平成26年司法試験予備試験論文式刑法参考答案

第1.甲の罪責

1.仏像に係る詐欺罪(246条1項)の成否を検討する。

(1) 甲は、代金支払というVの仏像交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったから、欺く行為がある。

(2) 仏像は密輸品であるが、事実上の所持に要保護性がある以上、詐欺罪の客体となる(元軍用アルコール騙取事件判例参照)。

(3) 「交付」は、処分意思に基づくことを要する。Vは「先に仏像を引き渡しても代金を受け取り損ねることはない」と考えていた。これは、売買の先履行と評価できる。従って、引渡しはVの処分意思に基づくものといえ、「交付」に当たる。

(4) 仏像は1個で、風呂敷に包んで持ち運び可能であって、Vの処分意思に基づいて甲に引き渡されたことからすれば、Vから甲への引渡しの時点で仏像の占有移転が生じ、詐欺は既遂となる。

(5) また、甲は、売買を装いつつ、代金を支払わずにこれを入手しようと考えていた以上、故意及び不法領得の意思が認められる。

(6) 以上から、甲に詐欺罪が成立する。

2.Vをナイフで突き刺す行為につき強盗殺人未遂罪(243条、240条)の成否を検討する。

(1) 240条の「強盗」とは、強盗犯人を意味し、少なくとも強盗の実行に着手したことを要する。本件で、Vをナイフで突き刺す行為は反抗を抑圧する暴行であり、Vは1人で来たこと、甲が身元を偽っていることから、Vを殺害すればその相続人等による仏像の返還及び代金請求が事実上不可能となることを考慮すると、刺突行為の時点で2項強盗の実行の着手がある。よって、甲は「強盗」に当たる。

(2) 240条は殺人の故意ある場合も含み、強盗が殺人の故意で人を死亡させるに至らなかったときは、財産上の利益の移転の有無にかかわらず未遂となる。本件で、甲は殺意をもってVを刺突したが、死亡させるに至らなかったから、強盗殺人未遂罪の構成要件に該当する。

(3) もっとも、正当防衛(36条1項)とならないか。

ア.甲は首元にナイフを突き付けられていたから、侵害が現に存在しており、急迫性がある。

イ.防衛行為者が不正の行為により自ら侵害を招いたものといえる場合であって、侵害行為が防衛行為者による先行行為の程度を大きく超えるものでないときは、反撃を正当とする状況を欠くから、正当防衛は成立しない(判例)。本件では、甲の不正な詐欺行為によりVの侵害を招いたといえるが、上記アの侵害は、刃体の長さ約15センチメートルのナイフによるもので、首は人体の枢要部であるから、生命に対する侵害であって、先行する詐欺の程度を大きく超えるから、これにより直ちに正当防衛は否定されない。

ウ.「防衛するため」というためには、防衛の意思が必要である。攻撃の意思が併存しているからといって、防衛の意思を欠くということはできないが、防衛に名を借りて積極的加害行為がされた場合には、もはや防衛の意思は認められない(判例)。甲には、仏像の返還や代金の支払を免れる意思があったものの、自分の身を守ることも意図していたから、防衛に名を借りて積極的加害行為がされたとはいえない。従って、防衛の意思が認められる。

エ.「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。本件で、Vは68歳と高齢で、身長160メートル、体重53キログラムと小柄である。これに対し、甲は28歳と若く、身長178センチメートル、体重82キログラムと大柄であった。これを考慮すると、防衛手段としてはVからナイフを取り上げて取り押さえる程度で足り、取り上げたナイフでVの腹部を突き刺すことは必要最小限度を逸脱し、相当性を欠く。よって、「やむを得ずにした行為」とはいえない。

オ.従って、正当防衛は成立せず、過剰防衛による裁量的減免の余地があるにとどまる(36条2項)。

(4) 以上から、甲に強盗殺人未遂罪が成立する。

3.前記1の詐欺罪と前記2の強盗殺人未遂罪は、法益及び犯意の共通性から、包括して重い強盗殺人未遂罪1罪として評価する。

4.よって、甲は、強盗殺人未遂罪の罪責を負うが、裁量的減免の余地がある。

第2.乙の罪責

1.前記第1の1及び2の各罪について甲との共犯は成立しない。なぜなら。共謀も幇助の故意も認められないからである。

2.仏像の保管につき盗品等保管罪(256条2項)の成否を検討する。

(1) 仏像は、詐取物であるから、「財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」(盗品等)に当たる。また、仏像は密輸品であるが、なおVの所有に属する以上、追求権が及び、盗品等罪の客体となる。

(2) 盗品等保管罪は継続犯であるから、盗品等の認識なく保管を開始し、知情後も保管を継続した場合には、知情後の保管について盗品等保管罪が成立する。本件では、乙が甲から電話を受けた後から第三者に売却するまでの2週間の保管について、盗品等保管罪が成立する。

3.甲に無断で仏像を第三者に売却した行為について、甲に対する横領罪(252条1項)は成立しない。なぜなら、盗品等の保管に係る委託信任関係は刑法上保護に値しないからである。
 もっとも、密輸品であっても仏像はVの所有に属する以上、乙による仏像売却は、「占有を離れた他人の物」の横領に当たり、Vに対する占有離脱物横領罪(254条)が成立する。その後の代金費消は共罰的事後行為である。

4.前記2の盗品等保管罪と前記3の占有離脱物横領罪は、法益及び犯意の共通性から包括して重い盗品等保管罪1罪として評価する。

5.よって、乙は、盗品等保管罪の罪責を負う。

以上

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