(東京地裁 平成18年10月20日判決より引用、太字強調は当サイトによる)
1.本件は,一般労働者派遣事業の許可を受けている原告が,平成18年3月31日,18歳に満たない者を深夜業に使用したとの事実により,静岡家庭裁判所において罰金刑の判決を言い渡されたことから,処分行政庁が労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)14条1項1号,6条1号,44条3項,4項,労働基準法61条1項,119条1号,121条1項に基づき,原告に対し,上記許可の取消処分(以下「許可取消処分」という。)を行おうとしているところ,当該処分により重大な損害を生ずるおそれがあり,また,許可取消処分を行うことが裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるなどとして,許可取消処分の差止めを求めている事案である。
2.原告は,昭和56年12月16日,有限会社Aとして設立され,その後,商号・組織変更を経て,平成9年12月1日には,一般労働者派遣事業の許可を取得し,それ以降は,主として当該事業を営んでいる。全国に14箇所の支店,70箇所の営業所を有し,約300名の従業員,派遣労働者として登録を受けている者約2万名(このうち企業に派遣されて実際に労働している者約3000名)を擁している。なお,原告は,年間純利益1億5000万円以上を得ており,そのほとんどが上記事業によるものであり,派遣先として登録されている企業は約6700社である。
3.行政事件訴訟法37条の4第1項所定の要件である「重大な損害を生ずるか否か」を判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。
このような見地から,許可取消処分が行われることにより,原告が被るであろう損害について検討する。
原告は,前記2のとおりの規模・態様によって,平成9年ころから,一般労働者派遣事業を中心に営んでいることに照らせば,社会的評価や信用がその重要な経営上の前提となっているということができる。そうすると,許可取消処分が行われるならば,その営業の基盤に甚大な影響が生じ,事後的に,処分が取り消され,あるいは,その執行停止が認められたとしても,さらには,金銭賠償が行われたとしても,それによって有形・無形の損害を完全に填補した上,従前と同じ規模・態様で営業活動を行うことができないおそれが存在するだけではなく,営業活動を再開・継続することそれ自体が不可能となるおそれも存在するとみることができる。
この点に関して,被告は,原告が一般労働者派遣事業を行えなくなるのは許可取消処分に伴う当然の結果であって,法律が予定している範囲内の損害であること,原告の社会的評価及び信用の失墜は,本件犯罪事実に対し刑事罰が科されたことにより生ずるもので,許可取消処分により生ずるものではないことから,重大な損害を生ずる場合に当たらないと主張する。しかし,本件においては,当該保護法益や当該処分の性質からみて,直ちに当該処分を甘受すべきであるとするのが原則とまではいえず,上記のとおり,社会通念に照らして金銭賠償のみによることが著しく不相当と認められるような場合であるから,被告主張のように,たとえ一般労働者派遣事業を行えなくなることが許可取消処分に伴う当然の結果であるとしても,そのことから重大な損害を生ずる場合であることが否定できるものではない。
また,原告における社会的評価及び信用の失墜は,刑事処分を受けたことのみならず,許可取消処分を受けて一般労働者派遣事業を行うことが不可能となり,取引先・派遣労働者等との間で契約関係を維持できなくなることによっても生じ得るところであり,原告に与える打撃はむしろ後者によるものの方がより大きなものともなり得るものである。
以上のとおりであるから,許可取消処分が行われることにより「重大な損害を生ずる」場合に当たるものと解することができる。
(大阪地裁 平成19年11月28日判決より引用、太字強調は当サイトによる)
1.本件は,タクシーを運転していた原告が,平成17年12月20日午前4時ころ,交差点において信号無視をしたとして警察官に検挙され,これに起因する基礎点数2点を付された上,大阪府警察本部長により平成18年5月30日から90日間の運転免許停止処分(以下「本件処分」という。)を受けたことに対し,原告が上記信号無視を行った事実はないと主張するとともに,その後に原告が行った信号無視に基づく再度の運転免許停止処分(以下「本件第二処分」という。)が差し迫っているところ,本件処分が取り消されれば前歴及び累積点数の計算上本件第二処分はその要件を欠くと主張して,被告に対し,本件処分の取消し及び本件第二処分の差止めを求めた事案である。
2.行政事件訴訟法は,差止めの訴えは,行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができるものとし(3条7項,37条の4第1項),ただし,その損害を避けるため他に適当な方法があるときは,この限りでない,と規定している(37条の4第1項ただし書)。平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正により抗告訴訟の新たな訴訟類型として同法3条7項所定の差止めの訴えが定められた趣旨は,処分又は裁決がされた後に当該処分の取消しの訴えを提起し,当該処分又は裁決について同法25条2項に基づく執行停止を受けたとしても,それだけでは十分な権利利益の救済が得られない場合があることにかんがみ,処分又は裁決の取消しの訴えによる事後救済に加えて,行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において,事前の救済方法として,一定の要件の下で行政庁が当該処分又は裁決をすることを事前に差し止める訴訟類型を新たに法定することにより,国民の権利利益の救済の実効性を高めることにあるものと解される。そして,同法37条の4第1項が差止めの訴えは一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り提起することができるものと規定した趣旨は,差止めの訴えが,取消訴訟とは異なり,処分又は裁決がされる前に,行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める事前救済のための訴訟類型であることにかんがみ,事前救済を認めるにふさわしい救済の必要性を差止めの訴えの適法要件として規定することにより,司法と行政の適切な役割分担を踏まえつつ行政に対する司法審査の機能を強化し国民の権利利益の実効的な救済を図ることにあると解される。これらの趣旨からすれば,同項にいう一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合とは,それを避けるために事前救済としての当該処分又は裁決をしてはならないことを命ずる方法による救済が必要な損害を生ずるおそれがある場合をいうものと解されるのであって,一定の処分又は裁決がされることにより損害を生ずるおそれがある場合であっても,当該損害がその処分又は裁決の取消しの訴えを提起して同法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることができるような性質,程度のものであるときは,同法37条の4第1項にいう一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合には該当しないものと解すべきである。
しかるところ,確かに,本件第二処分がされることになれば,原告は,一定の期間(120日ないし150日間)自動車の運転を適法に行うことができなくなり,従前のようにタクシー乗務員として勤務することが不可能になるという直接的な損害を受けるほか,本件第二処分が前歴として残る結果,将来において大阪府公安委員会又は大阪府警察本部長から受ける運転免許の効力に係る処分が加重されるおそれが生じることになる。しかしながら,仮に原告がその運転免許の効力を上記の期間停止されたとしても,原告が現在の勤務先等において自動車の運転を伴わない他の業務に一時的に就くことまでが禁じられていないことはもとより,原告が本件第二処分の取消訴訟を提起するとともにその執行停止を申立てることは妨げられないのであり,仮に上記執行停止が認められなかったとしても,本件第二処分がその後に取り消された場合には,本件第二処分が前歴として評価されることがなくなる上,運転免許の効力が違法に停止されたことによる損害についても,別途損害賠償訴訟を提起するなどの方法で事後的に回復を図ることが考えられる(なお,法103条8項,令33条の5の規定に基づき,講習を終了することによって免許の効力の停止の期間を短縮することも可能である。)。もっとも,本件第二処分によって原告が受けるべき損害は経済的なものに限られるわけではなく,その名誉や信用等にも一定の影響が及ぶことは否定できないが,本件各先行処分が既に存在すること等にかんがみると,新たに本件第二処分を受けることによって原告が被る損害のうち上記のような側面を過度に重視することはできない。そうすると,原告がタクシー乗務員として勤務することで長年生活の糧を得てきたことや,短期間だけ他の仕事に就くことは原告の年齢(平成17年12月当時は満59歳)等に照らし必ずしも容易ではないであろうことなどをしんしゃくしてもなお,本件第二処分がされることによって原告が直ちに著しい損害を受けるような事態は容易に想定し難いものというべきであり,本件第二処分がされることにより原告に生ずるおそれのある損害は,本件処分の取消しの訴えを提起して行政事件訴訟法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることができるような性質,程度のものであるといわざるを得ない。
したがって,本件訴えのうち本件第二処分の差止めを求める部分は,行政事件訴訟法37条の4第1項にいう一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合の要件を欠く不適法な訴えであるから,その余の点について判断するまでもなく,却下されるべきである。
(大阪地裁 平成20年1月31日判決より引用、太字強調は当サイトによる)
1.本件は,京都社会保険事務局長(以下「処分庁」という。)から健康保険法に基づき保険医療機関の指定を受けた歯科医院の開設者であり,かつ保険医の登録を受けた歯科医師である原告らが,処分庁が同法80条及び81条に基づき原告らに対して行おうとしている保険医療機関指定取消処分及び保険医登録取消処分(以下,併せて「本件各処分」という。)は,実体的又は手続的に違法であるなどと主張して,行政事件訴訟法37条の4第1項に基づき,処分庁は本件各処分をしてはならない旨を命ずることを求める抗告訴訟(差止めの訴え)である。
2.行政事件訴訟法37条の4第1項は,差止めの訴えは,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができると定めている。差止めの訴えが抗告訴訟の新たな類型として法定された趣旨は,処分又は裁決がなされた後に当該処分等の取消訴訟を提起し,執行停止(同法25条)を受けたとしても,それだけでは十分な救済を得られない場合があることから,事前の救済方法として,差止めの訴えを法定することによって,国民の権利利益のより実効的な救済を図ろうとした点にある。そして,同法37条の4第1項が,差止めの訴えについて,「処分又は裁決がされることにより重大な損害が生ずるおそれがある」ことを要件とした趣旨は,差止めの訴えが,処分又は裁決がされる前に,裁判所に対して事前救済を求める訴訟類型であることに鑑み,事前救済を認めるにふさわしい救済の必要性を要件とすることにより,司法と行政の適切な役割分担を踏まえつつ行政に対する司法審査の機能を強化し国民の権利利益の実効的な救済を図ろうとした点にあると解される。
このような趣旨に照らせば,上記「重大な損害」とは,それを避けるために事前救済を認める必要がある損害をいうと解すべきであり,当該損害がその処分後に執行停止を受けることにより避けることができるような性質のものであるときは,「重大な損害」には該当しないと解すべきである。
そして,この重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮し,損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案すると解すべきである(同法37条の4第2項参照)。そこで,以上を前提に,本件各処分によって,原告らに「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるか否かについて検討する。
保険医療機関の指定を受けた歯科医院は,保険医療機関指定取消処分を受けることにより,被保険者に対して,保険診療を行うことができなくなり,また,保険医の登録を受けた歯科医師は,保険医登録取消処分を受けることにより,保険医療機関における保険診療に従事することができなくなる。もっとも,保険医療機関指定取消処分ないし保険医登録取消処分は,それとは別に医療機関の開設許可取消事由(医療法29条参照)ないし歯科医師免許取消事由(歯科医師法7条参照)に該当しない限り,当該医療機関ないし当該歯科医師の資格,効力に直ちに法的影響を与えるものではない。したがって,保険医療機関指定取消処分を受けた医療機関や保険医登録取消処分を受けた歯科医師が保険診療以外の診療を行うこと自体は,何ら法令上禁止されていないと解され,原告らは,本件各処分を受けたとしても,保険診療以外の診療に従事することはできる。
しかし,国民皆保険制度が採用されている我が国において,患者は,保険診療できるものに対しては保険診療を期待して診療を受けることは公知の事実である上,…原告らが開設する各歯科医院は,自由診療を基本とする歯科医院ではなく,保険診療の割合は60~70%であったこと,原告らが自由診療を行っていた患者も,その多くは保険診療を期待して来院し,その治療内容についての歯科医の説明やアドバイスを聞いた上で,診療の一部又は全部を自由診療とした者であり,初めから自由診療を前提として来院した患者は比較的少数にとどまることが推認できるから,本件各処分により,B歯科医院及びD歯科医院において保険診療を行うことができなくなれば,来院する患者数は大幅に減り,保険診療はもとより,自由診療による収入も大幅に減ることが予想される。これに加えて,B歯科医院では,原告A以外に7名が,D歯科医院では原告ら以外に5名がそれぞれ働いており,その経費も多額に上ることが推認でき,本件各処分に伴い患者数が大幅に減少した場合,原告らが,その開設する歯科医院を,現状の形態のまま維持することは不可能であり,経営が破綻するおそれもあるというべきである。
もっとも,原告らは,本件各処分後に,その取消訴訟を提起し,併せて執行停止の申立をすることはできる。しかし,仮に執行停止がされたとしても,執行停止決定までに一定の日数が必要であるから,その間における保険診療はできず,患者に対し,保険診療ができないことを説明し,他の歯科医院を紹介したりする必要が生じる。そして,これにより,原告らの患者らは,原告らが保険診療に関し,何らかの不正を行い,処分を受けたことを知ることになり,その情報は,口伝てにその知人や付近住民に広まる可能性が高く,これにより原告らの歯科医師としての評価や信用が損なわれることになる。しかも,本件各処分がされた場合,そのことは,地方社会保険事務局の掲示場に掲示する方法で公示される(保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する政令2条,9条,同省令1条の2,13条)ほか,報道機関にも発表され,厚生労働省のホームページにも,当該保険医療機関の名称,当該保険医の名前等が公表されるのであり,上記評価及び信用毀損の程度は大きい。そして,本件各処分後に執行停止がされたとしても,本件各処分によって低下,失墜した原告らの歯科医師としての社会的評価や信用が直ちに回復することは考えにくく,他の歯科医院に転院した患者が,再び原告らの歯科医院に戻る可能性は低いことはもとより,新規の患者が増える可能性も低いと解される。
したがって,本件各処分によって生じる前記の損害を,取消訴訟の提起や執行停止などの事後的救済手段によって十分に回復することは困難であるというべきである。
これに対して,被告は,本件各処分は,原告らの歯科治療の技術に関するものではないから,原告らの社会的評価等には影響しないものか,本件各処分の取消訴訟により回復され得るものであると主張する。しかし,歯科医師の診療行為が,その業務の性質上,患者の身体に対する侵襲を伴い,その生命,身体に対する危険を伴うものであることからすれば,患者は,歯科医師に対して,歯科治療の技術だけでなく,その品位等の社会的評価ないし信用性があることも重要な要素と考えているのが通常であり(なお,歯科医師法は,歯科医師の免許取消事由として,歯科医師としての品位を損なうような行為があった場合も含めて規定している(同法7条)。),本件各処分を知った者は,原告らを,信用できない歯科医師として通院を避ける可能性が高く,取消訴訟の提起や執行停止がされたとしても,上記評価や信用を原状に戻すことはできないというべきである。被告の上記主張は採用できない。
以上からすれば,原告らは,本件各処分によって生じる大幅な収入の減少や歯科医師及び医療機関としての社会的評価,信用性の失墜によって,B歯科医院及びD歯科医院の経営破綻という「重大な損害」(行政事件訴訟法37条の4第1項)を受けるおそれがあるというべきである。