第1.設問1
1.考えられるCの主張は、本件株式発行は代表権限を有しない者によってされたから、不存在(829条1号)である、というものである。
2(1)本件株式発行の効力発生日である平成24年6月10日から平成26年4月までの時点では、既に非公開会社における株式発行無効の訴えの出訴期間である1年(828条1項2号かっこ書)が経過している。しかし、出訴期間の規定は無効の訴えが形成訴訟であることによるから、不存在確認の訴えには類推適用されない(判例)。従って、上記期間の経過は、本件株式発行不存在の主張を妨げない。
(2)株式発行不存在事由は、株式発行の実体を欠くことであり、代表権限を有しない者による発行がこれに含まれる。
本問で、Eは代表取締役として登記されたものの、実際には、当面は引き続きAのみが代表取締役とされ、Eは代表取締役に就任しなかった。そして、唯一の代表取締役であるAは、本件株式発行につき態度を保留していたから、本件株式発行は、代表権限を有しない者によってされたといえる。従って、本件株式発行は、不存在である。
(3)よって、Cの主張は正当である。
3.本件株式発行に係る法律関係
本件株式発行は不存在である以上、当初から何らの効力も有しない(839条反対解釈)。その結果生じる法律関係は、以下のとおりである。
(1)割当てを受けたEは、本件株式発行に係る400株について、当初から株主としての地位を有しない。
(2)出資の目的とされた建物は、不当利得(民法703条)となり、甲社はこれをEに返還する義務を負う。なお、株式発行無効の場合を定めた840条は、認容判決の将来効(839条)を前提にした規定であるから、不存在には類推適用されない。
さらに、甲社は、上記建物の出資から現在までの使用利益(毎年100万円)の返還義務も負うか。代表取締役Aは、Dから本件株式発行の計画を断念したなどと虚偽の事実を告げられていたから、本件株式発行の実施自体について善意である。そうである以上、甲社は上記建物に係る果実収取との関係でも、善意と評価すべきである(民法101条1項)。従って、甲社は果実収取権を有する(民法189条1項)から、使用利益の返還を要しない。
(3)甲社の発行済株式総数及び資本金の額は、何らの影響も受けない。従って、平成26年4月時点での発行済株式総数は500株、資本金の額は2000万円である。
第2.設問2
1.考えられるHの主張は、Eは代表権を有しないが、表見代表取締役(354条)又は不実登記(908条2項)の規定が適用される、というものである。
(1)354条が適用されるためには、会社が取締役に代表権を表す名称を付したこと及び第三者の善意無重過失を要する。
ア.会社が取締役に代表権を表す名称を付したこと
甲社の代表取締役Aが、Eに副社長の肩書を用いることを認めている。従って、会社がEに代表権を表す名称を付したといえる。
イ.第三者の善意無重過失
Eが甲社を代表して金融機関との折衝を行っていたことからすれば、Hの悪意又は重過失を認めるには、特にEの無権限を知り得る地位にあった等の積極的事実を要するところ、本問ではそのような積極的事実は見当たらない。従って、HはEの無権限につき、善意無重過失であったと認められる。
ウ.よって、354条の適用がある。
(2)908条2項が適用されるためには、登記申請権者の故意過失によって不実の事項が登記されたこと及び第三者の善意を要する。登記申請権者に帰責性がある以上、善意は過失の有無を問わない。
ア.登記申請権者の故意過失による不実登記
Eに係る代表取締役の登記をしたのは、甲社の代表取締役Aである。Aは、登記申請時にはEを現に代表取締役に就任させるつもりであったから故意はないが、Cの了解を得る確実な見通しのないまま登記を申請した以上、過失がある。その結果、代表取締役に就任しないEについて、代表取締役就任の不実登記がされた。従って、登記申請権者の過失によって不実の事項が登記されたと認められる。
イ.第三者の善意
前記(1)イのとおり、Hは、Eが代表権を有しないことにつき善意であったと認められるから、登記が不実であることについても善意である。
ウ.よって、908条2項の適用がある。
(3)以上のとおり、Hの主張は、いずれも正当である。
2.これに対し、考えられる甲社の主張は、本件借入れは利益相反取引(356条1項3号)又は多額の借財(362条4項2号)に当たるのに、取締役会決議を欠いていること及び代表権濫用である。
(1)利益相反取引の主張について
356条1項3号の取引というためには、外形的・客観的に取締役に利益となる反面で会社の利益を害するものと認められることを要する。
Hは、Eの妻であるFの知人であるが、Hが甲社に2億円を貸し付けることによって、外形的・客観的にEに利益となり、甲社の利益を害するとはいえない。従って、同号の取引に当たらない。
よって、利益相反取引に当たるとの主張は、正当ではない。
(2)多額の借財の主張について
ア.多額の借財に当たるか否かは、会社の規模及び収益力の観点から判断すべきである。
甲社の資本金の額は2000万円であり、本件借入れの額はその10倍である。これは規模に比して過大といえる。また、甲社の年商は2億円程度である。利益率20%程度と仮定しても元本完済に5年以上を要し、しかも、年利10%の高利であることも考慮すれば、収益力に比して過大といえる。以上から、本件借入れは多額の借財に当たる。
イ.取締役会の決定に基づかない多額の借財も原則として有効であるが、相手方がこれを知り、又は知ることができたときは無効となる(判例)。
上記アのとおり、甲社にとって多額であることは客観的に容易に知り得ることからすれば、Hには一定の調査義務がある。Hは、甲社の事業計画に関する資料等の交付をEに求めたものの、結局その交付を受けないまま本件借入れに応じた。Hが本件借入れに緊急に応じなければならない事情もうかがわれない以上、Hとしては、他の取締役等に問い合わせれば容易に取締役会の決定を欠くことを知り得たといえる。したがって、Hは取締役会の決定を欠くことを知ることができたから、本件借入れは無効となる。よって、本件借入れの効果は甲社に帰属しない。
ウ.以上から、多額の借財の主張は正当である。
(3)代表権濫用の主張について
本件借入れは、主として乙社の不動産開発計画を推進することが目的であるから、Eが甲社を代表して本件借入れをしたことは、(表見的)代表権の濫用といえる。
もっとも、代表権濫用による法律行為も原則として有効であり、相手方がこれを知り、又は知ることができたときに限り無効となる(民法93条ただし書類推適用、判例)。
乙社の不動産開発計画を推進することを提案したのはFであり、Hはその知人だったことからすれば、Hにおいて、上記目的を知り、又は知ることができたと認められる。よって、本件借入れは無効であり、その効果は甲社に帰属しない。
以上から、代表権濫用の主張は正当である。
3.以上のとおり、本件借入れの効果は、甲社に帰属しない。
第3.設問3
1.Dに対する請求について
(1)考えられるCの主張は、Dは取締役を退任したが、なお事実上の取締役として、本件貸付けにより会社に生じた損害について、会社に対し423条1項の責任を負うから、これについて代表訴訟を提起できる(847条1項)、というものである。
(2)事実上の取締役というためには、対外的に取締役として振舞ったこと及び取締役に匹敵する重大な権限を継続的に行使して会社の業務執行に従事したことを要する。
本問で、Dにつき退任登記がされ、Dが対外的に取締役として振る舞った事実はない。また、Dは退任後も本件株式発行を計画したり、Fの提案につきEの相談を受けた事実はあるものの、本件株式発行に係る議事録作成等を行ったのはEであり、Fの提案につきEの相談を受けた際には「自分が判断する事柄ではない」と述べているから、取締役に匹敵する重大な権限を継続的に行使したと認めるに足りない。従って、Dは事実上の取締役に当たらない。
(3)以上から、Cの主張は正当ではなく、Dに対する株主代表訴訟は認められない。
2.Eに対する請求について
(1)本件貸付けに係る責任について
考えられるCの主張は、本件貸付けにより会社に生じた損害について、Eは会社に対し423条1項の責任を負うから、これについて代表訴訟を提起できる(847条1項)、というものである。
ア.Eが会社に対して423条1項の責任を負うというためには、本件貸付けにつきEの任務懈怠及び故意過失が必要である。
本件貸付けは、年利10%と高利であるが、同時に同率の金利負担を伴う本件借入れを行っているから、甲社にとってリスクがあるだけで、何らメリットを見出し難い取引であった。従って、敢えて本件貸付けを行ったEに任務懈怠がある。
本件貸付けが回収不能となれば甲社の損害になることは明らかであり、Eは、乙社の業績が低迷し、その将来に不安を覚えて甲社に入社したのであるから、乙社の財務状態が良好とはいえないことを認識していた上、Dからリスクがあるだけでメリットがない旨助言を受けていることからすれば、少なくとも過失が認められる。
イ.以上から、Cの主張は正当である。
(2)本件土地の移転登記請求について
考えられるCの主張は、847条1項の責任には、Eが会社に対して負担する本件土地の所有権移転登記手続義務も含まれるから、Cはこれについて代表訴訟を提起できる、というものである。
ア.847条1項の責任には、取締役の地位に基づく責任のほか、会社との取引によって負担することになった債務も含まれる(判例)。
本問で、Eは、本件土地につき甲社と直接取引していない。しかし、Eは相続により本件土地の売主としてのFの地位をも承継したといえるから、Fが甲社に対して負っていた所有権移転登記手続義務は、Eとの関係においても、甲社との取引によって負担することになった債務といえる。従って、上記義務は、847条1項の責任に含まれる。
イ.以上から、Cの主張は正当である。
以上