最新下級審裁判例

仙台地裁判決平成20年09月19日

【事案】

 被告人は,平成17年5月21日から同月22日にかけ,仙台市甲区a町内の飲食店等においてAとともに飲酒したものであるが,Aが,同日午前4時ころ,同市乙区bc丁目d番e号付近道路において,上記飲酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通貨物自動車を時速約60kmで走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で本件車両を走行させたことにより,同日午前4時14分ころ,同区f字gh番地i付近道路において仮睡状態に陥り,同所先の宮城県多賀城市jk丁目l番m号先の信号機により交通整理の行われている丁字路交差点の対面信号機が赤色の灯火信号を表示しているのを看過したまま上記速度で同交差点に進入し,折から同交差点出口に設けられた横断歩道手前で一時停止中のB運転の普通乗用自動車右側前部に本件車両左前部を衝突させ,B運転車両を左前方に押し出して,同横断歩道上を歩行者用信号機の青色信号表示に従い左方から右方に横断歩行中又は同横断歩道付近にいたC(当時15歳),D(当時15歳)及びE(当時15歳)ほか15名に本件車両又はB運転車両を衝突させるなどしてCらをそれぞれ路上に転倒させ,よって,C及びDにそれぞれ頸椎骨折等の傷害を負わせ,即時同所において,両名を上記傷害により死亡させるとともに,Eに頭蓋底骨折等の傷害を負わせ,同日午前5時34分ころ,仙台市乙区op丁目q番r号所在のF病院において,Eを上記傷害により死亡させたほか,G(当時15歳)ら15名にそれぞれ加療約3か月間ないし全治約1週間を要する骨盤骨折等の傷害を負わせたのに先立ち,同日午前3時47分ころ,同市甲区a町s丁目t番u号所在の駐車場「H」において,同所に駐車中の本件車両の助手席に乗り込み,A2が本件車両を運転して自己を宮城県多賀城市vw丁目x番y号所在の自宅まで送り届けるよう依頼した上,本件車両の駐車料金の一部として現金600円をAに交付して本件車両を同駐車場から出庫せしめ,Aの危険運転致死傷の犯行を容易にさせたが,Aが酒気を帯びて運転することは知っていたものの,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることまでは知らず,酒酔い運転を幇助する意思しかなかったものである。

【判旨】

 弁護人は,@公訴事実中に本犯であるAが犯した危険運転致死傷罪の犯行内容が詳細に引用されているが,危険運転致死傷罪は道路交通法違反の罪とは罪質が異なる犯罪類型であるから,公訴事実中の当該部分は起訴状を無効とする余事記載であり,刑訴法256条6項,3項に違反する無効な公訴であり,公訴棄却されるべきである,A被告人は,Aに対して,酒酔い運転をことさら誘発する趣旨の発言をすることなく,眠くてもうろうとした意識のままAの車に半ば機械的に乗車しているのであり,Aの酒酔い運転の意思をより強固にしたといえるまでの事情もないから,被告人の行為は酒酔い運転の幇助には当たらず,被告人は無罪であると主張するので,以下検討する。

 検察官は,本件公訴事実は酒酔い運転を幇助する意思で正犯の危険運転致死傷行為を幇助したという訴因であると主張し,弁護人指摘の部分は正犯の実行行為として幇助犯の公訴事実に不可欠な部分であるとする。
 危険運転致死傷罪は,故意に危険な自動車の運転を行い,その結果,人を死傷させた者を,その行為の実質的危険性に照らし,暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであり,第一次的には,人の生命,身体の安全を保護法益とするが,危険運転致死傷罪が成立するときには,交通の安全等を保護法益とする道路交通法上の罪にも当たることから,二次的には交通の安全についても保護法益とされている。
 そして,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態での走行という危険運転行為は,構成要件として酒酔い運転の道路交通法違反の罪を完全に取り込んでいる上,危険運転致死傷罪の法定刑は酒酔い運転の罪のそれよりも重く規定されているのであるから,危険運転致死傷罪が成立する場合には,酒酔い運転の罪が成立することはないとされる。
 したがって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態での走行を危険運転行為とする危険運転致死傷罪は,酒酔い運転の罪の範囲内で構成要件的に重なり合いがあると評価でき,酒酔い運転を幇助する意思で正犯の危険運転致死傷行為を幇助したという訴因であるときには,正犯の実行行為として危険運転致死傷の行為を記載する必要があるといえる。
 この点,弁護人は,酒酔い運転を含めた道路交通法違反は抽象的には道路交通の危険を発生させる行為ということができるとしても,道路交通ないしは人の生命,身体について具体的な危険発生を要件としない単なる形式犯であり,危険運転致死傷罪の行為とでは質的に大きな相違があると主張する。
 しかしながら,上記のとおり危険運転致死傷罪は二次的には交通の安全も保護法益としている上,危険運転致死傷罪の構成要件は酒酔い運転の罪を完全に取り込んでいることからすれば,弁護人の主張は採用できない。

 ・・・被告人が助手席に乗り込むことにより,Aは車を運転して帰ることを決めて車を走らせ事故現場に至っていること,事故現場は被告人の自宅に向かう途中の道路であり,Aは被告人を自宅に送ろうと車を走らせていたこと,駐車場を出る際,被告人が駐車料金の一部を支払っていることからすれば,被告人は,Aの運転行為を助けたと評価することができる(なお,被告人はAの飲酒を知った上で,Aの車の助手席に乗り込み,Aに仮眠や代行運転等の利用を勧めるなどしていないのであって,その後,Aが被告人をその自宅に送ろうとしたことからしても,被告人は,Aに対して自宅に送るよう依頼したということができる。)。
 そして,Aは,結果的に事故現場付近に至り危険運転行為に及んでおり,Aの運転行為は一連の行動であるから,結局,被告人が,Aの運転行為を助けたことは,客観的には,Aの危険運転行為を幇助したと評価することができる。
 この点,弁護人は,上記のように,被告人は,Aに対して,酒酔い運転をことさら誘発する趣旨の発言をすることなく,眠くてもうろうとした意識のままAの車に半ば機械的に乗車しているのであり,Aの酒酔い運転の意思をより強固にしたといえるまでの事情もないと主張する。しかしながら,酒酔い運転を誘発する趣旨の発言をせずとも,上記認定のとおりAの運転行為を助けたと評価できる上,被告人が助手席に乗り込むことによりAの運転行為の意思を固めているから,弁護人の主張は採用できない。

 以上,被告人は,Aの危険運転行為を幇助したといえるが,被告人は車が駐車場を出てすぐに寝てしまい,Aの実際の運転行為を認識していないことからすれば,その故意は酒酔い運転の幇助にとどまると認められる。

 

京都地裁判決平成20年09月30日

【事案】

 控訴人が,被控訴人との間で締結した賃貸借契約に基づいて,被控訴人に礼金18万円を交付したが,同賃貸借契約には,賃貸借契約終了時に礼金を返還しない旨の約定が付されており,被控訴人から礼金18万円が返還されなかったことから,この礼金を返還しない旨の約定が消費者契約法10条により全部無効であるとして,被控訴人に対し,不当利得に基づき,礼金18万円及びこれに対する約定の礼金返還期日の翌日である平成16年11年3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。
 原審は,礼金を返還しない旨の約定は有効であるなどとして,控訴人の請求を棄却したことから,控訴人がこれを不服として,控訴した。

【判旨】

 被控訴人は,本件礼金は,@賃借権設定の対価A賃料の前払という複合的な性質を有するものであり,賃料の支払義務は民法に定められているから,本件礼金約定は,消費者契約法10条所定の民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものに該当しないと主張する。
 しかし,本件礼金は,少なくとも賃料の前払としての性質を有するものというべきであるところ,このことは,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払時期と定めている民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重していると考えられるから,本件礼金約定は,民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する約定であるというのが相当である。

 控訴人は,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張するので,以下,検討を加える。

 控訴人は,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払を強要されている金員であるから,本件礼金約定は,不合理で,その趣旨も不明確なものであると主張する。
 しかし,賃料とは,賃貸人が,賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃借人から受領する金員であるところ,民法614条は,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払時期と定めているが,これは任意規定であり,賃貸借契約成立時に賃料の一部を前払させることも可能であり,また,上記のような賃料の性質からすれば,賃料という名目で受領したか否かにかかわらず,賃貸人が賃貸物件を使用収益させる対価として受領した金員が賃料に該当する。
 そして,本件賃貸借契約のように,一般消費者に居住の場を提供することを目的とする建物賃貸業においては,賃貸物件が物理的,機能的及び経済的に消滅するまでの期間のうちの一部の期間について,賃貸物件を使用収益することを基礎として生ずる経済価値に,賃貸物件の使用収益に際して通常必要となる必要諸経費等を加算したものを賃料として回収することにより,業務が営まれるが,賃貸人は,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,契約締結時に礼金や権利金等を設定する場合には,これらの金員についても賃貸物件を使用収益させることによる対価として,建物賃貸業を営むのが通常である。
 他方,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)賃貸物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた総額をもって,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担を算定するのが通常である。
 このように,礼金は,賃貸人にとっては,賃貸物件を使用収益させることによる対価として,賃借人にとっては,賃貸物件を使用収益するに当たり必要となる経済的負担として,それぞれ把握されている金員であるから,このような当事者の意思を合理的に解釈すると,礼金は,賃貸人が賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃貸借契約締結時に賃借人から受領する金員,すなわち,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであり,一件記録を検討しても,この判断を妨げるに足りる証拠はない。
 なお,被控訴人は,本件礼金が賃借権設定の対価であるとも主張しているが,礼金が賃借権設定の対価であるということは,借地借家法による賃借権の保護・強化や賃貸目的物の需要供給関係に基づいて,賃料に加算されるプレミアムにほかならないから,結局のところ,賃料の前払としての性質に包含されるというべきである。
 控訴人は,本件礼金約定は,記載及び説明の明確性に欠けると主張するが,本件賃貸借契約の契約書には,礼金の額が18万円であること,賃貸借契約締結後は,礼金が返還されないことが明記されており,控訴人は自己の負担すべき金額を容易に認識し得るから,本件礼金約定を無効とすべき理由はない。

 また,控訴人は,Aは,本件賃貸借契約締結後である3月20日になって初めて,重要事項説明書を控訴人に交付していることからわかるとおり,礼金の法的性質や趣旨について,全く説明を受けていなかったと主張する。
 しかし,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることは一般的に周知されている事柄である。
 さらに,本件賃貸借契約の契約書には,賃貸借契約締結後は賃借人に礼金が返還されないことが明記されており,また,3月20日の重要事項説明の際,Aは,控訴人に対し,賃貸借契約終了時に礼金が返還されないことを説明しているところ,仮に,控訴人の主張どおり,控訴人が礼金が返還されないことを知らずに本件賃貸借契約を締結したのであれば,控訴人は,Aないし被控訴人に対し,何らかの抗議をするのが通常であるが,控訴人がこのような抗議をしたという事情は認められない。
 そうすると,本件賃貸借契約締結に当たって,控訴人に対し,本件礼金条項について説明があったというべきである。
 したがって,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払を強要されている金員であるという控訴人の主張は理由がない。

 控訴人は,情報力・交渉力の点において圧倒的優位な立場にある賃貸人は,あらかじめ契約書に礼金条項を組み込ませておくことで,不当に利益を得ることができる一方で,賃借人は,礼金条項も含めて契約全体を承諾して締結するか,これを拒否するかの自由しか有していなかったと主張する。
 しかし,本件礼金は賃料の前払としての性質を有するものであるから,これをあらかじめ契約書に明記して,本件賃貸借契約締結時に徴求したとしても,被控訴人は不当な利益を得ることにはならない。
 また,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該物件を一定期間賃借するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた上で,経済的負担を算定するのが通常である。賃借人は,礼金などの一時金も含めた上で算定された経済的負担を負うとしても,当該賃貸物件が,複数の賃貸物件候補の中で,自己の要望に最も合致すると考え,賃貸借契約を締結するのであり,そして,控訴人にしても,これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,控訴人は,自由な意思に基づいて,本件礼金約定が付された本件賃貸物件を選択したというべきであり,本件礼金約定を含む本件賃貸借契約の契約内容について控訴人に交渉の余地がなかったことは特段問題とするに足りない。

 控訴人は,「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員の答弁から,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。
 確かに,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員は,礼金の慣行のない地域にまで礼金を広げることは好ましくないと答弁しているが,その一方で,既に礼金等の一時金を徴求する慣行のある地域においては,その地域の実情を受けて,礼金等の額を記入する欄として,「その他一時金」という記入欄を設けた旨の答弁をするなど,現行の礼金制度を容認するような答弁をしている。そうすると,「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,政府委員の答弁から,被控訴人が本件礼金約定を設けて,礼金を徴求することが特段の非難に値するということはできない。

 控訴人は,公営住宅法や旧公庫法などにより,礼金が禁止されていることをもって,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。
 しかし,借地借家法を制定するに当たって,礼金の徴求を禁止する旨の規定が設けられなかったことは明らかであるし,また,上記のとおり,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員も,現行の礼金制度を容認するような答弁をしていることに鑑みれば,公営住宅法や旧公庫法などが礼金を禁止していることをもって,本件礼金約定が非難に値するとまでいうことはできない。
 控訴人は,本件礼金が賃料の2.95か月分であること,控訴人は,わずか7か月あまりで退居したため,結局,7か月間で9.95か月分(約1.42倍)の家賃を支払わされたこととなることから,本件礼金が著しく過大な負担であると主張する。
 しかし,本件礼金は,賃料の前払としての性質を有するところ,控訴人が礼金として前払をしなければならない賃料の額は,18万円(賃料の2.95か月分)であり,これは,京滋地域の礼金の平均額(賃料の2.7か月分)からしても,高額ではない。
 そして,本件賃貸借契約は,期間が満了する前に解約されているが,前判示のとおり,控訴人は,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることを認識していたというべきであるから,中途解約の場合であっても,礼金の返還を求めることができないことを承知しながら,自ら,本件賃貸借契約を中途解約したといえる。
 他方,被控訴人は,中途解約の場合であっても礼金を返還しないことを前提に月々の賃料を設定しており,このような被控訴人の期待は尊重されるべきである。
 これらの点からすると,本件礼金の額や,賃借人からの中途解約の場合であっても礼金が返還されないことをもって,本件礼金約定が非難に値するということはできない。

 控訴人は,本件礼金の額(18万円,賃料の2.95か月分)は,首都圏(賃料の1.5か月分)や愛知(賃料の1.1か月分)の平均に比して,突出して高率であり,しかも,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っていると主張する。
 しかし,礼金を少額に抑えて,その分,賃料を高額に設定することが可能であるから,首都圏や愛知においては,一般的に礼金を少額に抑えて,その分賃料が高額に設定されている可能性があるため,一概に本件礼金が他の地域と比較して,不当に高額に設定されているということはできない。また,本件礼金が,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っているとしても,その程度は非常に軽微である。
 したがって,他の地域における平均礼金額との比較や,同じ京滋地域における平均礼金額との比較からしても,本件礼金が不当に高額に設定されているということはできない。

 控訴人は,礼金は,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りするものにほかならないと主張する。
 賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の性質上当然に予定されているから,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する自然損耗に係る投下資本の回収は,通常,修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そして,自然損耗についての修繕費用を月々の賃料という名目だけで回収するか,月々の賃料という名目だけではなく,礼金という名目によっても回収するかは,地域の慣習などを踏まえて,賃貸人の自由に委ねられている事柄である。そして,前判示のとおり,本件礼金は,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであるから,被控訴人は,自然損耗についての必要経費を,月々の賃料という名目で受領する金員だけではなく,賃料の前払である礼金によっても回収しているものである。
 したがって,被控訴人は,本件礼金により,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りしているといえないから,控訴人の上記主張は理由がない。

 以上のとおり,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるような事情は認められないから,本件礼金約定が消費者契約法10条に反し無効であるとの控訴人の主張は理由がない。

 

大阪高裁判決平成20年09月17日

【事案】

 1審原告は,原判決別添楽曲リスト(平成4年8月1日発行のもの1冊及び平成17年10月20日発行のもの1冊)記載の音楽著作物(以下「管理著作物」という。)の著作権を管理しているが,1審被告が,その経営する本件店舗において,歌手,楽器奏者及び客をして,歌唱と楽器演奏により管理著作物を演奏させ,これを来店した不特定多数の客に聴かせて,1審原告の管理著作物の著作権(演奏権)を侵害したと主張して,1審被告に対し,著作権(演奏権)に基づき,本件店舗における管理著作物の使用(演奏)の差止め,その演奏に利用される原判決別紙物件目録記載の楽器及び音響装置の本件店舗からの撤去と,本件店舗への楽器及び音響装置の搬入の禁止を求めるとともに,主位的に著作権(演奏権)侵害による不法行為に基づいて管理著作物の使用料相当額及び弁護士費用の損害賠償(不法行為の後の日である原判決別紙遅延損害金目録記載の各起算日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を,予備的に管理著作物の使用料相当額の不当利得の返還(不当利得の後の日である原判決別紙遅延損害金目録記載の各起算日以降の悪意の受益者に対する利息支払請求を含む。)を求めた。
 原判決は,演奏の差止め,楽器・音響機器の撤去・搬入禁止及び不法行為に基づく損害賠償・不当利得返還請求のいずれも,その一部を認容したので,当事者双方が控訴した。

【判旨】

 最高裁判所昭和63年3月15日第三小法廷判決(民集42巻3号199頁)は,スナックにおける客のカラオケ伴奏による歌唱について,客は経営者と無関係に歌唱しているわけではなく,従業員による歌唱の勧誘,経営者の備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲,経営者の設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて,経営者の管理の下に歌唱しているものと解され,他方,経営者は,客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ,これを利用していわゆるカラオケスナックとしての雰囲気を醸成し,かかる雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図していたというべきであって,客の歌唱も,著作権法上の規律の観点からは経営者による歌唱と同視しうる旨判示した。本件は,いわゆるカラオケスナックに関する事案ではなく,上記判示をそのまま当てはめることはできないが,同判決は,著作物の利用(演奏ないし歌唱)の主体は著作権法上の規律の観点から規範的に判断すべきものであって,現実の演奏者・歌唱者だけでなく,演奏・歌唱を管理し,それによって営業上の利益を受ける者も含まれうることを明らかにした点で,本件においても参酌すべきである。

 本件において損害賠償請求又は不当利得返還の対象となっているピアノ演奏は,通常のレストラン営業の傍らで定期的に行われるものであって,1審被告が本件店舗に設置したピアノを用いて行われ,スタッフと呼ばれている複数の演奏者が定期的に演奏を行っていたものであり,ウェブサイトにおいても「毎火・金・土曜日にはピアノの生演奏がBGMです。」と宣伝していることからして,ピアノ演奏は,本件店舗の経営者である1審被告が企画し,本件店舗で食事をする客に聴かせることを目的としており,かつ本件店舗の「音楽を楽しめるレストラン」としての雰囲気作りの一環として行われているものと認められる。そうすると,ピアノ演奏は,1審被告が管理し,かつこれにより利益を上げることを意図し,現にこれによる利益を享受しているものということができるのであって, 特定の演奏者が定期的に出演していること,出演の日時が特定されてホームページなどで対外的に公表され,したがって出演者はこれに拘束されると解されることなどからみて,1審被告の主張するように,これをレストラン営業とは無関係にアマチュアの練習に場所を提供しただけであると見ることはできない。
 1審被告は,客から演奏鑑賞料を徴収していないし,演奏者に演奏料を支払ってもいないとも主張するが,そうであるとしても,1審被告がピアノ演奏を利用して本件店舗の雰囲気作りをしていると認められる以上,それによって醸成された雰囲気を好む客の来集を図り,現にそれによる利益を得ているものと評価できるから,1審被告の主観的意図がいかなるものであれ,客観的にみれば,1審被告がピアノ演奏により利益を上げることを意図し,かつ,その利益を享受していると認められることに変わりはないというべきである。
 以上によれば,本件店舗でのピアノ演奏の主体は,本件店舗の経営者である1審被告であるというべきである。

 本件店舗が主催するライブについては,本件店舗が最終的に企画し,客からライブチャージを徴収した上で,演奏者等に演奏料を支払うのであるから,その演奏は本件店舗の管理の下に行われるものと評価でき,またそれによる損益は本件店舗に帰属するものであったといえる。したがって,この形態のライブ演奏の主体は,本件店舗の経営者である1審被告であることが明らかである。

 第三者が主催する形態のライブは,プロの演奏者又は後援会からライブ開催の申込みにより行われ,演奏者が自ら曲目の選定を行い,ちらし等を作り,雑誌に掲載して広告し,チケットを作って販売し,ライブチャージを取得するのであって,本件店舗は,従業員が客からのライブチャージ徴収事務を担当し,例外的に予約を受け付けることがある以外,何らの関与もせず,演奏者等から店舗の使用料等を受領せず,演奏者に演奏料も支払われないのであるから,本件店舗は,ライブを管理・支配せず,基本的に,ライブ開催による直接の利益を得ていない。他方,本件店舗のコンセプトに照らすと,本件店舗は,このようなライブを店の営業政策の一環として取り入れ,かかる雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図していた可能性も否定できないが,ライブ開催と来店者及び収益の増加との関係は必ずしも明らかではなく(ライブ開催時の飲食物提供は通常より簡素であると認められる。仮に一定程度の利益が生じるとしても,管理著作物の利用主体を肯定することにはならない。そうすると,このような形態のライブで,本件店舗(1審被告)が,演奏を支配・管理し,演奏による営業上の利益の帰属主体であるとまではいうことができず,管理楽曲の演奏権を侵害したとは認められない。
 そして,上記認定のライブのうち,本件店舗開店時のライブ(平成13年5月30日から同年6月2日)及び2周年謝恩イベントのライブ(平成15年5月30日)は,その性格上,1審被告の主催によると認めるべきであるが,それ以外のものは,1審被告の主催と認めるだけの事由があるとはいえず,これを認めるに足りる証拠がない。当審証人Pによれば,FHOMETOWN LIVE(平成18年6月17日)では,本件店舗に対し3万円程度の使用料が支払われたことが認められるが,この使用料にはドリンク代が含まれていることが同証言により認められるから,上記認定を覆すに足りない。

 貸切営業において,1審被告は,場所及び楽器,音響装置及び照明装置を提供しており,本件店舗における演奏を勧誘しているのであるが,結婚披露宴や結婚披露宴の二次会,各種パーティー等において,招待客や参加者が本件店舗内において管理著作物をピアノで演奏したり歌唱したとしても,そもそも演奏するか否か,さらにいかなる楽曲を演奏するか,備付けの楽器を使用するか否か,音響装置及び照明装置の操作等について上記招待客等の自由に委ねられているものであり,その演奏形態は一様ではないといえる。
 また,本件店舗のウェブサイトには、貸切営業の際に通常営業も行うこともできるとの記載があるが,本件において提出された証拠によっては,貸切営業が実際にいかなる場合に通常営業と並行して行われているのかは明らかではなく,むしろ多くの場合,貸切営業においては本件店舗を訪れる不特定多数の客ではなく,専ら当該結婚披露宴の二次会などの招待客に聴かせることを目的とするものであることが認められる。これらの事情にかんがみれば,貸切営業における招待客や参加者が行う演奏行為は,1審被告によって管理されていると認めることはできず,むしろ1審被告とは無関係に行われる場合が多いと認められ,また,1審被告がその演奏自体を不特定多数の客が来訪する店の雰囲気作りに利用するなどして,これによる収益を得ているとは認められない。
 したがって,貸切営業における演奏については,管理著作物の利用主体は本件店舗の経営者たる1審被告であると認めることはできない。

 以上によれば,本件店舗におけるピアノ演奏及び本件店舗主催のライブ演奏については,1審被告による演奏権侵害の余地があるが,第三者主催のライブ演奏及び貸切営業では演奏権侵害が認められない。

 管理著作物であっても,営利を目的とせず,かつ,聴衆又は観衆から料金を受けない場合には,公に演奏することができるが,実演家に対し報酬が支払われる場合はこの限りではない(著作権法38条1項)。しかし,本件店舗におけるピアノ演奏については,1審被告がピアノ演奏を利用して本件店舗の雰囲気作りをしていると認められる以上,それによって醸成された雰囲気を好む客の来集を図っているものと評価できるから,営利を目的としないとはいえない。なお,1審原告が主張する平成17年5月31日の「Dライブ」,平成18年6月17日のライブ及び貸切営業における演奏及び「サッカーワールドカップ第2回観戦会」における演奏は,1審被告が演奏主体となって管理著作物を使用しているものとは認められないから,これを前提とする同条項の適用の有無は検討するまでもない。
 よって,本件店舗における管理著作物の上記演奏が著作権法38条1項に該当するとの1審被告の主張は理由がない。
 そして,1審被告は,本件店舗における管理著作物の利用について1審原告の許諾を受けていなかったから,本件店舗におけるピアノ演奏及び本件店舗主催のライブ演奏で管理著作物を利用することは,1審原告の管理著作物の著作権を侵害するものであることが明らかである。
 1審被告は,著作権法38条1項は,非営利行為を著作権侵害に当たらないとするものであり,営利行為とは金銭の授受を伴う有償行為をいうと主張する。
 しかし,同項は,同法22条が著作権の支分権として上演権・演奏権を規定することを前提に,「公表された著作物は,営利を目的とせず,かつ,聴衆又は観衆から料金(いずれの名目をもつてするかを問わず,著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には,公に上演し,演奏し,上映し,又は口述することができる。ただし,当該上演,演奏,上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は,この限りでない。」と定めるから,演奏に営利目的があれば,聴衆から料金を受けず,又は実演家に報酬が支払われない場合でも,同項の対象外であることは文言上明らかである。そうすると,「営利を目的」とするとは,演奏が直接的に対価(金銭の授受等)を伴わず,間接的に営利を目指している場合をも含むと解するほかない。よって,1審被告の上記主張は失当である。

 本件店舗は,そのウェブサイトに「ジャズやボサノバを中心にここちよい音楽を楽しみながら,お食事やお酒を味う贅沢な空間です。」とし,「Cのコンセプト」を「音楽を愛するすべての人に心から楽しんでいただく素敵な空間です。」と明示して営業しているレストランカフェであり,1審原告が行った実態調査によれば,演奏されていた楽曲のほとんどが管理著作物であった。1審被告は,平成17年2月23日の本件仮処分事件の審尋期日において,本案訴訟による解決がなされるまでの間,本件店舗では管理著作物を演奏しないことを表明したが,これも本件の終局判決が言い渡されるまでの間の措置として管理著作物を演奏しない旨を表明しているにすぎないものであることが,その主張の趣旨に照らし明らかであり,その後の対応については態度を明らかにしていない。
 これらの状況に加えて,1審原告の管理著作物である日本国内外の楽曲は,1審原告によれば460万曲以上にも及ぶことからすると,1審被告は,将来においてなお本件店舗において管理著作物を演奏するおそれがあるというべきである。
 したがって,請求の趣旨第1項については,本件店舗における「ピアノリクエスト・ピアノ弾き語り・ピアノBGM」における演奏,本件店舗主催の入場料を徴収する「ライブ」における演奏について,ピアノ,ウッドベース,ドラムセット,パーカッション,ギター,ベース等の楽器演奏及び歌唱による管理著作物の使用差止めの請求は,理由がある。

 本件店舗におけるピアノ演奏で演奏された楽曲のほとんどは管理著作物であったことが認められるから,本件店舗に備え置かれたピアノは,主として1審原告の演奏権を侵害する管理著作物の無断演奏に使用されていたと認められる。もちろん,ピアノは,本来,管理著作物以外の楽曲の演奏の用にも供し得るものではあるが,現実の使用態様が主として管理著作物の無断演奏に供されるもので,その状態が今後も継続するおそれがある場合に,1審原告がその撤去を求めることは,本件店舗における1審被告による演奏権の侵害を停止又は予防するために必要な行為に該当する(著作権法112条2項)。
 たとえ1審被告が現時点においてはピアノリクエスト,ピアノ弾き語り及びピアノBGMを中止していたとしても,今後,これらの演奏が再開されれば管理著作物が無断で演奏されるおそれがあることは否定できない。よって,ピアノについては,請求の趣旨第2項の差止請求を認める必要がある。
 他方,1審原告が撤去を求めるその他の楽器,すなわちウッドベース,ドラムセット,ギター,パーカッション,ベースについては,ライブ奏者であれば自ら使用する楽器を持参し,本件店舗備え付けの楽器は使わない場合も多いと推認され,また,これらの楽器が貸切営業においても使用される可能性が否定できず,専ら著作権侵害の行為に供された機械又は器具であるとまでは認めることができない。
 ミキサー,アンプ,マイクなどの音響装置については,ピアノ演奏,本件店舗主催のライブ,貸切営業のいずれの演奏態様においても用いることがあるものである。そして,貸切営業の営業日数は,月によっては1か月に7日ある場合もあり,営業日数全体に占める割合がわずかであるとまでいうことはできない。また,上記のとおりピアノの撤去請求が認められ,かつ,後記のとおりピアノを含むその他の楽器の搬入禁止請求が認められる(ただし,第三者主催のライブ及び貸切営業を除く。)ことによれば,ライブの出演者がこれらの楽器を持ち込むことも禁止されるのであるから,1審被告による著作権の侵害行為の予防の観点からも,1審被告による管理著作物の利用行為に当たらない貸切営業にも使用され得る音響装置の撤去まで命じる必要はないというべきである。
 よって,請求の趣旨第2項のうち,本件店舗にピアノの撤去を求める部分は理由がある。

 1審被告は,1審原告が再三にわたって音楽著作物利用許諾契約の締結を促しても,これに応じなかったばかりか,自ら本件店舗においては管理著作物は演奏しないという方針を明らかにした後も,管理著作物の演奏を継続してきたものである。このような経緯に照らせば,1審被告が判決により管理著作物の使用を差し止められても,これに従わず,また,ピアノを撤去されても,ピアノその他の楽器を搬入して,管理著作物の使用を継続するおそれが高いものといわざるを得ない。
 ただし,マイク等の音響装置の搬入禁止を求める部分は,マイク等の音響装置の撤去を禁じていない以上,搬入禁止を命じる必要はないというべきである。
 よって,請求の趣旨第3項のうち,本件店舗に「ピアノリクエスト・ピアノ弾き語り・ピアノBGM」における演奏,本件店舗主催の入場料を徴収する「ライブ」における演奏においてピアノその他の楽器の搬入禁止を求める部分は理由がある。

 1審被告は本件店舗のオーナーとして週末には本件店舗にも立ち寄っていたことが認められ,同事実によれば,1審被告は,遅くとも平成13年6月末日までには,本件店舗における管理著作物の使用が著作権の侵害に当たることを認識していたものと認めるのが相当である。
 したがって,1審被告は,本件店舗における管理著作物の著作権侵害につき,故意又は過失があったから,1審原告に対して,使用料相当額の損害賠償義務を負うものである。
 他方,平成13年5月18日及び同年6月1日に発行された「わかやま新報」に,本件店舗を紹介する記事が掲載され,1審原告は,これにより1審被告が本件店舗を開店したことや,本件店舗において生演奏が行われること等の事実を確認し,同月5日に1審原告大阪支部職員が本件店舗に電話連絡をして,応対に出た男性従業員に対し,本件店舗内で行われる生演奏について1審原告の許諾を得て適法に音楽を利用するため音楽著作物利用許諾契約の締結が必要であることを説明し,同月6日には同契約の締結のために必要な申込書等手続書類一式を送付したことが認められる。したがって,1審原告は,本件店舗の開店当初から,損害賠償請求が事実上可能な程度に1審被告による管理著作物の著作権侵害行為を知っていたものと認められる。
 そして,1審原告は,1審被告に対する平成13年5月30日から平成17年4月14日までの間の本件店舗において管理著作物の著作権を侵害したことによる損害賠償請求権を被保全権利として,1審被告が持分10分の9の割合で所有する不動産に対して大阪地方裁判所に仮差押申立てをしたところ,同裁判所は,平成17年7月11日,110万円の担保を1審原告に立てさせて仮差押決定を発令し,さいたま地方法務局北埼出張所平成17年7月13日受付第8327号により仮差押えの登記が完了したことが認められる。上記被保全権利は本件訴訟における請求中,上記期間における損害賠償請求に係る請求権と同一であるから,その消滅時効は,平成17年7月13日をもって中断し,その効力は現在も継続している(最高裁平成10年11月24日第三小法廷判決・民集52巻8号1737頁。そうすると,上) 記被保全権利中,平成14年7月12日以前に生じた損害賠償請求権は上記時効中断前に時効期間が経過することにより時効消滅したが,同月13日以降に生じた損害賠償請求権はいまだ時効により消滅していないことになる。
 以上のとおり,1審被告は,1審原告に対し,平成14年7月13日から平成18年6月17日までの間の本件店舗における著作権侵害行為に関しては,不法行為に基づく使用料相当額の損害賠償義務を負うものである(著作権法114条3項)。
 平成13年5月30日から平成14年7月12日までの間の本件店舗における著作権侵害行為については,消滅時効が成立したことにより,不法行為に基づく損害賠償請求は認容されないから,その範囲で,予備的請求である1審被告に対する不当利得返還請求の可否について判断するに,1審被告は,上記期間中,1審原告の許諾その他何らの法律上の原因なく,管理著作物を本件店舗の営業に利用して使用料相当額の利益を受け,1審原告に同額の損失を及ぼしたものである。したがって,1審被告は,1審原告に対し,同額の不当利得返還義務を負うものというべきである。

 1審被告は,著作権法114条3項は著作権侵害に関し不当利得返還請求を排除するものである旨,使用料相当損害金債権があるから不当利得はない旨,同項は損害額の上限を定めたものである旨,1審原告が請求できるのは同項所定の損害額から著作権者(信託者)に支払う金額を控除した額である旨,それぞれ主張するようである。
 しかし,同項は,著作権侵害に対する損害賠償を請求する者の立証の困難を緩和するための規定であって,権利者が,民法709条に基づき損害額を別途立証して請求することを妨げる趣旨ではないし,民法709条ないし著作権法114条3項に基づく損害賠償請求と不当利得返還請求とはいわゆる請求権競合の関係に立ち,いずれかが他方を排斥することはない。
 また,1審原告は,著作者等から著作権の信託譲渡を受けた者であり,著作権者そのものとして権利を行使できるから,信託者に対して支払うべき額を含めた損害額全部を侵害者に請求することができ,信託者に対する支払の有無もこれを左右しない。よって,1審被告の上記主張はいずれも失当である。

 1審被告は,従前,演奏場所の無償提供は非営利行為だから著作権法38条1項により著作権侵害に当たらないと考えており,したがって悪意ではなかった旨主張する。しかし,1審被告の行為に同項の適用が認められない場合,1審被告は,同項の適用があるとの認識を有し,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら著作物を利用した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決・判例時報1984号26頁参照)。そして,本件で上記特段の事情に当たる事実の主張立証はないから,1審被告は悪意の受益者として同条所定の利息の支払義務を負う。

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