平成26年司法試験予備試験論文式刑訴法参考答案

第1.自白法則との関係

1.自白とは、自己の犯罪事実の全部又は一部を認める供述をいう。ICレコーダーを証拠方法として取り調べる場合には、展示の上で録音内容を再生する(録音テープに関する判例参照)から、録音された供述が証拠資料となる。本件のICレコーダーに録音された甲の供述は、贈賄罪の被疑事実の全部を認めるものであるから、自白に当たる。

2.自白の証拠能力が認められるためには、任意性を要する(319条1項、自白法則)。そして、被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、任意性が否定される(旧軍用拳銃不法所持事件判例参照)。
 本件で、Kは、「供述調書にはしないし、他の警察官や検察官には教えない」と約束しておきながら、密かに甲の供述を録音するという偽計を用いている。当初、「何も言いたくない」と答えていた甲が、上記Kの発言の後に、「それなら本当のことを話します」と言って自白を始めたことから、甲の自白は、上記偽計の影響によるものと認められる。しかしながら、切り違え尋問、不起訴の約束等がされた場合とは異なり、本件のKの発言は、自白すれば利益を与えるとか、自白しないと不利に扱うというものではない。すなわち、Kの発言は、甲を自白に追い込む心理的圧迫になっていない。また、Kの偽計は、真実の供述をしても問題がないと甲に誤信させるものではあっても、甲に敢えて虚偽の供述をさせる動機付けとなるものではない。そうである以上、甲が心理的強制を受けたとは認められず、また、虚偽の自白が誘発されるおそれがあるともいえない。以上から、甲の自白には任意性がある。

3.よって、本件のICレコーダーの証拠能力は、自白法則との関係では否定されない。

第2.伝聞法則との関係

1.320条1項は、供述代用書面及び伝聞供述の証拠能力を原則として否定する(伝聞法則)。本件のICレコーダーは、形式的には供述代用書面にも伝聞供述にも当たらない。しかし、同項の趣旨は、供述証拠には知覚、記憶した事実を再現する過程に誤りが混入しやすいことから、反対尋問による真実性の吟味を要するところ、公判廷外供述にはその機会がないことにある。従って、伝聞法則の適用される証拠(伝聞証拠)とは、公判廷外の供述を内容とする証拠であって、当該供述内容の真実性を要証事実とするものをいい、上記供述に代えて書面以外の記録媒体を証拠とする場合には、供述代用書面に準じて、320条から328条までの規定が準用される。
 本件のICレコーダーは、公判廷外の甲の供述を内容とし、「乙知事に対し…800万円を差し上げ」、「『便宜を図っていただきたい。この800万円はそのお礼です』とお願いした。乙知事は『私に任せておきなさい。』と言ってくれた」ことの真実性が要証事実となっている。従って、本件のICレコーダーは、伝聞証拠である。

2.そこで、被告人の公判廷外供述に関する例外(322条1項準用)を検討する。

(1) 甲の署名及び押印は不要である。なぜなら、署名又は押印が要求された趣旨は、録取過程の正確性を担保する点にあるところ、ICレコーダーの録音は機械的に行われるから、その正確性が既に担保されているからである。

(2) 甲の供述は自白であるから、「不利益な事実の承認」に当たる。任意性(322条1項ただし書)については、前記第1の2のとおりである。

(3) 以上から、本件のICレコーダーには322条1項が準用される。

3.甲の供述中の「…便宜を図っていただきたい…お礼です」「私に任せておきなさい」という甲及び乙の発言は、事実の存否に係るものではないから真実性は問題とならず、発言自体から賄賂性及びその認識を立証するものである。従って、再伝聞の問題は生じない。

4.よって、本件のICレコーダーの証拠能力は、伝聞法則との関係では否定されない。

第3.証拠禁止との関係

1.捜査機関による秘密録音は、内偵の手段として任意捜査(197条1項本文)に含まれるが、相手方のプライバシーや人格権の制約を伴うから、個人の法益と公共の利益の権衡等を考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度においてのみ許される。特に、取調べの際に行う場合には、黙秘権(198条2項)に配慮する必要がある。
 本件では、前記第1の2のとおり、供述の強制には至らないから、形式的な黙秘権侵害があるとはいえない。しかし、甲はKとの間だけの秘密と信じて供述したのに、有罪立証の証拠とされたのであるから、実質的な黙秘権侵害が生じている。他方で、収賄及び贈賄は重大犯罪であり、被害者のいない犯罪であることから客観証拠の収集が困難であることを考慮しても、本件において、偽計を用いた秘密録音の手法を採用しなければならない特段の事情はうかがわれない。そうである以上、本件の具体的状況の下で相当と認められる限度を超えている。
 従って、本件における秘密録音は、違法である。

2.違法に収集された証拠は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを許容することが将来の違法捜査抑止の見地から相当でない場合には、証拠能力が否定される(判例)。
 本件の秘密録音は、実質的に黙秘権を侵害する。黙秘権は、令状主義と同様に重要かつ基本的な手続保障である(憲法35条、38条1項)。従って、令状主義の精神を没却する場合と同様の重大な違法がある。また、本件の秘密録音は偽計を伴う計画的なものであるから、これにより採取された証拠を許容することは将来の違法捜査抑止の見地から相当でない。

3.よって、本件のICレコーダーは、証拠禁止との関係で証拠能力が否定される。

以上

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