1.今回の結果で、筆者が最も注目したのは、全科目平均点です。まずは、今年も含めたこれまでの推移を見てみましょう。かっこ書は、最低ライン未満者を含む数字です(なお、各年の全科目平均点を比較することの意味については、「平成26年司法試験の結果について(4)の補足」を参照)。
年 | 全科目 平均点 |
前年比 |
18 | 404.06 | --- |
19 | 393.91 | -10.15 |
20 | 378.21 (372.18) |
-15.70 |
21 | 367.10 (361.85) |
-11.11 (-10.33) |
22 | 353.80 (346.10) |
-13.30 (-15.70) |
23 | 353.05 (344.69) |
-0.75 (-1.41) |
24 | 363.54 (353.12) |
+10.49 (+8.43) |
25 | 361.62 (351.18) |
-1.92 (-1.94) |
26 | 359.16 (344.09) |
-2.46 (-7.09) |
27 | 376.51 (365.74) |
+17.35 (+21.65) |
新司法試験が始まってから、平成22年までは、どんどん平均点は下がっていきました。それが、平成23年に下げ止まり、平成24年はついに反転上昇に転じます。この要因の1つとして、受験者数が減少に転じたことがありました。以下は、これまでの受験者数の推移です。
年 |
受験者数 |
前年比 |
18 |
2087 |
--- |
19 |
4597 |
+2510 |
20 |
6238 |
+1641 |
21 |
7353 |
+1115 |
22 |
8163 |
+810 |
23 |
8765 |
+602 |
24 | 8387 | -378 |
25 | 7653 | -734 |
26 | 8015 | +362 |
27 | 8016 | +1 |
平成23年までは、一貫して受験者数が増え続けています。このことは、平成23年までの一貫した全科目平均点の下落と符合している。司法試験で高得点を取るコアな層は一部に限られますから、受験者数の増加は、基本的には未修者や非法学部生など、下位者の増加を意味します。ですから、受験者数が増加すると、全科目平均点を押し下げるのです。
平成24年は、受験者数が減少に転じた年です。これに対応して、平成24年は大幅に全科目平均点が上昇しています。もっとも、翌平成25年は、さらに700人以上も受験者数が減ったにもかかわらず、全科目平均点はむしろ下がっています。他のイレギュラーな要素が影響したと考えられますが、詳しい原因はよくわかっていません。ですから、受験者数は、全科目平均点に影響する1つの要因に過ぎないということはいえるでしょう。
平成26年は、受験者数が362人増加。全科目平均点も、これに対応して下がっています。
このような流れを踏まえた上で、平成27年の全科目平均点をみると、受験者数はほとんど昨年と同じであるのに、全科目平均点は過去に例のない上昇となっています。これは異常なことです。
2.受験者数だけをみる限り、今年の全科目平均点は横ばいと予測するのが普通です。ただ、今年は、特殊事情がありました。4回目の受験生の参戦です。論文は、受験回数が増えるほど受かりにくくなりますから、この4回目の受験生は論文にかなり受かりにくい。そのため、当サイトでは、この4回目の受験生の参戦が、全科目平均点を押し下げるだろうと予測していたのです(平成26年司法試験の結果について(3))。しかし、実際には大幅な上昇。これは、予想外の出来事です。
3.なぜ、このようなことが起こったのか、その原因として、2つ考えられます。
1つは、これまで極端な採点をしていた公法系と倒産法が、今年はそれほど極端ではなくなった、ということです。昨年、公法系は525人、倒産法は100人の最低ライン未満者を出しました。今年は、公法系184人、倒産法45人にとどまっています。最低ライン未満者全体でみても、昨年は684人いた最低ライン未満者が、今年は360人。ほぼ半減しています。このことが、全科目平均点を押し上げたといえます。
4.ただ、それだけでは、ここまでの全科目平均点の上昇を説明することはできません。もう1つの大きな要因として、全体の得点分布の目安が、今年は比較的守られたのではないか、ということが考えられると思います。
司法試験の採点においては、採点に当たってのおおまかな分布の目安が定められています。具体的には、以下のとおりです。
(「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」より引用、ただし、表については100点配点の部分のみ抜粋した)
(3) 採点に当たってのおおまかな分布の目安を,各問の配点に応じ次のとおりとする。ただし,これは一応の目安であって,採点を拘束するものではない。
選択科目において傾斜配点をするときは,これに準ずる。
5%程度 | 25%程度 | 40%程度 | 30%程度 |
100点から75点 | 74点から58点 | 57点から42点 | 41点から 0点 |
(引用終わり)
上記を守った場合、全科目平均点はどのようになるでしょうか。これは、以下のとおり、概ね満点の46.8%です。
(100+75)÷2×0.05+(74+58)÷2×0.25+(57+42)÷2×0.4+41÷2×0.3
=87.5×0.05+66×0.25+49.5×0.4+20.5×0.3
=4.375+16.5+19.8+6.15
=46.825
これを論文の800点満点で換算すると、全科目平均点は、374.6点となる。今回、全科目平均点は、最低ライン未満者を含まない数字で、376.51点、最低ライン未満者を含めると、365.74点ですから、この数字に近づいていることがわかります。逆に言えば、これまでは、比較的上記の目安が無視されてきた、ということです。
では、なぜ、今年になって急に得点分布の目安を守るようになったのか。それは、司法試験の在り方を検証しようという動きが、現実に出てきたからだ、と考えることができます。
司法試験の在り方については、以前から、司法試験の合格率が低いのは、司法試験の出題や採点がおかしいからだ、という声が出ていました。
(法曹の養成に関するフォーラム論点整理(取りまとめ)(平成24年5月10日)より引用、太字強調は筆者)
現在の合否判定は,受験者の専門的学識・能力の評価を実質的に反映した合理性のあるものになっているか疑問とする余地があり,合格者数が低迷しているのは合格レベルに達しない受験者が多かったからだと直ちに断定することはできず,合否判定の在り方についても見直す必要があるのではないか,法曹になるために最低限必要な能力は何かという観点から合格水準について検討すべきではないか,新たな法曹養成制度の下で司法試験合格者に求められる専門的学識・能力の内容や程度について,考査委員の間に共通の認識がないのではないか,新司法試験の考査委員には,法科大学院での教育やその趣旨についての理解が十分でないまま,旧来の司法試験と同様の意識や感覚で合否の決定に当たっている者も少なくないのではないかと疑われるとの意見があり,また,この立場から,考査委員の選任や考査委員会議の在り方等について工夫してはどうか(例えば,考査委員代表者を中心にする少人数の作業班により答案の質的レベル評価を反映する合格ラインの決定を行う等)との意見があった。
(引用終わり)
(法科大学院特別委員会(第48回)議事録より引用、太字強調は筆者)
井上正仁座長代理 やはり旧来どおりの司法試験の在り方やその結果が絶対だと見る既存のものの考え方が根強く残っている。新しい法曹養成制度になったときに、制度の趣旨に照らしてその点を見直し、その結果として前のとおりで良いと意識的に判断して、そうしているならば、それはそれで一つの考え方だと思うのですけれども、果たしてそのような意識的な検討が十分なされたのかどうか。新たな法曹養成制度の下で、特に多様なバックグラウンドの方をたくさん受け入れて、法曹の質を豊かなものにしていこうというのが大きな理念であるはずですが、それに適合した選別の仕方がなされているのかどうか。その辺について内部では議論されているのかもしれないのですけれど、司法試験委員会ないし考査委員会議は、守秘義務の壁の向こうにあるものですから、よく分からない。しかし、そういったところも、やはり検証する必要がある。
井上正仁座長代理 司法試験については、司法試験委員会ないし法務省の方の見解では、決して数が先にあるのではなく、あくまで各年の司法試験の成績に基づいて、合格水準に達している人を合格させており、その結果として、今の数字になっているというのです。確かに、閣議決定で3,000人というのが目標とはされているのだけれども、受験者の成績がそこまでではないから、2,000ちょっとで止まっているのだというわけです。それに対しては、その合格者決定の仕方が必ずしも外からは見えないこともあり、本当にそうなのかどうか、合格のための要求水準について従来どおりの考え方でやっていないかどうかといった点も検証する必要がある。
(引用終わり)
(法科大学院特別委員会(第68回)議事録より引用、太字強調は筆者)
井上正仁座長 今の点は,法科大学院制度発足のときにも,必ずしも法廷活動を中心にする狭い意味の法曹の育成を専ら念頭に置いていたというわけではなく,社会のいろいろな方面に法曹資格,あるいは,それに匹敵するような能力を備えた人が進出していき,その専門的能力を活(い)かして様々な貢献をするということが目指すべき理想とされ,そういう理念で出発したはずなのですけれども,その後,現実には司法試験というものの比重が非常に重いため,どうしても狭い意味の法曹というところに焦点が絞られるというか,多くの関係者の視野が狭くなってしまっていると言うことだと思います。これまでの本委員会でも,度々同じような御意見が出,議論もあったところですが,何かもう少し具体的な形で議論できるようにすることを考えていきたいと思っています。
(引用終わり)
従来、司法試験委員会は、上記のような指摘をほぼ無視していました。政府も、司法試験委員会の独立性を考慮して、あまり具体的な要求をしていませんでした。しかし、平成25年6月26日の法曹養成制度検討会議のとりまとめでは、司法試験委員会に対し、その在り方を検証する体制を整備せよという具体的な要求がされるに至ったのです。
(法曹養成制度検討会議取りまとめ(平成25年6月26日)より引用、太字強調は筆者)
具体的な方式・内容,合格基準・合格者決定の在り方に関しては,司法試験委員会において,現状について検証・確認しつつより良い在り方を検討するべく,同委員会の下に,検討体制を整備することが期待される。
(引用終わり)
これを受けて、司法試験委員会では、そのような体制を整備し、毎年検証を行うことを決定しました。それが、今年の6月のことです。
(平成28年以降における司法試験の方式・内容等の在り方について(平成27年6月10日司法試験委員会決定)より引用、太字強調は筆者)
第3.出題の在り方等についての検証体制
1.検証体制の位置付け
司法試験考査委員は,これまでも毎年の出題等に関する検証を行ってきたものであるが,今後,出題等に関するより一層の工夫が求められることを踏まえ,その工夫の趣旨や効果等を検証するとともに,各科目・分野を横断して認識を共有し,その後の出題等にいかすため,年ごとに,各科目・分野の考査委員の中から検証担当考査委員を選任し,その年の司法試験実施後において,共同してその年の試験についての検証を行うこととする。
2.検証体制の構成
検証担当考査委員については,研究者と実務家の考査委員の双方を含めるとともに,実務家については,法曹三者を全て含めることとする。
3.検証の対象
検証担当考査委員による検証については,その年の短答式試験及び論文式試験の出題のみならず,成績評価や出題趣旨・採点実感等も対象とする。
4.検証結果の取扱い
検証担当考査委員による検証の結果については,適切な方法で司法試験委員会に報告するとともに,その後の出題等にいかすこととする。
(引用終わり)
その20日後には、政府の法曹養成制度改革推進会議が、下記の決定をします。
(法曹養成制度改革の更なる推進について(平成27年6月30日)より引用、太字強調は筆者)
司法試験の具体的方式・内容、合格基準・合格者決定の在り方に関しては、司法試 験法の改正等を踏まえ、試験時間等に一定の変更が加えられたものであるが、今後においても、司法試験委員会において、継続的な検証を可能とする体制を整備することとしたことから、検証を通じ、より一層適切な運用がなされることを期待する。
(引用終わり)
このような流れを踏まえた上で、今回の全科目平均点をみると、目安はなるべく守るように運用しようという申し合わせが、考査委員間で改めて行われたのではないかと推測できます。そのことが、全科目平均点を引き上げた。そう考えると、今年の全科目平均点の上昇をもって、受験生全体のレベルが上がったとはいえない、ということがいえるのではないかと思います。