第1.設問1
1.訴訟上の効力を維持する立論
(1)訴訟行為には表見法理の適用がないとする判例法理の一般論を根拠付ける理由としては、以下のものが考えられる。
ア.取引行為と訴訟行為の違い
表見法理は、取引の安全を図る趣旨の規定である。これは、取引行為の性質上、動的安全が優先されることによる。しかし、訴訟行為では手続保障の観点から静的安全が重視される。従って、表見法理の趣旨は、訴訟行為には妥当しない。このことは、以下のような法の規定にも現れている。
(ア)商法24条及び会社法13条の文言
表見支配人についての商法24条及び会社法13条は、「裁判外の」としており、明示的に裁判上の行為を除外している。
(イ)代表権の存否の民事訴訟上の取扱い
代表権の存否は、本人の手続保障に関わる公益的事項であることから、職権調査事項とされる。このように、裁判所の関与があることも取引行為と異なる。また、その欠缺は、絶対的上告理由及び再審事由となる(37条、312条2項4号、338条1項3号)。これは、手続保障上、代表権の存否が重要であることの現れである。とりわけ、再審事由となることは、相手方の確定判決に対する期待を犠牲にしても手続保障を重視することの現れであり、ここに静的安全の動的安全に対する優位が読み取れる。
イ.手続の不安定
訴訟手続は、先行する訴訟行為の存在を前提としながら、次々と積み重なっていくという特質がある。にもかかわらず、訴訟行為に表見法理が適用されると、相手方の善意・悪意という主観によって前提とされた訴訟行為の効果が左右されることになり、訴訟手続を不安定にする。
(2)しかしながら、上記の理由は、訴訟上の和解が成立した事案においては妥当しない。その理由は、次のとおりである。
ア.訴訟上の和解の取引行為的性質
(ア)訴訟上の和解とは、両当事者が訴訟物について互譲により訴訟を終了させる旨の期日における合意をいう。当事者間の互譲と合意を必要とする点に、裁判所に対する申立てや主張のような通常の訴訟行為とは異なる取引行為としての性質がある。
(イ)訴訟上の和解は、裁判によらずに訴訟を終了させる訴訟行為である(第二編第六章)。これは、実体法上の私的自治の原則に由来する(処分権主義)。従って、一般の訴訟行為と異なり、実体法上の法理である表見法理が妥当すると考えられる。
(ウ)表見代表取締役を規定する会社法354条は、裁判外の行為を除外していない。また、商法24条及び会社法13条の「裁判外の行為」には上記(イ)のような実体法上の権利処分に準ずる行為も含まれると解し得る。従って、法の文言は直ちに結論を左右しない。
(エ)代表権の存否が職権調査事項であることや、その欠缺が絶対的上告理由及び再審事由となることは、判決により終了する場合の事柄であって、訴訟上の和解の場面では問題にならない。
イ.手続の不安定の問題が生じないこと
訴訟上の和解は、訴訟を終了させる訴訟行為であるから、その後に手続が積み重なることはなく、手続の不安定の問題は生じない。
(3)以上のとおり、訴訟行為一般には表見法理は適用されないとしても、訴訟上の和解はその例外として、同法理の適用があると考えられるから、D主張の事実が真実であったとしても、本件和解の訴訟上の効力は維持される。
2.訴訟行為としての効力が否定される場合の私法上の効果
(1)訴訟上の和解は、両当事者の合意を要素とするから、私法上の和解を含んでいる。従って、訴訟上の和解としての効力が認められない場合であっても、私法上の和解としての効果は生じ得る。そして、私法上の和解に表見法理が適用されることに疑いはないから、代表権を欠く場合であっても、表見法理の適用により会社に効果が帰属する。
(2)もっとも、私法上の和解は、訴訟上の和解と異なり、既判力及び執行力(267条、民執法22条7号)が認められないから、和解内容が履行されない場合に直ちに執行することはできず、和解の履行を求める訴訟を再度提起する必要がある。
(3)よって、本問では、履行期までに本件和解の内容をB社が履行しない場合には、その履行を求めて提訴することにより、本件和解の内容を実現できる。
第2.設問2
1.判例の趣旨
判例の事案では、被告本人は和解案を拒んでいる。従って、本人の意思は、訴訟代理権の範囲に影響を与えない趣旨と理解できる。このことは、本人であっても訴訟代理権の範囲を制限できない(55条3項)ことと整合する。
また、判例は、貸金返還請求訴訟における訴訟代理人の和解権限に、抵当権設定契約をする権限も包含するとした。これは、貸金返済を巡る紛争において担保を提供することは、互譲手段として通常想定され、訴訟物に関連性を有するからであると理解できる。
以上から、判例の趣旨によれば、訴訟代理人の和解権限の範囲は、本人の意思にかかわらず、互譲手段として通常想定され、訴訟物に関連性を有する事項に及ぶ。
2.本問の検討
これを本件和解条項第1項についてみると、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、謝罪や誓約をすることは、互譲手段として通常想定され、訴訟物に関連性を有する事項である。従って、Aの意思にかかわらず、L2の和解権限の範囲に含まれる。
よって、Aは、Xとの間で本件和解の効力を争うことはできない。
第3。設問3
1.既判力の縮減について
(1)既判力の客観的範囲の原則論
ア.訴訟上の和解の既判力は、「確定判決と同一の効力」(267条)として認められる。確定判決における既判力は主文にのみ及び(114条1項)、その基準時は、事実審の口頭弁論終結時である(民執法35条2項)。
イ.訴訟上の和解には主文がなく、事実審の認定事実を基礎とするわけではないから、確定判決と全く同一に考えることはできない。もっとも、和解も判決と同様、訴訟物に関する紛争解決であること、訴訟上の和解は、合意時の事実を基礎にしていると考えられることからすれば、訴訟上の和解の既判力は、訴訟物に関する合意部分に及び、その基準時は、合意時と考えられる。
ウ.本問では、訴訟物はAの不法行為に基づく損害賠償請求権であり、その基準時は、和解成立時となる。従って、本件後遺障害もAの不法行為による損害であって、その請求権は和解成立時に既に発生していたと考えられる以上、和解の既判力が及ぶことになるのが上記原則論の帰結である。
(2)例外論
ア.しかし、上記の原則論を貫くと、和解成立後に後遺障害が生じた場合に、被害者に酷な結果となる。
イ.117条は、定期金賠償の場合に、損害額算定基礎事情の著しい変更が生じた場合に、判決の変更を認める。これは、その限度で既判力を縮減させる趣旨である。定期金賠償は、一時金賠償と比べて、妥協的解決である。すなわち、同条が定期金賠償につき既判力の縮減を認めた趣旨は、一時金による硬直的解決よりも、定期金賠償を認めた上で、事後の事情変更の余地を認める方が、柔軟な解決に資する点にある。
ウ.上記趣旨は、訴訟上の和解にも当てはまる。すなわち、判決による硬直的解決よりも、和解による解決を試みた上で、事後の事情変更の余地を認める方が、柔軟な解決に資する。理論的にも、既判力の根拠は手続保障と自己責任にあるところ、訴訟上の和解には裁判所の関与による手続保障が十分でない。従って、117条のような直接の規定がなくても、既判力の縮減を認める理論的基礎がある。
そうすると、人身損害に係る損害賠償請求についての訴訟上の和解の既判力は、その後予想外の後遺障害が生じたときは、その限度で縮減されると考えるべきである。
(3)結論
よって、本問では、本件後遺障害は和解成立時には予想外のものであるから、和解条項第2項及び第5項について生じる既判力は、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度まで縮小される。
2.本件和解契約対象からの除外について
(1)訴訟上の和解は、私法上の和解契約を基礎として成立するものであるから、前提となる私法上の和解契約の対象に含まれない事項については、訴訟上の和解の既判力は生じない。
(2)一般に、不法行為に基づく損害賠償請求について、一定額の支払いと引換えにその余の請求を放棄する趣旨の和解契約がされた場合には、その後に損害額が支払額以上であると判明しても、その部分に係る請求権は消滅したものとみなされる(民法696条)。もっとも、人身損害における和解契約において、和解契約後に予想外の後遺障害が生じたときは、この限りでない。なぜなら、和解契約時に予想外の後遺障害に係る請求権まで放棄することは、当事者の合理的意思に反するからである。
従って、人身損害における和解契約は、和解契約時に予想外の後遺障害に係る請求権まで放棄する趣旨を含まない。
(3)本問で、本件後遺障害は和解契約時には予想外であった。よって、本件和解契約は本件後遺障害に基づく損害賠償請求権を対象として締結されたものではないから、本件和解条項第2項及び第5項につき同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない。
以上