第1.設問1
1.AがCによる賃貸借契約の解除は認められないと主張するためには、【事実】6の下線部の法律上の意義を、今後6か月分の賃料債務についての期限の利益の放棄及び上記賃料債務と免震構造不具備を原因とする瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権との相殺の意思表示であると説明すればよい。以下、理由を述べる。
2.瑕疵担保責任(570条、566条、559条本文)の成否
(1)免震構造不具備は、「隠れた瑕疵」に当たるか。
ア.「瑕疵」には、目的物が通常有すべき品質・性能を有しない場合(客観的瑕疵)のみならず、当事者が契約時に予定した品質・性能を有しない場合(主観的瑕疵)も含む。
【事実】2及び3の経緯から、AC間において、甲建物が免震構造を備えることが予定されていたと認められる。従って、甲建物がこれを備えていなかったことは、「瑕疵」に当たる。
イ.「隠れた」とは、取引上一般の注意では発見できないこと、すなわち、瑕疵について善意無過失であることをいう。
本問で、免震構造の有無は専門業者等でなければ容易に知り得ないから、Aは免震構造不具備につき善意無過失である。よって、免震構造不具備は、「隠れた」瑕疵といえる。
(2)除斥期間(570条、566条3項)は、継続的契約である賃貸借の性質上、賃貸借が終了するまでは適用がないと考える。本問では、賃貸借が終了していないから、除斥期間は問題とならない。
(3)以上から、Cは、免震構造不具備を原因とする瑕疵担保責任を負う。
3.瑕疵担保責任による損害賠償の範囲
瑕疵担保責任は有償契約の対価的均衡を確保するための法定責任であるから、その賠償の範囲は信頼利益に限られる。
本問で賠償の対象となるのは、甲建物の免震構造を信頼したことにより余分に負担する賃料相当額である月額5万円である。
4.相殺の可否
【事実】6下線部時点の平成22年9月30日において、Aが今後6か月分の賃料債務につき期限の利益を放棄することにより、Aは上記6か月分の賃料に対応する月額5万円の6か月分である30万円の損害を被ることとなる。従って、その時にCに対する同額の損害賠償請求権が発生する。これと既に支払済みの24か月分に対応する損害額である120万円を加えると、Cに対する債権の総額は150万円となる。これは、今後6か月分の賃料額である150万円に等しい。瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権は、発生により直ちに履行期が到来すると考えられるから、Aは、Cに対して有する損害賠償請求権と、今後6か月分の賃料債務とを対当額で相殺できる(505条1項本文)。
5.【事実】6の下線部の意思解釈
【事実】6の下線部のAの意思表示は、過去及び将来にわたる賃料減額の主張のようにもみえる。しかし、民法及び借地借家法には、上記のような賃料減額請求を認める規定がない(609条、611条1項、借地借家法32条1項参照)。従って、上記の意思解釈は成り立たない。
Aは、免震構造不具備の瑕疵を指摘し、これによる損害額である月額5万円と賃料債務とを相殺した結果と合致する具体的主張をしていた以上、これを合理的に解釈するとすれば、前記1のとおりの主張であると説明するほかはない。
6.以上のように【事実】6の下線部の法律上の意義を説明することにより、Cが解除の意思表示をした平成23年3月1日時点では、既に賃料債務は消滅しているから、賃料不払いを理由とする賃貸借契約の解除は認められないことになる。
第2.設問2
1.小問(1)
(1)請求根拠となり得るのは、Aから相続する損害賠償請求権(以下単に「請求権」という。)である。Aの兄であるFが相続人となるには、Aの子及びその代襲者が存在しないことを要する(889条1項)。
本件胎児は、死産であったから、相続との関係でも、Aの子として権利能力が認められることはない(3条1項、886条1項2項)。従って、Fは、Bと共に(890条)相続人となる。
(2)Fは、Aの財産の4分の1を承継する(899条、900条3号)。その際、可分債権は当然に分割帰属(427条)し、遺産共有(898条)とならない(判例)。不法行為に基づく損害賠償請求権は可分債権であるから、AのDに対する1億円の請求権は、BとFに分割帰属する。従って、Fは、その4分の1である2500万円につき相続により取得する。
(3)もっとも、その後、本件和解がある。その趣旨は、請求額を8000万円に限定し、実損額1億円との差額2000万円に係る請求権を消滅させる点にある(696条)。しかし、上記差額2000万円の4分の1である500万円は、Fに分割帰属した部分であるから、Bは処分権を有しない。そうである以上、その限度で本件和解は無効である。従って、Fが本件和解によってDに対する権利を失うことはない。
(4)DがBに対して支払った8000万円は、請求権に対する弁済としての意味を有する。もっとも、現実にBが弁済受領権を有していたのは、その4分の3(900条3号)である6000万円についてだけであった。Fに帰属する残額2000万円の支払いについて、準占有者に対する弁済(478条)となるか。
準占有者というためには、弁済受領権者の外観を要する。Bが本件胎児の相続分として受領した部分については、受領権者の外観がない。なぜなら、請求権に係る胎児の権利能力(3条1項、721条)は、出生を停止条件として認められるに過ぎない(阪神電鉄事件判例参照)から、出生前に親権者が胎児を代理して弁済を受領しても、その効果は出生した子に帰属しないからである。
そうである以上、Bに受領権限のある6000万円を超える部分について、準占有者の弁済として有効となる余地はない。上記部分の弁済は、無効である(479条)。
以上から、DのBに対する支払いによって、FのDに対する請求権は消滅しない。
(5)よって、Fは、Dに対し、Aから相続した2500万円全額について、支払いを請求できる。
2.小問(2)
(1)DはBに対し、本件和解の無効を根拠として不当利得返還請求(703条)をすることはできない。なぜなら、本件和解の趣旨は請求額を8000万円に限定する点にあるから、その無効を主張しても、請求額が限定されないという帰結をもたらすにとどまり、その弁済としてされた支払いの効力を左右しないからである。
(2)もっとも、前記1(4)のとおり、8000万円の支払いのうち、Bに受領権限のない2000万円については、弁済は無効であるから、Dは、上記金額について、不当利得としてBに返還請求することができる。
3.小問(3)
(1)Bは、Dから返還請求を受けるのであれば、本件和解は錯誤無効(95条本文)であるとして、本件和解により消滅した部分を請求することはできるか。
(2)和解の確定効(696条)にかかわらず錯誤無効となるのは、和解の前提事実に錯誤があった場合に限られる(粗悪品ジャム事件判例参照)。
本件和解には、相続人が誰かという和解の前提事実に錯誤がある。従って、和解の確定効は錯誤の主張を妨げない。
(3)錯誤無効となるには、要素の錯誤であることを要する(95条本文)。表意者の無重過失(同条ただし書)は、共通錯誤である本問では要求されない。
要素の錯誤とは、表意者に錯誤がなければ意思表示をしなかったと考えられ、そのことが一般取引通念上も妥当と考えられるものをいう。
本件和解の趣旨は、請求額を限定する一方で早期の支払いを受けるという点にあり、その目的は達している。相続人及び相続分の変更は、内部分配の問題に過ぎない。Dに2000万円を返還するのが不本意だとしても、それは、上記2000万円が本来Fに帰属するからであり、本件胎児が生きて出生すればより多額の4000万円を出生した子に引き渡す必要があったのであるから、仮に、Bが死産となるならば和解に応じなかったと考えていたとしても、そのことが一般取引通念上妥当とはいえない。
以上から、要素の錯誤に当たらない。
(4)よって、Bは、Dに対し、何らの請求もなし得ない。
第3.設問3
1.HのKに対する丙建物収去敷地明渡請求の請求原因は、Hの敷地所有権及びKの敷地現占有である。
(1)Hの敷地所有権のうち、3分の1の共有持分権の取得を基礎付ける①については、HK間において争いがなく、権利自白が成立する。さらに、③も要するか。
建物収去土地明渡請求は、保存行為(252条ただし書)であるから、共有持分権者でも単独で行使することができる(判例)。そうすると、その請求原因としての土地所有権の主張は、共有持分権の主張をもって足りることになる。
よって、本問では、①は請求原因事実として法律上の意義を有するが、③及び④は、法律上の意義を有しない。
(2)Kの敷地現占有については、土地上建物の所有権取得原因をもって足りる。本問では、⑤がこれに当たる。従って、⑤は、請求原因事実として法律上の意義を有する。対抗問題ではないから、⑥は法律上の意義を有しない。
2.以上のとおり、請求原因事実が認められるから、次にKの抗弁を検討する。
仮に、HとKが対抗関係(177条)に立つのであれば、Kにおいて対抗要件の抗弁を主張し、これに対し、Hにおいて、②を再抗弁として主張することになる。しかしながら、177条の「第三者」とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいうから、不法占拠者であるKはこれに当たらない。従って、HとKは対抗関係に立たないから、Kが対抗要件の抗弁を主張することはできない。そうである以上。②は、法律上の意義を有しない。
他に、成立し得るKの抗弁を基礎付ける事実は見当たらない。
3.よって、Hは、Kに対し、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができる。
以上