平成20年度旧司法試験論文出題趣旨憲法第1問検討(下)

前回に続き、憲法第1問について検討する。

【問題】

 A自治会は,「地縁による団体」(地方自治法第260条の2)の認可を受けて地域住民への利便を提供している団体であるが,長年,地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体から寄付の要請を受けて,班長らが集金に当たっていたものの,集金に応じる会員は必ずしも多くなかった。
 そこで,A自治会は,班長らの負担を解消するため,定期総会において,自治会費を年5000円から6000円に増額し,その増額分を前記寄付に充てる決議を行った。
 この決議に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

【出題趣旨】

 自治会のような団体が寄付に協力するために会員から負担金等を徴収することを総会決議で決めることは会員の思想信条の自由を侵害しないかについて,関連判例を踏まえつつ,自治会の性格,寄付の目的,負担金等の徴収目的,会員の負担の程度等を考慮に入れて,事案に即して論ずることができるかどうかを問うものである。

寄付の目的等について

寄付の目的、負担金等の徴収目的、会員の負担の程度等について、関連判例を確認する。

国労広島地本事件判例(下線は筆者)
「右資金は、上告組合自身の闘争のための資金ではなく、他組合の闘争に対する支援資金である。労働組合が他の友誼組合の闘争を支援する諸活動を行うことは、しばしばみられるところであるが、労働組合ないし労働者間における連帯と相互協力の関係からすれば、労働組合の目的とする組合員の経済的地位の向上は、当該組合かぎりの活動のみによつてではなく、広く他組合との連帯行動によつてこれを実現することが予定されているのであるから、それらの支援活動は当然に右の目的と関連性をもつものと考えるべきであり、また、労働組合においてそれをすることがなんら組合員の一般的利益に反するものでもないのである。
 それゆえ、右支援活動をするかどうかは、それが法律上許されない等特別の場合でない限り、専ら当該組合が自主的に判断すべき政策問題であつて、多数決によりそれが決定された場合には、これに対する組合員の協力義務を否定すべき理由はない。右支援活動の一環としての資金援助のための費用の負担についても同様である」

「一般的にいえば、政治的活動は一定の政治的思想、見解、判断等に結びついて行われるものであり、労働組合の政治的活動の基礎にある政治的思想、見解、判断等は、必ずしも個々の組合員のそれと一致するものではないから、もともと団体構成員の多数決に従つて政治的行動をすることを予定して結成された政治団体とは異なる労働組合としては、その多数決による政治的活動に対してこれと異なる政治的思想、見解、判断等をもつ個々の組合員の協力を義務づけることは、原則として許されないと考えるべきである。かかる義務を一般的に認めることは、組合員の個人としての政治的自由、特に自己の意に反して一定の政治的態度や行動をとることを強制されない自由を侵害することになるからである。
 しかしながら、労働組合の政治的活動とそれ以外の活動とは実際上しかく截然と区別できるものではなく、一定の行動が政治的活動であると同時に経済的活動としての性質をもつことは稀ではないし、また、それが政治的思想、見解、判断等と関係する度合いも必ずしも一様ではない。したがつて、労働組合の活動がいささかでも政治的性質を帯びるものであれば、常にこれに対する組合員の協力を強制することができないと解することは、妥当な解釈とはいいがたい。例えば、労働者の権利利益に直接関係する立法や行政措置の促進又は反対のためにする活動のごときは、政治的活動としての一面をもち、そのかぎりにおいて組合員の政治的思想、見解、判断等と全く無関係ではありえないけれども、それとの関連性は稀薄であり、むしろ組合員個人の政治的立場の相違を超えて労働組合本来の目的を達成するための広い意味における経済的活動ないしはこれに付随する活動であるともみられるものであつて、このような活動について組合員の協力を要求しても、その政治的自由に対する制約の程度は極めて軽微なものということができる。それゆえ、このような活動については、労働組合の自主的な政策決定を優先させ、組合員の費用負担を含む協力義務を肯定すべきである。
 これに対し、いわゆる安保反対闘争のような活動は、究極的にはなんらかの意味において労働者の生活利益の維持向上と無縁ではないとしても、直接的には国の安全や外交等の国民的関心事に関する政策上の問題を対象とする活動であり、このような政治的要求に賛成するか反対するかは、本来、各人が国民の一人としての立場において自己の個人的かつ自主的な思想、見解、判断等に基づいて決定すべきことであるから、それについて組合の多数決をもつて組合員を拘束し、その協力を強制することを認めるべきではない。もつとも、この種の活動に対する費用負担の限度における協力義務については、これによつて強制されるのは一定額の金銭の出捐だけであつて、問題の政治的活動に関してはこれに反対する自由を拘束されるわけではないが、たとえそうであるとしても、一定の政治的活動の費用としてその支出目的との個別的関連性が明白に特定されている資金についてその拠出を強制することは、かかる活動に対する積極的協力の強制にほかならず、また、右活動にあらわされる一定の政治的立場に対する支持の表明を強制するにも等しいものというべきであつて、やはり許されないとしなければならない」

「右資金は、総選挙に際し特定の立候補者支援のためにその所属政党に寄付する資金であるが、政党や選挙による議員の活動は、各種の政治的課題の解決のために労働者の生活利益とは関係のない広範な領域にも及ぶものであるから、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。したがつて、労働組合が組織として支持政党又はいわゆる統一候補を決定し、その選挙運動を推進すること自体は自由であるが(当裁判所昭和三八年(あ)第九七四号同四三年一二月四日大法廷判決・刑集二二巻一三号一四二五頁参照)、組合員に対してこれへの協力を強制することは許されないというべきであり、その費用の負担についても同様に解すべきことは、既に述べたところから明らかである」

南九州税理士会事件判例(下線は筆者)
「特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。
 
 (中略)

 そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(※最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない」
(※筆者注:引用判例は国労広島地本事件判例である。)

上記判例からは、以下のようなことが読み取れる。
基本的な視点は、団体の目的との関連性と、組合員の一般的利益である。
これを基礎にして、以下のような結論を導いている。
団体の目的との関連性があり、組合員の一般的利益に反しなければ、協力義務を肯定してよい。
政治活動でも、政治的思想等との関連性が希薄で、広い意味で目的達成に付随し、制約が軽微であれば許される。
他方、直接に国の安全・外交等に関わる政治活動は、許されない。
また、政党・候補者への支援は、協力義務の範囲外である。
政党・議員の活動範囲が、本来の目的との関連性の範囲を超える部分をも含むからである。
なお、金銭の負担にとどまる場合でも、支出との個別的関連性が明白に特定されている場合。
この場合は、当該支出目的への積極的協力の強制である。

このように考えると、本問ではどうなるか。
まず、会員は直接寄付を強制されるわけではない。
しかし、会費の増額分を寄付に充てるものとされている。
従って、会費の増額分と寄付との個別的関連性が明白に特定されている。
そうすると、寄付を強制されていることと同視できる。
寄付対象は、地域環境の向上と緑化の促進を目的とする団体である。
結局、会員は地域環境の向上と緑化の促進への積極的協力を強制されているといえる。
では、地域環境の向上と緑化の促進は、A自治会の目的と関連性があるだろうか。
環境向上と緑化促進が地域住民の利便となると考えることはできる。
その場合、関連性を肯定することができる。
他方、地域住民の利便と必ずしも関わらない活動を含む可能性もある。
これを重視すると、関連性を否定することができる。
では、会員の一般的利益との関係ではどうか。
環境向上・緑化促進は、直接的な政治活動や宗教活動ではない。
その観点からは、会員個人の思想信条との関わりは希薄と考えることが可能である。
その場合、一般的利益の制約は軽微であると考えられる。
他方、緑よりも商業施設や交通インフラの方がいい。
そう考える会員がいても不思議ではない。
緑に囲まれることを善しとするか、都市型の生活を善しとするか。
その選択は、会員個人の思想信条に基づいて政治的に決せられる事柄である。
自治会が決めてよい事柄ではない。
このように考えると、思想信条との関わりが大きいと考えうる。
その場合、会員の一般的利益に反するといいうる。
なお、金額については、1000円をどう評価するかというだけである。
高いともいえるし、安いともいえる。

上記のような視点で検討されていれば、評価されたはずである。
逆に、そのような視点を落とせば、評価を下げる。

目的との関連性や、会員の利益という視点は、判例を知らなくても思いついた人は多いはずである。
従って、結果的に「判例を踏まえ」た論述になった人は多かっただろう。
しかし、判例を全然勉強していないと、現場で何も思いつかない、又は的外れの検討をするリスクを抱える。
その意味で判例を学ぶ意味は大きい。

他方、今回の出題趣旨を見て、判例を過度に重視してしまわないようにすべきである。
本問で、具体的に判例を挙げてこれを評価・批判するようなことは、出題意図から外れる。

判例の学習は重要である。
しかしそれは、判例で問題となった論点を学ぶこと。
それから、判例の枠組みを理解して自分で使えるようにすることである。
学者の論文のように判例を引用して批評した上で自説を展開することは、紙幅上無理である。
答案を読んでいる人に対して、「ああ判例を知った上で書いているな」と思わせること。
これが、論文における判例学習の目標である。
従って、それに必要な程度に判例を理解・記憶すれば足りる。

公序良俗か、目的の範囲か

受験生が悩んだと思われることとして、どの一般条項を使うかということがある。
公序良俗(民法90条)と目的の範囲(地方自治法260条の2第1項)のどちらを使うかということである。
出題趣旨は「会員の思想信条の自由を侵害しないか」とするのみである。
どちらの条項を使うかは、問われていないと考えてよいだろう。
そもそも、両条項の競合の問題は憲法問題ではない。
どちらの構成を採ったかそれ自体で評価に差が付くことは無かったはずである。
なお、本問の素材である希望ヶ丘自治会会費増額無効訴訟(最判平20・4・3)は公序良俗違反とする。
ただ、公序良俗を問題にする場合でも、目的との関連性は無視できない。
およそ会費を増額すること自体が公序良俗違反なのではない。
その使途に問題がないか。
すなわち、自治会活動に無関係又は不必要な費用を会員に押し付けることになっていないか。
これが、公序良俗違反の重要な考慮要素となる。
その場合、自治会の目的に合致しているかを検討しなければならない。
従って、公序良俗構成の場合でも、目的との関連性を検討していなければ、評価は下がるだろう。
結局、論述すべき中身の部分は、どちらの構成でも変わらないことになる。

私人間効論を書くべきか

出題趣旨は、私人間効論の一般論について何ら言及しない。
間接効果説を当然の前提として書いても、それほど評価を落とすことはなかっただろう。
ただ、一般にこのような前提部分を書かないという方針は採るべきでない。
多くの受験生が書くと思われる部分は、書くべきである。
なぜなら、その部分が評価対象となる場合とならない場合があるからだ。
本問では、おそらくあまり評価対象となっていなかった。
ただ、これは受験生からすれば偶然である。
当然の前提部分は、時として基本的知識・理解の一部とされる場合がある。
その場合、大きな評価対象となる。
これを落とすと、大きく差が付いてしまう。
受験生の側からは事前にそれを判断するのは不可能に近い。
従って、どの基本書にも書いてあり、論点ブロック化されているような前提論点は、書くべきである。
ただ、前提である以上、出来る限りコンパクトにまとめるようにしたい。

部分社会の法理は

出題趣旨は、「侵害するか」のみを問うている。
憲法訴訟上の論点は全く言及されていない。
従って、部分社会の法理は全く書く必要がなかった。
旧司法試験では、余程明示されていない限り、これまでも憲法訴訟上の論点は書く必要がなかった。
にもかかわらず、答練では加点事由として挙がっていることが多い。
旧司法試験においては、これは答練と本試験のズレの一例である。
ただ、新司法試験では、明示されていなくても憲法訴訟上の論点が問われることがある。
今年度の公法系第1問がそうだった。

(平成20年度新司法試験論文出題趣旨から引用、下線は筆者)

 本問で問われているのは,インターネット上の有害情報という問題設定の新しさはあるが,青少年の保護を理由とした「有害」な表現の規制という点で,青少年保護育成条例における有害図書規制の合憲性と同種の問題である。ただし,当該判決とは,重要な事案の違いもある。本問では,最広義説に立っても,18歳以上の者は「解除ソフト」によって規制される情報を見ることができるので,検閲には該当しない(18歳以上の者が当該情報を見るために課せられる「負担」は,検閲の問題ではない。)。また,問題となる法律は,「有害」とされたサイトを削除するものではない。それは,18歳以上の者が当該サイトを読むためには一定の手続を踏まなければならない,と定めるものである。「自己の権利が,直接,現在」侵害されている場合に,それを理由として当該法律の違憲を主張することはできる。本問の場合,サイトを見る人の「知る自由」の制約も(が)問題となる。したがって,他者の権利の制約が違憲であることを理由に法律や処分の違憲性を主張できるか否かを,検討する必要がある。その場合,まずは,第三者所有物没収事件判決を参照することになる。

(引用終わり)

新試験の場合、弁護人が実際の裁判で主張するという設定だった。
その影響はあると思われる。
ただ、この点は旧司法試験の感覚でいると、論点落ちとなる。
従って、新司法試験については、答練で憲法訴訟上の論点に配点があっても、一概におかしいとはいえない。
逆に、旧試験においては、憲法訴訟は書かなくてよいという傾向に変化が無い。
このあたりの違いは、一応頭に入れておきたい。

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