げ付けた。被告人は,投げ付けられた同灰皿を避けながら,同灰皿を投げ付けた反動で体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打すると,甲は,頭部から落ちるように転倒して,後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け,仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった(以下,ここまでの被告人の甲に対する暴行を「第1暴行」という。)。
 被告人は,憤激の余り,意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し,その状況を十分に認識しながら,「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言い,その腹部等を足げにしたり,足で踏み付けたりし,さらに,腹部にひざをぶつける(右ひざを曲げて,ひざ頭を落とすという態様であった。)などの暴行を加えた(以下,この段階の被告人の甲に対する暴行を「第2暴行」という。)が,甲は,第2暴行により,肋骨骨折,脾臓挫滅,腸間膜挫滅等の傷害を負った。
 甲は,Aプラザから付近の病院へ救急車で搬送されたものの,6時間余り後に,頭部打撲による頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血によって死亡したが,この死因となる傷害は第1暴行によって生じたものであった。

【判旨】

 所論は,第1暴行と第2暴行は,分断せず一体のものとして評価すべきであって,前者について正当防衛が成立する以上,全体につき正当防衛を認めて無罪とすべきであるなどと主張する。
 しかしながら,第1暴行により転倒した甲が,被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり,被告人は,そのことを認識した上で,専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから,第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして,両暴行は,時間的,場所的には連続しているものの,甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶があるというべきであって,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成20年06月25日

【判旨】

 犯罪捜査に当たった警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,捜査の経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,当該事件の公判審理において,当該捜査状況に関する証拠調べが行われる場合,証拠開示の対象となり得るものと解するのが相当である(最高裁平成19年(し)第424号同年12月25日第三小法廷決定・刑集61巻9号895頁参照)。そして,警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが証拠開示命令の対象となるものであるか否かの判断は,裁判所が行うべきものであるから,裁判所は,その判断をするために必要があると認めるときは,検察官に対し,同メモの提示を命ずることができるというべきである。これを本件について見るに,本件メモは,本件捜査等の過程で作成されたもので警察官によって保管されているというのであるから,証拠開示命令の対象となる備忘録に該当する可能性があることは否定することができないのであり,原々審が検察官に対し本件メモの提示を命じたことは相当である。検察官がこの提示命令に応じなかった本件事実関係の下においては,本件メモの開示を命じた原々決定は,違法ということはできない。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成20年07月04日

【事案】

 A(当時22歳)運転の自動二輪車とパトカーとが衝突し,自動二輪車に同乗していたB(当時19歳)が死亡した交通事故につき,Bの相続人である被上告人らが,パトカーの運行供用者である上告人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づく損害賠償を請求する事案。

【判旨】

 AとBは,本件事故当日の午後9時ころから本件自動二輪車を交代で運転しながら共同して暴走行為を繰り返し,午後11時35分ころ,本件国道上で取締りに向かった本件パトカーから追跡され,いったんこれを逃れた後,午後11時49分ころ,Aが本件自動二輪車を運転して本件国道を走行中,本件駐車場内の本件小型パトカーを見付け,再度これから逃れるために制限速度を大きく超過して走行するとともに,一緒に暴走行為をしていた友人が捕まっていないか本件小型パトカーの様子をうかがおうとしてわき見をしたため,本件自動二輪車を停止させるために停車していた本件パトカーの発見が遅れ,本件事故が発生したというのである(以下,本件小型パトカーを見付けてからのAの運転行為を「本件運転行為」という。)。
 以上のような本件運転行為に至る経過や本件運転行為の態様からすれば,本件運転行為は,BとAが共同して行っていた暴走行為から独立したAの単独行為とみることはできず,上記共同暴走行為の一環を成すものというべきである。
 したがって,上告人との関係で民法722条2項の過失相殺をするに当たっては,公平の見地に照らし,本件運転行為におけるAの過失もBの過失として考慮することができると解すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成20年07月04日

【事案】

 コンビニエンス・ストアのフランチャイズ・チェーンを運営する被上告人との間で加盟店基本契約を締結してそれぞれ加盟店の一つを経営している上告人らが,被上告人に対し,被上告人が上記加盟店基本契約に基づき上告人らの仕入れた商品の代金を上告人らに代わって支払ってきたことに関し,支払先,支払日,支払金額,商品名とその単価・個数,値引きの有無等,具体的な支払内容について報告を求める事案。

(1) 被上告人は,「A・システム」と称する方式によるコンビニエンス・ストアのフランチャイズ・チェーン(以下「本件フランチャイズ・チェーン」という。)の運営等をしている株式会社である。
(2) 上告人X1は,昭和57年7月30日,被上告人との間で,本件フランチャイズ・チェーンの加盟店基本契約を締結した上で,「A岩槻B店」の経営を開始した。また,上告人X2は,平成3年10月10日,被上告人との間で,上記加盟店基本契約を締結した上で,「A沼田C店」(当初の店名は「A群馬C店」)の経営を開始した。
(3) 上記加盟店基本契約は,本件フランチャイズ・チェーンの加盟店を経営しようとする者が被上告人との間で必ず締結しなければならない統一的内容を有する基本契約(以下「本件基本契約」という。)である。本件基本契約において,本件フランチャイズ・チェーンの加盟店の経営者(以下「加盟店経営者」という。)と本件フランチャイズ・チェーンを運営する被上告人とは,それぞれ独立の事業者とされており,加盟店における商品の仕入れ及びその代金の支払については,要旨次のように定められている。

ア 被上告人は,加盟店の仕入れを援助するため,信用ある仕入先及び仕入品の推薦をし(以下,被上告人の推薦する仕入先を「推薦仕入先」という。),加盟店経営者の発注の簡易化,仕入れの効率化を図るための発注システム(以下「本件発注システム」という。)を提供するが,加盟店経営者は推薦仕入先から商品を仕入れる必要はないし,被上告人の推薦した商品のみを仕入れる必要もない。
イ 加盟店経営者が推薦仕入先から本件発注システムによって商品を仕入れた場合は,加盟店経営者に代わって被上告人が商品の仕入代金を支払い,加盟店経営者と被上告人との間の決済はオープンアカウントによって行われる。
ウ オープンアカウントとは,各加盟店ごとに,開業日から本件基本契約に基づく加盟店経営者と被上告人との間の一切の債権債務の清算に至るまでの間の貸借の内容・経過及び加盟店経営者の義務に属する負担を逐次記帳して明らかにし,一括して借方,貸方の各科目を差引計算して決済していく継続的計算関係をいい,商品の仕入代金は,本件発注システムによって被上告人が加盟店経営者に代わって支払ったものも含め,オープンアカウントの借方に計上される。借方には加盟店経営者が被上告人に対して売上利益に応じて支払義務を負う加盟店経営に関する対価(A・チャージ)なども計上される。貸方には加盟店経営者が被上告人の銀行預金口座に振込送金する販売受取高(毎日の総売上金及び加盟店経営者の受け取った値引金・仕入報奨金並びに雑収入)のほか,加盟店経営者が現金で支払った商品の仕入代金なども計上される。
エ 加盟店経営者は,各会計期間(毎月初日から末日までの1暦月間)ごとに,借方残額(加盟店経営者の被上告人に対する債務に相当する。)が存在するときは,その会計期間について,その期首借方残額に対する利息を負担するものとし,その額は,その会計期間の期末にオープンアカウントの借方に計上される。

(4) 本件発注システムの内容は,次のようなものである。

ア 加盟店経営者は,商品を発注するときは,各自のコンピュータから被上告人に商品の発注データを送信する。被上告人は,上記発注データを集約し,整理した上で,これを推薦仕入先に送信する。
イ 推薦仕入先から商品の配送を受けた加盟店経営者は,これを検品した上で,推薦仕入先に商品名,商品の数量,仕入価格等が記載された仕入伝票を提出するとともに,各自のコンピュータから被上告人に検品データを送信する。
ウ 被上告人は,上記検品データを推薦仕入先に送信し,推薦仕入先は,これに基づき,被上告人に請求データを送信する。被上告人は,上記請求データに基づき,加盟店経営者が仕入れた商品の代金を推薦仕入先に支払い,これをオープンアカウントの借方に計上する。

(5) 本件基本契約には,@被上告人は加盟店の計数管理情報を保持するために作成,保管している経営記録,会計帳簿(オープンアカウントが記帳されている)等に反映される範囲で加盟店経営者の経営に係る税の申告のため加盟店経営者に資料を提供する旨の定めや,A被上告人は加盟店の各月,各年ごとの損益計算書,貸借対照表及び各月ごとの商品報告書を作成して加盟店経営者に提供する旨の定めがある(以下,上記@,Aの定めを併せて「本件資料等提供条項」という。)が,本件発注システムによる仕入代金の支払に関する被上告人から加盟店経営者への報告については何らの定めもない。本件資料等提供条項によって提供される資料等からは,被上告人が加盟店経営者である上告人らに代わって仕入代金を支払ったことに関して上告人らが本件訴訟において報告を求めているような具体的な支払内容は明らかにならない。

【判旨】

 加盟店経営者が本件発注システムによって商品を仕入れる場合,仕入商品の売買契約は加盟店経営者と推薦仕入先との間に成立し,その代金の支払に関する事務を加盟店経営者が被上告人に委託する(以下,これを「本件委託」という。)という法律関係にあるものと解される。したがって,本件委託は,準委任(民法656条)の性質を有するものというべきである。
 もっとも,本件委託は本件基本契約の一部を成すものであるところ,本件基本契約においては被上告人の支払った仕入代金がオープンアカウントにより決済されることから,被上告人は,仕入代金相当額の費用の前払(民法649条参照)を受けることなく委託を受けた事務を処理することになり,しかも,支出した費用について支出の日以降オープンアカウントによる決済の時までの利息の償還(同法650条参照)を請求し得ず,本件委託に基づく仕入代金の支払について報酬請求権(商法512条参照)も有しないなど,本件委託に通常の準委任とは異なる点(以下,これを「本件特性」という。)が存することは明らかである。
 そこで,以上の本件委託の性質を踏まえて,本件基本契約上,被上告人が加盟店経営者である上告人らに対して仕入代金の具体的な支払内容について報告義務を負うか否かを検討する。
 本件基本契約には,本件発注システムによる仕入代金の支払に関する被上告人から加盟店経営者への報告については何らの定めがないことは前記確定事実のとおりである。しかし,コンビニエンス・ストアは,商品を仕入れてこれを販売することによって成り立っているのであり,商品の仕入れは,加盟店の経営の根幹を成すものということができるところ,加盟店経営者は,被上告人とは独立の事業者であって,自らが支払義務を負う仕入先に対する代金の支払を被上告人に委託しているのであるから,仕入代金の支払についてその具体的内容を知りたいと考えるのは当然のことというべきである。また,被上告人は,加盟店経営者から商品の発注データ及び検品データの送信を受け,推薦仕入先から検品データに基づく請求データの送信を受けているというのであるから,被上告人に集約された情報の範囲内で,本件資料等提供条項によって提供される資料等からは明らかにならない具体的な支払内容を加盟店経営者に報告すること(以下,この報告を「本件報告」という。)に大きな困難があるとも考えられない。そうすると,本件発注システムによる仕入代金の支払に関する被上告人から加盟店経営者への報告について何らの定めがないからといって,委託者である加盟店経営者から請求があった場合に,準委任の性質を有する本件委託について,民法の規定する受任者の報告義務(民法656条,645条)が認められない理由はなく,本件基本契約の合理的解釈としては,本件特性があるために被上告人は本件報告をする義務を負わないものと解されない限り,被上告人は本件報告をする義務を免れないものと解するのが相当である。そして,本件特性については,これのみに注目すると,通常の準委任と比較して被上告人にとって不利益であり,被上告人の加盟店経営者に対する一方的な援助のようにも見えるが,このことは,仕入代金が前記のように被上告人において加盟店の売上金の管理等をするオープンアカウントにより決済されることに伴う結果であるし,被上告人には,オープンアカウントによる決済の方法を提供することにより,仕入代金の支払に必要な資金を準備できないような者との間でも本件基本契約を締結して加盟店を増やすことができるという利益があり,また,加盟店経営者がオープンアカウントによる決済の方法を利用して仕入商品を増やせば,売上げも増えることが見込まれ,売上利益に応じた加盟店経営に関する対価を取得する被上告人の利益につながるのであるから,本件特性があるために被上告人は本件報告をする義務を負わないものと解することはできない。
 したがって,被上告人は,本件基本契約に基づき,上告人らの求めに応じて本件報告をする義務を負うものというべきである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成20年07月10日

【事案】

 上告人らの所有する土地上に植栽された樹木について,被上告人の申立てに基づき仮差押命令が発令され,その執行がされたことについて,上告人らが,上記仮差押命令の申立ては違法なものであり,上記仮差押命令の執行により,鹿児島県による買収が予定されていた上記土地を更地にすることができず,そのために上記土地に対する同県からの買収金(以下「本件買収金」という。)が本来支払われるべき時期よりも遅れて支払われることとなったとして,不法行為に基づき,被上告人に対し,本件買収金(上告人X1につき1565万9328円,上告人X2につき1517万9664円)に対する上記仮差押命令の正本が上告人らに送達された平成16年12月15日から,上記仮差押命令の執行が取り消され,上記樹木が撤去されて本件買収金が上告人らに支払われる見込みが生じた平成19年6月30日まで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金相当額の損害(上告人X1につき199万0665円,上告人X2につき192万9688円)の賠償を求める事案。

(1) 被上告人は,平成12年4月10日,上告人X2との間で,同上告人所有の第1審判決別紙物件目録記載Bの各土地(以下,併せて「B土地」という。)を賃借する旨の賃貸借契約を締結し,さらに,同月12日,aとの間で,同人所有の上記物件目録記載Aの1の土地(以下「A1土地」という。)ほか1筆の土地及びb所有の上記物件目録記載Aの2の土地(以下「A2土地」という。)を賃借する旨の賃貸借契約を締結した(以下,これらの各賃貸借契約を併せて「本件賃貸借契約」という。)。その当時,上記各土地は,高速道路の取付道路用地として,鹿児島県による買収が予定されていたが,被上告人は,上記各土地上に樹木(シマトネリコ)を植栽した。
(2) 平成13年12月14日,aはA1土地を,bはA2土地を,それぞれ上告人X に贈与し,A1土地及びA21 土地について,同上告人に対する所有権移転登記がされた。
(3) 上告人らは,本件賃貸借契約は無効であるなどと主張して,被上告人に対し,A1土地,A2土地及びB土地(以下,これらを併せて「本件土地」という。)の所有権に基づき,本件土地上に植栽された上記樹木(以下「本件樹木」という。)の撤去及び本件土地の明渡しを求める訴訟を提起した。同訴訟については,平成16年10月6日,本件賃貸借契約は,農地法所定の許可を受けていないから無効であるが,本件樹木は,民法242条本文の規定により本件土地に付合し,本件土地の所有者である各上告人に帰属したとして,上告人らの請求のうち本件土地の明渡し請求を認容し,本件樹木の撤去請求を棄却する旨の第1審判決が言い渡され,この判決はそのころ確定した。
(4) 被上告人は,平成16年12月8日,上記付合によって損失を受けたとして,民法248条による償金請求権(以下「本件償金請求権」という。)を被保全権利として,本件樹木について各上告人をそれぞれ債務者とする仮差押命令の申立てをし,同月10日,各仮差押命令を得て,その執行をした(以下,この命令を併せて「本件仮差押命令」といい,この執行を併せて「本件仮差押執行」という。)。
(5) 上告人らは,本件仮差押執行により,本件樹木を撤去することができなくなり,本件土地の買収手続を進めることもできなくなったため,平成16年12月21日,被上告人を相手方として,本件仮差押命令につき本案の起訴命令を申し立て,同日,被上告人に対し,本案の起訴命令が発せられた。
(6) 上記起訴命令を受けて,被上告人は,平成17年1月21日,本件償金請求権に基づき,上告人らに対して,合計約4万本の本件樹木に係る各償金の支払を求める訴訟(以下「前事件本訴」という。)を提起した。被上告人は,本件仮差押命令の申立てに先立ち,上告人らに対し,それぞれ約5000万円の償金の支払を請求していたが,前事件本訴の第1審において請求した償金の額は,上告人X1に対しては1億5852万8306円,上告人X2に対しては1億4147万1693円であった。これに対し,上告人らは,同年5月19日,本件償金請求権は存在せず,本件仮差押命令の申立ては違法であると主張し,それぞれ,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償として,本案の起訴命令の申立て及び前事件本訴の応訴に要した弁護士費用相当額250万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める反訴(以下「前事件反訴」という。)を提起した。
(7) 前事件については,平成17年10月27日,@仮に本件償金請求権が発生するとしても,被上告人は,本件土地が道路用地として鹿児島県により買収される予定であることを知り,補償金目当てに,上告人X2やa,bには絶対に迷惑をかけないと言って本件賃貸借契約を締結して本件樹木を植栽し,補償金が得られないと知るや一転して巨額の償金請求を行うなどしており,本件償金請求権の行使は権利の濫用であるとして,被上告人の本訴請求を棄却し,A本件償金請求権の発生自体は認められる可能性があることなどに照らし,本件仮差押命令の申立ては違法性を欠くとして,上告人らの反訴請求も棄却する旨の第1審判決が言い渡された。
 さらに,平成18年5月31日に言い渡された前事件の控訴審判決は,被上告人の本訴請求については,上記@と同旨の判断をし,上告人らの反訴請求については,本件償金請求権の行使は権利の濫用に当たり許されないものであるから,被保全権利を欠く本件仮差押命令の申立ては違法であり,被上告人に過失も認められるとして,弁護士費用相当額の損害各50万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。被上告人は,この控訴審判決に対して上告した。
(8) 上告人らは,平成18年6月29日,本件仮差押執行のために本件買収金の支払が遅れたことによる遅延損害金相当の損害賠償を求める本件訴訟を提起した。
(9) 前事件については,平成18年10月5日,被上告人の上告を棄却する旨の決定がされ,上記控訴審判決が確定した。
(10) 上告人らは,前事件の判決の確定を受けて,被保全権利の不存在を理由に本件仮差押命令の取消しを申し立て,平成18年11月1日,本件仮差押命令を取り消す旨の決定がされ,同決定は同月16日確定し,本件仮差押執行が取り消された。
(11) その後,上告人らは,自らの労力と時間を費やして,本件樹木の撤去作業を行い,これを廃棄した。

【判旨】

 上告人らが本件訴訟で行使している本件仮差押執行のために本件買収金の支払が遅れたことによる遅延損害金相当の損害(以下「本件遅延金損害」という。)についての賠償請求権と,上告人らが前事件反訴において行使した本案の起訴命令の申立て及び前事件本訴の応訴に要した弁護士費用相当額の損害(以下「本件弁護士費用損害」という。)についての賠償請求権とは,いずれも本件仮差押命令の申立てが違法であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権という1個の債権の一部を構成するものというべきであることは,原審の判示するとおりである。
 しかしながら,上告人らは,前事件反訴において,上記不法行為に基づく損害賠償として本件弁護士費用損害という費目を特定の上請求していたものであるところ,上告人らは,このほかに,被上告人が,本件仮差押執行をすれば,上告人らにおいて長期間にわたって本件樹木を処分することができず,その間本件買収金を受け取れなくなるし,場合によっては本件土地が買収予定地から外される可能性もあることを認識しながら,本件仮差押命令の申立てをしたもので,本件仮差押命令の申立ては,上告人らによる本件土地の利用と本件買収金の受領を妨害する不法行為であると主張していたことが明らかである。すなわち,上告人らは,既に前事件反訴において,違法な本件仮差押命令の申立てによって本件弁護士費用損害のほかに本件買収金の受領が妨害されることによる損害が発生していることをも主張していたものということができる。そして,本件弁護士費用損害と本件遅延金損害とは,実質的な発生事由を異にする別種の損害というべきものである上,前事件の係属中は本件仮差押命令及びこれに基づく本件仮差押執行が維持されていて,本件仮差押命令の申立ての違法性の有無が争われていた前事件それ自体の帰すうのみならず,本件遅延金損害の額もいまだ確定していなかったことが明らかであるから,上告人らが,前事件反訴において,本件遅延金損害の賠償を併せて請求することは期待し難いものであったというべきである。さらに,前事件反訴が提起された時点において,被上告人が,上告人らには本件弁護士費用損害以外に本件遅延金損害が発生していること,その損害は本件仮差押執行が継続することによって拡大する可能性があることを認識していたことも,明らかである。
 以上によれば,前事件反訴においては,本件仮差押命令の申立ての違法を理由とする損害賠償請求権の一部である本件弁護士費用損害についての賠償請求権についてのみ判決を求める旨が明示されていたものと解すべきであり,本件遅延金損害について賠償を請求する本件訴訟には前事件の確定判決の既判力は及ばないものというべきである(最高裁昭和35年(オ)第359号同37年8月10日第二小法廷判決・民集16巻8号1720頁参照)。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成20年07月10日

【事案】

 特許第3441182号(以下「本件特許」という。)の特許権者である上告人が,特許異議申立事件につき特許庁がした本件特許(請求項1〜4に係る特許)の取消決定の取消しを求める事案。

(1) 本件特許は,発明の名称を「発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源」とし,1993年(平成5年)9月17日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して平成6年8月26日にした特許出願に係るものであり,平成15年6月20日に設定登録がされた。請求項の数は4である。
(2) 平成15年12月26日,本件特許(請求項1〜4に係る特許)に対し特許異議の申立てがされ,特許庁に異議2003−73487号事件として係属したところ,同事件の係属中の平成17年12月7日,上告人は,平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第2項(以下,同改正前の特許法の条文は,「特許法旧120条の4」などと表記する。)の規定に基づき,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。本件訂正は,特許請求の範囲の請求項1を訂正する訂正事項a,同2を訂正する訂正事項b,同3を訂正する訂正事項c,同4を訂正する訂正事項dから成り,上告人は,訂正事項aは特許請求の範囲の減縮,同bは明りょうでない記載の釈明を目的とするものであると主張した。なお,訂正事項c,dは,上告人自身,単なる形式的な誤記の訂正であると主張しているものであり,その許否いかんが特許取消決定の帰すうに影響を及ぼすようなものではない。本件訂正前後の特許請求の範囲の請求項1,2の記載は,別紙のとおりである。
(3) 特許庁は,平成18年2月22日,上記特許異議申立事件につき,本件訂正は認められないとした上,請求項1〜4に係る本件特許を取り消す旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。本件決定の理由の要旨は,次のとおりである。

ア 訂正事項bは,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれをも目的とするものでなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものであるから,特許法旧120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書又は2項の規定に適合しない。よって,その余の訂正事項について判断するまでもなく,訂正事項bを含む本件訂正は認められない。
イ 本件訂正前の特許請求の範囲の記載に従って特定される発明は,その特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

【判旨】

 特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。一方で,特許法は,複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分の取扱いを貫徹することが不適当と考えられる一定の場合には,特に明文の規定をもって,請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の例外規定を置いており,特許法185条のみなし規定のほか,特許法旧113条柱書き後段が「二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」と規定するのは,そのような例外規定の一つにほかならない(特許無効審判の請求について規定した特許法123条1項柱書き後段も同趣旨)。
 このような特許法の基本構造を前提として,訂正についての関係規定をみると,訂正審判に関しては,特許法旧113条柱書き後段,特許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも照らすと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されているといえる。
 これに対し,特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求(以下「訂正請求」という。)は,特許異議申立事件における付随的手続であり,独立した審判手続である訂正審判の請求とは,特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中でも,本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とするものについては,いわゆる独立特許要件が要求されない(特許法旧120条の4第3項,旧126条4項)など,訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており,訂正審判請求のように新規出願に準ずる実質を有するということはできない。そして,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をする特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。 以上の諸点にかんがみると,特許異議の申立てについては,各請求項ごとに個別に特許異議の申立てをすることが許されており,各請求項ごとに特許取消しの当否が個別に判断されることに対応して,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求についても,各請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され,その許否も各請求項ごとに個別に判断されるものと考えるのが合理的である。
 被上告人は,発明を表現する明細書は常にその全体が一体不可分のものとして把握されるべきであると主張するが,昭和62年法律第27号による特許法の改正により,いわゆる一発明一出願の原則を定めていた規定が削除され,しかも一発明に複数の請求項の記載をすることが認められるようになったことを考えると,同改正後の特許法の下で,上記のように解すべき根拠を見いだすことはできない。前掲最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決は,いわゆる一部訂正を原則として否定したものであるが,複数の請求項を観念することができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が含まれていた訂正審判の請求に関する判断であり,その趣旨は,特許請求の範囲の特定の請求項につき複数の訂正事項を含む訂正請求がされている場合には妥当するものと解されるが,本件のように,複数の請求項のそれぞれにつき訂正事項が存在する訂正請求において,請求項ごとに訂正の許否を個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものではない。
 以上の点からすると,特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については,訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないというべきである。
  これを本件についてみると,上告人は,訂正事項aは特許請求の範囲の減縮を目的とする旨主張して,これを含む本件訂正の請求をしているところ,訂正事項aは,特許異議の申立てがされている請求項1に係る訂正であるから,他の請求項に係る訂正事項とは可分のものとして,個別にその許否を判断すべきものである。

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