最新下級審裁判例

名古屋地裁決定平成20年06月26日

【事案】

 被疑者は,平成20年6月25日(以下「平成20年」を省略する。),「被疑者は,Aと共謀の上,みだりに,6月16日午前6時34分ころ,名古屋市a区内のA方において,覚せい剤0.16グラムを所持したものである。」との被疑事実(以下「本件逮捕事実」という。)により,通常逮捕された。
 被疑者は,警察官からの弁解録取手続において,逮捕事実の要旨を告げられた上,「Aと一緒に使った残りであるならば,事実に間違いがない」と供述した。また,検察官からの弁解録取手続においては,逮捕事実と同旨の内容を告げられた上,「6月14日午後10時10分ころ,名古屋市b区内の路上に停車した自動車内において,Aと覚せい剤を共同所持していた。その後,Aと覚せい剤を使用した。Aが自分の部屋に覚せい剤を持っていたというのであれば,それは間違いがない。」と供述した。
 6月26日,検察官は,「被疑者は,Aと共謀の上,みだりに,6月14日午後10時10分ころ,名古屋市b区内の路上に停車した自動車内において,覚せい剤0.3グラムを所持したものである。」との被疑事実(以下「本件勾留請求事実」という。)により,裁判官に対して,勾留請求をなした。しかし,勾留請求を受けた裁判官は,逮捕事実と勾留請求事実に同一性がないとして,勾留請求を却下した。
 本件勾留請求事実は,被疑者とAが共同して覚せい剤を所持したというものである。その後,その覚せい剤の一部を被疑者とAが共同して使用したが,本件逮捕事実は,その残りの覚せい剤をAが自宅に保管していたというものである。

【判旨】

 刑事訴訟法が,逮捕前置主義を採用し,逮捕事実と勾留請求事実に同一性が認められない限り,勾留請求を却下すべきとしているのは,逮捕状請求と勾留請求の二段階において,司法審査を行うことにより,勾留という被疑者にとって長期間に及ぶ身柄拘束について,慎重な審査を行うためであると解される。
 そうすると,被疑事実の同一性を判断するには,単に事実同士の日時や場所といった形式的な点を重視し,被疑事実が両立するかどうかを判断するのではなく,もう一度,逮捕手続から司法審査をする必要があるのか,あるいは,同一の手続内で処理することが可能であるのかといった観点から,被疑事実の背景となる事情,被疑者の弁解の状況などを総合的に考慮し,基本的事実の同一性があるのかどうかを判断する必要がある。
 これを本件についてみると,本件逮捕事実と本件勾留請求事実は,所持の日時,場所,態様において,差異が認められるものの,本件勾留請求事実において所持の対象となった覚せい剤の一部が,被疑者らによって使用され,その残りが本件逮捕事実において所持の対象となった覚せい剤にあたるという関係にある。そうすると,社会的にみれば,本件逮捕事実と本件勾留請求事実は,両立する関係にあり,同一性に欠けるとの評価もできなくはないが,法律的に評価すると,本件勾留請求事実における覚せい剤の所持が継続し,その一連の行為の中に,本件逮捕事実における覚せい剤の所持は評価し尽くされるものとみるべきである。そうすると,両事実は,法的には同一の事実と評価するべきものであり,基本的事実の同一性が認められる。
 なお,本件においては,検察官の面前でなされた被疑者の弁解録取の内容に沿った事実が,本件勾留請求事実として構成されている。警察官の面前における弁解録取においては,被疑者は,本件勾留請求事実についての弁解はしていないものの,検察官の面前における弁解録取においては,実質的にみて,本件勾留請求事実についての弁解がなされており,新たに逮捕手続を行う必要性は乏しいものがある。また,本件逮捕事実と本件勾留請求事実が同一性に欠けると解すると,特段の事情のない限り,本件逮捕事実によって逮捕勾留を行った後,本件勾留請求事実によっても逮捕勾留を行うことが可能となってしまい,被疑者に極めて不利な事態になりかねない。
 以上からすれば,本件逮捕事実と本件勾留請求事実に同一性がないとした原裁判の判断は,誤っていると言わざるを得ない。

 

仙台地裁判決平成20年07月15日

【事案】

 原告が,取下前相被告外務大臣(以下「外務大臣」という。)に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)4条1項に基づき,平成18年11月30日,別紙文書目録1記載の行政文書(以下「本件対象文書1」という。)につき,平成19年2月2日,同目録2記載の行政文書(以下「本件対象文書2」といい,本件対象文書1とあわせて「本件各対象文書」という。)につき開示請求を行ったところ(以下,本件対象文書1の開示請求について「本件開示請求1」といい,本件対象文書2の開示請求について「本件開示請求2」といい,本件開示請求1,2をあわせて「本件開示請求1・2」という。),@外務大臣が,本件開示請求1・2からそれぞれ60日を経過しても請求に係る行政文書の全部又は一部を開示するか,もしくは全部を開示しないかの決定(以下「開示決定等」という。)をしないこと,本訴提起日である平成19年5月23日に至っても本件開示請求1・2に対して開示決定等をしないことが,情報公開法10条及び11条に違反するとして,不作為の違法確認を求め,A外務大臣が,本件開示請求1・2に対して,開示決定等の時期をそれぞれ開示請求日から28か月後,24か月後と指定する旨の通知を行ったことが情報公開法11条に違反するとして,上記通知処分の取消しを求め,B上記@Aの違法行為によって損害を被ったとして,被告に対して,国家賠償法1条1項に基づき,損害額合計400万8100円の一部である100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月21日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案。

【判旨】

 情報公開法1条によれば,同法は行政文書の開示を請求する権利につき定めるとし,同法2ないし6条,9ないし12条等によれば,同法4条に基づく開示請求があった場合,開示請求にかかる行政文書を保有する行政機関は同法の規定に従い,一定の期間内に開示請求に係る行政文書の全部又は一部について開示決定等をしなければならないものと規定しているのであるから,開示請求者には,原則として同法10条所定の期限内にその開示請求に対する開示決定等を受ける権利が与えられているというべきである。そして,同法は,同法1条に掲げた国民主権の下行政機関の説明責任を全うするという目的を達成するため,同法3条で「何人も」文書開示を請求できるとして,自然人,法人のほか,法人でない社団等も開示請求権者にあたるとしているのであるから,原告のような権利能力なき社団に対しても,上記のような権利が付与されていると解される。
 したがって,原告は,適切な時期に開示決定等を受けることのできる権利を有しているものというべきである。
 しかし,その一方で,同法は,「行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」を情報公開制度の目的としているのであって(同法1条),これによれば,開示決定等の期限の定めは,上記のような情報公開制度の究極の目的である適正な行政運用の監視,確保という国民全体の一般的利益の実現に資するための目的的な規制であり,上記開示請求者の権利もそのような目的的な規制と表裏の関係にあると解するのが相当である。そうすると,開示決定等に遅延があったからといって直ちに国家賠償法上保護に値する権利の侵害があったと評価するのは妥当ではなく,開示決定等の遅延の程度が情報公開制度の上記目的の実現を阻害する程度に著しいものであるため,社会通念上一般人において受忍すべき限度を超えていると評価できる場合に,初めて国家賠償法上保護に値する権利の侵害があった(国家賠償法上の違法があった)と評価するのが相当である。そして,受忍限度を超えたか否かの判断に際しては,同法10条が「事務処理上の困難その他正当な理由があるときは」延長することができると規定し,11条が「事務の遂行に著しい支障が生ずるおそれがある場合には」相当の期間内に開示決定等をすれば足りると規定することによって,開示請求の処理のみならず,他の行政事務の遂行にも配慮している趣旨からすれば,遅延期間の長短のみならず,開示請求のなされた文書の量,性質,担当する人員数,他の行政事務等の行政側の事情も考慮しなければならないと解するのが相当である(東京高裁平成18年(行コ)第10号平成18年9月27日判決参照)。

 

大阪地裁判決平成20年08月28日

【事案】

 原告が,原・被告間の賃貸借契約につき,被告による賃料不払及び営業管理規則違反の債務不履行があったことを理由とする同契約の債務不履行解除を原因として,別紙物件目録記載2(1)の建物区画(以下「5階区画」という。)及び同2(2)の建物区画(以下「2階区画」という。)の明渡しを求めるとともに,未払賃料合計1860万1540円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年2月15日から支払済みまで約定の年14パーセントの割合による遅延損害金並びに平成18年12月1日から5階区画及び2階区画の各明渡しまでの間,5階区画につき月額105万円,2階区画につき月額32万3610円の割合による賃料ないし賃料相当損害金の支払を求めた事案。

【判旨】

 被告は,原告が告知・説明義務及び営業努力義務を怠り,賃貸人としての義務を履行していないため,その対価である賃料支払義務が生じないと主張する。
 しかし,告知・説明義務は契約締結段階での問題であるところ,5階区画賃貸借契約は有限会社Eと代表受託者との間で,2階区画賃貸借契約は被告と代表受託者との間で締結されたものであって,原告は契約締結の際には契約当事者ではないし,本件の事情のもとで,契約当事者ではない原告が,被告に対して契約締結の際に何らかの告知・説明をすべき事情も認められないから,原告は被告に対して告知・説明義務を負わない。
 次に,そもそも賃貸借契約において賃貸人が賃借人に対して負う義務は,目的物件を賃借人に引き渡し,第三者が賃借人の使用収益を妨害している場合にはこれを排除するという消極的な義務に止まると解するのが相当である。被告が営業努力義務として主張する内容は,実質的には,賃貸人をして,目的物件での賃借人の経営を成り立たせ,利益を上げさせる義務を負わせるに等しいものであって,賃貸借契約上明示の合意のない限り,賃貸人がこのような義務を負うことはない。
 そして,5階区画賃貸借契約及び2階区画賃貸借契約上,原告が,被告の主張するような義務を負う旨の明示の規定は存在しない。また,営業管理規則の規定内容からすれば,営業管理規則はフェスティバルゲートの運営を円滑に行うために運営管理会社の権限を定めたものと評価するのが相当であり,営業管理規則が信託受託者や原告に対して義務を課すものと解することはできないから,営業管理規則を根拠として,賃貸人が賃借人に対して,賃貸借契約上の義務として,何らかの義務を負うと解することもできない。
 以上のとおり,原告は,5階区画賃貸借契約及び2階区画賃貸借契約上,被告の主張する告知・説明義務及び営業努力義務を負わないから,この点に関する被告の主張を採用することはできない。

 さらに,被告は,仮に賃料支払義務があるとしても,被告が原告に対して有する損害賠償請求権と対当額で相殺した結果,被告の原告に対する賃料支払義務は存在しないと主張する。
 しかし,被告の主張する損害賠償請求権は別件訴訟において訴訟物となっている債権であるから,これを自働債権として相殺の抗弁を主張することはできない(最高裁判所昭和62年(オ)第1385号平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁)。
 したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。

 

札幌高裁判決平成20年08月29日

【事案】

 被控訴人は,北海道立学校又は北海道内各市町村立学校の教職員であった控訴人らに対し,昭和50年12月から昭和52年4月にかけて実施された争議行為に関与したことを処分事由として,地方公務員法(以下「地公法」という。)37条1項に基づいて懲戒処分を行った。本件は,控訴人らが,地公法37条1項は,憲法28条並びに結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和40年6月28日条約第7号,以下「ILO87号条約」という。)及び憲法98条2項に違反する無効な規定であり,また,仮に無効でないとしても,控訴人らが受けた懲戒処分は懲戒権の濫用に当たるから無効であるなどと主張して,被控訴人に対し,上記各懲戒処分の取消しを求めた事案である。

【判旨】

 地方公務員も,勤労者として,自己の労務を提供することにより生活のための資金を得ている点で私企業の労働者と変わるところはなく,労働者の経済的地位の向上を目的とする憲法28条の労働基本権の保障は地方公務員にも及ぶが,その地位の特殊性や職務の公共性からして,その労働基本権に関しては,私企業の労働者と異なる必要やむを得ない程度の制限を受けると解される。
 地公法は,一部の職種を除き,地方公務員に対して,職員団体を組織する権利を認めて団結権を保障し(地公法52条),職員団体に対し,勤務条件に関して,地方公共団体当局と協約を結ぶことは認めていないが,交渉を行うことは認め,限定的ながらも団体交渉権も保障するが(同法55条1項,2項),同盟罷業等を行う争議権は全面的に否定している(同法37条1項)。上記労働基本権の制限は,地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性からして,やむを得ない程度の制限ということができ,特に争議権については,その行使によって公務が停廃し住民等の共同利益が害され又は害されるおそれがあることからも,その一律制限はやむを得ない制限と認められる。また,財政民主主義に基づき地方公務員の勤務条件は住民の意思を反映する条例で定めるとされている(同法24条6項)ことからして,団体交渉により勤務条件を定めその裏付けとして争議権を与えるという私企業の労働者への労働基本権保障の前提は,地方公務員にはそのまま当てはまらないことからも,上記程度の制限は是認されると解される。
 かかる制限を加える代償措置として,地公法は,以下に述べる制度をはじめとして,地方公務員の勤務条件の適正を確保するため,種々の制度を設けている。すなわち,地公法は,職員の勤務条件を社会一般の情勢に適応させる措置を講ずべき義務を地方公共団体に課している(同法14条1項)。そして,その制度的保障として,一定規模以上の地方公共団体には人事委員会を置くこととし(同法7条),人事委員会は,勤務条件に関する研究を行い,その成果を地方公共団体の長等へ提出することとされ(同法8条),特に給与に関しては,給料表の相当性につき報告又は勧告をする権限が認められている(同法26条)。そして,職員は,勤務条件に関し,人事委員会又は一定規模以下の地方公共団体に置かれる公平委員会(同法7条)に対し,地方公共団体当局により適当な措置が執られるべきことを要求することが認められており(同法46条),人事委員会又は公平委員会は,審査の結果,地方公共団体の機関に対し必要な勧告をすることが義務付けられている(同法47条)。なお,公平委員会には,人事委員会に認められているような独自の給与に関する勧告権限はないが,実際上近隣地方公共団体の人事委員会勧告に準拠した給与決定が行われると認められ,これと著しく反する給与決定がなされた場合には,措置要求に基づく勧告がなされると考えられる。
 以上のような代償措置が機能する限り,地方公共団体職員の勤務条件の適正さは相当程度担保されているということができ,地方公務員に対する前記労働基本権制限は憲法28条に違反しないと解される。なお,本件各争議行為が行われた当時,控訴人らの勤務条件に関し,人事委員会又は公平委員会による勧告等の前記各権限が機能していなかったとは認められない。
 最高裁判所(大法廷)は,昭和51年5月21日,地公法37条1項が合憲であることを判示する上記と同旨の判決をし(刑集30巻5号1178頁),これと前後して,非現業国家公務員の争議行為を一律禁止した当時の国家公務員法98条5項が合憲であることを判示し(昭和48年4月25日・刑集27巻4号547頁),現業国家公務員の争議行為を一律全面禁止した当時の公共企業体等労働関係法17条1項が合憲であることも判示した(昭和52年5月4日・刑集31巻3号182頁)。その後も最高裁判所は,繰り返し同旨の判決をしており(その一例として,最高裁判所平成12年12月15日第2小法廷判決・平成12年(行ツ)第186号),公務員の争議行為を一律禁止する法律が合憲であることは,最高裁判所の確立した判例となって現在に至っている。
 以上によれば,地公法37条1項が憲法28条に違反するとの控訴人らの主張は採用できない。

 ILO87号条約は,その標題からも明らかなように,結社の自由及び団結権の保護を目的とした条約であって,同条約中には争議権を保障する旨の明文の規定が存在しないことは控訴人らも認めるところである。同条約3条1項,10条により争議権が保障されている旨控訴人らは主張するが,その文言自体からその趣旨は読みとれない。控訴人らは,ILOの専門家委員会や結社の自由委員会が,争議権は同条約3条1項及び10条に内在する権利であると解釈しており,同解釈は法源性を有する旨主張するが,それが批准された条約と同等に国内法規としての効力を有するものとは認められない(最高裁判所昭和44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号305頁,同平成12年3月17日第2小法廷判決・平成7年(行ツ)第132号各参照)。

 

東京地裁判決判決平成20年08月28日

【事案】

 被告の製造,販売していたゲーム機がデータイースト株式会社(以下「データイースト」という。)の有していた特許権を侵害しており,これによって被告が利益を得たとして,データイーストから上記特許権とともに特許権侵害による不当利得返還請求権を承継したと主張する原告が,被告に対し,不当利得金2億2250万円の一部請求として5000万円及び訴状送達日の翌日である平成19年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

【判旨】

 特許法70条は,その1項において,「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し,その2項において,「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定している。
 これらの規定によれば,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないものの,特許請求の範囲の意味内容をより具体的で正確に判断する資料として,明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意味を解釈すべきものと解するのが相当である。
 そして,公衆に発明の技術を開示した代償として当該発明に独占権を与えるという我が国の特許制度の趣旨や,特許発明は,発明の詳細な説明に,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなければならないとする特許法36条の趣旨に照らすと,特許請求の範囲に記載された特許発明の技術的範囲は,明細書の実施可能に開示された技術に基づいて解釈されるべきである。

 

知財高裁判決平成20年09月08日

【判旨】

 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号が規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
 また,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでなく,かつ,特許出願時の技術常識に照らしても,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでない場合に,特許出願後に実験データ等を提出し,発明の詳細な説明の記載内容を記載外において補足することによって,その内容を補充ないし拡張し,これにより,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するようにすることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度に趣旨に反し許されないと解すべきである。
 ところで,本件発明1は,本件組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し」との構成(以下「本件構成A」という。)及び「流動性が向上した」との構成(以下「本件構成B」という。)を含むものであるところ,一般に,合金に係る発明を,その組成に加え,その機能ないし性質を用いて特定する場合,当該発明は,その機能ないし性質を必要とする用途に用いられる合金であり,当該組成を有する当該合金が当該機能ないし性質を備えることにより,当該発明の課題が解決されるものと理解されるのであるから,上記において説示したところに照らせば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて判断するに当たっては,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであるか,又は,本件出願時の技術常識を参酌すれば,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものであることを要すると解するのが相当である。
 以上の観点から,以下,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて検討する。
 ・・・本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであり,かつ,本件出願(優先日)当時の技術常識を参酌しても,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであるといわざるを得ない。
 したがって,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと認めることはできない。

 

知財高裁判決平成20年09月10日

【判旨】

 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時(本件では優先権主張日)の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)24〜25頁参照)。
 そこで,本件発明1が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができるかどうかが問題となる。
 ・・・本件明細書において,従来例に係る「普通の溶剤」として念頭に置かれているものはフロンであること,すなわち,本件発明は,オゾン層破壊の原因物質であることが判明したフロンに代わる新たな溶剤(フロン代替品)を用いた物品の溶剤清浄化方法の発明であることが認められるところ,甲第10号証(1989年(平成元年)12月20日株式会社工業調査会発行の「代替フロンの探索環境保護と実用化への道」43〜44頁)によると,フロン代替品については,オゾン破壊能力が小さく,かつ温室効果が小さいものである必要があるため,比較的安定しており,塩素の含量が少ないことが求められるほか,従来のフロンの使用状況は開放的な場合が多いことから無毒か低毒性である必要があり,引火点以下の範囲での使用が望ましいことから可能な限り不燃性であることも求められることが認められる。
 このようなフロン代替品に求められる性質を踏まえ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を見ると,本件発明1の物品清浄化方法における溶剤であるフッ素化エーテルは,フロン代替品として共通に求められる性質(オゾン層に長期の悪影響を及ぼさないという点を含めて環境への影響上良好であり,安定性があり,低毒性であり,不燃性であるという性質)を満たすことを前提として,清浄化機能に優れ,特にアルミニウムに対して安定的である点に特徴があるものであるということができる。このことは,本件明細書の発明の詳細な説明中,実施例の記載において,清浄化試験及びアルミニウム存在下における安定性試験を行っていることとも整合するものである。
 そうすると,本件発明1がサポート要件を満たすというためには,本件発明1の物品の溶剤清浄化方法による清浄化機能が従来の溶剤であるフロンを使用したものとおおむね同等か,それ以上のものであること,及び,アルミニウム存在下において安定していることが,発明の詳細な説明に記載されている必要があるというべきである(なお,原告は「フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果」が本件発明の効果であるかのように主張するが,上記に説示したところに照らし,採用することはできない。)。
 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載されている例1〜11のうち,例1〜9は,使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないものであり,また,例10,11は,これに使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えているものであるとしても,清浄化試験及びアルミニウム存在下における安定性試験の結果がいずれも記載されていないのであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1の実施例に相当する例の記載を欠いたものといわざるを得ない。そして,本件明細書の他の記載において,本件発明1が上記の作用効果を奏することについて具体的に触れた部分はない。
 ・・・したがって,原告の主張を採用することはできず,本件発明1に係る物品清浄化方法は,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,その課題を解決することができると認識できる範囲に含まれているということはできないというべきであり,本件発明1がサポート要件を満たしているということはできない。

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