最新下級審裁判例

札幌地裁判決平成20年07月31日

【事案】

 生活保護を受けていた原告が,知人であるMから88万円を借り入れていたにもかかわらず札幌市中央区保健福祉部長(以下「保健福祉部長」という。)にその旨を告げなかったことにより,不実の申請その他不正な手段により保護費を受給したとして,保健福祉部長が平成18年2月2日付けでした生活保護法78条に基づく88万円の費用徴収決定処分(以下「本件処分」という。)は,事実を誤認し,かつ,厚生事務次官通知及び厚生省社会局長通知の解釈を誤った違法な処分であるとして,原告が,被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案。

【判旨】

 原告は,平成16年12月16日,Mとの間で,同日付け金銭借用証書を取り交わし(以下「本件契約1」という。),借主欄に自ら署名押印した。
 ・・・Mの陳述書中,原告が本件契約1に際し実際に71万円を受領した旨の供述部分について,これと対立するN及び原告の供述の信用性を否定してまで採用しなければならない程度の信用性があると認めることはできない。
 したがって,本件契約1に際し実際に71万円を受領したとは認められないから,保健福祉部長がこの71万円を収入として認定したことは違法である。

 生活保護法による保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われるものであり,最低限度の生活需要を満たすのに十分であって,かつ,これを超えないものでなければならない。したがって,生活保護法4条1項にいう「その利用し得る資産,能力その他あらゆるもの」及び同法8条1項にいう「その者の金銭又は物品」とは,被保護者が,その最低限度の生活を維持するために活用することができる一切の財産的価値を有するものを含むと解される。
 そして,生活保護法は,「その利用し得る資産,能力その他あらゆるもの」及び「その者の金銭又は物品」について特に限定をせず,将来返済が予定されている借入金についても,当該借入れによって,被保護者の最低限度の生活を維持するために活用可能な資産は増加するのであるから,保護受給中に被保護者が借入れをした場合,これを原則として収入認定の対象とすべきである。
 もっとも,上記のように,補足性の原則を貫徹し,生活保護世帯に対する金銭給付等のすべてを収入として認定することは,生活保護法の目的である自立助長の観点から,あるいは社会通念上適当でない場合も生じ得るところである。
 そこで,生活保護法は,借入れに係る金銭のうち,どの部分を収入として認定し,どの部分を収入として認定しないかを,保護の実施機関の専門的技術的裁量に委ねているところ,厚生労働省は,補足性の原理の例外の判断に関し,保護の実施機関の裁量判断の統一性を確保し,被保護者の公平を図るため,統一的な基準として次官通知及び局長通知を定め,次官通知及び局長通知は,借入れに係る金銭を原則として収入認定すべきものとの前提に立ちつつも,次官通知第7の3( 3)ウにおいて,「他法,他施策等により貸し付けられる資金のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」を収入認定の例外と定め,その具体的内容を局長通知第7の2(3)において定めている。
 そして,前記のとおり説示した補足性の原則の趣旨及び一定範囲でその例外を設ける必要性を勘案すれば,上記のような取扱いには相応の合理性があるというべきである。
 原告は,Mから,平成16年12月25日に3万円,同月29日に5万円,平成17年5月2日に5万円,同年7月4日に4万円を,それぞれ借り入れ,受領した(以下,これらの借入れを併せて「本件契約2」という。)。原告は,その借入れ等に当たって,保護の実施機関の事前の承認を得ていない上,この借入れは局長通知第7の2(3)アからオのいずれの事由にも該当しないのであるから,これが収入認定から除外される対象となる借入れ等には当たらないと解するのが相当である。
 ・・・そうすると,原告が生活保護受給中にした本件契約2の借入れに係る17万円は,前記「資産」ないし「金銭又は物品」に該当し,保護費から控除されるべき収入認定の対象となるというべきである。それにもかかわらず,原告は,上記17万円を受領した後もこれを申告しなかったため,保健福祉部長は,この17万円を収入認定しないまま保護費を決定し,それを支弁した。したがって,原告は,不実の申請その他不正な手段により保護を受けたというべきである。
 以上のとおり,保健福祉部長の本件契約2に係る17万円についての法78条に基づく費用徴収決定は,法並びに次官通知及び局長通知の解釈・運用を誤った違法なものということはできない。
 そして,費用徴収決定の取消訴訟においては,保健福祉部長が認定した収入額の適否が問題となるところ,裁判所が,審理の結果,被保護者における適正な収入額を認定した場合には,当該徴収決定が金額的にどの限度で違法となるかを特定することができる。この場合には,当該費用徴収決定を全部取り消すのではなく,当該費用徴収決定のうち裁判所が認定した適正な価格等を超える部分に限りこれを取り消せば足りるというべきである。
 よって,原告の請求については,本件処分のうち17万円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却する。

 

仙台地裁判決平成20年08月19日

【事案】

 訴外Dが肺梗塞により死亡したのは,@被告がDの病状を過呼吸症候群等と誤信して,肺梗塞の治療をしなかったこと,BDに対して血栓発生の予防のため必要な指示,医学管理をしなかったこと,C昇圧剤の注射のみで適切な処置を怠り,何らの救急措置をとらなかったことによるとして,Dの相続人である原告らが,被告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償(原告Aが3757万8635円及びこれに対するDが死亡した平成16年6月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金,原告B並びに原告Cがそれぞれ1878万9318円及びこれに対するDが死亡した平成16年6月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金)の支払を求める事案。

【判旨】

 6月25日時点で被告医院に要求された肺塞栓症に関する医療水準を検討するに,平成11年発刊の家庭医学の本に肺塞栓症の臨床症状等について記載されていること,肥満体型やピルが古くから危険因子とされていたことからすれば,肺塞栓症の臨床症状が,自覚症状としては呼吸困難,胸痛,冷や汗等,他覚症状としてはチアノーゼ,頻呼吸,頻脈,低血圧等であること,肥満やピルの服用が肺塞栓症の危険因子であること,肺塞栓症の原因としては,下肢(脚)の静脈にできた血栓が,肺まで運ばれて肺動脈をつまらせるものが最も多く,一週間以上ベッドの上で安静にしていたとか,長時間座ったままでいた場合,圧迫されて下肢の血流の流れが悪くなり血栓ができやすくなること等の肺塞栓症の臨床症状・危険因子・原因についての知見は当時においても医師の一般的知見であったというべきであり,当該知見を前提に診療にあたることが被告医院において要求された医療水準であったというべきである。
 しかし,以下に述べることからすれば,下肢ギプス包帯固定が肺塞栓症の危険因子であるという知見を前提に診療にあたることが被告医院において要求された医療水準であったということは困難である。
 6月25日以前にギプス固定後に肺塞栓症となった例がいくつか医学雑誌において紹介されていたことは認められるものの,そのほかギプス固定が肺塞栓症の危険因子である旨がガイドラインや一般の医学基本書等において公表されていたことを認めるに足りる事情はない。
 そうであれば,ギプス固定が肺塞栓症の危険因子であるという知見は,6月25日当時には新しい知見であったというべきであり,被告においてかかる新しい知見を前提に診断・治療に当たることが医療水準であったというためには,少なくとも被告医院と同規模以上の医療機関においてギプス固定が肺塞栓症の危険因子である旨の知見が共有されている必要があるというべきである。ところが,当時においては,仙台の基幹4病院の整形外科責任者においてすら,ギプス固定が肺塞栓症の危険因子である旨の知見が十分には共有されていなかったことがうかがわれるのであるから,被告のような一般開業医において上記知見を前提に診療にあたるべきであったということはできない。
 そうであれば,被告においてギプス固定が肺塞栓症の危険因子であると認識した上で診療にあたることが医療水準であったということはできない。

 

広島高裁判決平成20年09月02日

【判旨】

 本件公訴事実は,以下のとおりである。

被告人は,平成19年7月20日午後11時20分ころ,山口県周南市大字ab番地のcA(当時65歳)方敷地内において,

第1 B(当時63歳)に対し,殺意をもって,その顔面等を所携の包丁(刃体の長さ約19.0センチメートル)で突き刺すなどしたが,同人が逃走したため,同人に加療約4週間を要する顔面刺切創,右手背切創及び伸筋腱断裂等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった

第2 Aに対し,殺意をもって,その右前頸部,左側腹部及び背部等を上記包丁で多数回突き刺すなどし,よって,同月21日午前零時55分ころ,同県防府市大字de番地C医療センターにおいて,同人を右頸静脈貫通刺創,右前頸部刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した

第3 業務その他正当な理由による場合でないのに上記包丁1本を携帯したものである。

 原判決は,犯行時刻を「午後11時過ぎころ」,第1の犯行態様を「所携の包丁で切りつけるなどし」,第2の死亡場所を「同県所在のC医療センター」と認定したほかは,上記公訴事実と同旨の事実を認定して,被告人を有罪とした。
 ・・・原審裁判所が取り調べた証拠によって認められる各事実からだけでは,被告人が,本件包丁で,Bの顔面のどの部位を,どの程度の力で切りつけたのかは全く不明といわざるを得ないのであって,その切りつけた部位や,その際の力加減次第では,同人の生命に対する危険が生じていたとはいえない可能性も十分に考えられる。したがって,原判決が説示するように,本件包丁で顔面を切りつけること自体,生命に対する危険性の高い行為であるとは断定し難い。
 ところで,原審記録,特に検察官細谷和大作成の平成19年12月17日付け意見書及び平成20年1月18日付け意見書によると,検察官が取調べを請求し,弁護人が同意意見を述べたにもかかわらず,原審裁判所が証拠調請求を却下した書証の中には,Bの負傷の部位・程度等を明らかにし,殺意の存在等を立証するために取調べを請求された,Bの負傷状況を立証趣旨とする写真撮影報告書,Bの負傷状況及び成傷状況等を立証趣旨とし,同人の創傷の深さ等について担当医師が詳細に述べた内容を録取した警察官調書,Bに対する犯行態様,殺意の存在等を明らかにするため,同人の本件被害当時の着衣の状況等を立証趣旨とする捜査報告書が存することが明らかである。そして,これらの証拠を取り調べれば,上記で指摘した原判決の説示についての疑問点は,氷解する可能性がある。
 なお,原判示第2の本件殺人について付言するに,原判決は,本件包丁にはAの血液が付着しており,これがAに対する攻撃の凶器であることは明白であるところ,本件現場には,被告人,A及びB以外の者はいなかったから,被告人以外にAに対する攻撃ができる者はいないとして,被告人が犯人であることは疑いを入れる余地がない旨説示している。
 たしかに,原審記録中には,本件現場に被告人,A及びB以外の者がいたことを窺わせる証拠はない。
 しかし,その事実を積極的に認定し得る証拠も,また存しないのであるから,原審弁護人が,本件殺人について,第三者による犯行を積極的に主張するものではない旨述べていることを考慮しても,なお,被告人の弁解状況に照らすと,少なくとも,Bが本件殺人未遂の被害を受けてからAが本件殺人の被害を受けるまでの時間を客観的に明らかにして,本件殺人について第三者の関与の可能性を検討するため,検察官が取調べを請求し弁護人が同意意見を述べた,Bの110番通報状況等を立証趣旨とする捜査報告書や,同様に弁護人が同意意見を述べた,本件包丁の発見状況等を立証趣旨とする実況見分調書の抄本等を取り調べるのが相当であったと考えられる。
 ・・・原審の審理経過を検討しても,上記で指摘した証拠を取り調べなかった理由は,全く不明である。原審裁判所は,弁護人が同意の意見を述べており,かつ,取り調べることが必要な証拠を取り調べていないというべきである。そして,これらの証拠能力があり,取り調べるべき証拠を取り調べなかったために,原審は審理が不十分であったといわざるを得ないから,原審には審理不尽の違法があり,この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 原判決は,本件殺人未遂の事実と,本件殺人及び本件包丁の携帯とを,刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして1個の刑を言い渡しているから,その全部について破棄を免れない。

 

名古屋地裁判決平成20年09月05日

【判旨】

 郵便貯金が,特別の保護であるとはいえ民法上の時効の制度とは異なる制度を採用し,また,現存照会,現在高の証明及び現在高の確認等という一般の預金者には容易に判別がつかないおそれのある複数の手続を併置している以上,郵便貯金の権利保全につき説明を求められた公社の職員としては,その権利の保全の手続につき,質問に応じて正確に回答・説明すべき信義則上の義務があるというべきであり,公社の職員がこれを怠ったために郵便貯金の権利者が期限内での権利行使を妨げられた場合には,公社又はその承継人が当該郵便貯金につき権利消滅を主張することは権利濫用に当たると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,G郵便局職員は,平成15年11月10日,控訴人らに対し,現存照会請求の手続について説明する際,この手続さえとれば,相続問題が解決するまでの間,該当するC名義の郵便貯金債権の権利消滅を全て止めることができる旨述べて,実際の現存照会手続の効果とは異なる説明を行ったもので,控訴人らは,このG郵便局職員の説明を信じ,期限内での本件各貯金の権利行使を妨げられたものと認められる。
 そうとすれば,公社の承継人である被控訴人が本件各貯金につき権利消滅を主張することは権利の濫用に当たるというべきである。

 

京都地裁判決平成20年09月16日

【事案】

 共有する居宅で居住している原告らが,道路を隔てた隣地で葬儀場を経営する被告に対し,宗教的感情の平穏に関する人格権に基づき,あるいは民法235条の類推適用により,原告らの視線から葬送儀礼を隠すために,現在の葬儀場のフェンスを1.5メートル嵩上げすることを求めるとともに,被告が原告らのこの求めに応じないで葬儀場経営を続けていることは原告らに対する不法行為に当たるとして,損害(本訴提起の日である平成18年5月19日から上記嵩上げの日までの慰謝料及び弁護士費用)の賠償を求めた事案。

【判旨】

 人が,他者から自己の欲しない剌激によって心を乱されないで日常生活を送る利益、いわば平穏な生活を送る利益は,差止請求権の根拠となる人格権ないし人格的利益の一内容として位置づけられるべきである。
 一般に,生者が死者に対して抱く態度には,恐怖と思慕の念が交錯しており,死者のためにあの世への再生復活と死霊の安息を祈るとともに,反面,死者の祟りを恐怖し,死者との関係を排除しようとする願望があるとされる。
 したがって,人は,近親者や知人の葬儀に対しては,上記の二面的な思いを抱くが,縁のない他人の葬儀に対しては,恐怖の念のみを抱くことになる。
 人が葬儀に接したときの感情については,その者の年齢,経験,性格,宗教的感情の多寡,信じる宗教の有無,その教えの内容等に応じて様々であると考えられるが,程度の差はあれ,縁のない他人の葬儀に接することにより,上記の恐怖の念を抱き,心の静謐を乱されるのは一般的なことと考えられる。
 また,上記の恐怖の念は,葬儀に接する者をして,心の静謐を乱されるに止まらず,葬儀の厳粛な雰囲気を傷つけてはならないという行動規制まで働かせることになる。
 そうすると,通りがかりの者が一回的に縁のない他人の葬儀に接する場合や,反復していても,それが職場や通勤経路等において接する場合とは異なり,人が最も安息と寛ぎを求める自宅において,日常的に縁のない他人の葬儀に接することを余儀なくされることは,その者の精神の平安にとって相当の悪影響を与えるものといわなければならない。
 原告居宅は,幅員15.3メートルの南北市道を隔てて本件葬儀場と隣接しており,1階の各部屋からは,本件目隠しフェンスのために本件葬儀場敷地内への視線が遮られるものの,2階の各居室からは,本件目隠しフェンス越しに本件葬儀場敷地内を見渡すことができ,本件ホールへの遺族や参列者の出入りのみならず,遺体が納められた棺が本件ホールに搬入される状況や出棺の状況を観望することができる。そうすると,原告居宅2階の北東居室を仕事室兼寝室として使用している原告Aは,自宅において,このような状況に置かれることによって,心の静謐を乱され,平穏な生活を送る人格権ないし人格的利益を侵害されているというべきであって,この侵害が受忍限度を超えている場合には,人格権ないし人格的利益に基づいて,その差止めを求めることができるというべきである。
 他方,原告Bは,居室が1階にあり,2階を使用していることについては何らの証拠がないから,上記のとおり原告居宅2階から本件葬儀場敷地内を観望できることによってその人格権ないし人格的利益を侵害されていると認めることはできない。

 民法235条は,境界線付近に窓又は縁側を設けた者に対し,隣地所有者のプライバシーを守るために,その窓ないし縁側に目隠しの設置を義務づけたものである。これに対し,原告が本件目隠しフェンスの嵩上げを求めているのは,被告の関係者から原告住居への視線を遮るためではなく,原告らから本件葬儀場敷地への視線を遮るためであるから,本件においては,民法235条を類推適用する条件を欠くというべきであって,本件において,民法235条が類推適用できるとする原告らの主張は採用できない。

 建築基準法における用途地域内の建築物の制限について,葬儀場は,事務所に準ずるものとして扱われており,第一種低層住居専用地域,第二種低層住居専用地域,第一種中高層住居専用地域では,建築ができないものの,住居系地域のうち,第二種中高層住居専用地域,第一種住居地域,第二種住居地域等では建築が可能とされている。そして,それ以外には,葬儀場の建築について法令上,直接の規制はなく,墓地,埋葬等に関する法律において,葬儀場と同種の施設である墓地,納骨堂及び火葬場の経営を都道府県知事の許可制にしているのと対照をなしている。
 とはいえ,被告が本件ホールを建築し,本件葬儀場の営業をしていることについて公法上の規制に反する点は全くない。また,葬儀場のフェンスについても何らの規制はない。本件葬儀場を営業している被告の行為は,手続的には,全く適法行為なのであるから,これを違法というためには,被害の程度,地域性,先住性,交渉経緯,被害及び加害の回避可能性等を総合勘案し,原告Aの被害が社会生活上受忍すべき限度を超えていることを要するというべきである。
 ・・・原告が受けている被害は,過剰反応の一面があるとはいえ,相当程度のものであること,第一種住居地域内において,立ち並んだ居宅の直近で本件葬儀場を開設しようとした被告としては,周辺住民の平穏な生活を侵害しないように相当の配慮をなすべきこと,被告が本件目隠しフェンスを嵩上げすることは,技術的にも費用的にもさほど困難なこととは考えがたいこと,原告Aが観望できることによって最も心の静謐を乱されるのは,遺体が納められた棺であると考えられること等の諸事情を勘案すると,少なくとも,棺が本件ホールに搬入される様子や出棺の様子を原告居宅2階の各居室等から観望できる限りにおいて,原告Aが受けている被害は,受忍すべき限度を超えているというべきである。
 しかしながら,被告による本件ホールの建築,本件葬儀場の営業の手続に何らの違法がなく,被告は,本件自治会第9組との交渉において,相当程度誠実に対応したこと等に照らすと,本件葬儀場が営業することによって,本件葬儀場敷地の内外で遺族や参列者あるいは霊柩車の姿を目にすることについては原告Aにおいて受忍するべきものというべきである。
 上記のとおり,被告の現状における本件葬儀場の営業は,原告Aが原告居宅2階の各居室等から棺の搬入及び出棺の様子を観望できる状況で行っている限りにおいて違法であるというべきであるから,原告Aは,人格権ないし人格的利益に基づく妨害排除請求として,被告に対し,本件目隠しフェンスを嵩上げする方法で,少なくとも,原告居宅2階の各居室から,本件ホール玄関への棺の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を妨げる遮蔽物の設置を求めることができるというべきである。

 被告の現状における本件葬儀場の営業は,原告Aが原告居宅2階の各居室等から,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子が観望できる限度で受忍限度を超えているというべきである。差止請求についての受忍限度の判断と損害賠償請求についての受忍限度の判断は,必ずしも一致するものではないが,本件における差止請求は,本件葬儀場の営業に公共性があるとしても,それを阻害するものではないから,同様に考えることができる。
 ・・・被告は,本件訴えを提起されたことによって,原告Aの被害の事実を知りながら,原告居宅2階の各居室から,本件ホール玄関への遺体の搬入及び本件ホール玄関からの出棺の様子の観望を妨げる遮蔽物の設置措置を講じなかったもので,これは原告Aに対する不法行為に当たる。
 原告Aが原告居宅2階北東居室を日常的に仕事室として使用していること,本件葬儀場敷地内を観望できないようにするために,日常的に同居室の窓及びカーテンを閉め切っており,気温,通風等の面で,悪条件下で仕事をしていること等に照らすと,被告の不法行為の結果,原告Aは精神的苦痛を被ったと認められ,その金額は,過剰反応の面があることを考慮すると,金10万円と評価するのが相当である。

 将来の給付を求める訴えは,あらかじめその請求をする必要がある場合に限り,提起することができる(民訴法135条)。そして,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,その基礎となるべき事実関係・法律関係がすでに存在し,その継続が予測され,請求権の成否・内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動としては,あらかじめ明確に予測しうる事由に限られ,しかも請求異議の訴えによってその主張をしなければならないとの負担を債務者に課しても不当とはいえないときにのみ将来の給付の訴えを提起できると解するべきである(昭和56年12月16日最高裁判所大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。
 本件についてこれをみるに,今後も不法行為の継続は予想されるとしても,その慰謝料額等は,本件葬儀場において葬儀等が執り行われる頻度,原告Aにおける原告居宅2階東側各室の使用状況等によって左右されるから,請求権の内容につき債務者に有利な影響を生ずる事実の変動があらかじめ明確に予測しうる事由に限られるとはいえず,このような損害賠償請求権の成立要件の具備については,請求者においてその立証の責任を負担するべきものと解せられる。
 そうすると,原告らの損害賠償請求のうち,将来の損害の賠償を求める部分については,権利保護の要件を欠き,不適法というべきである。

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