平成20年度旧司法試験論文の結果について(3)

論文での急激な若年化

以下は、年度別の合格者平均年齢等の推移である。

年度 出願者
平均年齢
択一合格者
平均年齢
論文合格者
平均年齢
論文−択一
平均年齢
合格者に占める
大学生の割合
13 31.26 28.91 27.33 1.58 26.9%
14 31.21 28.79 27.59 1.20 24.0%
15 31.39 28.82 28.19 0.63 24.0%
16 31.97 29.54 28.98 0.56 16.1%
17 32.77 30.00 28.89 1.11 15.1%
18 30.43 29.37 1.06 15.7%
19 31.51 29.80 1.71 15.6%
20 33.36 29.98 3.38 20.6%

以前の記事で書いた通り、今年の択一合格者の平均年齢は高かった。
しかし、論文合格者の段階になると、昨年度とあまり変わらなくなっている。
論文試験の段階で、3歳以上の急激な若年化が生じたためである。

このような急激な若年化は平成13年以降初めてのことである。
その原因の一つとしては、以前の記事で述べた、今年の択一の問題にあるだろう。
丙案時代を思わせるような出題傾向だったために、当時から受験していた30代組にむしろ有利になったという点である。
そのために、択一合格者の年齢が高くなりすぎた。
それが、論文段階で是正された結果として年齢差が大きく生じた。
このような説明も一応可能である。

大学生の躍進

ただ、それよりも重要と思えるのは、大学生(出願時在学生及び卒業見込者をいう)合格者の比率の急増である。
上記の表を見ると、平成13年度から平成15年度までは25%前後。
平成16年度以降は、昨年度まで15%前後である。
平成13年から平成15年の間に20%を超えているのは、丙案があったためである。
すなわち、この期間は人為的に大学生の割合がかさ上げされていた。
今年度は、そのような人為的要素はない。
にもかかわらず、20%台に乗せてきた。
この、新規参入の大学生の躍進が、論文と択一の年齢差を広げた大きな要因であろうと思われる。

現在の旧司法試験は、新規参入が考えにくい環境にある。
受験者合格率が1%を切る試験である。
新しく勉強を始めて簡単に合格できるような甘い試験ではない、と感じられる。
にもかかわらず、合格者の2割を新規参入の大学生が占めている。
これは、あまりに意外なことである。
大学生にとって、結果的に丙案時代に次ぐチャンスの年となっていた。

受かりやすい大学生が増加した、とは考えにくい。
新規に参入する大学生の質が、劇的に変わるような要素は無いからだ。
むしろ、大学生以外の受験生に受かりにくい者ばかりが残っている。
このように考えざるを得ない。

来年に向けて

以前から、論文の合格点が下がっていることを根拠として、合格答案の水準が下がっているという指摘があった。
しかし、そのことだけでは、根拠としては薄い。
論文の評価は「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」といった主観的な判断によってなされている。
そして、試験問題の内容も、評価をする考査委員も毎年同じではない。
難易度の高い問題、評価の厳しい考査委員であれば、全体の点数は低下する。
難易度の低い問題、評価の甘い考査委員であれば、全体の点数は上昇する。
また、これまでは相対評価を前提にしていたから、年度間の得点は意識されていなかった。
従って、単純に年度ごとの比較をすることはできない。

しかし、上記のような大学生の合格者数に占める割合。
これをも考慮すると、それなりに根拠のある考察ができる。
平成18年以降、合格者数は急減した。
にもかかわらず、新参の大学生の割合は減少しなかった。
むしろ、今年度は急増した。
新参の大学生が受かりやすくなっている。
この事実は、少なくとも1500人前後合格した平成16、17年度よりも合格答案の水準が上がっていないことを示している。
毎年新規に受験してくる大学生の答案の水準は、それほど大きく変動するものではないと考えられるからである。

そうすると、合格答案の水準は、1500人時代よりも高くなく、むしろ低い可能性がある、ということがいえる。
このことからすると、今年不合格だった受験生も、来年十分チャンスがある、と一応言うことが出来る。
しかし、同時に、現在残っている受験生は、受かりにくい何かを持ってしまっているということも言える。
主観的とはいえ、考査委員が一応の水準と認めた者が受験者全体の1%に満たなかったというのも事実である。
「一応の水準」は、人の人格的価値と無関係であるが、これをクリアしなければ、合格はできない。
考査委員の嗜好から外れている傾向を持った受験生が同じように来年挑戦する場合、チャンスとはいい難い。

その意味で、来年の旧司法試験は、新規に受験する者にとっては、チャンスである。
他方、受験歴の長い人は、何かを変えなければ、チャンスとはいえない、ということになる。

一部では、旧試験は敵視され、不当に合格者数が絞られたと言われる。
新試験が失敗したことを隠蔽するために、旧試験の評価を不当に下げたというのである。
しかし、新参の大学生に貴重な合格枠を2割も奪われていること。
これは、考査委員の旧試験敵視では説明できない。
長年受験している人は、考査委員のせいにすべきではない。
自分の長年やってきたことに対するこだわりはあるだろう。
しかし、それはこれまでの結果の原因でもありうる。
そのことにも、目を向けるべきである。
新参の大学生が受かっているということは、その程度の勉強量でよいということだ。
問題はその中身である。
重要な知識とそうでない知識の選別ができているか。
事前に準備した知識の中で、書くべきことと書くべきでないことの選別ができているか。
その点を重点的に見直して、来年に臨むべきだと思う。

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