平成20年度旧司法試験論文出題趣旨憲法第1問検討(上)

平成20年度の旧司法試験論文式の出題趣旨が法務省HPで公開されている。
今回は、憲法第1問について検討する。

【問題】

 A自治会は,「地縁による団体」(地方自治法第260条の2)の認可を受けて地域住民への利便を提供している団体であるが,長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体から寄付の要請を受けて,班長らが集金に当たっていたものの,集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。
 そこで,A自治会は,班長らの負担を解消するため,定期総会において,自治会費を年5000円から6000円に増額し,その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。
 この決議に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

【出題趣旨】

 自治会のような団体が寄付に協力するために会員から負担金等を徴収することを総会決議で決めることは会員の思想信条の自由を侵害しないかについて,関連判例を踏まえつつ,自治会の性格,寄付の目的,負担金等の徴収目的,会員の負担の程度等を考慮に入れて,事案に即して論ずることができるかどうかを問うものである。

被侵害利益は思想信条の自由

憲法の人権においては、まず、どの人権の問題かを設定する必要がある。
出題趣旨は、明示的に思想信条の自由の問題としている。
「等」の文言がついていない。
従って、その他の人権(財産権等)で構成した場合、それで評価を下げた可能性が高い。
この点は、判例の知識があれば、容易に気づけたはずである。

南九州税理士会事件判例(下線は筆者)
「税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である」

群馬司法書士会事件判例(下線は筆者)
「被上告人がいわゆる強制加入団体であること(同法19条)を考慮しても,本件負担金の徴収は,会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく,また,本件負担金の額も,登記申請事件1件につき,その平均報酬約2万1000円の0.2%強に当たる50円であり,これを3年間の範囲で徴収するというものであって,会員に社会通念上過大な負担を課するものではないのであるから,本件負担金の徴収について,公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情があるとは認められない」

人権の問題では、理論的な正しさより、本筋であるか。
その事が評価を左右してしまう。
自分なりに人権を設定して検討していればどんな人権でも評価されるはずだ。
一部の受験生の間では、そのように言われている。
しかし、出題趣旨はそのようなスタンスではない。
再現答案等を見ても、人権の選択を誤ると評価を下げる傾向にある。
その意味で、判例の学習は重要である。

「関連判例を踏まえつつ」の意味

旧司法試験の出題趣旨では、「判例」の文言が使われることはほとんどなかった。
商法とりわけ会社法で数回登場しただけである。
そのため、旧試験では、判例を引用する必要は無い。
むしろ、自説をしっかり書くべきだ。
判例の学習は、論点の問題の所在を把握することに重点を置くべきだ。
このように考えられた。

なお、新司法試験の出題趣旨では、判例と違う説を採るなら判例批判をせよという。

(平成20年度新司法試験論文出題趣旨より引用)

 設問1では,Aの弁護人として,本問が仮想する法律の違憲性を主張することが求められている。弁護人としては,当該法律及びAに対する処罰を違憲とするために理論及び事実に関する効果的な主張を行なうことになる。その際,裁判の場で行なう主張であるので,判例と異なる主張を行なう場合には,判例の判断枠組みや事実認定・評価のどこに,どのような問題があるかを明らかにする必要がある。

(引用終わり)

旧司法試験でも似たようなことが言われてはいた。
しかし、実際には判例を書いたかよりも、自説の論理性が重視されていた。
その背景には、択一刑法に見られるような、「知識よりも論理」という発想があった。
それが今回、憲法では初めて、「関連判例を踏まえつつ」という文言が入った。
これは、新試験の影響を受けた傾向変化なのだろうか。

おそらく、そうではない。
今回上記文言が入ったのは、本問の出題分野の特殊性によるものと思われる。
本問は、団体の寄付とその構成員の人権の問題についてのものである。
この論点については、「○○説」と「××説」のような対立があるわけではない。
基本的には学説も判例の枠組みに従っている。
すなわち、利益衡量の際の視点は、判例とそれほど変わらない。
後は具体的にどうあてはめるかである。
その場合、他との比較が必要になる。
人権の調整の場面であり、絶対的な判断をすることが困難な事柄だからである。
実際、この論点は平成13年度にも出題されているが、比較問題だった。

(平成13年度旧司法試験論文式憲法第1問)
 法律上強制加入とされている団体が,多数決により,特定の政治団体に政治献金をする旨の決定をした。この場合に生ずる憲法上の問題点について,株式会社及び労働組合の場合と比較しつつ,論ぜよ。

会社の場合と比較してどうか。
税理士会と比較してどうか。
労働組合と比較してどうか。
そういった比較の視点で考える場合、自然と判例を踏まえることにならざるを得ない。
本問の出題趣旨に「判例」の文言が入った理由は、上記のような事情によると考えられる。
複数の学説のある論点で判例を書かないと評価しないとか、そういう方向性は感じられない。

自治会の性格

出題趣旨は、あてはめの要素を4つ挙げている。
まず、自治会の性格については何を書けばよかったか。
関連判例を確認してみよう。

八幡製鉄事件判例(下線は筆者)
「会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであつて、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた、会社にとつても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接ではあつても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が、その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、毫も、株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく、したがつて、これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである」

南九州税理士会事件判例(下線は筆者)
「税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として、法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない
 税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。
 そして、税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。
 税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある

国労広島地本事件判例(下線は筆者)
「労働組合の組合員は、組合の構成員として留まる限り、組合が正規の手続に従つて決定した活動に参加し、また、組合の活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務を負うものであるが、これらの義務(以下「協力義務」という。)は、もとより無制限のものではない。労働組合は、労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体であつて、組合員はかかる目的のための活動に参加する者としてこれに加入するのであるから、その協力義務も当然に右目的達成のために必要な団体活動の範囲に限られる。しかし、いうまでもなく、労働組合の活動は、必ずしも対使用者との関係において有利な労働条件を獲得することのみに限定されるものではない。労働組合は、歴史的には、使用者と労働者との間の雇用関係における労働者側の取引力の強化のために結成され、かかるものとして法認されてきた団体ではあるけれども、その活動は、決して固定的ではなく、社会の変化とそのなかにおける労働組合の意義や機能の変化に伴つて流動発展するものであり、今日においては、その活動の範囲が本来の経済的活動の域を超えて政治的活動、社会的活動、文化的活動など広く組合員の生活利益の擁護と向上に直接間接に関係する事項にも及び、しかも更に拡大の傾向を示しているのである。このような労働組合の活動の拡大は、そこにそれだけの社会的必然性を有するものであるから、これに対して法律が特段の制限や規制の措置をとらない限り、これらの活動そのものをもつて直ちに労働組合の目的の範囲外であるとし、あるいは労働組合が本来行うことのできない行為であるとすることはできない。
 しかし
、このように労働組合の活動の範囲が広く、かつ弾力的であるとしても、そのことから、労働組合がその目的の範囲内においてするすべての活動につき当然かつ一様に組合員に対して統制力を及ぼし、組合員の協力を強制することができるものと速断することはできない。労働組合の活動が組合員の一般的要請にこたえて拡大されるものであり、組合員としてもある程度まではこれを予想して組合に加入するのであるから、組合からの脱退の自由が確保されている限り、たとえ個々の場合に組合の決定した活動に反対の組合員であつても、原則的にはこれに対する協力義務を免れないというべきであるが、労働組合の活動が前記のように多様化するにつれて、組合による統制の範囲も拡大し、組合員が一個の市民又は人間として有する自由や権利と矛盾衝突する場合が増大し、しかも今日の社会的条件のもとでは、組合に加入していることが労働者にとつて重要な利益で、組合脱退の自由も事実上大きな制約を受けていることを考えると、労働組合の活動として許されたものであるというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは、相当でないというべきである。それゆえ、この点に関して格別の立法上の規制が加えられていない場合でも、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である」

上記判例から読み取れる視点として以下のものがある。

本来の目的は何か。
本来の目的に限定すべきか、それを超えた活動が認められるか。
強制加入か。
脱退の自由があっても、事実上制約されているか。

本問の自治会の場合はどうか。
本来の目的は、地域住民への利便提供ということになる。
では、この目的に限定されるか、それを超えた活動は認められるか。
特定政党のために利用できないことは、法が定めるところである(地方自治法260条の2第9項)。
また、目的の公共性・公益性が認可要件の一つとなっている(同条2項1号)。
このことから、税理士会と同様に考えて、目的の範囲を限定的に捉えることは可能である。
反対に、地域住民の利便提供のためには活動範囲は広く弾力的であるべきと考える余地もないわけではない。
その場合、地域住民への利便提供と直接関係の無い行為もなしうると解することもできよう。
次に、強制加入かどうかである。
これは、同条7項から、どうやら任意加入らしいということがわかる。
また、最判平17・4・26は、法人格の無い自治会についてであるが、脱退の自由を認めている。
これらのことから、強制加入ではないということになる。
では、事実上制約されているか。
この点は、問題文に事情が挙がっていない。
従って、各自の想像であてはめるか、場合分けするよりないだろう。
勝手に事実を想定してあてはめるのは、あまりよいことではない。
他方、場合分けは紙幅を相当犠牲にする。
これは、現場で決断するしかない。
悩んで時間をロスしたり、中途半端な書き方になるのが一番良くない。

いずれにせよ、上記視点を示して、目的の範囲が広がる方向か。
それとも狭まる方向か。
それを示せば評価されただろう。

出題趣旨は、「関連判例を踏まえつつ」と言う。
しかし、判例自体を直接挙げる紙幅は無い。
従って、あてはめる際に上記視点を示せば足りる。
端的に言えば、公共性・公益性の有無と強制加入性の有無。
これを検討できれば、十分「踏まえ」たことになると思われる。
逆にこれらの視点がない場合、評価を下げることになる。

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