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最高裁判所第二小法廷判決平成20年10月10日

【事案】

 本件は,上告人が銀行である被上告人に対して普通預金の払戻しを求めたところ,被上告人が,上告人が払戻しを求める金額に相当する預金は,原因となる法律関係の存在しない振込みによって生じたものであることを理由として,上告人の払戻請求は権利の濫用に当たると主張するとともに,被上告人は上告人が払戻しを求める金額に相当する預金を上記振込みをした者に払い戻したが,この払戻しは債権の準占有者に対する弁済として有効であるなどと主張して,これを争う事案である。

 上告人は,A銀行H支店において,普通預金口座(以下「本件普通預金口座」といい,この口座に係る預金を「本件普通預金」という。)を開設し,また,上告人の夫であるBは,C銀行J支店において,預金元本額を1100万円とする定期預金口座(以下,この口座に係る預金を「夫の定期預金」という。)を開設していた。
 D及び氏名不詳の男性1名(以下「本件窃取者ら」という。)は,平成12年6月6日午前4時ころ,上告人の自宅に侵入し,本件普通預金及び夫の定期預金の各預金通帳及び各銀行届出印を窃取した。
 E,F及びGは,本件窃取者らから依頼を受け,同月7日午後1時50分ころ,C銀行J支店において,夫の定期預金の預金通帳等を提示して夫の定期預金の口座を解約するとともに,解約金1100万7404円(元本1100万円,利息7404円)を本件普通預金口座に振り込むよう依頼し,これに基づいて本件普通預金口座に上記同額の入金がされた(以下,この振込依頼による入金を「本件振込み」という。)。これにより,本件普通預金口座の残高は1100万8255円となった。
 E及びFは,本件窃取者らから依頼を受け,同日午後2時29分ころ,A銀行I支店において,本件普通預金の預金通帳等を提示して,本件普通預金口座から1100万円の払戻しを求めた。同銀行は,この払戻請求に応じて,E及びFに対し,1100万円を交付した(以下「本件払戻し」という。)。
 上告人は,A銀行の権利義務を承継した被上告人に対し,本件振込みに係る預金の一部である1100万円の払戻しを求め,これに対して被上告人は,前記のとおり,上告人の払戻請求は権利の濫用に当たり許されないなどと主張して争っている。

【判旨】

 振込依頼人から受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり(最高裁平成4年(オ)第413号同8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁参照),上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人が上記普通預金債権を有する以上,その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると,受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。
 これを本件についてみると,本件振込みは,本件窃取者らがEらに依頼して,上告人の自宅から窃取した預金通帳等を用いて夫の定期預金の口座を解約し,その解約金を上告人の本件普通預金口座に振り込んだものであるというのであるから,本件振込みにはその原因となる法律関係が存在しないことは明らかであるが,上記のような本件振込みの経緯に照らせば,上告人が本件振込みに係る預金について払戻しを請求することが権利の濫用となるような特段の事情があることはうかがわれない。被上告人において本件窃取者らから依頼を受けたEらに対して本件振込みに係る預金の一部の払戻しをしたことが上記特段の事情となるものでもない。したがって,上告人が本件普通預金について本件振込みに係る預金の払戻しを請求することが権利の濫用に当たるということはできない。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成20年10月16日

【事案】

 被告人は,普通乗用自動車を運転し,パトカーで警ら中の警察官に赤色信号無視を現認され,追跡されて停止を求められたが,そのまま逃走し,信号機により交通整理の行われている交差点を直進するに当たり,対面信号機が赤色信号を表示していたにもかかわらず,その表示を認識しないまま,同交差点手前で車が止まっているのを見て,赤色信号だろうと思ったものの,パトカーの追跡を振り切るため,同信号機の表示を意に介することなく,時速約70kmで同交差点内に進入し,折から同交差点内を横断中の歩行者をはねて死亡させた。

【判旨】

 所論は,平成19年法律第54号による改正前の刑法208条の2第2項後段にいう赤色信号を「殊更に無視し」とは,赤色信号についての確定的な認識がある場合に限られる旨主張する。
 しかしながら,赤色信号を「殊更に無視し」とは,およそ赤色信号に従う意思のないものをいい,赤色信号であることの確定的な認識がない場合であっても,信号の規制自体に従うつもりがないため,その表示を意に介することなく,たとえ赤色信号であったとしてもこれを無視する意思で進行する行為も,これに含まれると解すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成20年11月07日

【事案】

 電車内で上告人から痴漢の被害を受けた旨の被上告人の申告に基づいて東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反容疑で現行犯逮捕され,勾留された上告人が,上記申告は虚偽であると主張して,被上告人に対し,不法行為に基づき,慰謝料等の支払を求める事案。

 被上告人(当時大学2年生)は,平成11年9月2日,アルバイト先から帰宅するため,午後11時21分にJR中央線甲駅を発車するJR中央線下り快速電車(以下「本件電車」という。)の中央付近の車両(以下「本件車両」という。)に乗車した。
 上告人(当時57歳)は,同日,勤務先から午後6時ころ退社し,帰宅途中に京王井の頭線甲駅で下車して焼鳥屋及びスナックで飲食した後,本件電車に乗車した。
 被上告人は,本件車両内で,乗降口脇の座席の柱にもたれかかって立ち,当時通っていたカラオケ教室の講師であるAと携帯電話で通話していた。上告人は,被上告人から20pないし30pほど離れた位置に立っており,右手でつり革につかまり,左手にかばんを持っていた。
 本件車両内は,座席は埋まっていて,つり革もほとんど使用されていたが,特に混み合っているわけではなく,被上告人の付近には十分な空間があった。
 上告人は,本件電車が乙駅と丙駅の間を走行していた同日午後11時26分ころから午後11時29分ころまでの間に,被上告人に対し,「電車の中で電話しちゃいけない。」と,携帯電話の使用を注意する発言をした。
 同日午後11時40分ころ,上告人も被上告人も丁駅で本件電車から降りた。そして,上告人は自宅に帰るために歩いてバス停に向かったが,被上告人は駅前の交番で立番勤務をしていた警察官に電車の中で痴漢の被害に遭ったこと及び犯人がすぐそこにいることを告げて同警察官と共に上告人を追い掛け,バス停付近で上告人に追い付いて,上告人が痴漢の犯人である旨を同警察官に告げた。
 上告人は,電車の中で痴漢をしなかったかと警察官から尋ねられ,否認したが,同日午後11時46分,警察官によりその場で現行犯逮捕され(以下,この逮捕を「本件現行犯逮捕」という。),引き続き勾留された。
 被上告人は,警察官や検察官による取調べに対し,@本件電車内で携帯電話でAと通話をしていたところ,上告人がもたれかかるように身体を近づけてきて,手すりかつり革をつかみながら身体を前後に揺らし,被上告人の身体に股間を擦りつけるように押し当ててきた,A上告人が被上告人に身体を近づけてきたので痴漢かもしれないと思って警戒しながら30秒くらい我慢していたが,上告人がなおも股間を被上告人の身体に押し当ててきたことから,上告人が故意に痴漢をしているものと認識した,B上告人に「離れてよ。」と言いながら,左肘で上告人の胸に向かって2回肘打ちをしたところ,上告人から逆に携帯電話の使用を繰り返し非難されたので,「変なことをしておいて,何言ってるの。」,「分かった,切るよ。」と言って電話を切った,C上告人が被上告人に対して痴漢行為をした時間は,全体として約1分間であると供述した(以下,被上告人の上記供述に係る上告人の行為を「本件痴漢行為」という。)。
 他方,上告人は,本件現行犯逮捕の時点から一貫して本件痴漢行為に及んだことを否認し,携帯電話での通話を止める気配がなかった被上告人に対し,少し身体を乗り出すようにして,「電車の中で電話してはいけない。」と1回注意したところ,被上告人から「分かったわよ。」と大きな声で言われただけであると供述している。
 本件車両内での被上告人と上告人のやり取りを目撃した第三者は見付からなかったが,上告人による本件痴漢行為があったと被上告人が主張する時点の前後を通じて被上告人の携帯電話とAの電話とがつながっており,Aは,電話を通じて本件車両内での被上告人と上告人の発言を聞いていた。
 Aは,上告人が勾留されていた期間中,捜査担当の小池隆検事による事情聴取に応じて,被上告人との通話中に聞こえた内容につき,@被上告人が「変な人が近づいてきた。」と言い,その後間もなく,「電車の中で電話しちゃいけない。」という男性の声が聞こえた,A痴漢行為の存否に関連して聞いた声はこれだけであると述べた。
 その後,被上告人は,取調べを受けることを約束した日に出頭せず,連絡もつかなくなった。
 小池検事は,上告人から本件痴漢行為を受けた旨の被上告人の供述が,上告人の供述と食い違うだけでなく,被上告人が本件痴漢行為を受けたと主張する時点に被上告人と電話で通話をしていたAの供述と整合しない上,被上告人自身が捜査に非協力的になったことから,延長後の勾留期間の満了日である同月22日,上告人を処分保留のまま釈放し,同年12月28日,嫌疑不十分により上告人を不起訴処分とした。
 Aが小池検事の事情聴取に応じた際に作成された供述調書を含む上告人に係る捜査記録の大部分は,本件訴訟提起に先立ち,検察庁において誤って廃棄された。
 小池検事は,第1審において,証人として尋問を受け,Aから聴取した内容等について証言した。また,同証言と同趣旨の同検事作成の陳述書が証拠として提出されている。
 原審は,上告人からのAの証人尋問の申出を採用することなく,上告人の請求を棄却すべきものとした。

【判旨】

 被上告人の本件痴漢行為についての供述には一応の一貫性がみられるが,「上告人が被上告人に身体を触れてきたので痴漢かもしれないと思って警戒しながらしばらく我慢していたが,上告人がなおも股間を被上告人の身体に押し当ててきたことから,上告人に『離れてよ。』といい,その後に上告人から携帯電話の使用を注意された」旨の被上告人の供述内容は,Aが被上告人との電話による通話内容として小池検事に供述した「被上告人が『変な人が近づいてきた。』と言い,その後間もなく,『電車の中で電話しちゃいけない。』という男性の声が聞こえた,痴漢行為の存否に関連して聞いた声はこれだけである」というものとは看過し得ない食い違いがある。
 他方,本件痴漢行為を一貫して否認し,被上告人が電車内での携帯電話の使用を止める気配がないので,1回注意しただけであるという上告人の供述は,Aの小池検事に対する上記供述内容にも沿うものである。
 Aの電話は,本件痴漢行為があったと被上告人が主張する時点の前後を通じて被上告人の携帯電話とつながっており,その間Aは被上告人と上告人の本件車両内での発言を電話を通して聞いていたというのであるから,本件車両内での被上告人と上告人とのやり取りについて目撃者が見付からない本件においては,Aは目撃証人に準ずる立場にある唯一の人物ということができ,その証言は重要であるところ,本件において,Aが電話を通して聞いた被上告人と上告人の発言内容についての認定資料は,小池検事の第1審における証言及び同検事作成の陳述書しか存しない。Aは,被上告人が当時通っていたカラオケ教室の講師であるというのにとどまり,上告人はもとより,被上告人とも特段の利害関係があることはうかがわれないから,客観的中立的な証言が期待できないとはいえない。
 上記事情の下においては,原審が,被上告人の「変な人が近づいてきた。」という声と上告人の「電車の中で電話しちゃいけない。」という声との具体的な間隔,その間の被上告人とAの会話の有無,本件電車の走行に伴う騒音がAの電話にどの程度聞こえていたか等につき,Aの証人尋問を実施してこれを確かめることなく,同人が電話を通して聞いた被上告人と上告人の発言の内容を小池検事の証言及び陳述書のみによって認定した上,具体的根拠が乏しいまま,Aの電話に聞こえた本件車両内での騒音等を被上告人に有利に推測して,小池検事に対するAの供述内容と整合しない被上告人の供述の信用性を肯定し,Aの供述と合致する上告人の供述の信用性を否定して,上告人が本件痴漢行為をしたものと認定したことには,審理不尽の結果,結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるといわざるを得ず,論旨は理由がある。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成20年11月10日

【事案】

 被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した。

(参照条文)
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)

第2条の2
 何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。
(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。
(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。
(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。
 2項略。

第10条
 第2条の2、第6条又は第9条の規定のいずれかに違反した者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
 2項略。

【判旨】

 被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号)10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。

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