【答案のコンセプトについて】
1.現在の司法試験の論文式試験において、ほとんどの科目では、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね
・基本論点を抽出できている。
・当該事案を解決する規範を明示できている。
・その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。
という3つです。ところが、民訴法(年によっては民法も)は、上記のような事例処理で解くような問題が出題されないという独特の傾向にあります。採点基準も独特です。民訴法では、以下のような書き方を守っているかどうかで、極端に差が付いています。
(1)問題文で指定されたことだけに無駄なく答えている。
(2)参照判例がある場合、まずその判例の趣旨を確認している。
(3)例外が問われた場合、まず原則論を確認している。
例えば設問1では、本件の場合を論じる前に、まず平成3年判決の趣旨を書く必要があります。特に、「相殺による簡易、迅速かつ確実な債権回収への期待と、相殺に供した債権について債務名義を得るという2つの利益を自働債権の債権者である被告が享受することは許されない」とはどういうことか、説明する必要があるでしょう。また、処分権主義に反しないとか、反訴被告の利益を害さない理由を書く前に、まず単純反訴を裁判所が勝手に予備的反訴と扱うことが、原則として処分権主義に反し、反訴被告の利益を害することを示す必要があるのです。設問2では、いきなり控訴裁判所のなすべき判決を書くのではなく、まず第1審判決取消し・請求棄却の場合と、控訴棄却の場合にどうなるかを確認する。設問3では、余計な検討はせずに、まず言われたとおり、各要件に言い分をきちんと当てはめる。いきなり先決関係を書くのではなく、まず既判力の作用する典型的場面である同一関係、矛盾関係に当たらないことを確認する。
2.逆に言えば、上記を守ってさえいれば、細かい論述ではあまり差が付いていないな、という印象です。ですから、各設問で、いずれもこの書き方を守って解答できていれば、それだけで優秀・良好の水準になる。参考答案も、上記(1)から(3)までに従って淡々と書いているだけですが、全体の出来によっては優秀・良好の水準に入り得る内容になってしまっていると思います。そのくらい、多くの人が、上記の書き方で書けていないのです。現在の民訴は、知識や理解というよりも、答案の書き方で差が付く科目です。民訴が苦手な人は、上位の再現答案等を参考にしながら、意識して答案の書き方を改めないと、どんなに勉強量を増やしても得点は伸びないでしょう。慣れないうちは、参考答案のように、上記(1)から(3)に沿った項目立てをしてしまうのがよいと思います。他方で、他の科目と比較すると、問題文の事情をどんどん引っ張ってくる、という作業は必要ではありませんから、たくさん文量を書けない人でも、わかってしまえば高得点を取り易い科目ということができると思います。
【参考答案】
第1.設問1
1.L1が指摘した問題点第1について
(1)平成3年判決の趣旨
平成3年判決は、本訴における相殺の抗弁に係る既判力(114条2項)と別訴の既判力の客観的範囲が重複するから、既判力の矛盾抵触が生じるとする。
また、併合審理された場合にも同様であるとするのは、弁論が分離される可能性がある(152条1項)からと考えられる。
(2)本件の場合
本件では、一旦提起された反訴が予備的反訴として扱われることで、本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された部分については反訴請求の訴訟物とされなくなるから、本訴における相殺の抗弁に係る既判力と反訴の既判力の客観的範囲は重複しない。
また、予備的併合の場合には弁論の分離は許されない。
よって、平成3年判決の場合と異なり、既判力の矛盾抵触が生じないから、同判決の趣旨は本件に妥当しない。
2.L1が指摘した問題点第2について
(1)平成3年判決の趣旨
本訴において相殺の抗弁が認められると、自働債権について債権を回収したのと同様の効果を得ることができる。それにもかかわらず、さらに別訴で請求認容判決を受けた場合には、相殺に供した自働債権について債務名義を得て強制執行することができる。平成3年判決は、これを認めると債権を二重に回収できることになるから、許されないとするものと考えられる。
(2)本件の場合
本件では、一旦提起された反訴が予備的反訴として扱われることで、本訴において相殺の抗弁が認められ、かつ、反訴において相殺で対抗した部分についても請求認容判決を受けるという可能性はない。
よって、平成3年判決の場合のような債権の二重回収という事態は生じないから、同判決の趣旨は本件に妥当しない。
3.L1が指摘した問題点第3について
(1)原則
単純反訴として提起された反訴について、裁判所が訴え変更の手続を要せずに予備的反訴として扱うことは、原則として許されない。
なぜなら、反訴原告の意思によらずに審判対象を変更する点で処分権主義に反するだけでなく、反訴請求について本案判決を得たいと考える反訴被告の利益を害するからである。
(2)例外
上記の原則論からすれば、反訴原告の合理的意思解釈から予備的反訴とする黙示的意思が認められ、反訴請求について本案判決を得られなくなっても反訴被告の利益を害することにならない例外的な場合には、裁判所が訴え変更の手続を要せずに予備的反訴として扱うことも許されると考えられる。
平成18年判決の事案は、本訴被告(反訴原告)が反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁を提出したというものである。従って、本訴で自働債権の存否につき判断がなされれば、反訴の審判対象である反訴請求債権の存否について既判力が生じる(114条2項)。これにより、反訴請求債権の存否についての紛争は解決されるから、反訴の訴訟係属を維持する必要はない。
従って、反訴原告の合理的意思解釈から予備的反訴とする黙示的意思が認められ、反訴請求について本案判決を得られなくなっても反訴被告の利益を害することにならない。
以上から、平成18年判決の事案では、裁判所が訴え変更の手続を要せずに予備的反訴として扱うことも許される。
(3)本件の場合
本件の場合も、本訴被告(反訴原告)が反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁を提出する場合であるから、平成18年判決の事案と同様に、単純反訴として提起された反訴を裁判所が訴え変更の手続を要せずに予備的反訴として扱うことが許される。
第2.設問2
1.第1審判決取消し・請求棄却の控訴審判決が確定した場合
(1)控訴審判決により、損害賠償請求権の不存在に既判力が生じる(114条1項)。
(2)他方、控訴審においては相殺の自働債権とされた請負代金請求権の存否については判断されないから、控訴審判決には請負代金請求権の不存在に係る既判力(114条2項)は生じない。
また、予備的反訴として扱われるYの提起した反訴も、Xの控訴により移審する(控訴不可分の原則)ところ、第1審判決が取り消されたことにより同反訴の解除条件が成就しないことになるから、反訴はいまだ控訴審に係属することとなる。
(3)上記(2)の部分は、第1審判決と比較してXに不利であるから、不利益変更禁止の原則(304条)に反する。
2.控訴棄却により第1審判決が確定した場合
(1)第1審判決により、損害賠償請求権の不存在及び請負代金請求権の不存在に既判力が及ぶ(114条1項、2項)。
(2)この場合、瑕疵がないことにより損害賠償請求権が不発生であるとの控訴審裁判所の心証と、請負代金請求権の不存在についての既判力が維持されることとの間に食い違いが生じる。しかし、そのような結果になる原因はYによる控訴及び附帯控訴がないことによるから、制度上許されない結論であるとはいえない。
3.以上から、控訴審は、控訴を棄却する判決をすべきである。
第3.設問3
1.Yの言い分の不当利得返還請求権の要件への当てはめ
(1)不当利得返還請求権が認められるためには、受益、損失、因果関係及び法律上の原因がないことが必要である。
(2)これにYの言い分を当てはめると、以下のようになる。
ア.Xは、請負代金債務を負担するにもかかわらず、支払いを免れているから、Xには、同債務に相当する金額の受益がある。
イ.Yは、請負代金請求権を有するにもかかわらず、請求することができないから、Yに同請求権に相当する金額の損失がある。
ウ.Yが請負代金請求権を有するのに請求できないことによって、Xが請負代金債務の支払いを免れる関係にあるから、因果関係がある。
エ.請負代金請求権が存在する以上、Yがこれを請求できないこと、Xがその支払いを免れることについて、法律上の原因がない。
(3)以上のとおり、Yの言い分によれば、不当利得返還請求権の各要件は、いずれも請負代金請求権の存在を前提にしなければ充足しない。
2.上記1に対する既判力の作用
(1)既判力の作用する場面としては、同一関係、矛盾関係及び先決関係がある。
ア.同一関係とは、後訴の訴訟物が、前訴で既判力が生じた権利・法律関係と同一である場合をいう。
イ.矛盾関係とは、後訴の訴訟物が、前訴で既判力が生じた権利・法律関係と法律上両立しない場合をいう。
ウ.先決関係とは、前訴で既判力が生じた権利・法律関係が、後訴の訴訟物の存否を判断する前提となる場合をいう。
(2)本件では、Yが仮に後訴を提起した場合、後訴の訴訟物は不当利得返還請求権であって、前訴で既判力が生じる損害賠償請求権及び請負代金請求権と同一ではない。また、債権は相互に両立し得るから、直ちに法律上両立しないともいえない。
従って、同一関係及び矛盾関係として既判力が作用することはない。
(3)もっとも、前記1のとおり、Yの不当利得返還請求権の各要件に係る主張は、請負代金請求権の存在を前提とすることから、前訴の既判力は、先決関係として作用する。
すなわち、後訴の受訴裁判所は、前訴の事実審の口頭弁論終結時において請負代金請求権は存在しないことを前提に、審理・判決をすることになる。
(4)本件では、Yは、確定した前訴第1審の口頭弁論終結後の事実について何ら主張していない。よって、後訴の受訴裁判所は、Yの不当利得返還請求権の各要件に係る主張の前提となる請負代金請求権の存在を認めることができないから、不当利得返還請求権の要件を充足しないとして請求を棄却する判決をすることになる。
以上