平成20年度新司法試験の結果について(1)

合格者数案を下回った

9月11日、平成20年度の新司法試験の合格者が発表された(法務省HP)。
最終合格者の数は2065人。
全体受験者ベースの合格率は、2065÷6261≒32.98%。
受験予定者確定段階の記事で予測した数字は、31.9%だった。
その意味では、予想通りの結果だったといえる。

ただ、事前に司法試験委員会が公表していた合格者数の目安を下回った。
これには、若干の意外感はある。
当初の目安は、「2100人ないし2500人程度」だった(併行実施期間中(平成20年以降)の新旧司法試験合格者数について)。
実際の合格者数は、目安の下限である2100人を35人下回っている。
もっとも、これはそれほど予想外とはいえない。
既に、平成19年度の旧司法試験において経験済みだからだ。
当時、目安とされていたのは300人だった。
しかし、実際には250人しか合格させなかった。
これと比較すると、2100人と2065人は大して違わない。
変化率にすると、前者は(300−250)÷300≒16.66%。
後者は(2100−2065)÷2100≒1.66%。
平成19年度の旧司法試験ほどのインパクトはない。

そもそも、上記目安には、以下のような記述が付されていた。

(以下、「併行実施期間中(平成20年以降)の新旧司法試験合格者数について」より引用、下線は筆者)

 なお,平成17年に示した司法試験の合格者の概数と同様に,資格試験である司法試験の合否は,受験者が法曹となろうとする者に必要な学識及び応用能力を有しているかどうかに基づいて判定されるのであるから,ここで示す合格者の概数は,実際の試験結果に基づき当然変動し得る性質のものである

(引用終わり)

この記述の趣旨については、高橋宏志委員長が以下のように述べている。

(以下、司法試験委員会会議(第37回)議事要旨より引用(◎委員長,○委員)、下線は筆者)

◎ 確認をしておきたいことがある。私の案のなお書き以下のところであるが,「実際の試験結果により当然変動し得る性質のものである」ということが書いてある。概数を示した上で変動し得ると言っている意味は,概数を超えても,あるいは概数より満たなくても,それはいいという,私はそのように理解している。もともと幅のある概数であるから,その中で変動するなら,変動し得るなどと言っても意味のないことであり,変動し得るというのは,例えば2,100ないし2,500というのが目安としてあった場合にも,それを超えてもいい,あるいは,2,100に満たないことも場合によってはあり得る,司法試験委員会としてはそういう理解でこれを記載したものと考えてよろしいか。

○ そういう理解でよいと思う。

○ 実際の試験の結果次第で,いくらでも変動し得るはずだと,そういう理解でよいと思う。

(引用終わり)

この目安が公表されたのが、平成19年6月22日である。
当時はまだ、規制改革推進3カ年計画に3000人前倒しの記述が存在していた。
従って、公表後の状況を考えると、目安を下回ることは不思議ではない。
むしろ、なぜ35人という中途半端な数だけ下回らせたのかという点が不思議である。

考えられるのは、合格点を1点下げてしまうと、逆に多くなりすぎるという場合である。
しかし、今年度については、それはない。
以下は、今年度の合格点(940点)から、目安下限の2100を超える得点までの受験生の人数分布である。

得点 人員 人員累計
940 15 2065
939 17 2082
938 11 2093
937 14 2107

1点にたくさんの人数が集中して、やむを得ず目安を切ったという感じではない。
937点を合格点にすれば、下限ギリギリで目安の中に収めることができる。
しかも、2065人から42人合格者が増えるだけなので、それで質の低下が生じるとは考えにくい。
また、3点の差がそれほど重大であるとも思えない。
目安を切らなければならない必要性は、見当たらない。

そうすると、司法試験委員会はわざと合格者数を目安以下にしたのではという疑いが生じる。

合格者数の政治利用

目安を下回ったことの話題性は大きかった。
マスコミではこの点が強調され、法科大学院の統廃合の話にも繋がっている。

読売新聞Web版2008年9月12日

(以下引用)

新司法試験 合格率33%

 法務省の司法試験委員会は11日、法科大学院の修了生が受験できる新司法試験の2008年の合格者を発表した。受験者6261人のうち合格者は2065人で、新試験導入から3回目となる今年は初めて同委員会の想定合格者(最低2100人)を下回った。

(中略)

 3回目となる今年の新司法試験では合格率が初めて4割を切り、合格者数もあらかじめ定められた目安の下限にすら達しなかった。
 司法制度改革審議会は法科大学院修了生の7〜8割が司法試験に合格できる仕組みを提言したが、法科大学院が74校も乱立したことで毎年5800人近い総定員を抱え込み、想定通りの合格率は望めなくなった。
 大学院側からは「目安より多数を合格させるべきだ」との声も上がっているが、今年の結果は、大学院側が、要望に見合うだけの学生の質を維持できていない実情を浮き彫りにした。

(引用終わり)

asahi.com2008年9月11日21時6分

(以下引用)

新司法試験、合格率33% 3校では合格者ゼロ

 法務省は11日、法科大学院(ロースクール)修了者を対象とした08年の「新司法試験」の結果を発表した。3回目の今年は、74校の6261人が受験し、2065人が合格。合格率は33%で前年の40.2%を下回り、2回連続して下がった。3校では合格者がゼロ。法務省が設定した合格者数の目安(2500〜2100人)も下回った。
 「法曹の質の低下」に対する懸念が相次ぐなか、10年までに合格者を毎年3千人に増やす政府の計画をめぐる議論にも影響を与えそうだ。

(引用終わり)

nikkei.net2008年9月12日13:01

(以下引用)

法科大学院「定員見直し」「統廃合も」 閣僚、相次ぎ発言

  鈴木恒夫文部科学相は12日の閣議後の記者会見で、(中略)、不振が続く大学院については定員削減などが必要との認識を示した。
  また保岡興治法相も同日の閣議後会見で(中略)、教育水準のばらつきに不満を示した。
  同法相はさらに「大学院生を大切に考えながら、(法科大学院の)統廃合を進めていくことも考えないといけない状況にある」と述べた。

(引用終わり)

司法試験委員会はこのような効果を狙って意図的に目安を下回らせた疑いが濃い。
というのも、合格者数の設定によって「メッセージ」を伝えるべきだという発言が、これまでに委員から繰り返し出ているからだ。

(以下、司法試験委員会会議(第17回)議事要旨より引用(◎委員長,○委員)、下線は筆者)

○ おそらく, 今回くらい注目される司法試験委員会のメッセージというのはないのではないだろうか。次回もまた数を決めなければいけないのは同じだが,今回は, 制度発足時なので, 世の中が非常に注目している。これは当然のことで, 制度発足時に初めて示される数字だという観点から, 大変メッセージ性があることは認識すべきであろう。これから法科大学院を何人もの学生が修了してくるので, その度ごとにその受験生にとってはとても大事な数字になるが,社会的には, 新司法試験の導入時は最も注目されるので, これからとは違う意味が今回のこの数字にはあるのだろう。
 そういう意味では, 委員長のこの文章は本当によく書かれていて, 文章としてはこういうメッセージでいいのだが, 問題はここから数字が取り出されるであろうということだ。すべてを読んでもらえれば,法科大学院を中核にすえて,もちろん厳正な成績評価をするという注文はあるにせよ, 法科大学院を温かく見守って育てていきたいというメッセージは非常によく伝わってくる。ところが, 実際には, 数字が注目される。そう考えると, 今いる受験生たちに対してではなくて, 世の中に対して, 新しい法科大学院制度をどういうふうに位置付けるかということについてのメッセージ効果というのを気にしなければならない
 そういう観点からすると, 1 0 0 人くらいは微調整だと言えばその通りなので, 逆に言えばメッセージ性というのを重視してほしいというのが私の希望である。1 , 0 0 0 から1 , 2 0 0 としたとき, むしろ受験生にはそれほど大きい話ではないかも知れないが, 我々司法試験委員会として表に出す数字としての意味は非常に重要だろうというのが私の思いである。

○ 門戸が広いのだということが将来まで保障するものではありませんよというふうに全体が変わらなければならないということが, どこかに出たらいいのではないか。今までの形のような試験ではなく育て方から変わるのだということ。
 その意味のメッセージ性は, 9 0 0 という3 桁よりは4 桁の方が見えると思う。

○ 法科大学院にやはり可能性として9 0 0 ということもあり得るとどうしても示す必要があるというのであれば, 上を1 , 2 0 0 にするというのはどうか。幅はなるべくあった方が良いと前から思っている。幅はあればあるほど, 法科大学院に対して厳しくも働き得るし, それでいて社会に対する良いメッセージにもなる

(引用終わり)

(以下、司法試験委員会会議(第35回)議事要旨より引用(◎委員長,○委員)、下線は筆者)

◎ 旧試験の合格者について,300人から,平成20年は,今の案でいくと,いずれも200人にするという。これを更に,150や100に落とせるか。仮に,平成20年に100に落としたら,これは,司法試験委員会の強いメッセージになると思うが。

(引用終わり)

(以下、司法試験委員会会議(第37回)議事要旨より引用(◎委員長,○委員)、下線は筆者、なお合格者数案についてはこちらを参照)

○ 私は,この委員長の案を見たときには,1案でいいと思っていた。いろんな法科大学院の認証評価をしたりした経験からも,厳しいメッセージを出してもよいのではないかなと思ったからである。文面自体は今でもこれで良いと思うが、今の意見をお聞きして,この案の中の合格者数についての修正はあり得るのかなと思った。

○ 私は,1案でも2案でもそれほど大きな差はないし,質の保証という点では,そんなに差はないんじゃないかと思う。それで,先ほど言われたように,受験者の数が変動していくペースと連動して考えると,2案の方がよりそれに沿うのではないかという気はする。
 2,100なのか,2,200なのかといった細かい数字が,非常に強いメッセージを持つとするならば,このいずれかを採る理由にはなり得るかもしれないが,そのようなメッセージ性もないというならば,何ともいえないところがある。

(引用終わり)

司法試験委員会は、合格者数をいじることによって、自らの見解を示したいようである。
今回は、前述のように目安の範囲に収めることも可能であった。
それを敢えて目安を下回らせることで、何らかのメッセージを伝えたかったのだろう。
そして、それはある程度成功しているように思われる。

このような方法を採ることについて、あまり批判する声は聞かない。
また、試験委員もほとんど疑問を感じていないようである。
しかし、本来法曹の資質のある者を合格させるはずの試験である。
「メッセージ性があるから」などという理由は、合格ラインを上下させる理由たりえないだろう。
この点は批判されるべきである。

キリのいい合格得点

司法試験委員会が目安をわざと下回らせたにしても、なぜ940点だったのか。
上記の表からすると、938点で、2093人合格という形でもよかったのではないか。
その答えは、キリのいい数字にすることで恣意性を隠蔽することにあると推測する。

以下は、新司法試験の短答及び論文試験の合格点である。

  短答式合格点 論文式合格点
平成18年 210 915
平成19年 210 925
平成20年 230 940

キリの良い数字が並んでいる。
これは偶然ではないだろう。
前述のように、司法試験委員会は、メッセージ性を考慮して合格者数を決めている。
そこには恣意性が存在する。
これはあまり露骨であってはいけない。
そこで、合格点をキリのいい数字にしたと考えられる。
すなわち、先に合格点を設定し、それに従って合格者を算定したら目安を切ってしまいました、と説明するためである。
合格点が938点だったりすると、一定の合格者数が先に設定され、その合格者数になるまで点数を下げていった結果、キリの悪い合格点になったように見える。
そうなると、目安の合格者数があったのに、なぜわざわざそこより少し下の数を設定したのか、という疑問が生じてしまう。
940点であれば、ああ、940点で切ったのか、と納得してもらいやすい。
今回の結果からは、そのような意図が読み取れる。

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